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恒例になっている夏祭りのカラオケ大会だが色々と話を聴いてみると考えさせられる事があった。事前に参加者は申し込んで決めるのだか、今年も募集をかける前から参加の申し込みがあった。なるべく前年の参加者は遠慮してもらっているらしいのだがそれでも大体は同じ顔ぶれになるそうだ。檀家のひとや町内の人ならばそれもいいのだが、どうやらそうではないらしい。祭りシ-ズンになるとあっちこっちでカラオケ大会が催されそれらの大会を渡り歩いている人も少なくないようだ。そのこと自体はいいのだが問題は審査結果について文句を言う人がいるらしい。今年も審査委員はプロの人を2名お願いしていた。町内会長も審査委員になっていたこともあるそうだが、文句を言ってくる人がいて辞めたらしい。どんな事を言ってくるかといえば「あそこのカラオケ大会では、自分のほうが優勝して、あの人は〇位だったのに今回はあの人が優勝したのはおかしい」と審査結果にクレ-ムをつけるのだそうだ。うまいといってもどうせ素人、どんぐりの背比べでその時の調子で出来も違うし審査員の判断によっても違うのが当たり前。よくそこまで自分を過信できるものだとあきれてしまう。またたかが楽しむための祭りのカラオケ大会、聴く者も唄うものも楽しめばそれでいいのに・・・・と思う。そんな人は出て欲しくない。来年は趣向を変えようかと密かに考えている。まずは「ちびっこ」に参加してもらおう。唄いなれただけの大してうまくもないセミプロよりず-と楽しい。幼稚園児のお遊戯もいいし、町内のスナックへ行けば唄っている人は結構いる。やはり町内の人を優先しよう。遠いところから車で駆けつける人は極力遠慮してもらいたいものだ。
Jul 30, 2009
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今年からお寺さんの世話役をおおせつかった。17、18日と夏祭りが開催された。17日は朝からカラオケ大会の会場の設営。土砂降りの雨の中、夜には止んでくれるだろうと見込んでの作業になったが昼過ぎまではバケツの水をまいたような降り方で心配だった。設営が終わりしばらくすると雨も小降りになり道行く人も傘をささないでも歩けるくらいになった。そして夕方には雨も上がり舞台の床も扇風機の風ですっかり乾いた。6時からは本堂で念珠繰りがあり、その後餅まき、カラオケ大会と進んだ。カラオケ大会なかば急に雨が降り始めたが用意していたシ-トとテントで濡れる人もいない様子で一安心。その雨も通り雨みたいにしばらくして止んだ。狭い境内での餅まきは大人に混じり小さな子供が拾うので危ないしかわいそうだ。始まる直前に目の前の子供たちに一番前に来るように声をかけた。2-3人大人も混じっていたが僕の前は子供たちだけになったので一歩前へ出て子供たちだけにまいた。それでも見ていると大人たちは危ない、拾うのに夢中で子供たちが見えていないようだ。来年からは始めに小学生以下だけを前に集め、その後子供たちは下がってもらい大人に餅まきをしようと考えている。拾えなかった子供や親に抱かれた子供には全員あげようと思う。 会場の設営風景 餅まき
Jul 20, 2009
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先日、松山地方で一番初めに行われる夏まつりが近所であり孫のおともで行って来ました。お参りをすませ一通り夜店をひやかして帰るつもりだったのだがなにも買おうとしない。もう一度見ると言う。仕方ないのでまた人ごみの中を歩く。端まで行ったが買うものが見つからない様子でまた引き返す。3度目に買うものが決まったらしく「金魚すくい、風船つり、アイスクリ-ム、くじ」と次々に買っていた。子供はこうして何を買おうか考えながら歩くのが楽しいのだろう。ついこの間、わが子を連れてきたのに孫を連れ歩いているなんか不思議な感じだった。
Jul 16, 2009
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昨日なにげなくラジオを聞いているとサヘル・ローズという女優とのインタビュ-が流れてきた。始めは聞き流していたのだが、そのうち引き込まれていき聞いているうちに何度となく涙を流した。“滝川クリサヘル”として一躍脚光を浴びたサヘル・ローズ。2009年1月、その数奇な半生を描いたエッセイ『戦場から女優へ』という本を出版したそうだ。全くその存在を知らなかったサヘル・ローズだがもつと彼女のことを知りたくなり、さっそく注文することにした。「戦場から女優へ」はこちらから内容はというと・・・・・・。イラン・イラク戦争での空爆により村が全滅する中で、ただ1人生き残った少女が、ボランティアの女学生の手で救い出され、孤児院に。やがて女学生が養母となる形で引き取られますが、養母は「未婚の母」となることで両親から勘当されます。日本で働く婚約者を頼り、来日しますが、今度は「連れ子」の存在が原因で……。 公園でのホームレス生活、食事もままならない極貧、クラスメートからのいじめ等、幾多の苦難に耐えながらも、少女は明るく成長し、やがて芸能界入りを果たします。
Jul 15, 2009
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いつものブログ巡回でNAOMIさんの7/7のブログに北海道における七夕祭りの事が出ていました。以下抜粋です。詳しくはこちらを。
Jul 9, 2009
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浮気同士が つい、こうなってああでもないと四畳半湯のたぎるよりも音もなくあれ 聞かしゃんせ松の風今習っている小唄です。現在なら「不倫」と言うところだろうが「浮気」と言ったほうがなんとなく軽い、深刻でないニュアンスを感じるのは僕だけだろうか。不倫も浮気も同じはずなのに。でも時代背景を考えるとあの時代のほうが、文字通り命がけ。だからこそよけいに身も心も燃えるのだろう。その真剣さをさらりと゛遊び゛と流してしまうところが゛粋゛なのだろう。恋の道行き、刃傷沙汰、心中など時代は変わっても男女の仲は同じことの繰り返し。この粋さが男も女も互いに゛らしさ゛に通じて、色気のひとつになっている。現代の女性にはこの色気がなくなった。いや女性に言わせると男も同じだろう。この色気、時代が必要としなくなったのか、それとも心のどこかには失ってしまったこの色気を求めている心があるのだろうか。みなさんはどうですか。一度自分の心の中を覗いてみてください。
Jul 6, 2009
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子供の頃から字が下手でよく父から「みみずが這っているみたいだ」と言われたものだ。そう言う父も悪筆だったのだが。自分は字が下手なんだからと開き直り今日まで生きてきた。もちろん、字が上手だったらよかったのにと思った事は数限りないのだがそのつど積極的に練習しようなどと考えた事はなかった。それが・・・・・・今年の2月から習い始めたのだ。まさか自分から習ってみようと考えるなんて思いもしなかった。小唄の稽古のときは、師匠と対面して唄本を見台に置いて唄うのだが、その時まわりには他の人が座っている。当然のことながら見台の上に置いた本の字が丸見えなのだ。新しい唄を与えられると、唄本に詞を自分で書いておく。唄本には結婚式などで使う和とじの芳名録帖を使用している。あまりにもへたくそな字が皆から丸見えになっている状態で唄わなければいけない。みなさんの字はと言うと、字のうまい下手はよくわからないがそれなりに人様にみせても恥ずかしくない字ばかりだ。一人の人などは゛無審査゛だとか。その人の書は清水寺に永久保存されているとか。そんなすごい人もいる。あまりにも恥ずかしいので習いたいなぁと思うようになり人を頼って習い始めたのが今年の始め。習い始めて5ヶ月。小唄は休みたいと思ったことはないが、習字はまだまだ口実をつけては休みたくてたまらない。これまでに休んだのは2度ばかりある。休みたいけど、休んだらますます行きたくなくなるのがわかっているから自分の気持ちを奮い立たせて出かけている。何事でも1年通えば、それほど苦にならなくなるのでないかと考える。小唄の場合は辛いと思ったのは習い始めて2-3ヶ月頃だったと思う。いずれまた詳しく書くが、その頃は初心者が習うような曲でない難しい曲を3曲集中的に覚える羽目になったからよけいだった。習字は週一回、夜の7時から2時間くらい公民館で習っている。生徒さんはと言えば小学生、中学生、高校生、一般人とさまざまだ。一般の方は長年習っている人(師範級の人ばかり)又はしばらく休んでいて再び始めた人といずれも上手な方ばかり。その人たちと机を並べるのは恥ずかしいが、あまりにも違いすぎるので開き直っている。一番恥ずかしいのは両隣に中学生くらいの子が座ったときだ。彼らも僕から言わせると上手な子ばかり。その場にいたたまれなく早く帰りたしなる。「字の上手さは年には関係なく、それが事実なのだから仕方がない」と自分を戒めに似た気持ちで言い聞かせている。いつになったらこんな気持ち味をなくてもよくなるのだろうか。
Jul 1, 2009
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