ラッコの映画生活

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2009.04.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
LES PARAPLUIES DE CHERBOURG


(つづき)-4-

ド・ゴールがアルジェリアの独立を承認したのは、いずれ民族自決が必至となるだろうという認識もあったが、膨らむ一方の戦費への懸念が背景にあった。フランスの物語に時々使われる展開ではあるが、恋人たちの不幸の要因となったもう一つは、多額の税金の請求が突然ジュヌヴィエーヴの母を襲ったことだ。戦費が膨らむから国は未納の税を1フランでも多く取ろうとしたのだし、そうして取った税金はアルジェリアで使われるということでもある。そういう意味でこの若い二人の悲恋物語を構成したのは、1から10までアルジェリア戦争という当時の社会的・政治的・歴史的な状況だったのだ。

もう一つこの物語で見落とすわけにはいかないのは社会階層の問題だ。映画冒頭から感じるのは、肉体労働者たるギイ、病気の叔母、その世話をするマドレーヌの生活と、ジュヌヴィエーヴや母のブルジョワ的生活の対比だ。日本ではお金持ちか貧乏人かという差でしかないが、ここには純然たる「階級」差がある。

この映画よりも後の時代だけれど、ボクがパリの小学校に通っていた頃、ブルジョワ階層の子供と労働者階層の子供の間にはほとんど交流はなかった。単に金があるかないかではなく、生活文化が全く違うから接点自体がない。だからもう何十年か前にこの映画を(恐らくテレビで)初めて見たとき、この身分差の恋に先はないだろうと冒頭から感じた。

「若すぎる」と言うだけで、母は階級のことなど言わないが、根本にあるのはそれだったはずだ。そしてそれは母だけの意識ではなく、ジュヌヴィエーヴにとっても実はそうなのだ。彼女に悪気はないが「あなたはいつもガソリンの臭いがするのね。」「これが僕の香水だ。」というセリフがあったと思う。こんなところに何気なくそれが表現されている。二人が愛し合ったことは事実だけれど、最後のガソリンスタンドのシーンは二人がそれぞれ収まるべきところに収まったことを示している。ギイにふさわしいのはマドレーヌであり、ジュヌヴィエーヴにはカサールなのだ。

いちばん最初にミュージカル映画が苦手だと書いたが、この作品はこうして深い背景の下に描かれているので抵抗が少ないのかも知れない。








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Last updated  2009.04.19 18:04:55
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