無色透明

無色透明

2006.03.09
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カテゴリ: スピリチュアル
今日は一日中、激しい雨が降っていた。
飛行機も2~3便欠航になったようだ。
たぶん視界不良だろう。
有視界飛行の限界。

夕方、買い物に行った。
行きは激しく雨が降っていたが、帰りにはほとんど止んでいた。
濡れた路面を車が滑るように走った。
思考はほとんど動かない。
ボーッとしているわけではない。

まるで瞑想しているようだった。

思考が動き回って煩(わずら)わしい時は、自然の中へ行くといい。
自然の中で思いっきり動くと、思考はあまり働かなくなる。
真剣にスポーツに打ち込んでも、思考はあまり働かなくなる。
しかし、あまり自然の中にばかりいると思考力が落ちる。
運動ばかりしていても思考力は落ちる。

思春期に自然の中ばかりで育つと、思考力は発達しない。
思考力が発達するには、適当な刺激が必要だ。
自然の中で育てば直感力は鋭くなる。
しかし、思考力はあまり発達しない。
思春期までは自然の中で育てると、豊かな感性が育つ。

刺激がないと思考力は発達しない。

自然の中に浸ると、思考力は必要ではなくなる。
自然の中で必要なのは、鋭敏な感覚。
そして、直感。

自然の中で自然と共に育ち、豊かな感性を身につける。

相対比較の世界で思考力を発達させる。
そして、大人になったら、自然と共に思考を超えた世界に入っていく。

まず自然の中で肉体や五感を健全に発達させる必要がある。
家族に守られた安心できる環境の中で、豊かな感性と感情を身につけるといい。
右脳を発達させる時期だ。

やがて思春期になり、思考力が発達し、異性や他人を意識するようになる。
家族という守られた世界から、自立をめざし、多くの人と交わる。
いろんな刺激を受ける中で、自意識が確立し、思考力が格段に発達する。
具体的なものから、抽象的な思考へ移行していく。
左脳を発達させる時期だ。

右脳も左脳も発達すると、今度はそれを統合する必要が生じてくる。
右脳だけでも、左脳だけでもアンバランス。
両方を使いこなし、更にそれを超える必要がある。
これまで身につけたものを削(そ)ぎ落とす時期が始まる。
いろんな経験をしたことによって、必要のないものまで記憶してしまった。
先入観や偏見や固定観念。
恐怖やトラウマや価値観。
ありとあらゆる思い込み。
それらのものを整理する必要がある。
そうしない限り、過去からの自由はない。

成長過程で気がつかないうちに家族から刷り込まれた各種のパターン。
教育の中で形成された常識や道徳。
時代や環境による価値観や固定観念。
人は無意識のうちに家族の子、教育の子、環境の子になってしまっている。
それに気づかない限り、刷り込みと思い込みによって同じパターンを繰り返すだけになる。

そのことに気づき、自分自身を理解しようという意識が生まれると、第三の時期のスタートとなる。
右脳を発達させ、左脳を発達させ、それらを超える。
それが瞑想の世界。
これまで溜め込んできたものを整理する時期。
自分の意識を整理整頓し、無意識のうちに条件づけられた意識から脱却する。
今生に形成された意識を総括し、それに振り回されないようになる。
今生だけの意識から、それを超えた意識を自覚する。
そのためには、瞑想が必要となる。

瞑想は、満月から月が欠けていくのに似ている。
これまで蓄えてきたものを外していく。
外して、外して、どんどん外していく・・・
最終的には、光がなくなり新月となるように、何もない空の状態になる。
それが瞑想の究極。
何もないところに、すべての源がある。
それが実感されるのが瞑想というもの。

新月から月が満ちていく過程は、人が生まれて様々な体験をして記憶を蓄えていくのに似ている。
何もない空の世界から、色の世界が生まれていく。
この世に生まれ、白紙の状態からいろいろな経験をして複雑な色になっていく。
色の世界はバリエーション。
豊かな色彩の世界。
しかし、それだけでは移り変わる現象に目が奪われ、浅はかな人生に終わってしまう。

現象の世界は無常。
いかなる価値も永続するものはない。
永久不滅のものは一つとしてない。
心でさえ一時(ひととき)として安定してはいない。
色の世界に安住の地はない。
色の世界では安心立命はあり得ない。
ただ現象に目が奪われ、一生が終わるだけ。
心のやすらぎを見出すことはできない。

人は一時のやすらぎを求めて、心の旅に出る。
しかし、世界の果てまで旅をしても、心の平和は得られない。
信念や信仰にやすらぎを求める人もいる。
しかし、それらのものは思考がつくり出した産物。
ただ思い込んでいるだけの世界。
思い込みは、やがて事実の前に終焉(しゅうえん)するしかない。
それが相対的な色の世界の定め。
色の世界に絶対はない。

右脳と左脳という相対から、右脳や左脳を超えた絶対へ。
色という相対比較の空間から、空という絶対不滅の次元へ。
意識の中心がシフトしない限り、現世だけの不安的な片翼飛行となる。
空という絶対の次元に片足を着け、色という相対の空間にもう片足を置く。
その時にバランスのとれた人生となる。
そうなるまでは、片方の翼だけの不安定な飛行が続く。

現世だけでは、心のやすらぎはない。
瞑想だけでは、この世を楽しむことはできない。
両方が必要なのだ。
色の世界の移り変わりを見て楽しみ、空の世界の無窮(むきゅう)の静寂の中で心やすらぐ。
永遠の中で無常を見る。

心が成熟するとは、色と空の両方を理解すること。
それらの調和の中で生きれるようになること。
今に囚われず、今を生きれるようになること。

移り変わる色の世界の豊かさを心から喜び、その無常を嘆かない。
無常であるからこそ、豊かな変化があり得る。
無常の世にあって、永遠をベースに生きる。
永遠の中に憩うが故に、無常に心を奪われない。
個々の現象に囚われず、個々の現象を愛でる。
ただ愛でる。
無上の無常を愛でる。

永遠という器の中で展開される無常の現象を楽しむ。
豊かな豊かな色の世界。
無限の空が有限の色となって展開する。
限りない色の展開を無限の空が見守る。
月は満ち、月は欠ける。
新月があり、満月がある。
無常の現象世界があり、永遠の瞑想世界がある。
そのどちらも体験し、同時に生きる。


『現世(うつしよ)の 無常だけでは 虚しくて 心の安定 何処(いずこ)にもなし』

『移りゆく 色の世界の 美しさ 掴もうとすれば 悲しみ生まれる』

『移りゆく ものをそのまま 見守って ただ楽しんで 掴まないこと』

『移りゆく 流れに棹(さお)差し 押しとどめ 悲しみの渦 苦しみの渦』

『掴まない 流れるままに 行くままに 楽しんだなら 感謝するのみ』

『現世(うつしよ)に 変わらぬものは 何もなし 流れと共に 生きるしかない』

『移りゆく その流れこそ いのちなり 生々流転 変わることなし』

『新月の 闇はすべてを 包み込み 満ちる光を 眺(なが)め楽しむ』

『人はみな 新月の闇 満月の 光でもある 今このままで』

これが432日目の心境です。






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Last updated  2006.03.10 09:29:46
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Re:432日目 - 瞑想(03/09)  
僕も今この瞬間に生き、色と空を理解したいです。
少しでも、自分だけの静かな時間を持って、自分を見つめ、瞑想してみます。
昼間は色の世界、動の状態界を楽しみ、夜は空の世界、静の状態を
感じてみたいです。
ありがとうございました。

(2006.03.10 00:53:46)

瞑想  
せきせき さん
そうそう、右脳やイメージングが豊かに健全に発達されているお子さんをお見かけすると、
私、その家族の愛と環境にひたすら感動します。

瞑想の中で、個々を愛でる・・・
この言葉に、前、ハートベースのホームワークで、ソレイユさんが、
「ひとつひとつを上品に大切に扱いたくなる、深い理解と同時に生きる」みたいなことをおっしゃっていたのを思い出しました。

瞑想という永遠の中で、一瞬を生きる。空と色。
両方セット、同時に存在しているものなのですね??
kimiさんのおっしゃる「見守り」ですね。
両方同時に感じながら、初めて、個々の現象に捉われず、事実を愛でるということができるのですね??

