無色透明

無色透明

2008.07.20
XML
カテゴリ: スピリチュアル
暑い日が続いている屋久島。

レンタカーが、出払うほど。
山だけでなく、里でも観光客の姿をよく見かける。

今年も昨年以上の屋久島ブームらしい。
特に今年は燃料費の高騰で海外旅行が敬遠された分、国内が増加している様子。
白谷雲水峡の駐車場も路上駐車の列。
森の中も人ばかり。

今日は、久しぶりのお休み。

パソコンの前に座っているだけで、汗が滴(したた)り落ちる。
一日に何度シャワーを浴びることか。

もっとも、天気が良いので洗濯ものは、すぐに乾く。
汗が出る分、洗濯する回数も多くなる。
暑い暑い屋久島も、朝夕は涼しい。
さわやかな朝が続いている。

最近は、あまり水晶を買わなくなった。
買いたいのだが、買いたい水晶がない。
これまで、いろんな水晶をたくさん買ってきた。
そのため、だんだんハードルが高くなってきている。

よほどのものでないと、買いたいという気にならない。

仕事が続いているので、水晶を買う余裕はある。
にもかかわらず、買いたい水晶が見つからない。

水晶が買えないので、ここのところ生活用品を購入している。
屋久島へ来て丸5年が過ぎ、買い替えの時期に差し掛かっている。
まず、FAX電話の子機が壊れてしまった。


FAXが届くのは、年に何回もない。
今は、ほとんどがメール。
使用することも稀なので、FAXなしにすることにした。
小さな電話機になって、スッキリさわやか。

次に、イスを買い換えた。
これまでのイスは、リラックスし過ぎ。
もう少し姿勢のいいものに変更。
色もスタイルもアップ。

それから、レースのカーテンをすべてUVカットに変更。
これは、水晶を紫外線から守るため。
次は、ガス台。
これは、ここへ来た時からあったもの。

もう鉄の部分がボロボロで、やっと鍋を置ける程度。
もう完全に寿命。
こちらは、業務用の強烈なガスレンジに変更。
次は、冷蔵庫。

こちらは、まだ使える。
実際、まだ使っている。
しかし、小さいので不便。
120Lを225Lに変更。

屋久島で買うと、49800円。
ネットで買うと、37700円。
あまりにも違うので、ネットで買うことにした。
電話機もイスも、カーテンもガスレンジも、すべてネットで購入。

屋久島にもあることはあるが、やはり高い。
ネットは、安い。
どうしてもネットで購入する機会が多くなる。
ネットなしでは暮らせない屋久島。

最後は、鏡を買った。
これまであったものは、顔を見るだけの20cm程度のもの。
全身を見れるものが、ほしかった。
今回届いたものは、150cmもある。

これで、もう紅顔の美少年と言い張ることもなくなるだろう。
自分自身を直視すれば、どう見ても厚顔の美少年。
お腹の出ている紅顔の美少年などいるはずもない。
いやいや、髪の毛が薄い厚顔の美少年なら、ここにいる。

いやでも、ありのままの自分自身を見ることになる。
しかし、その結果、体の歪みなどもよくわかる。
直視しなければ、いつまでも気づかない。
目を逸らして妄想の世界に生きてもしかたがない。

事実ベース。
それは、肉体に限らない。
心のなかも直視する必要がある。
しかし、心のなかを見れる鏡はない。

姿形は、ありのままを見れる。
しかし、自分の心は、なかなか見れない。
心のなかを直視しない限り、心の歪みはわからない。
心が歪んだままでは、人生も歪んでしまう。

真っ直ぐな人生を生きれずに、右往左往することになる。
右にぶつかり左にぶつかり、傷つきボロボロの人生となる。
自分の心のなかを鏡のように見れれば、対処のしようもある。
さて、では、どうしたらいいのだろうか。

自分の心を映す鏡は、ある。
それは、自分の目の前にいる人。
人は、自分の鏡。
相手を見れば、自分がわかる。

相手がどのように見えるか。
それが、自分の心の鏡。
相手の状態は、自分の状態。
相手によって自分の心が、どのように反応するか。

相手を見ているつもりが、実は自分を見ている。
自分のフィルターを通して相手を見ている。
相手の姿は、自分のフィルターの投影。
相手の姿は、実は自分が解釈している相手。

