賢治と農

PR

×

プロフィール

馬場万磐

馬場万磐

カレンダー

バックナンバー

2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04

コメント新着

健康を目的@ Re:ゴッホと宮沢賢治 その8 独身 AIイラスト(02/11) 健康を目的については、 0896240183 をど…
胸元コイルシステム@ Re:宮沢賢治「十月の末」 その14 兵隊さん? AIイラスト(01/21) 胸元コイルシステムは、0896241455 をど…
毎日をやさしく包む@ Re:宮沢賢治「十月の末」 その6 松と楢の林 AIイラスト(01/13) 毎日をやさしく包むは、0896236553 です…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2021.08.05
XML
カテゴリ: 羅須地人協会時代
宮沢賢治は、1928(昭和3)年8月10日に結核による両側肺湿潤の診断を受け、自宅で花巻共立病院(現 総合花巻病院)の医師たちの治療をうけることとなりました。

賢治は、結核で倒れる前に、花巻共立病院の花壇を設計施工していました。

東京農産商会からヒアシンスを取り寄せたようです。1928(昭和3)年6月の東京旅行の手帳のメモにある、「農産商会」とは、ここのことかもしれません。

(本文開始)

     病院の花壇

夜どほしの温い雨にも色あせず
あんまり暗く薫りも高い
この十六のヒアシンス

まっ白な石灰岩の方形のなかへ

すっきりとした折線を
二つ組まうとおもったのに
東京農産商会は
このまっ黒な春の吊旗を送ってよこし
みんなはむしろいぶかしさうにながめてゐる
今朝は截って
春の水を湛えたコップにさし
各科と事務所へ三つづつ
院長室へ一本配り
こゝへは白いキャンデタフトを播きつけやう
つめくさの芽もいちめんそろってのびだしたし

もいちどゴブルゴブルといふ
女学校ではピアノの音
にはかにかっと陽がさしてくる

鋏とコップをとりに行かう

(本文終了)

#宮沢賢治 #佐藤隆房 #病院の花壇 #花巻共立病院





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.08.05 05:15:23
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: