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2007.05.14
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カテゴリ: 日本映画
夜の女たち/Women of the Night/Les Femmes de la nuit

白黒 73min
那覇・桜坂劇場にて

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この日はちょっとした上映ミスがあった。予告編が終わってスクリーンを覆うカーテンがスタンダードサイズに両横が狭まって、そうしたらカラーで大映のロゴが映った。???!!!、『夜の女たち』って白黒だし、大映だっけ?、別の映画?。そう思っていたら『楊貴妃』のタイトル。そこで映写が中断され「しばらくお待ち下さい」のアナウンス。改めて上映が始まり、白黒で松竹のロゴ。そう、そう、そうだよな!。2~3分待たされただけだから別にどうってことないのだけれど、後の方で「何やってんだ!」って年輩男性の非難の叫びも。このおやじの叫びは不快だった。でもボクが思ったのは、『楊貴妃』のタイトルが出る前、カラーであることと大映のロゴで映写技師さんには気付いて欲しかった。たまのミスはやむを得ないとしても、映画についてもっと知っていて欲しい。例えばこれから上映する『夜の女たち』は白黒で松竹作品である、とか・・・を。

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敗戦後の大阪、田中絹代演ずる大和田和子は小児結核の子供を抱えて夫の復員を待っている。終戦後のこと寄宿する義兄の家とてゆとりがあるわけでもなく、和子に対する扱いは冷たい。病気の子供を抱えて働きにも出れず、着物を売るなどの日々だ。そんなある日夫の戦死の情報がもたらされ、また子供も死んでしまう。戦争と貧困によって夫も子供も失った女性の悲哀だ。 (以下ネタバレ) 一人になった彼女は小和田家を出てアパート住まいをし、貿易会社社長栗山の秘書として働くが、栗山の目的は和子の体で、和子は当然の成り行きとして栗山と深い関係になる。和子は大陸から引揚げてきてダンサーをやっている妹の夏子と偶然再会し一緒に住むようになるが、やがて栗山は夏子とも関係を持つようになり夏子は妊娠し、和子もそのことを知ってしまう。街娼になった和子はこうした男たちに復讐することを決心し、自分が性病に罹り専用の施設に収容されると、そこを抜け出して「出来るだけ多くの男に病気をうつしてやる」とも考える。

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栗山はアヘンの密輸で逮捕され、夏子は栗山に性病をうつされていたことがわかり、和子は慈善の婦人ホームに妹を連れて行くが、そこでの出産は死産だった。和子は夜の街の姉御になっていたが、そんな暗い思いの中で夜の街に戻ってくると、そこの仲間たちは若い小娘をリンチしている。それは夫の妹の久美子だった。彼女は派手な生活に憧れて家からお金を持ち出して家出したのだったが、すぐに男に騙されて飲めない酒を飲まされ金も体も奪われ、落ちぶれてこの街にやって来たのだ。こんな久美子を見て和子はそんな生活から足を洗う決心をして久美子を連れて街を去っていく。

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社会批判の映画で、夫を奪った戦争を含めて男性世界に対する批判だろう。しかし和子に妾の口を斡旋しようとした古着屋の女、久美子を騙した自称学生の取り巻きの女たち、久美子をリンチし和子の足抜けに暴力を振るう街娼仲間など女の敵は女でもある。また街娼に身を落とさなければならい事情を無視して、自分は安全な場所にいながらキレイ事で娼婦を批判する女性活動家なども描かれている。人が内面に持つ暴力性を描いた作品でもあるのだろう。精神的と経済的にゆとりのあるときは良いが、そのようなゆとりを失ったときどれだけ人が他者に対して身勝手となり、内なる暴力性を顕在化するかということだ。唯一好意的に描かれていた男性は施設の院長だった。リンチを受ける和子の明るい将来を願う好意的な街娼仲間もいた。最後に2人が去っていくのが教会の廃虚で、そのステンドグラスの聖母子像が写るが、これは希望なのだろうか、それとも世界の道理や人の性[さが]に対する無力感としての皮肉なのだろうか。

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Last updated  2007.07.05 03:17:15
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