相手そのものではなく、自分が解釈し判断した相手を見ている。
だから、相手の姿は、実は自分自身の心の投影。
相手を見ているつもりが、実は自分を見ていることに。
自分の解釈や判断のパターンで相手を見ているだけ。

心が透明であれば、相手の姿がそのまま映る。
それは、きれいな鏡と同じ。
心が澄み切れば、事実としての相手がいるだけ。
解釈も判断もない。

良いも悪いもない。
美しいも醜いもない。
ただ事実がある。
その人がいるだけ。

心のなかが動く時は、自分の心のなかを見る時。
心の動きが、心の歪み。
それを見極める。
しっかりと自覚する。

明確に自覚されれば、心は自然に真っ直ぐになっていく。
鏡に映った歪んだ自分の姿を見れば、誰でも姿勢を正す。
自然にそうする。
それが、自然な動き。

心の歪みが自覚されれば、自然に真っ直ぐにしようとする。
それが、自然。
素直。
あるがまま。

人と対峙した時に、自分の心の動きを自覚することだろうか。
自覚しながらコミュニケーションすることだろうか。
そのなかで自分のパターンを自覚することだろうか。
自分の偏りを直視することだろうか。

ありのままの自分を見る。
鏡で肉体を見るように、相手を通して自分の心を見る。
良いも悪いもない。
事実を見極める。

解釈し判断し、独り悦に入ってる自分。
相手を否定することによって、自分を肯定する癖。
悪いのは、いつも相手。
自分は、いつも正しい。

自己正当化によって、自分を維持しようとするパターン。
アイデンティティを保つための自己正当化。
心のなかで、いつもブツブツ相手を非難し、自己正当化している。
それもまた自己保存の一つのパターン。

根深い根深い自己保存の本能と思考のドッキング。
気がつけば、ほとんどのパターンが、ここから生じている。
自分を守るために、相手を否定したり、自己主張したり。
逆に、自己を卑下し、自分を弱者にして自分を守ろうとすることもある。

自己保存のパターンは、たくさんある。
被害者になって、自己正当化することもある。
どんな状況であれ、自己正当化を試みる。
自分を守るためには、ありとあらゆる手を使う。

心の歪みは、すべて自己保存から来ている。
単純な歪みもあれば、複雑に錯綜した歪みもある。
複雑過ぎて簡単には見極めがつかないものもある。
人の心は、複雑怪奇。

しかし、そのルーツを訪ねれば、すべて自己保存に行き着く。
すべては、自分を守るため。
自己保存の本能と思考のドッキング。
そこを見極めることだろうか。

自己保存の本能も思考も否定することはない。
ただ事実を見極める。
自分の心の仕組みを知る。
しっかり自覚する。

明確に自覚されれば、それなりの行動が起きる。
自分を知らないから、自分を苦しめる行為を繰り返す。
心の鏡を持っていないから、自分の心がわからない。
相手を見て、自分の心を知る。

相手は、自分の鏡。
相手を見ながら、自分の心のなかを見守る。
心が動けば、注意する必要がある。
しっかり注意しながら見守る。


『人を見て 自分の心 見守れば 人は自分の 心の鏡』


これが日記を書き始めて1296日目の心境。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008.07.22 13:50:05
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Comments

難しいね?@ 人はなぜ生まれてくるのですか その答えを探すためでわ?
emi☆@ タイムリー 先週、ちょっとしたことがありました。 …
風の彷徨者@ Re:そうだったのですか ぴあのさま そういう事情だったのですね…
ぴあの@サファイア @ Re:あれれ??2(06/13) 風の彷徨者さん >今見たら元に戻ってい…
風の彷徨者@ あれれ??2 今見たら元に戻っていました。 こちらのP…
風の彷徨者@ あれれ?? 日記の感じが(テンプレート?)が変わり…
風の彷徨者@ Re:2718日目 - 神聖ゴールデン貫入 石屋…いやいや(笑)水晶屋の 魂仕組みは奥…
ポプラ@ ヒマラヤグリーンDTマスター 私もこの水晶を毎日のように眺めてはぞく…
風の彷徨者@ Re:2716日目 - 運命の水晶 「その秘められた可能性を理解すること…」…
emi☆@ Re[1]:こんばんは^^(06/09) 光のkimiさん >emi☆さん >>100万アク…

Keyword Search

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: