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「パペ サタン、パペ サタン アレッペ」 "Pape Sat?n, Pape Sat?n aleppe!" プルートン 『神曲』地獄篇第七歌 ダンテ・アリギエーリ 平川祐弘訳 プルートンとウェルギリウス(地獄篇第七歌)『神曲』からの第三弾。以前の記事はこちら、さあ、おまえは怠惰を捨てねばならぬ。早急に是非を論ぜず、歩みを遅らせるがいいだろう。冒頭の言葉は、単に印象的な言葉だったから載せちゃったもので、特に教訓などではないので悪しからず。訳者の平川氏の訳注によると、【プルートン】ギリシャ神話のプルートン(地獄の下層界の神)とプルート(財宝の神)が中世では混同されていたという。財宝は大地から生ずる富であるから、その神であるプルートは地下の神としても認定されたのだろう。【パペ サタン、パペ サタン アレッペ】プルートンの怒りの句だが解釈は諸説粉々で、はっきりした意味はわからない。なおアンデルセン作、森鴎外訳「即興詩人」のアントニオが夢の中でうわごとでしばしばこの詞(ことば)をいうことになっている。・・・とある。(この森鴎外訳「即興詩人」で初めて『神曲』という訳が使われたのは前にも触れた通り。)冥府の神プルートンの咆哮であるこの言葉。il papa santo(聖なる教皇)という語と関連があるのではないかという説など諸説あり、おもしろい。このあたりに興味ある方はこちらのサイトに詳しいのでどうぞ!LEGACY OF ASHES(その7) 「パペ サタン、パペ サタン アレッペ」耳に残る不思議な言葉だと思いません? 怒りの句というより呪いの言葉っぽい!? それではいつものように教訓的な言葉。「諸君は諸君の生まれを考えよ。 諸君は獣のごとき生を送るべく生を享(う)けたのではない。 諸君は知識を求め徳に従うべく生まれたのである」オデュセウス 地獄篇二十六歌地獄の第八の圏谷(たに)にある第八の濠(ほり)。ここでは権謀術策を事とした亡者が永劫の炎で焼かれているが、その中に二人一組で焼かれている者を見つけたダンテはウェルギリウスに頼んで彼らから話を聞いた。彼らはトロイア戦争時ギリシャ側の英雄、オデュセウスとディオメデス。(訳注によると彼らはトロイア落城の際の木馬をはじめ、数々の権謀術策を二人で 共同して行ったことから一つの炎の中で一緒に焼かれている。)オデュセウスはウェルギリウスの問いに答えて自身の最後の航海の様子をさながら一遍の劇中詩のごとく謳いあげた。その航海の中でジブラルタル海峡に達した時、乗組員を鼓舞激励する短い演説をしたという。(当時はそこが世界の果てであり、人間はこの先にはいってはならぬという印の 標柱がヘラクレスによって建てられているという。 ラ・ラビダの僧院の天井にも「この先進むなかれ」(NON PLUS ULTRA)と 書かれていた。これはコロンブスの航海の後、NONが消され、「先へ進め」に 変えられた。)この演説で、「先へ先へとはやり立つ彼らを抑えるのにかえって手間どったほどだった。」というぐらい激しく励ました。その演説の中の一節。下記のような訳もある。汝らは獣のごとく生くるためにつくられたものにあらず、徳と知識を求めんがためなり『神曲』の中でなら、平川訳の方が、韻を踏んでいて似つかわしいように思うが、一文のみを取り出して引用するならこれもまたいい。 ここで「獣のごとき生を送る」とは、危険を避け目的もなく安穏と生きることをいってると思われるが、努力や頑張りもなしにとも取れるだろうし、目先の楽しさだけを追い求めるような生き方もそうかもしれない。そうではなく、我々人間は「知識を求め徳に従うべく生まれた」!のだという。(徳についての解説はなかった。キリスト教において理想とされる性質なんでしょう。 どうしても論語などに出てくるものをイメージしてしまうけど、違うんだろうね。)いつまでも知的好奇心を失うことなく、貪欲に知識を吸収していこう。知ってる振りをしても何も得にはならない。部下だろうが、後輩だろうが分からなければ教えを請う事が大事。そして徳のある人(今では死語だが・・・)を目指すべきだ!『神曲』の中で、いつか書こうと思って取ってあるのが、この他にもまだあるんだけど、キリがないので後一回、まとめて載せて終わりにする。オデュセウスの演説を最後に載せておく。『諸君』と私は言った、『百千の危険を冒し 諸君は世界の西のさい果てに来た。 もはや余命の長くはない諸君が その短い夕暮の一刻を惜しむあまりに、 日の当たらぬ人なき世界を探ろうとする この体験に参加を拒みはしまいと信ずる。 諸君は諸君の生まれを考えよ。 諸君は獣のごとき生を送るべく生を享けたのではない。 諸君は知識を求め徳に従うべく生まれたのである』