全体、瞑想の世界を感じるということはどういうことに繋がるのでしょうか。
バランス、統合?肉体や思考を超えた自由?

色、個々の現象を感じるということは、kimiさんがよくおっしゃる、グランデング?に関係ありそうですね。動の世界。私に足りないものですね。

この静と動があって、円運動ができるのでしょうか?

おまけに、永遠というものも「器」なのですね???
無限の器?ということでしょうか?

永遠と言う器の中で無常の現象を楽しみ、愛でる。
居切る。
見守りの人生。なんだか、素敵ですね、幸せです。
というか、「幸せ」も意識しない人生なのでしょうか?

あと、空と色の割合って、時によって違いますよね?
あれ、一緒であるべきなのかな・・。
本当にこれでいいのかな?イマイチ・・。
見守りが出来ていればOKなのかな?
フワフワを楽しんだり、底力を楽しんだりする?

ハテナマークだらけのコメントになってしまいました。スミマセン。まだわかっていないのですね。
捉われも多く、見失うこともあります。
実践の中でよく見つめていきます。
そして、愛でまくって、灯篭を愛でる会で発揮しなくちゃ!! (2006.03.10 11:26:18)

思考と体の感覚  
みみとみ さん
>自然の中に浸ると、思考力は必要ではなくなる。
>自然の中で必要なのは、鋭敏な感覚。
>そして、直感。

 以前、『パパラギ』という本を読んだことがあります。けっこう有名なので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビという人が語ったことが書かれています。
 それによると、パパラギ(現地の言葉で白人の意味)は、ものを見るとすぐに、「なぜ、これはここにあるんだろう?」とか、「これからどうするああする」と考えるくせがついている。と言うようなことが書かれています。
 ということは、ツイアビの村では、いちいち考えないということですよね。物事をそのままとらえ、生活の中から得た知恵とか直感のようなもので生きているのでしょうか。
 そして、頭だけがものを思うのではないといいます。手も足も思う。日が当たれば、暖かいと思う。肌に風があたれば気持ちがいいと思う。
 パパラギは、そういうことを忘れているといいます。
 直感を取り戻すとは、そういう体の感覚を呼び覚ますことなのかもしれませんね。 (2006.03.10 15:00:26)

同時に生きる  
バランスの大切さ、とても身にしみます。
今、この三次元では、色の世界のみがすべてだと思っている人の
なんと多いことでしょうか。
この三次元の現象の世界に絶対を求めて生きる、
これは、私も十分体験して、しつくしてきたことです。
でも、何を求めても、自分が求めたものを得られることはありませんね。
そのことに気づくことができただけでも 一歩かな と今は思っています。

あとは、相対比較の空間を静かに体験しながら 
絶対不滅の次元をさらに心静かに感受したい と思います。

読んでいるだけで瞑想のようなこの日記、
無常の現象世界と永遠の瞑想世界を 私なりに感じることができます。
二つの世界が、同時に、私の中へと入ってきます。
大きな調和の中ですべてを包み込み、観る その感覚が心地よいです。

ありがとうございました。

(2006.03.10 15:19:37)

愛でるとは?  
せきせき さん
刺刺(せきせき)モードでごめんなさい。
現象に捉われずに、現象を愛でるってすごいことなのでしょうか?

私、最近、皮膚の湿疹がでてきてるのです。
それはとても楽ちんで、粘膜どろどろよりも愛せて、皮膚に出てくることは、少し、体力がついたのでは、と思って、ハッピーだったのですね。

で、昨日、手まで出来て、湿疹に「ありがとう。」と愛でまくり?
だったのです。
周りは、湿疹が気持ち悪そうに感じてたみたいですが、私はありがたくてしょうがなかったのです。

で、もうラブラブモード、心の底から幸せで湿疹をなでたり、10分位さすったりしました。このまま膿んでくれてもいいし、そんなの何も関係ない位、ただ、嬉しかったのです。

そして、今日も、湿疹どうかしらとみたら、ないのですが・・・??
背中もみあたらないのですが???ハァ?
背中は1ヶ月位できていたかな?

