無色透明

無色透明

2006.01.22
XML
カテゴリ: スピリチュアル
一昨日のホームワークを見てみましょう。
テーマは次のようなものでした。

「身を守るための本能として存在する恐怖が、なぜこんなにも問題のあるものになってしまったのだろうか。
自分自身の中にある恐怖をよーく見つめて答えてほしい。
何を恐れているのか。
何が怖いのか。
どうしてそんなに恐れるのか・・・・」

では、最初に夢子さんの回答から見ていきましょう。

「今朝目覚めて、こんな感情が何故出てくるの?と思った。

目覚めと共にきた予想外の感情。
コメントに書いた彼女を攻撃したい自分の攻撃性を見た。
その攻撃性の中に幼い時に味わった人格を正当に扱われない無念、哀しみ、怒りを見た。
何と言う破壊性、攻撃性、暴力性をそれらの感情は備えているのだ!
これらは、人間関係の中で醸成され、血の繋がりによって、親から子へと刷り込まれ続ける形で人類が引き継いできたものだろう。
原初は個別になった肉体の安寧を維持する為にのみ、使われていた感情が、自分以外の人やものと拘わるうちに、個別化された肉体ゆえに他との間に齟齬が生れ、そこから自己保存の感情が生じたのか。
強烈に心に残るのは自分の自由を奪われる恐怖。
それが、自由に自分の好む生き方を選択出来なくさせている縛りだとの憤激。
恐怖は外から与えられるという考え。
相手の思いと出方ががこちらを縛るとの恐怖。
だから、自分が自由に生きられるように相手を縛らねばとの攻撃心。

意外にも、私は微笑んでいる!
私は羽根の下に雛たちを抱えためん鳥のように、悲鳴達を自分の周りに引き寄せて、優しく見守っている。
これは、光の時代とkimiさんの光の場のおかげだ。
私の中にある、血の繋がりと共に引き継いできてしまった恐怖とそこから派生した暴力性や攻撃性、残忍さを 私は微笑みながら見守っている。
私は悲鳴達の言い分によーく耳を傾け、充分に言語化してあげ、受け取ってやって、それらが私から巣立つ飛翔の日を楽しみにしている。


自分の中の攻撃性。
その奥にある、自分の自由を奪われる恐怖。
それはいのちの発露を抑えられるということでしょうか。
自分のいのちを抑えられることは、生きることを否定されることです。
そうなると、逆に反発してしまいます。
自分を守るために相手を攻撃します。
それが人類史と言っても過言ではないかもしれません。

抑圧し、抑圧され・・・
攻撃し、攻撃され・・・
自分を守るために戦ってきた個人史であり人類史です。
その中で恐怖というものが大きな役割を演じてきました。
恐怖に駆られて先制攻撃をし、必要以上に殺し合ってきたのです。
恐怖の自己増殖による戦争の歴史。

もうそれも終わらせてもいい頃でしょう。
それには恐怖を理解し、マスターする必要があります。
恐怖がなければ、必要以上に人を攻撃することもないでしょう。
もっと冷静に話ができるはずです。
お互いに落ち着いて話し合えば、平和の道も開けます。
それは国と国との場合も、個人間も同じことです。

自分の中の恐怖をよーく見守り、理解しましょう。
親鳥のように、たくさんの恐怖をやさしく包み込み、あたたかく抱いてあげましょう。
そうすれば、やがてそれらの恐怖は、あたたかさの中で溶けていくことでしょう。

自分を守ろうとすることから、すべての恐怖が発生します。
本能的な自己保存は問題ありません。
思考がつくり出す必要以上の恐怖が問題なのです。
身を守るための恐怖が、いつの間にか身を苛(さいな)むものになってしまうのです。
恐怖の連鎖反応を止めなければなりません。
それには、恐怖を恐れないで直視することです。
直視して、やさしく包み込み、理解する。
それはただの幻であることを心から理解することです。