2011.01.31
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大正15年7月26日、星野温泉若主人への為に草す 「成功の秘訣」 一.自己に頼るべし、他人に頼るべからず。一.本を固うすべし、然らば事業自ずから発展すべし。一.急ぐべからず、自働車の如きも成るべく徐行すべし。一.成功本位の米国主義に倣ふべからず、誠實本位の日本主義に則るべし。一.濫費は罪悪なりと知るべし。一.能く天の命に聴いて行ふべし。自から己が運命を作らんと欲すべからず。一.雇人は兄弟と思ふべし、客人は家族として扱ふべし。一.誠實に由りて得たる信用は最大の財産なりと知るべし。一.清潔、整頓、堅實を主とすべし。一.人もし全世界を得るとも其霊魂を失はば何の益あらんや。 人生の目的は金銭を得るに非ず、品性を完成するにあり。 六十六翁 内村鑑三内村 鑑三(1861年3月26日(万延2年2月13日)- 1930年(昭和5年)3月28日)キリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。社会評論家。福音主義信仰と時事社会批判に基づく日本独自のいわゆる無教会主義を唱えた。札幌農学校第二期生であり、北海道に縁がある人物。新渡戸稲造、宮部金吾とは東京大学予備門時代からの同級生。『余は如何にして基督信徒となりし乎』『代表的日本人』札幌農学校(北海道大学の前身)というとクラーク博士が思い出されるが、彼は1876年6月に来日、9月に新学校を開校(第1期生16名)、翌1877年4月に帰国している。なので内村や新渡戸は直接、薫陶を受けることはなかった。ところがその影響力は絶大で内村らに生涯を変えるほどの変化をもたらす。というのは、僅か半年ほどしか接しなかった一期生は皆キリスト教に改宗していて、その圧力により、半強制的に改宗させられることになる。「武士の子」であり愛国心の強い内村鑑三が、外来の宗教であるキリスト教信仰へと到った葛藤の経緯は『余は如何にして基督信徒となりし乎』に詳しい。自分は2つのJを愛する。ひとつはジーザス・クライスト(Jesus Christ)であり、ひとつはジャパン(Japan)日本である。2つのJ-イエスと日本-そのどちらをより多く愛するか、自分は知らない。自分はイエス(Jesus)を信ずるが故に、日本人に憎まれ、また余りに日本的であるが故に、欧米宣教師に嫌われる。しかし、私は2つのJ-イエスと日本-を失うことはできない。アメリカ留学中、上記の言葉のような葛藤と、拝金主義・人種差別の流布したキリスト教国の現実を知ったことによる幻滅とで苦悩していた。この時期、アマースト大学シーリー学長の言葉により、回心を体験。医者になる道を捨て伝道者になる道を選んだ。内村は、回心の感動にふるえながら、愛用の聖書の見返しに、英語で「我が墓に刻印されるべきこと」と生涯の誓願を書き込んだ。(1886年3月、25歳の時)To be Inscribed upon my Tomb.I for Japan;Japan for the World;The World for Christ;And All for God. 我が墓に刻印されるべきこと我は日本のため日本は世界のため世界はキリストのためそして万物は神のために 実際に彼の墓碑銘ともなったこの言葉は、無宗教な私にはピンと来ないが、生きる指針を書き留め、その言葉通りに生きた内村のミッション・ステートメントに他ならない。内村鑑三という人は一生涯キリスト者として生きた首尾一貫なのにも関わらず、とても振幅の大きい人のように思われる。それはナショナリズムでありながら愛国者であり、キリストなのに儒教的であったりするからなのだが、個人的には、こういう世間の分類に関係なく自分を持っている人がとっても好きだ。(私自身、右翼的だといわれたり、時に左派と言われたりする。 カテゴリに自分をはめ込む必要はない。・・よね。