私は、蚊に刺されても膿むし、手術の後もずっと残るし、とにかく治りが非常に悪いのですね。
偶然かもしれませんが、現象に捉われず、現象を愛でると、現象は消えるのでしょうか?

体の他の部位はとても見たくなくって、捉われもあるから、処置もイヤイヤやっているのですが、
これを愛でると、よいのでしょうか。
うーん、できるかな。すごく嫌だけれど。

今までも、病気を治そうと、先祖の残存想念にも、ありがとう、を何千回言ったでしょうか?このサイトに出会う前も、治療、東洋、西洋、民間をやりつくしました。
でも、捉われや、思い込み、ということについては、全く知りませんでした。
自分を見つめることは全く知らなかったです。

今は、半分くらい、捉われや自分の反応パターン(痛いから辛い、怒られると悲しい)というものがなくなってきました。
これが、感謝の気持ちが深くなることと繋がっているのでしょうか。 (2006.03.10 21:03:19)

愛でるとは?  
せきせき さん
今は、地球がここまで私を育ててくれてありがとう、とか、ご飯をよそる時も、掃除をするときも、前よりも自然に沢山感謝が湧き上がってきます。
これは、愛でる、大切に上品に扱う、というのに、近くなってきているのかな??

アセンションで、何故様々な苦難が現象化するのか?現象化はいらないのに何故?
って私が、アセンションの意味も知らずに、憤り満載で質問した問いに、kimiさんは、
「自分自身の奥の奥を見つめることが、人類全てに繋がる、潜在意識を解放して下さい。外に求めないで下さい」とこたえてくださった。

どんな現象も愛する、何も価値判断なく、愛する、そして、その結果として、本来の姿になっていく、
過去からの私の蒔いた種で、育ちきってしまったものが、見守りにより消えていく。自分でしっかり刈り取っているのでは?少し思い始めています。
ちょっと大げさ?でもありがとうございます。 (2006.03.10 21:05:14)

Re[1]:432日目 - 瞑想(03/09)  
光のkimi  さん
優しい気持ち2005さん
>僕も今この瞬間に生き、色と空を理解したいです。
>少しでも、自分だけの静かな時間を持って、自分を見つめ、瞑想してみます。
>昼間は色の世界、動の状態界を楽しみ、夜は空の世界、静の状態を
>感じてみたいです。
>ありがとうございました。
-----
色の世界を空の意識で生きるのですよ。
色であると同時に空でもある。
色だけでは足りないんだね。
昼間でも空の意識が生きているといいですね。

(2006.03.11 00:29:55)

Re:瞑想(03/09)  
光のkimi  さん
せきせきさん
-----
色を生きている時にも、同時に空の意識もあるよね。
その割合?
質が違うものだから割合ということはないんじゃないかな。
顕在意識を包み込んでいるんだね。
浸透して包み込んでいる。
同時にあるね。

(2006.03.11 00:35:27)

Re:思考と体の感覚(03/09)  
光のkimi  さん
みみとみさん
>>自然の中に浸ると、思考力は必要ではなくなる。
>>自然の中で必要なのは、鋭敏な感覚。
>>そして、直感。

> 以前、『パパラギ』という本を読んだことがあります。けっこう有名なので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビという人が語ったことが書かれています。
> それによると、パパラギ(現地の言葉で白人の意味)は、ものを見るとすぐに、「なぜ、これはここにあるんだろう?」とか、「これからどうするああする」と考えるくせがついている。と言うようなことが書かれています。
> ということは、ツイアビの村では、いちいち考えないということですよね。物事をそのままとらえ、生活の中から得た知恵とか直感のようなもので生きているのでしょうか。
> そして、頭だけがものを思うのではないといいます。手も足も思う。日が当たれば、暖かいと思う。肌に風があたれば気持ちがいいと思う。
> パパラギは、そういうことを忘れているといいます。
> 直感を取り戻すとは、そういう体の感覚を呼び覚ますことなのかもしれませんね。
-----
かなり昔に『パパラギ』という本は読んだことがあります。
確かに自然の中にいると感性が鋭敏になります。
注意力が増してきます。
考えている場合ではなくて、気配を感じる必要があるのです。
危険は考えてもわからない。
直接感じ取るしかないんですね。

