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【オータム】

10月の訪れとともに、毎年必ず聴くようにしている音楽がある。
ジョージ・ウィンストンの「オータム」である。
このアルバムは、自分が教員になった1984年の10月、職場のある先生がたまたま図書室でBGMに流してくれたもの。
かつてトヨタのクレスタのTVのCMに使われていたが、ウィンダム・ヒル・レーベルでは1980年に発売されてベストセラーになった。
この年、僕は23歳で、ある女性に恋をしていた。
相手は職場にいたひとつ年上のA先生。
同じ英語科にいて席も近かったから話す機会も多かったし、英語科主催のハイキングやクリスマスパーティとかカラオケ大会とかにも必ず参加してくれた。
いつも本を読んでいて、知的で話題の豊富な女性だった。
この曲を初めて聴いた日に、彼女も同じ図書室にいた。CDの持ち主はジャズとクラシックが大好きな国語科のT先生だった。
僕はそのCDをさっそく買ってきて、部屋で何度も聴きかえした。頭の中に完全にスコアが記憶されるくらいまで聴いた。
何度かA先生を含むグループで食事に出かけたり、映画にも行ったりした。
だが、二人きりになったのはたった一度。
若手の集まりでお酒を飲みに行った帰り、にわか雨が降り出した。
グループのメンバーと別れ、A先生と二人きりになった。たまたま彼女とは帰る方向が一緒だったのだ。
「よかったら自分の部屋でお茶でも飲んで行きませんか?」
照れくさかったけれど僕は軽い気持ちで誘ってみた。
「ええ」
まさか、彼女がそう答えるとは思ってもみなかった。
酔っていたせいで彼女もよく話した。次から次にいろんな話題が出てきて、笑いは絶えなかった。
僕たちはアールグレイティーを飲みながら、ジョージ・ウィンストンの「オータム」を聴いた。
1曲目の「カラーズ/ダンス」と3曲目の「あこがれ/愛」とどちらがいいかで僕たちは対立した。
「心が揺さぶられるのはやはり『あこがれ/愛』と思います」という彼女。
「秋の静かで落ち着いたムードが漂うのは『カラーズ/ダンス』じゃないですか」と僕。
「『カラーズ/ダンス』は恋の始まりの気分、でも『あこがれ/愛』は恋のいろんな要素が含まれていませんか。
晴れやかな気分になったり、心かき乱されたり…時にはセンチメンタルに、時には至福の時間に浸ってみたり…」
彼女はそう言う。その通りかも知れない。
「『カラーズ/ダンス』のイントロ部分は、恋が始まったばかりのわくわくする気分ですね。好きな人と一緒に過ごせる時間がとてもうれしくて、ちょうど街の街路樹が色づき始めて心が躍りだす感じじゃないですか」
僕の話に彼女は手で口を覆い、声を出さずに笑った。
「ごめんなさい、笑っちゃって…。的を得た説明ですね。街路樹の葉っぱの一枚一枚が色づいて、恋する女性がポッと頬を染めるような場面かしら…」
僕たちはそんな会話で盛り上がっていた。
彼女に2杯目のアールグレイを勧めようとすると、彼女は腕時計を見て、時間を気にしだした。
11時半をすっかり回っていた。
「せっかく楽しい時間だったのに、そろそろ最終のバスに乗らないと…。泊まっていく訳には行かないわね」
「A先生がよければ別に構いませんよ」
「じゃ、また別の機会にね…」
彼女は僕の冗談にそういいながら笑って応えた。
自分自身、まんざら冗談でもなかったのだけれど…。
彼女はその翌年の秋に、国語科のT先生と結婚した。
僕たちに初めてジョージ・ウィンストンを聴かせてくれた張本人だ。
彼は、あの晩、A先生と僕が「オータム」について熱く議論を交わしたことは知らない。
A先生がそれについて言及していたとしたら話は別だが…。
恋はいつも秋風に乗ってやってくる。
秋の夜長には、少しだけセンチメンタルな気分になって、まぶたを熱くしてみるのも悪くないと思う。
心というものは、時に浄化される必要があるのだ。
*HMVのサイトから*
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