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8月27日のJRA小倉メインレースで、ダート1700mの日本レコードが更新されました。
これまでのレコードは昭和44年に記録されたもので、もはや伝説と言えるタケシバオーの出した時計。今は番組上お目にかかることがない東京コースのダート1700mは、最初の200mぐらい芝を走るコースですから、そりゃ時計も出ますわ。それでも私が競馬を始めた時には、もうこの条件では下級条件のレースしか組まれていませんでしたので、新聞のレコード欄見て「こんなもの、更新されるわけないよ~」と思っていたものでした。
しかし、出てしまうときはあっさりですねぇ。先月の旭川でも、長らく更新されてなかったレコードがバンバン更新された日がありましたけど、番組、メンバー、天候と馬場状態など、今の時代に出るレコードというのは多分に偶発的な要素もあるんでしょう。そんなあらゆる条件が揃ってしまうこともまた滅多にはないわけで、レコード自体の価値はともかく、小倉にせよ旭川にせよ「一つの歴史に立ち会った」ことだけは間違いないのだと思います。
37年更新されなかったタケシバオーには及びませんが、私が競馬を見始めてから、記憶に深く残っているレコードタイムというのはいくつかあります。
その翌年の函館記念、後にマイルCSを制するサッカーボーイは、今で言う3歳の身で古馬を一蹴。1分57秒8でダービー馬メリーナイスを5馬身ちぎったレース振りは、これまた圧巻でした。このタイムも、8年8ヶ月の間破られることなく、短い現役生活を終えたサッカーボーイの強さを神格化するに十分な価値ある数字だったと思います。
そして、最後にご紹介するのが皆さんもよくご存じの2分22秒2。1989年のジャパンカップでホーリックスが、オグリキャップとの死闘を制してマークしたタイムです。馬券の目も今で言う枠連の「2-2」というのも出来すぎてたこのレースですが、先行馬の引っ張り方が(当時の戦前の予想通り)ハンパじゃありませんでしたし、その流れに乗って抜け出したホーリックスに襲いかかったオグリキャップのレースとしては、2度の有馬記念制覇なんて足元にも及ばない、彼の生涯のパフォーマンスの中では興奮と感動の大きいものだったと、私は思っています。
こうして見ると、記憶に残るレコードタイムというのは、やはりレース振りに鮮烈な印象があるものばかりですね。数値的な記録というのは、データとして長く残っていくわけですけど、レコードをマークした馬たちが心の中に残してくれる興奮は、そうした数値的な優劣とは代え難いものがあるような気がします。
ところで、JRAの芝コースでは、こうした猛烈に速い時計というものは、2003年ないし2004年あたりから姿を消すことになります。これは、公正な競馬と競走馬の安全をより重視した、馬場管理技術の向上によるところが大きいのでしょう。確かに、「そんなに走って大丈夫?」というような条件戦での速いタイムの決着は必ずしも競馬の面白さには繋がらないですし、目を覆いたくなるような競走馬の故障シーンもまた、誰しも見たくはないものですから。
そんな状況の中でマークされた、昨年のジャパンカップの2分22秒1という時計は、本当に価値ある数字。レースの素晴らしさともあいまって、まさに歴史が塗り替えられたその瞬間を見せつけてくれたパフォーマンスでした。
記録と記憶の両方に残るそんなレース、もしまた目の当たりにすることが出来たら、皆さん是非とも、深く心に刻んでおいてください。その「伝説」が破られたときの感動は、そんな過去の歴史によって2倍にも3倍にも感じられますから。
だから競馬はやめられないっすよね、ホント。