笑)内村鑑三『代表的日本人』(“Representative Men of Japan”)、新渡戸稲造『武士道』(“BUSHIDO : The Soul of Japan”)、岡倉 天心『茶の本』(“THE BOOK OF TEA”)。この世界的なベストセラーの著者が同時代に生き、同じように世界に日本を紹介した、というのは驚くべき事。明治人は凄かった。また前談で長々と続けてしまった。冒頭の「成功の秘訣」は温泉旅館の若主人のために経営の秘訣を説いたもの。この温泉旅館が現在の星野リゾート。自動車も徐行すべきというのは細かすぎて面白い。アメリカに倣うなというのも留学帰りであり、キリスト者の内村が言うと奇妙でもある。他人にではなく、己自身を頼れ!というのは独立心旺盛だった内村らしい。誠実本位の商売を勧めてるあたりは正に日本的。(石田梅岩などのの考え方と同じ)天命に従うのはいいとしても、自から己が運命を作ろうとはしてはいけない、というのは私は賛成できない。これはキリスト的なのかな?これを読む人、各人なりに、グサっと来るところは違うだろうし、私のように賛成できない箇所も出てくるかもしれない。でもやっぱりいい言葉。経営の言葉としたが、人生の言葉として誰にでも参考になる。最後の人生の目的は金銭を得るに非ず、品性を完成するにあり。これは噛締めなくてはいけない。(頑張ろう!)後世へ遺すべき物は、お金、事業、思想もあるが、誰にでもできる最大遺物とは、勇ましい高尚なる生涯である。 『後世への最大遺物』これもイイね!我が子がこの最大遺物を手に出来るように精進致します!
2011.01.29
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人生が終わってしまうことを恐れてはいけません。人生がいつまでも始まらないことが怖いのです。 グレース・ハンセンDon't be afraid your life will end; be afraid that it will never begin.Grace Hansenグレース・ハンセン(Grace Hansen)アメリカの作家(らしい)。ThinkExist.com Quotationsという引用文のサイトは見つけたのだが、作者の説明はなかった。有名な言葉なので、聞き覚えのある人もいるかもしれない。名言集のようなところには必ずといっていいほど顔を出している言葉なのだが、作者についての情報は皆無。この人が直に語った言葉なのか、小説などの登場人物の言葉なのかも不明。でも、本当に空恐ろしい言葉。まだ人生が始まっていない!?いつか時間ができたらあれがしたい!お金が貯まったらこれもしたい!自分から一歩を踏み出さないと何も始まらない。みんなと同じように学校を卒業し、就職し・・・・周りに合わせてばかり、流されているだけでは、人生は始まってもいないのかも知れない。自分の学力だったら入れるのはこの学校。 何がしたいというわけでもなく、なんとなく受けて、せっかく入社できたからというだけでそのまま勤め続けるなんとなくとか、周囲の人とかではなく、自分自身で一つずつ決める。主体的に能動的に意思決定をする。“みんな”っていう他人は関係ない。自分の頭で考えて、自分の好きなことに賭ける!好きではないとしても、自分がやるべきだと思うことをやる。そうじゃないと、油断していたら、気づいた時には、自分の葬式を幽霊になって見てるのかもしれない。臨終の間際に後悔しそうな事があれば、“今”始めちゃいましょう!人生が終わってしまうことを恐れてはいけません。人生がいつまでも始まらないことが怖いのです始まらないままで終わってしまうぐらいなら、例え、始めてしまったばかりにすぐに終わりが来てしまうとしても、始めた方がいいに決まってる!!文脈が分からないから、作者の言いたい事とはずれてしまったかもしれないが、それもまたよし!笑この言葉から感じた事を書いただけに終わってしまった。汗それにしてもこの人、シニカルというかモノの見方がスゴイ。もう一つグレース・ハンセンのものといわれる言葉。結婚式もお葬式も同じようなものです。 違うのは、もらったお花の香りを自分でかげることくらいよ。A wedding is just like a funeral except that you get to smell your own flowers. えぇ~。違うと思うけどなぁ!結婚生活が天国にしろ地獄にしろ、色々あるんだから楽しめばいい。葬式の後はなんにもないよ。(回忌はあるかもしれないけど。笑)