次は、あかねさんですね。

「私は何が怖いのだろう?
これは、最近私も気になっています。
世間の評価。
お金がなくなること。
自由への、恐怖があります。
私の家は以前商売をしていて、親戚一同皆そうでした。
だから、お金は努力して稼ぐもの。
一円でも無駄にしてはいけないという感覚。
だから、休みの日でも家にいろということ。
でも、父だけが商売を手広く広げすぎ、頓挫。
そのときの恐怖感が今でも根底にあります。
世間的な評価を失ったという思いや、生活の一変。
親戚から、色々といわれたこと。
派手な暮らしをしたから、こうなったという思い。
だから、これからは地味に何も欲しがらず、自分の要求も言わずに暮らそうという思いがありました。
そういう、幼い時の恐怖を引きずっています。
人から見た自分がどうなのか? 
そのほうが気になって自分の要求があいまいなまま。
今は、時々、子供に向かっています。
意味もなく怒り散らしています。
私が良い人であろうとしすぎているのかもしれないです。
自分で判断する、その責任を取ることを恐れるあまり、もっと大きな恐怖を作り出し、それにしがみついている状態だと思います。
それで、自分を動けない状態にして、殻の中にいた状態でしょうか?
ただ、それには限界があるので、限界が来たときに、とんでもない方向に流れ出して行きます。
一人ぼっちの感覚も怖いのでしょう。
人の流れに乗る方が、ずっと楽ですから、絶対安心な流れが出てくるまで待っていようかという気持ち。
もし、ここで自分だけが楽しい思いや、自分を出してしまったら、後で何か悪いことが怒るんじゃないか?誰かから攻撃されるのではないか?という思い。
それが、根強いですね。
だから、私はお金を使うことが怖かった。
本当に欲しいものを手に入れるのが怖かった。
そして、一つ手に入れたら、次が欲しくなるというその感情が怖かった。
欲はきりがないので。
少しずつ、小出しにしていく必要があるのでしょうね。」

恐怖について、すごくわかりやすく書いていただいていますね。
大多数の人の中にある恐怖が、ほとんど網羅されています。
まずこれだけでもすばらしい。
しっかり今の時代の人間を生きていますね。

それは事実と共に生きていないということを意味します。
恐怖と共に生きているのですね。
恐怖が人生の原動力になっています。
別の言い方をすると、自分を守ろうとして生きているのですね。
それが悪いと言っているわけではありません。
ただの事実です。
その元は自己保存の本能です。
それに思考が加わって、より複雑になっているだけです。
ほとんど鉄壁の防御でしょうか。

ところが、鎧(よろい)が重すぎるのですね。
重すぎて身動きがとれない。
身を守ろうとするあまり、人生の喜びというものが希薄になるのです。
ダイナミックに思いっきり生きるなんて、夢のまた夢。
保身第一に小さく縮こまって生きるしかない。
そんな感じでしょうか。

そういう人生もあります。
それも一つの体験としては悪くはありません。
だから、そのままでもいいのです。
でも、別の生き方もあります。
それは恐怖に支配されない生き方です。
恐怖を乗り越えて自由に生きる生き方です。
どちらでも可能です。
自分で決めてください。

恐怖は思い込みです。
もうあんな思いは二度としたくないという思い込み。
それがまた起きるかもしれないという思い込み。
つまり、取り越し苦労です。
事実ではありません。
自分がつくりだした幻想を恐れているだけです。
ありもしないもの。
まだ起きてもいないもの。
それをあるかもしれないと思い、起きるかもしれないと思って怖がっているだけです。
事実は、まだ起きていないということです。

事実と共に生きるのか、恐怖の幻想と共に生きるのか。
もちろん、恐れを抱き続けていれば、それが現実化するでしょう。
なぜなら、思い続けているのだから。
思い続けていれば、いつの日か現実化するというのが、この世の法則です。
それはポジティブなものであれ、ネガティブなものであれ同じです。

恐れるのではなくて、理解すること。
理解すれば、自由になります。
恐れている限り、不自由のままです。
深く深く、恐れの実体を見つめてみてください。
それは自分がつくり出しているだけのものです。
自分がつくって自分が恐れているだけです。
自縄自縛。
それが思考の罠です。
思考に翻弄されないでください。
思考を理解してください。
そして、思考から自由になってください。
あなたは思考でも、恐れでもないのですから。
あなたは本来自由な存在なのですから。