自然は人の意識をシャープにしてくれます。
特に道のないようなところを歩く時は、考えていたら危険です。
ただ注意の塊にならないと。
意識のシェイプアップにはサバイバルがいいかも?

(2006.03.11 00:42:22)

Re:同時に生きる(03/09)  
光のkimi  さん
ぴあの@サファイアさん
>バランスの大切さ、とても身にしみます。
>今、この三次元では、色の世界のみがすべてだと思っている人の
>なんと多いことでしょうか。
>この三次元の現象の世界に絶対を求めて生きる、
>これは、私も十分体験して、しつくしてきたことです。
>でも、何を求めても、自分が求めたものを得られることはありませんね。
>そのことに気づくことができただけでも 一歩かな と今は思っています。

>あとは、相対比較の空間を静かに体験しながら 
>絶対不滅の次元をさらに心静かに感受したい と思います。

>読んでいるだけで瞑想のようなこの日記、
>無常の現象世界と永遠の瞑想世界を 私なりに感じることができます。
>二つの世界が、同時に、私の中へと入ってきます。
>大きな調和の中ですべてを包み込み、観る その感覚が心地よいです。

>ありがとうございました。
-----
空の中で色が踊っているんだね。
そう、円運動のダンスをしている。
その感覚は言葉では説明できないんだね。
もう直接感じるしかない世界。
ひとつなんだね。
色と空は別々ではない。
ひとつ。

それは今ここに生きていても同じ。
三次元と多次元は別々ではない。
同時に存在している。
お互いに浸透しあいながら。
そういう世界だよね。
三次元の理解を超えた世界なんだね。
同時存在。
色であると同時に空でもある・・・

(2006.03.11 00:49:53)

Re:愛でるとは?(03/09)  
光のkimi  さん
せきせきさん
-----
湿疹が出るということは、体力がついてきているのかもね。
毒を体内から排出する力が出てきたということだからね。
出れば、消えていく。
溜まっていたものを解放しているだけだね。
精神の解放に見合って、肉体も解放されてきたということかな。
人類の潜在意識に溜まっていたものが現象化して解放されるののミニバージョンだね。
人類に先駆けてやっている?
人類を代表してやっている?
いずれにしても、ご苦労様だね。

すべては解放のプロセスだと思い定めて、諦(あきら)めることだね。
そう、達観するんだね。
腹を据(す)える?
そうすれば、後は感謝して見守っていられるでしょう。

感謝すればするほど、解放は早くなる。
喜ぶことだね。
日々、喜んで感謝をして暮らしたら、今ここが天国でしょう。
体は後から自然に天国になるよ。
タイムラグがあるだけだから。
心の現れに過ぎないから。
まあ、ゆっくりおやりくださいませ。
だいぶ光が見えてきたね。

(2006.03.11 01:02:40)

保身  
えっちゃん さん
色んな深い言葉を聴きながらも、
何でも突っ込んで焼いてしまうお好み焼きのように、
最後はソースをたっぷりかけておいしいなどというレベルの理解力であっても、
少しは心は大きくなったか、深くなったか、それでいて軽くなったか・・・と、
思ってみたりしたけれど、
まだまだ半歩も空に近づき得てない自分に出会う。

勤め先の飼い犬が屋敷を抜け出した。
大勢のお客様で、お相手してもらってご機嫌のワンチャンに、
私は不注意になっていた。
いない?
血の気が失せる気がした。
警察に連絡する事は雇い主に任せて、
散歩コースを当てなく探す。