2011.01.26
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『將東遊題壁』男兒立志出郷關 學若無成不復還 埋骨何期墳墓地 人間到処有青山 『将に東遊せんとして壁に題す』 男児志を立て郷関を出ず 学もし成る無くんばまた還らず 骨を埋むること何ぞ墳墓の地を期せん 人間到る処青山あり 釈月性※埋骨豈惟墳墓地としているものもある。 (読み)まさにとうゆうせんとしてへきにだいすだんじこころざしをたててきょうかんをいづがくもしなるなくんばまたかえらずほねをうずむることなんぞふんぼのちをきせんじんかんいたるところせいざんあり※人間は、漢詩では(じんかん)と読むが諺では(にんげん)と読むことが多いようだ。(じんかん)は世の中という意味。※青山は(せいざん)と読み、骨を埋めるにふさわしい場所という意味。※墳墓地は、(祖宗を祀っている)墳墓ということから故郷の地という意味合いも持つ。釈月性(しゃくげっしょう)(文化14年9月27日(1817年11月6日) - 安政5年5月11日(1858年6月21日))幕末期の僧(浄土真宗本願寺派)。周防国遠崎村(山口県柳井市遠崎)、妙円寺の住職。詩文に多くの業績を遺した詩僧。尊皇攘夷の勤皇僧。大衆に対し持論である尊皇攘夷思想を流布・教化した実践活動は維新に大きく貢献した。時局を論じ特に海防の重要性を説いたことから海防僧と呼ばれた。釈は苗字ではなく釈門の意味。(釈門・・・釈迦の教えを奉ずる門流をいう。仏門。僧侶。仏家。)叔父が萩で住職をしていたため、早くから萩の諸名士と交際する機会を得ていた。特に吉田松陰の兄杉梅太郎と親交が深く、吉田松陰とも交友があったことで知られる。周防の松下村塾ともいわれる「清狂草堂(時習館)」という私塾を主宰。この人はこの漢詩で有名だが、どんな人だったかはあまり知られていない。ところが、まさしく八面六臂の大活躍。生家が本願寺派のお寺だったのでその住職となるが、その総本山本願寺の広如法主より時局に対する意見を求められ、「護法意見封事」として上呈。これは後に「仏法護国論」として出版、全国の本願寺派一万寺に配布され、僧徒の決起を促したものとなる。明治維新に大きく貢献。また、長州藩主に献じた藩政改革の意見書「意見封事」において藩侯への献策を述べ、長州藩こそ率先して討幕の主唱者たれと主張し、激しい言葉で藩侯自身の公私生活をも非難している。「内海杞憂」は、海防の必要性が差し迫った時のの具体的対応策を諭したもの。海防五策をたてて異国襲来への準備をすべきだとした。そして士農工商を問わずに近代的な新しい兵制を確立すべきを唱えた。(後に高杉晋作が設立した奇兵隊の元となる。モデルになったのは山田方谷の農兵隊。)紀州藩友が島の防備を厳重にすることの急が論ぜられたときには、梅田雲浜が月性を最適任者として遊説を薦め、ひと月かけて紀州に講説に赴き、その大任を果たしている。冒頭の「将東遊題壁」という漢詩は、27歳の月性が大阪に遊学する為に郷里を発つ時に詠んだ詩。(1843(天保14)年夏)(当時大阪における名儒、條崎小竹の梅花塾に入塾、その後塾頭に抜擢。)この決意の詩は「男児立志の詩」「勤王立志の詩」と呼ばれ、勤王の志士たちに愛唱されたそうだ。詩吟にもあり、そちらでは「男子志を立て、郷関を出ず学もし成らずんば死すとも帰らず。骨をうずむ豈(あに)ただ墳墓の地のみならんや人間いたる処青山あり」“死すとも”“豈ただ”と若干の違いがある。タイトルとした「人間到る処青山あり」は諺ともなっており、(人はどこで死んでも骨を埋める場所くらいはあるという意から。)大志を抱いて、故郷を出て大いに活躍すべきである、躊躇してはいけないということ。現代の日本人は、青山をおしゃれな地名のイメージも手伝って(?)、木々が茂った緑いっぱいの山と思って、素晴らしいところを想像している人もいるかもしれない。「人間どこに行っても到るところ素晴らしいところがあるよ」?ま、この意味でも教訓を得られるかも知れないが・・・。汗そのおしゃれな青山にも墓地があるのは不思議な偶然?(何言ってんだか?笑)漢詩は引き締まる。背骨から筋が通り、気合が入る。現代のやわらかい詩、優しく暖かい心になり、たまに考えさせるという詩もいいが、「ビシッと来る」この感じは漢詩がうわまわる。