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◆いや、ね、鈍磨してはいるものの、ぶっ飛んでいた頃よりは正常なんですがね。自分を異常だと認知できるぐらいには正常です。壊れきったらね、そりゃあね、凶行を行っているなんて自分じゃ気づかないもの。怯えの色にすら気がつけない。周りがとにかく見えないんですよ。自分しか見えないというよりは、目が完全に内側向いちゃって、閉塞して、自分を取り囲む「常識」を認知できない。それがマジでおかしい状態。だって血みどろの中笑ってたら、そりゃ誰だってそれをオカシイと思うし、異常だと思うでしょう。何もない部屋の中幻覚に踊らされているわけでもないのに、人格が変わったかのように奇声を発してぐだぐだと悪い言葉を呪詛の如く練り上げるのも正常じゃないでしょう。つーか、今の私ならそんなんやらないわ。その前に理性が止めてくれるもん。ああ、あの頃って私、本当、心底参っていたんだなあ。そりゃあ病院のベッドで鎮静剤みたいなもん打たれるわな。点滴、もしてたんだっけ? ベッドで横になっていたってことは。あまり覚えていないけど。奇妙で貴重な体験なのでちょっとだけ覚えてる。今にも旦那を殺そうとばかりに吼えたのはね(笑)ああ、うん、まあ、これ以上のこともあったりなんかしたわけですが、こうやって書くとすっごい実感する。「いま、あたし、めっちゃ回復してんじゃん! うおっしゃ!」文字に書いて他人事みたいに羅列してみると、本当、あたしまともになったよなー……しみじみ。まだ記憶障害もどき有り、パニックはお手の物、でもまだ私、暴力はふるっていないの。もちろん自分も含めてね?笑うこともできなくなった時に笑えと言われた時はちょっとやっちゃったけど、ほんとう、ちょっとだし。進歩してんだなあ。療養も無意味に感じるけれど、着々と心は癒えていっているわけです。ああ、でも、もう何日? 実家にいるの。だいぶ居るよね。そろそろ疲れてきたというか、なんだろう。笑えないのよねー。この感覚と、「やりたいこと」が脳裏にこびりついて離れない、私を侵略せんとばかりに離れない、あの「やりたいこと」にはとっても見覚えがあってですねー。ちょっとヤバイかなーとか、そろそろ危険かなーとか、思うんですけど!ひとりになるのは嫌。あの家には、本当言うともう二度とひとりで帰るなんて嫌。いるだけで憂鬱になるから。でも檻みたいに、私から弱者を守ってくれるから、こういう精神状態になって、自分を傷つけることをもタブーにしたのなら、やっぱり一度檻に戻るべきかな、てね。寂しいし悲しいけど、誰かが、なにより娘が、傷つくよりは一番かな、とかね。思いつつ、娘の笑顔に逆らえない私がまだ存在しているので、どうしよっかなー。どうしたらいいのかなー。そろそろ自分を見失う頃合だぜ。警報がずっと鳴っている。一度自分を見失ったら、なかなか戻ってこれない。あっちに行ったら、私は別人になる。やだなーマジかんべん。犯罪者はごめんです。ってもう、すでに犯罪者な件についてはちょっと黙認。小学生の頃のように、なるの?やだなー。自分のことなんだけど、自分で思い返しても恐ろしいもん。よくあんなこと……まあ正気じゃなかったのは確かです。本来の自分ではなかった、誰かだった。一度体験しているから予兆がわかる、っていうことで、よけい怖い怖い。隠し事はしない主義ですが、あればっかりは、誰にも言ったことがない。形容の仕方もよくわからないし。ただ理性がちゃんとお仕事してくれている今の自分からすると、「おそろしい」としか。とにかく、もう二度とあんなことだけはしたくない、したくない。不気味な何かにはなりたくない。ソレは私にとって血みどろになって笑うよりも、傷をえぐるよりもはるかにおぞましいのです。だってほら、自傷行為なんて、程度の差はあれど結構みんなしてるじゃない。思春期の男女百人集めたら三人ぐらいはいるでしょう? リストカッターなんて。まあ小学生の頃に行ってしまったことも大したことないという見方もありますが、本来の私の意志とは全くの正反対の行為なので、おぞましいのですよ、と。それだけのことです。
2011.01.25
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私は二年、娘の育児を放棄した。結果、私はもう母親として生きるのは、とても、難しくなってしまった。妻にさえなりきれなかった私でも、唯一母親ならばなれる、はずでした。浅はかな、思いこみ。娘の母親業は、娘にとっては祖母の、私の母が行っている。何もできていないわけではないが、例えば今のように、風邪が気管支の方に来てしまえば、私は、苦しむ娘を介護することは叶わない。私ですでに手慣れていることも加わって、はっきり言うなら、娘が苦しんでいる時に私が戦闘を切って看護したいと思うのは、邪魔でしかないのだ。だから私は手伝うしかできない。でも、本来なら、立場は逆のはずで、私は娘が喘息になるであろう覚悟はできていたし、それでも産みたいエゴの、贖罪にしたかったのだろう。必死に看護するのは、私でありたかった。これではまるで、ただ、枷をつけただけではないか。苦しい枷をつけて産んだだけではないか。私はなんと無力だろう。この先がんばればあるいは、と、それは一般論。あの人が、せっかく見つけた『生きがい』『やりがい』『役目』を、価値あるものを、易々と手渡してくれないことは、私が一番、よく知っているさ。私はこれから、何のためにがんばり、何になれるのだろう、な。娘のためにがんばり母親に戻りたかったのだけど。それこそ、至難のワザのようだ。ああ、嗚呼。虚しく、無気力だ。
2011.01.09
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昨日の夕方から急に咳き込み始め、止まらなくなり結局吸入とテープで押さえ込んで、高級しゃぶしゃぶも食べずに寝てしまった。全く、お正月から体調のよろしくないことです。実は暮れも調子を悪くしていたんですが。発作が起きると簡単に情緒不安定になるので困ります。普段は出てこないように必死に心の奥の方へと追いやっている気持ちとか、甘えとかが、全面に出てきて私を萎えさせる。大体、どろりとしていて暗い感情が身体から染み出してこようとすると、早口お喋りで誤魔化すんですが、発作の後は喋るのもしんどいのでどうしようもなく。考えたくないことなんかも考えちゃったりで、いやーはやー。参りますね。自分にとっての幸せの固まりに、上手に愛情注げない、この身体が恨めしくなる時もあるのです。泣きたくなる時だって。それでも、体調の悪いママが兄のベッドに転がりこんだら、ママを探して泣いてくれて、横になっている私に『ママは寝ててね!』と元気にお喋りしてくれる姿はなんとも言えなくて、だから歯がゆくもなりますもので。なんだかね、娘といる時はまるで、夢のように幸せで楽しくて、ちいさい生き物のいとおしさは果てがなくて。ここは夢かな、と思う。自宅に籠もっている方がよっぽど現実が重たい。見えない天使の羽を携えて、手を引く姿は可愛くて可愛くて、も、ホント、未来のことなんか考えたくなくなるね。なんかそういう、幸せに満ちていて堕落している世界ってさ、確か青い鳥のお話の中にも出てきていた気がする。この実家で甘えることは許されないし、基本的に、もはや自分には甘える権利なんかない立場なのです。そうしたのは私自身。それでも、あのちいさい生き物の中には、幸せのすべてが詰まっています。早く一緒に暮らしたいな。
2011.01.03
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