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2023.05.22
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カテゴリ: カテゴリ未分類
天孫降臨際、天照大御神は八咫鏡に
「吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。」
として天照大御神自身の神霊を込めたとされる。

この鏡は神武天皇に伝えられ、以後、代々の天皇の側に置かれた。

しかし、第10代崇神天皇の治世に、
鏡は大和笠縫邑に移され、皇女豊鍬入姫がこれを祀ることとされた。

これは、崇神天皇5年に、疫病が流行り多くの人民が死に絶えたことで、天皇の側で神鏡を祀っているのが恐れ多いことであると考えられ、
崇神天皇6年に従来宮中に祀られていた天照大御神と倭大国魂神(大和大国魂神)を皇居の外に移したのである。

八咫鏡は皇女の倭姫命に託され、



「倭姫命、菟田(うだ)の篠幡(ささはた)に祀り、更に還りて近江国に入りて、東の美濃を廻りて、伊勢国に至る。」とある通り、垂仁天皇25年3月に倭姫命は伊勢に至った(元伊勢伝承)。

倭姫命が伊勢に至ると、天照大御神から
「この神風(かむかぜ)の伊勢の国は常世の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり。
傍国(かたくに)の可怜(うまし)国なり。この国に居(を)らむと欲(おも)ふ」
との神託が降り、伊勢の地に鎮座することが決まったのである。

すべて女性が守り伝えています。その神託をどのように受けたか
そしてその役目をもったのが姫巫女と考えています。

その能力は限られている為、皇女がたまたまそれを有していればよいが、
どうしても選抜してくる必要性がでてくると考えられます。

それが 淳和天皇第四妃真名井御前である如意尼
同時に出家した2名の官女如一と如円はあの道鏡神託事件の和気清麻呂の孫娘とのこと





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Last updated  2023.05.22 14:51:59
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