カッコいい!(何か浮ついた感想で恥ずかしいが・・・汗)特に、この詩は覚悟が伝わってくる。この覚悟、胆を括るということが現代人に欠けているところじゃないだろうか。どこで野垂れ死んでも構わないとは言わないが、この気概は見習いたい。以前取り上げた商人の道(福沢諭吉の言葉とされる)にも似た一節がある。おそらく月性を意識して作られたのだろう。農民は土着を喜ぶ。 大地に根を深く下ろそうとする。商人は何処からでも養分を吸い上げられる浮き草でなければならぬ。其の故郷は住むところすべてである。自分の墓所はこの全世界である。ちなみにこの題、実は「将東遊題壁二首」となっている。そう、壁に題したのは二首。もう一つの一首は冒頭の詩の前にある。意味は通してみる事が出来るよう、最後に冒頭のものと併記しておく。二十七年雲水身又尋師友向三津児烏反哺応無日忍別北堂垂白親 (読み)にじゅうひちねんうんすいのみしゆうをたずねてさんしんにむかうじうはんぽまさにひなかるべしわかるるにしのびんやほくどうすいはくのしん(意味)二十七歳となり、未だ修行の身である私は、こうして師や友を訪ねて三津(大阪)に向かう。(今日まで勉学の為とはいえ、)親の恩に報いて孝養を尽くす日もなかった。老いて白髪交じりの親となった母と別れるのが忍びない。(不孝の罪を感じずにはいられない。)(しかしながら、この天下騒然時、壮士止め難く、)男子が一旦志を立てて郷里を出るからには、もし学業が成就しないなら再び帰らない決意である。骨を埋めるのにどうして故郷の墓地に執着しょうか。世の中には、どこへ行っても骨を埋める青々とした墓地があるではないか。(そこに埋めてもらえば充分である。)※児烏反哺四字熟語にある「慈烏反哺」のことだろう。意味子が親の恩に報いて孝養を尽くすこと。親孝行のたとえ。からすは幼いとき親が口移しで餌を与えてくれた恩を忘れず、成長すると同じように老いた親に口移しで餌えさを与える意から。「哺」は口中の食物のこと。※北堂 古代中国で、家の北側の堂は主婦の居室となることが多かったことから、母親を指す。また、他人の母の敬称としても使う。母堂。ははぎみ。※垂白(白垂)は能の仮髪の一つ。左右の鬢(びん)から肩の下まで垂らす白い毛髪。そこからすると、白髪が垂れている様子のことだろう。本当は親想いな孝行を大事に思う人だった。母急死の翌年、四十二才の若さで没した。ちなみに、明治維新に関心のあった毛沢東が十七歳の時に『留呈父親』「孩兒立志出郷關, 學不成名誓不還;埋骨何須桑梓地,人間無處不青山。」と、この作品に基づいて、作詞し父親に贈っている。漢詩の本場中国の人が、感激し参考にするとは詩としての完成度も高いということだろう。
2011.01.23
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「道」 一里を歩んで佇む人がいる一里を歩んで力をつける人がいる二里を歩んで休む人がいる二里を歩んで汗の充実に感動する人がいる三里に向って足の動かない人がいる三里に向って燃え出そうとする人がいるつづけることは常に第一歩から始める若々しい勇気と希望を持つことであるつづけてこそ道なのである 石川洋石川洋氏は以前「自戒」という詩をご紹介しているので、プロフィールは省略。“一里”、“二里”という同じ距離を歩いても感じ方がまるで違う。どうせ歩くなら後者の感じ方が出来る人でありたい。感情は出来事などに対して自動的に湧いてくると思っている人が多いが、私にはそうではないように思える。感情は、自分で選べる!乱暴な運転の自動車がいたとすると、いつもはムッとする人でも、その車が、黒塗りの高級外車でガラスが真っ黒く中が見えない自動車だったら・・・何事もないことを祈る。同じ行為でも、それを情熱的なアタックだと思うか、しつこい奴だと思うか違ってくる。怒り:恐怖、好意:嫌悪という感情は、瞬間的で無意識だとしても、 判断して自分で選んでいる。だったら楽しかったり、前向きだったりした方がいいに決まってる。(中には、ポジティブシンキングしなければならない。 という呪縛に囚われすぎて、 こう考えたらダメだ!こういう風に捉えなきゃ! なんて痛ましい人もいるけど・・・汗 無理やり、べき論にすると間違うから自然に、選ぶ事も可能だ。と思えればOK!)若々しい勇気と希望を持つことである 青春にも有った様に青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。 若々しいというのは年齢とは関係ない。(私はまだまだそんな年ではないんで、大丈夫!実際に若いし・・笑)道を進む“勇気”と先に見える“希望”という両輪さえあれば困難にも挫けず進めるだろう。そして最も大事な事は、“第一歩”。最初の一歩を踏み出さなければ、続ける事なんて出来るわけが無い。何も始まらないのだから・・・このはじめの一歩が一番難しい。だから勇気がいる。よく「夢を言葉にして書き記せ」といわれるが、希望によって勇気を奮い興そうとしているのだろう。久し振りの道シリーズ。「人は人、我は我なり、とにかくに、我が行く道を我は行くなり。」 西田幾太郎(哲学者)わが行く道に茨多し されど生命の道は一つ この外に道なし この道を行く この道より 我を生かす道なし この道を歩く武者小路実篤僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る 高村光太郎此の道を行けば どうなるのかと 危ぶむなかれ 危ぶめば 道はなし 清沢哲夫
2011.01.22
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「人の心の美しさを満たそうよ」小さな店であることを恥じることはないよその小さなあなたの店に人の心の美しさを一杯に満たそうよ 岡田 徹『岡田 徹 詩集』岡田 徹(1904(明治34)~1957(昭和32)年)戦前から戦後にかけて活躍した商業指導家。経営思想家。昭和28年、商業界ゼミナールに講師として初参加。商人の哀歓と経営近代化に乗り出す決意や情熱、悩みを生々しくとらえて、圧倒的な支持を得た。商業界ゼミナールでは「怒りの新保、泣きの岡田」と並び称された。この詩を知ったのは随分前。びっくりドンキー(確か清田店)でレジの処に掲げてあった色紙を読み、とってもいい言葉だと心に残っていた。ただ短い時間だったので、強く印象に残った、小さな店であることを恥じることはないよ という言葉しか記憶できず、結局そのまま時が過ぎてしまっていた。誰の言葉だろう?(署名がなかったと思う)と気になり、後で調べようと思った事は覚えているのだが・・・汗縁があるのか、その言葉と再会することができた。先日、知人の女性社長から紹介された詩集に載っていたのだ。それがこの『岡田 徹 詩集』。それも一番最初に出てくる。岡田徹氏を代表する詩のようだ。いい言葉だもんなぁ!商売柄、中小零細企業経営者や自営業の個人事業主とお話しさせていただく機会が多い。以前、異業種交流会を主催していた事もあるので、その時も沢山の方々とのご縁を頂いた。独立(今風に言うと起業か)する、しようとする人には二種類あるように思う。一方は、デカクなる。多店舗展開する。ゆくゆくは上場だ。ということに頭がいっぱいの人。一頃話題になった「ほりえもん」さんと、彼に憧れる若い人たちが代表選手かな。勿論、そういった心意気は否定しないし、むしろ応援したい。でもそれだけではマズイような気がする。かたや、お客さんが喜んでくれるかどうかを心配する人たち。この人たちに心の美しさを感じる。当然、商売は儲からないといけない。いい人でも潰れたら仕方ない。周りみんなに迷惑をかける。「もしドラ」で、今さらながら話題になっているドラッカーさんも利益は明日の為の費用である と言っている。拡大思考、多店舗展開、大いに結構。その為にも、岡田さんが言う美しい心が必要だということだろう。優先順位が逆になると危ないよ。ちなみに、私がびっくりドンキーで見かけたときは、店長か誰かの趣味だろうと思い、いい趣味した店長だなぐらいに思っていたが、この言葉は、びっくりドンキーの原点ということだ。ドンキー発祥の原点(店)は、岩手県盛岡市に誕生したハンバーガーとサラダの店「べる」。13坪の、そのこぢんまりとしたお店にこの言葉が掲げられていたそうだ。久しく食べに行ってないが、また行ってみよう。(私はいつもカリーバーグディッシュ!二つ愉しめてお得な気分♪笑)最後に、プロフィールで唐突に出てきた、岡田氏の盟友「怒りの新保」の言葉。「正しきによりて滅びる店あらば滅びてもよし 断じて滅びず」 新保民八 これは、幕末の国学者・平田篤胤の歌を本歌取りしたものらしい。「滅びてもよし」とはなかなか言えないが、「断じて滅びず」には勇気百倍!花さん、ありがとう!感謝!
