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「♪わたし 待つわ いつまでも 待つわ…♪」
このフレーズが分かる人は恐らく30代以上の年代の方であろうか。
あみん…岡村孝子(おかむら たかこ 1962年1月29日- 愛知県岡崎市出身)と、加藤晴子(かとう はるこ 1963年1月2日- 愛知県豊川市出身)の2人によるユニット。
ユニット名は、さだまさしの楽曲『パンプキン・パイとシナモン・ティー』(1979年、アルバム『夢供養』収録)に登場する喫茶店「安眠(あみん)」に由来する。
1981年秋、第22回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)に「琥珀色の想い出」で出場。翌1982年春、第23回ポプコンに「待つわ」で出場。5月16日に行なわれた本選にてグランプリを獲得した。
1982年7月21日、「待つわ」でレコードデビュー。楽曲が多大なる共感を得て、デュエットによるハーモニーの新鮮さや清潔感と相まってミリオンセラーの大ヒットとなり同年のオリコン年間シングルチャート1位を記録、同年の第33回紅白歌合戦にも出場する。
その後シングル3枚とオリジナル・アルバム「P.S.あなたへ…」をリリース、1983年12月20日にリリースしたカバー・アルバム「メモリアル」を以て、あみんとしての活動を休止する…
以上は 「あみんオフィシャルサイト」
から
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1982年、私は大学4年生で、関西外国語大学体育会本部企画部長を担当していた。大学祭実行委員会が結成され、ここでも企画部長をしていた。
毎年恒例のコンサートでは、当時ヒットしていたアーティストを招聘しようということで、候補に、山下久美子(「バスルームから愛を込めて」)、シュガー(「ウェディングベル」)かあみん(「待つわ」)があげられた。
個人的にはあみんがお気に入りだったが、予算や人気のことも考え、最終的に、山下久美子に決定した。
何度聞いても「待つわ」のメロディ・フレーズが耳にこびりついてはなれない。
あの頃、居酒屋には8トラックカセットのカラオケがあって、この曲もよく酒の席で歌ったものだった。自分にとってはそれほどインパクトの強い曲だった。
20代後半から岡村孝子がDJを勤める朝のFM番組(FM大阪「ビフィダス・レディオ・ハイスクール」)を聴くようになり、岡村孝子のCDは全て買い揃えた。コンサートも彼女が大阪に来る際には必ず足を運んだ。
1988年には春の選抜高校野球の行進曲に「夢をあきらめないで」が選ばれた。
当時英語を担当していた高校3年生のあるクラスの最後の授業で、教え子たちが自分のために「夢をあきらめないで」を大合唱してくれた。彼ら/彼女たちの歌声を聞きながら涙があふれたのを覚えている。
岡村孝子が、元近鉄の石井選手と結婚したという話を聞いてショックを受けた。この石井選手に岡村孝子のカセットテープを手渡したのは、当時近鉄でいっしょに活躍していたあの野茂選手だったという。
子供ができてしばらく後に、岡村孝子は石井選手と別れた。その後は育児活動に専念していたようだが、今朝の芸能ニュースで「あみん復活」を知り、ネットで検索したところ、あみんのオフィシャルサイトにヒットした。
あれから25年…歳月人を待たず…気がつけば岡村孝子も45歳、相方の加藤晴子は44歳。椙山女学院在学中にデビューしたあの頃の初々しさも懐かしい。
「♪わたし 待つわ いつまでも 待つわ たとえあなたが振り向いてくれなくても 待つわ 待つわ どこまでも 待つわ 他の誰かに あなたが振られる日まで…♪」
女心のひたむきさ・したたかさを歌った「待つわ」、再デビューを期待していたファンにとっては待ち続けた甲斐があったというもの。
「待つわ’07」
はより洗練された歌声で、25年のブランクを感じさせない仕上がりになっている。
"In the Prime"(DVD付限定版)は こちら
ワイルドに行こう 2010.05.22
Pyramid 2010.04.27
Corrs~コアーズ 2010.04.12 コメント(2)