その間、私の頭と心を駆け巡る「どうしよう!」は、
保身の想いが99%・・・
狭量な心。
情けない自分。
そう思いつつ、明日を憂う・・・
底なしの保身。

無事、いい人に保護されていて、帰ってきたワンちゃん。
私は改めて知る。
私の狭量さ。

愛など程遠い。
世界の人を憂う前に、
自分の小ささをしっかり認識しなければ・・・
戦場で銃を振り回す人となんら変わり得ない保身の人。

けれど、流れはやさしい。

個々の現象に囚われず、個々の現象を愛でる。
ただ愛でる。

そういう思いを抱いても許されるような気もする。

(2006.03.11 11:00:58)

えっちゃん  
せきせき さん
えっちゃんのコメントを読んで涙が出てしまいました。
なんで?わからないけれど・・・。
同じような経験が昔の昔あるから?そうなのかな。
私はその時、保身の気持ちがあるなんて100%気がつかなかったよ。
自分を守りたい気持ちで行動していたなんて、祈っていたなんて知らなかったです。

ただ、思ったことは、「ついてない、なんて私は駄目なのだ」それだけだった。
環境のせい、自分のせい、人のせい、それだけ。

相手に謝るのも、ただ、自分の運のなさに捉われて、心から謝れなかった。
相手から出る強烈な怒りも、しっかり受け止められなかった。
どうせ、こんな私だから、とか、ドロドロした思いの中でしかいなかったよ。

えっちゃんに、私を愛でられたような気持ちになりました。だから涙が出たのかな?
保身の気持ちがあると、気がついているえっちゃんは、もう、囚われていないような気がしました。

とてもやわらかになりました。
ありがとうございました。よくわからないコメント??ごめんね。 (2006.03.11 14:19:10)

Re:保身(03/09)  
光のkimi  さん
えっちゃんさん
-----
自分の立場が危うくなった時、自己の保身を考える。
犬をさがすことよりも自己の保身の方がメインになってしまう。
不安と心配と考えても何にもならないことのオンパレード。
そういうことは何の役にも立たない。
どころか、逆に足を引っ張ってしまう。
ただネガティブになって更に落ち込むだけ。

それはパターン。
過去のパターン。
えっちゃんのパターン。
人類のパターン。
単なるパターン。
意味のないパターン。

そのことに気がついたら、やめることだね。
きっぱりとやめる。
そんな愚かなことは・・・

もっとシンプルに生きればいいよね。
それだけさ。

(2006.03.11 21:13:02)

せきせきさんありがとう!  
えっちゃん さん
保身の人という痛みを分かち合ってくれて。
私もずっと、ひたすら保身の人、いい訳の人、
運のせいにする人ではあるけれど、
少しはkimi言葉で曇りを除くことが出来て、
見えてくるものがあるようです。
自分が見えたことで、kimiさんのコメントのように、

>そのことに気がついたら、やめることだね。
>きっぱりとやめる。
>そんな愚かなことは・・・

きっぱりやめる!に一歩足を踏み出せるかもしれない。

今日、ガイアシンフォニーの3番を何年ぶりかで観て、感動がひとしおでした。
以前は、星野道夫さんを取り巻くアラスカの人々、
スピリチュアルな人々の事も、
かって、ポリネシアからハワイを目指した古代の人に倣って、
自然のサインと、心に描くビジョンだけで太平洋を漕ぎ出した人々の事も、
少し遠くに眺めていた。

けれど、今日の感動は違う。
kimiさんの言葉が、私なりに受け止められていると感じた。
彼らの語る、魂の事、本当の自分に出会う事、大いなる存在の事、自然との関わり・・・
すべて、うなずくように聴く事ができた。

そして、改めて古代の航海を再現したナイノア・トンプソンの言葉で気付いた。
「百聞は一見にしかず」・・・
それは、何と狭い捉え方であったかと。
見えないものを認めない今の文化に染まりきっている自分であったかと。

せきせきさん、4月にガイアシンフォニーのDVDが届きます。
まだ観ていないのなら、ぜひ、観て欲しい。
kimiさんの言葉が映像と共に聴こえますよ。


(2006.03.12 00:12:27)

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