あなたは本来自由であるが故に、恐れそのものにもなれるし、自由にもなれます。
恐れそのものにもなれる自由すら持っている自由な存在なのです。
ということは、当然、元の自由にも戻れるはずです。

どちらの生き方も可能です。
でも、もうそろそろ恐れそのものになるのはやめてもいい時期かもしれません。
自由に生きてもいいのですよ。
恐れを手離し、大空に羽ばたいてみるのもいいものですよ。
すべてあなた次第です。


ホームワーク [恐怖] 2 へ続く






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.01.22 18:05:14
コメント(2) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


そうですね  
あかね さん
恐怖について、つらつらと書いた事がまた恐怖を生み出して、それで2,3日つらかったです。
書いといて、自分で身動きが出来ない状況に自分で追い込んでしまい苦しかったです。

でも、この返事を読んで、なるほどなぁと思いました。
>事実と共に生きる。
>取り越し苦労をしない。
>それを徹底するしかありません。
>唯一、もう一つ付け加えるならば、勇気の他に注>意力でしょうか。
>日々、注意深く生きることですよ。
>それに尽きますね。
>思考の渦に巻き込まれないように、注意深く生き>る。
>思考に翻弄されないように、しっかりとした主体>性を持つことですね。

このコメント、なるほどと思いました。
日々を注意深く生きていれば、思考が翻弄するすきはないですものね。
今の自分には、それが欠けているのかもしれません。私には、それを乗り越える勇気が必要ですね。
次のステップに進もうとするとき、必ずそういう恐怖が襲ってきます。進むためには通るべき道でしょうが、出来るだけ、思考が幅を持たないよう、コントロールするのが、課題です。 (2006.01.23 21:53:19)

Re:そうですね(01/22)  
あかねさん

>日々を注意深く生きていれば、思考が翻弄するすきはないですものね。
>今の自分には、それが欠けているのかもしれません。私には、それを乗り越える勇気が必要ですね。
>次のステップに進もうとするとき、必ずそういう恐怖が襲ってきます。進むためには通るべき道でしょうが、出来るだけ、思考が幅を持たないよう、コントロールするのが、課題です。
-----
恐怖に負けないことだよね。
怖がっている自分をよく見守る。
何を怖がっているのか。
それは実体のあるものかどうか。
ただ頭の中で怖がっているだけのものではないのか。
事実に直面することですよ。
直面する勇気を持つことですね。

思考をコントロールする?
それはやめた方がいいと思いますよ。
コントロールしようとするのも思考ですから。
コントロールできない、できない・・・
思考の罠にはまってしまいますよ。

ただ見守っていればいいのですよ。
そして、勇気を出して恐怖に直面する。
恐怖に負けない。
それでOKです。

(2006.01.25 10:49:21)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Comments

難しいね?@ 人はなぜ生まれてくるのですか その答えを探すためでわ?
emi☆@ タイムリー 先週、ちょっとしたことがありました。 …
風の彷徨者@ Re:そうだったのですか ぴあのさま そういう事情だったのですね…
ぴあの@サファイア @ Re:あれれ??2(06/13) 風の彷徨者さん >今見たら元に戻ってい…
風の彷徨者@ あれれ??2 今見たら元に戻っていました。 こちらのP…
風の彷徨者@ あれれ?? 日記の感じが(テンプレート?)が変わり…
風の彷徨者@ Re:2718日目 - 神聖ゴールデン貫入 石屋…いやいや(笑)水晶屋の 魂仕組みは奥…
ポプラ@ ヒマラヤグリーンDTマスター 私もこの水晶を毎日のように眺めてはぞく…
風の彷徨者@ Re:2716日目 - 運命の水晶 「その秘められた可能性を理解すること…」…
emi☆@ Re[1]:こんばんは^^(06/09) 光のkimiさん >emi☆さん >>100万アク…

Keyword Search

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: