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2016.09.09
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テーマ: ジャズ(214)
カテゴリ: 音楽



「ソング・オブ・ラホール」。パキスタン伝統音楽の演奏家たちがジャズに挑戦して世界に打って出る過程を追ったドキュメンタリー映画だ。シタール、木製の横笛、独特の打楽器などがどんなジャズを奏でるのか?ニューヨークのジャズ・バンドは、彼らとどんな共演を繰り広げるのか?・・・興味津々だった。

第二次大戦後のパキスタンでは、映画ブームに乗って伝統音楽のミュージシャン達が、盛んにスタジオで録音に携わっていた。しかし70年代に国を支配した軍事政権がイスラム色を強く打ち出し、音楽活動を禁止。ミュージシャンたちは食い扶持を失ってしまう。映画のチラシにあるコピーの通り、文字通り「スウィングしなけりゃ、”あと”がない」状態に追い込まれたわけだ。そんな彼らの起死回生策がなぜジャズだったのか?戦後の冷戦時代、アメリカは、社会主義勢力の拡大を食い止めるためにジャズマンを文化大使として世界各国に派遣し演奏活動をさせていたのだ。そのアメリカの世界戦略によってパキスタンでもジャズのコンサートが開かれ、ミュージシャン達の中にジャズを植え付けていたのだ。これは興味深い事実だった。

映画のハイライト・シーンは、ニューヨークでのウィントン・マルサリス率いるバンドとの競演。演奏曲は、デイヴ・ブルーベックの名曲「テイク・ファイヴ」。コンサート直前のリハーサルで、シタール奏者のテクニック不足で急遽交代を余儀なくされるなどのアクシデントを乗り越えて、競演コンサートは大成功。シタールによる旋律、横笛によるジャジーなアドリブが見事だった。聴衆の拍手喝采が印象的に残った。

音楽は「世界共通語」だったことを再認識させられると共に、音楽を捨てずに生きてきたパキスタンのミュージシャンに心から拍手を送りたい気分になった。今度は、ウィントン・マルサリスをパキスタンに招いて競演して欲しいなあとも思った。

音楽を巡る真実のドラマ「ソング・オブ・ラホール」、一見の価値あり。ちなみに「ラホール」とは、登場するミュージシャンの出身地の地名であります。

最後に一句。  「  銀幕の   JAZZ爽やかに   我満たす   」





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最終更新日  2016.10.15 14:39:23
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