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米女子ゴルフ:ウェンディーズ選手権宮里藍が17アンダーというすごい記録で4位と健闘しましてねまあ優勝のオチョアは24アンダーと怪物のような記録ではあったのですが日本人としては快挙おめでとうございます(^▽^)そういえばゴルフ用語の中には動物の名前が入っているものがありますよねたとえばドッグレッグコースのようにちょっと気になったので調べてみましたまずバーディちょっと見過ごしそうですがこれは小鳥のことなのですパーを破ったすばらしいショットに対して「like a bird」(鳥の様に.非常に早く)と叫んだことからパーよりも少ない回数で入ったものをバーディと呼ぶようになったそうですイーグルはバーディよりもさらによい成績に対してBig bird(Eagle)と呼ぶようになりましたアルバトロスはアホウドリのことでアホウドリは海上で羽ばたくこともなく優雅に飛ぶ鳥ですこの姿がすばらしいショットに結びついたようですちなみにアメリカではアルバトロスのことをダブルイーグルといいますアホみたいにすごいショットという意味ではないようですあとひとつ動物ではないのですがボギーは「お化け」なのだそうです^^
2006/08/29
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昨日は土日ということで京都では地蔵盆が行われている町内が多かったみたいです地蔵盆は、地蔵菩薩の縁日である8月24日に向けて、その前日の宵縁日を中心とした3日間に行われます京都が発祥の地らしく、現在は近畿地方を中心に行われています地蔵盆は町内にあるお地蔵様の像を洗い清めてお化粧をし、お供え物をして祭る行事で町内の子供たちが集って 楽しく遊ぶお祭りですおやつや福引など子供たちのためにいろいろなイベントが用意されています地蔵菩薩が慈悲の菩薩ということと子供を救ってくれることから子供たちのお祭りなったのでしょう地蔵菩薩とはインドの二人の王様の一人で一人は神になって人々を救おうと考え一切智威如来となりましたもう一人の王様は神になる力を持っているにもかかわらずあえて自ら地獄に身を投じてすべての苦悩とさ迷い続ける魂を救おうとしましたこれが地蔵菩薩でありますこんなお話があります賽の河原を渡ることができない子供たちが石を河原に積み上げていますある程度石が積みあがったとき鬼がやってきて、積んだ石を壊していきます泣いている子供たちのところに地蔵菩薩がやってきて救ってくれるのだそうです「地蔵和讃」というお話です命頂礼地蔵尊 無仏世界の能化なりこれはこの世のことならず 死出の山路の裾野なるさいの河原の物語 聞くにつけても哀れなりこの世に生まれし甲斐もなく 親に先立つありさまは諸事の哀れをとどめたり二つや三つや四つ五つ 十にも足らぬおさなごがさいの河原に集まりて 苦患(くげん)を受くるぞ悲しけれ娑婆と違いておさなごの 雨露しのぐ住処さえ無ければ涙の絶え間無し 河原に明け暮れ野宿して西に向いて父恋し 東に向いて母恋し恋し恋しと泣く声は この世の声とは事変わり悲しさ骨身を通すなりげに頼みなきみどりごが 昔は親のなさけにて母の添い寝に幾度の 乳を飲まするのみならず荒らき風にも当てじとて 綾や錦に身をまといその慈しみ浅からず然るに今の有様は 身に一重さえ着物無く雨の降る日は雨に濡れ 雪降るその日は雪中に凍えて皆みな悲しめど娑婆と違いて誰一人 哀れむ人があらずなのここに集まるおさなごは 小石小石を持ち運びこれにて回向の塔を積む手足石にて擦れただれ 指より出づる血のしずくからだを朱に染めなして 一重つんでは幼子が紅葉のような手を合わせ 父上菩提と伏し拝む二重つんでは手を合わし 母上菩提と回向する三重つんではふるさとに 残る兄弟我がためと礼拝回向ぞしおらしや昼は各々遊べども 日も入相のその頃に地獄の鬼が現れて 幼き者の側に寄りやれ汝らは何をする 娑婆と思うて甘えるなここは冥土の旅なるぞ 娑婆に残りし父母は今日は初七日、二七日 四十九日や百箇日追善供養のその暇にただ明け暮れに汝らの 形見に残せし手遊びの太鼓人形風車 