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2006.12.06
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カテゴリ: 『デカローグ』
DEKALOG DZIEWIEC

DEKALOG 9_1.jpgDEKALOG 9_2.jpg


9『ある孤独に関する物語』

この『デカローグ』シリーズの10の物語、撮影が9人の違うカメラマンが起用されています。ちなみにポーランドでの映画カメラマンの仕事は、フランスやアメリカ等より範囲が広く、演出に関わるような部分も多く、撮影カメラマンの選択はより重要で、意味を持つらしい。ところで何故か10人でなく9人なんですね。『3』とこの『9』はいちばん若い同じピョートル・ソボシンスキが撮影担当です。このソボシンスキと言う人は後に『トリコロール/赤の愛』を担当することになる。そこで考えてみると、この『デカローグ9』と『トリコロール/赤』には共通性があるような気がしてくる。そして『3』も。後に『ふたりのベロニカ』や『トリコロール』に登場する、キェシロフスキが作り上げた18世紀オランダの架空の作曲家ブッデンマイヤーがこの『9』で初めて登場する。そして『デカローグ』全10作の冒頭に聞こえるピアノの和音3つからなるフレーズ、それは『9』で流れるテーマ曲の冒頭であり、またそれは『トリコロール/赤』の音楽にもなる。『ふたりのベロニカ』との関係も深く、主人公ロメクが手術を担当するという設定で登場する心臓の悪い若い娘、彼女は声楽を学んでいて、心臓の悪いままではブッデンマイヤーは歌えない。それを無理に歌うとポーランドのベロニカのように歌の途中で心臓発作で死んでしまうんでしょう、なんて連想してしまいます。

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さてこの『9』と『3』や『赤』との共通性なんですが、どれも不倫がテーマにある。『3』のタクシー運転手ヤヌーシュは3年前にエヴァと不倫関係にあった。そのエヴァもエドヴァルドという男性が居ながらのヤヌーシュとの不倫だ。ヤヌーシュは妻を置き去りに、クリスマス・イヴの一夜をエヴァのウソにつきあって過ごす。『9』では不能になったロメクの妻ハンカは学生マリウシュと不倫関係にあって、ロメクは家の電話に盗聴装置を仕掛けて妻の電話を盗み聞きする。老判事の電話盗聴は『赤』のテーマだ。『9』に関して、キェシロフスキは「この作品には『電話に関する短いフィルム』というタイトルを付けることが出来たかもしれない。」と言っているけれど、『トリコロール/赤の愛』は実は『電話に関する短いフィルム』だったんですね。老判事トランティニャンの盗聴とは別に、『赤』では電話がそこかしこに重要な使われ方をしています。そもそも『赤』はロンドンのミッシェルの部屋の電話から、ドーバー海峡の海底ケーブルを経て、ジュネーブのヴァランティーヌの部屋の電話までの電話線を描くことから始まります。そんな意味でこの『デカローグ9』はキェシロフスキにとって思い入れの深い作品なのではないでしょうか。直接に会っての会話や手紙が電話という技術にとってかわり、結果人々のコミュニケーションが希薄になり、孤独を増していると彼は自伝の中で言っています。そうやって捉えていくと、この『9』は愛と不倫と孤独と電話の物語なのでしょう。

いずれにせよ『トリコロール/赤』に勝るとも劣らないほどの重厚な作品になっていると思います。

(以下ネタバレ)
有能な医師のロメクはザグレブ出張の帰りに医学校時代の友人のところに寄り、自分が性腺機能不全・男子不妊症で性交不能、また恢復の見込みのないことを告げられる。妻が若く、魅力的だと聞いて、友人医師は離婚を勧める。ロメクはもう何年も妻ハンカにたいしても不能で悩んでいたものの、いざ実際に診断結果を告げられると動揺は隠せない。故意か過失か、帰りの車で事故りそうになる。

ロメクとハンカは結婚10年。いつからロメクは性的不能になったのだろう。それを期に二人はきっと悩んだ。下半身だけが愛ではないとハンカは言う。しかし不能のロメクには「それでもお前を愛している」とはなかなか言えないのだ。そう思う権利など自分にはないとも考えてしまう。そんなロメクは孤独だ。そしてそんなロメクを愛しているハンカも。その結果、実はきっと愛し合っているこの二人の心の関係はどこか寂しいものになっている。しかしロメクがするべきことは、欠陥を認め、それでもハンカを愛していると自分を彼女にさらけ出すことだ。彼女を求めることだ。そしてそうしてくれればたとえ下半身の愛がなくてもロメクの愛を受け止めることができる。ハンカはきっとそう望んでもいる。その愛の成長・成就の過程を描いた作品と言える。

そんな心のすれ違いの中でハンカは大学生のマリウシュと肉体の関係にある。しかしハンカはマリウシュを愛しているのではない。ロメクとの心の関係が寂しいために下半身の欲望が表面に出てしまっただけだ。彼女は学生にもう会わないと告げるが、それをクローゼットに隠れたロメクは見てしまう。学生が去った後、帰ろうとしたハンカは隠れていたロメクを見つける。ハンカはロメクに抱きしめてと言うが、ロメクは君を嫉妬したりする権利は自分にはないと言う。こういうとき、つまり自分の孤独にうちひしがれたときに、他者からの慰めにも応じようとできず、頑なに孤独に閉じこもってしまう様子で描かれる。少し距離を置こう、養子をもらおう、と言う話にはなるが、ここまで至った孤独には自殺が残されるのみだ。



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建設中の高速道路での事故はフェリーニの『悪魔に首を賭けるな』(オムニバス映画『世にも怪奇な物語』第3話)からの引用・オマージュであり、同映画の白いボールが転がるシーンは『トリコロール/青の愛』の冒頭の事故シーンで引用されている。

(『トリコロール/赤の愛』のサントラCDの第8トラックと13トラックの『他人の妻をとってはならない』の2つのバージョンを2曲リピートで聴きながら。)

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Last updated  2006.12.06 22:55:25
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