感泣亭日録

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juny4141 @ 御訪問ありがとうございます。 手塩に育てた娘が自分で生きていきますと…
ittiino @ Re:(^^)こんばんは(05/12) ittiinoさん >> いい写真ですね。び…
ittiino @ (^^)こんばんは > いい写真ですね。びっくり
感泣亭 @ Re:はじめまして(08/13) そうですか。鬼塚先生は、お元気で、毎年…
真紀@ はじめまして 母(67歳)が鬼塚先生の教え子で よく…

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May 26, 2007
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今年の風信子忌で、献杯の音頭をとった山崎剛太郎氏は、挨拶の中で、小山正孝の立原を語った現代詩手帖1959年7月号の「永遠に生きる立原道造」の中から、「私は、立原道造については、書きたくない。書きたくないことだらけだ。」という文章を引き、「なぜ、小山がそう書いたのか」という問題提起をした。

小山が、立原の詩の中で一番注目した詩はどれであったか。
坂口昌明氏は、「未刊ソネット集」の「ソネット管見」というソネット論の中で次のように述べている。
「小山が一番好きだった立原の詩はどれであったか。私はごく私的なつきあいのなかで彼が感興のままに同じソネツトを朗読するのを、何回か聴いたことがある。それは、決まって『晩秋』だった。・・・・」
この立原の「晩秋」について、小山は、「立原道造全集第一巻-詩集-」のなかで、
「・・・『晩秋』といふ詩は全く新しい詩なのだ。」と述べる。
「僕は、『空幻の花の時代』『灰色の時代』と二つに分け、前者は所謂立原道造的な詩であり、後者は彼がそれをきらいながら一段一段と降りて行かなければならなかった地獄での孤独な詩である思ふ」
その「灰色の時代」のはじまりが「晩秋」であるというのだ。



あはれな 僕の魂よ
おそい秋の午後には 行くがいい
建築と建築とが さびしい影を曳いてゐる
人どほりのすくない 裏道を

雲鳥を高く飛ばせてゐる
落葉をかなしく舞はせてゐる
あの郷愁の歌の心のままに 僕よ
おまへは 限りなくつつましくあるがいい

おまへが 女を呼ばうと 拒まうと
おまへは 永久孤独に 餓えてゐるであらう
行くがいい けふの落日のときまで


おまへの歩みを ささへるであらう
おまへは そして 自分を護りながら泣くであらう

立原との出会いは、小山に決定的な影響を与えた。
小山がひかれ共感したのは立原の「明るさ」ではなく、「暗さ」なのだ。
地獄に向かう暗さなのである。













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Last updated  May 27, 2007 12:03:27 AM


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