着物を見ては泣き嘆き達者な子供を見るにつけ なぜに我が子は死んだかと酷や可哀や不憫やと 親の嘆きは汝らの責め苦を受くる種となる必ず我を恨むなと 言いつつ金棒振り上げて積んだる塔を押し崩し汝らが積むこの塔は ゆがみがちにて見苦しくかくては功徳になりがたし とくとくこれを積み直し成仏願えと責めかけるやれ恐ろしと幼子は 南や北や西東こけつまろびつ逃げ回るなおも獄卒金棒を 振りかざしつつ無惨にもあまたの幼子睨み付け 既に打たんとするときに幼子怖さやる瀬無く その場に座りて手を合わせ熱き涙を流しつつ 許したまえと伏し拝む拝めど無慈悲の鬼なれば 取り付く幼子はねのけて汝ら罪なく思うかよ 母の胎内十月の内苦痛さまざま生まれ出て 三年五年七歳とわずか一期に先だって 父母に嘆きを掛くることだいいち重き罪ぞかし娑婆にありしその時に 母の乳房に取りついて乳の出でざるその時は 責まりて胸を打ち叩く母はこれを忍べども などて報いの無かるべき胸を叩くその音は 奈落の底に鳴り響く父が抱かんとするときに 母を離れず泣く声は八万地獄に響くなり父の涙は火の雨と なりてその身に振りかかり母の涙は氷となりて その身をとずる嘆きこそ子故の闇の呵責なれかかる罪とがある故に さいの河原に迷い来て長き苦患を受くるとぞ 言いつつまたもや打たんとすやれ恐ろしと幼子が 両手合わせて伏し拝み許したまえと泣き叫ぶ 鬼はそのまま消え失せる河原の中に流れあり 娑婆にて嘆く父母の一念届きて影映れば のう懐かしの父母や飢えを救いてたび給えと 乳房を慕いて這い寄れば影はたちまち消え失せて 水は炎と燃え上がりその身を焦がして倒れつつ 絶え入ることは数知れず峰の嵐が聞こえれば 父かと思うて馳せ上がり辺りを見れども父は来ず 谷の流れの音すれば母が呼ぶかと喜びて こけつまろびつ馳せ下り辺りを見れども母は無く走り回りし甲斐もなく 西や東に駆け回り石や木の根につまづきて 手足を血潮に染めながら幼子哀れな声をあげ もう父上はおわさぬかのう懐かしや母上と この世の親を冥土より慕い焦がれる不憫さよ泣く泣くその場に打ち倒れ 砂をひとねの石まくら泣く泣く寝入る不憫さよされども河原のことなれば さよ吹く風が身にしみてまちもや一度目をさまし 父上なつかし母ゆかしここやかしこと泣き歩く折しも西の谷間より 能化の地蔵大菩薩右に如意宝の玉を持ち 左に錫杖つきたまいゆるぎ出てさせたまいつつ幼き者のそばにより 何を嘆くかみどりごよ汝ら命短かくて 冥土の旅に来るなり娑婆と冥土はほど遠し いつまで親を慕うとぞ娑婆の親には会えぬとぞ 今日より後は我をこそ冥土の親と思うべし 幼き者を御衣(みごろも)の 袖やたもとに抱き入れて 哀れみたまうぞ有難やいまだ歩まぬみどりごも 錫杖の柄に取り付かせ忍辱(にんにく)慈悲の御肌(おんはだ)に 泣く幼子も抱(いだ)き上げ なでさすりては地蔵尊熱き恵みの御涙(おんなみだ) 袈裟や衣にしたりつつ助けたまうぞ有難や大慈大悲の深きとて 地蔵菩薩にしくはなくこれを思えば皆人よ 子を先立てし人々は悲しく思えば西へ行き残る我が身も今しばし 命の終るその時は同じはちすのうてなにて 導き給え地蔵尊両手を合して願うなり南無大悲の地蔵尊 南無阿弥陀仏阿弥陀仏お地蔵さまは 最後の最後に助けてくれる慈悲深い方なのですね
2006/08/21
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8月16日 京都では大文字の送り火が五山で行われます8月13日に迎え火を燃やし祖先の霊を我が家に迎えて、15,16日に送り火を燃やし祖先の霊が黄泉の国へと帰るのを送ります京都では東山如意ケ嶽に「大」松ヶ崎西山から万灯籠山に「妙」松ヶ崎東山から大黒天山に「法」で「妙法」西賀茂船山に「船形」大北山に「大」(これは左大文字といわれています)嵯峨鳥居本曼荼羅山に「鳥居形」の五つの送り火が焚かれます大文字送り火の起源は定かではないらしく弘法大師説や足利義政説があるようです夏の夜空をいろどる大文字五山送り火ぶっちぎりの京都を堪能してください^^
2006/08/16
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