2011.01.19
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実(まこと)の商人は、先も立、我も立つことを思うなり石田梅岩石田 梅岩(1685年10月12日 - 1744年10月29日))江戸時代の思想家、倫理学者。石門心学の開祖。主な著書に『都鄙問答』『倹約斉家論』がある。背景として梅岩の生きた時代は、「元禄文化」華やかなりし江戸バブル時代から、暴れん坊将軍でおなじみの将軍吉宗による「享保の改革」が行われた経済危機による質素倹約時代。バブルは遠い昔になったが、現代の状況に似通っている。石門心学は、儒教や仏教、日本古来の神道の思想を取り入れたもので、その基になったのは、儒学の一派、宋学の流れを汲む天命論。ちなみに梅岩の思想は「石門心学」と呼ばれているが、梅岩自身は「性学」と呼んでいた。つまり梅岩曰く「学問とは心を尽くし性を知る」ということであり、心が自然と一体になり秩序をかたちづくる性理の学としている。これは南宋の朱熹(儒教の体系化を図った儒教の中興の祖)が創った朱子学の考え方。(朱熹の朱子学が性即理を主張したので性理学。 宋学のもう一つの系譜が朱熹と同時代の陸九淵らで、王陽明の陽明学へと連なっていく。 こちらが心即理を主張したので心学といわれる。 )理を抜いてしまった「性学」では、なんとはなしにいやらしい語感からなのか(?)、(四十八手とかHな学問と間違えられるww?笑)手島堵庵などの高弟たちが、後に「心学」と呼称を変えている。そして石田梅岩門下の「心学」といいうことで「石門心学」と呼ばれるようなったようだ。呼称を変えたはっきりとした理由は分からないが、本家中国でライバル関係の学派名に変えてしまうというのも不思議な話だ。(日本でも、幕府の体制側が朱子学で、陽明学は反体制側というイメージがある。)私も孔子は好きで色んな論語本を読んだ事はあるのだが、新儒学の違いは心もとない。(読んだといっても、入門的な本ばかりなので、恥ずかしい限りなのだけれども・・・汗)ここにでてくる「性即理」とか「心即理」などは何言ってるんだかちんぷんかんぷん。読み聞きした知識ながら、ちょっと不思議だと思いご紹介したまでで、浅学寡聞なもので間違いかも知れないのでご注意を!汗(分からない!という方もご安心を。私も分からん!笑 無責任だね。申し訳ない!)ちなみに・・・なんていいながら恥をかいてしまったが、もとい。当時は士農工商の身分制度の中、憎むべき卑しいものとされていた商人の営利活動を積極的に認め、勤勉と倹約を奨励した。「売利ナクバ、士ノ禄ナクシテ事フルガ如シ」(商人が利益を得るのは、武士が禄をもらうのと同じ)と、商行為の正当性を説いた。これは梅岩が長年、商家に勤めていた経験から商業の本質を熟知していたことからで、「商業の本質は交換の仲介業であり、その重要性は他の職分に何ら劣るものではない」という新機軸を打ち立て、精神的な支柱を得た商人に支持されていったようだ。また一方で、商人は二重の利を取り、甘き毒を喰らい、自ら死するようなことをしてはならない など商人の職業道徳の指針を明確にしようとしていった。(主に「倹約」と「正直」)商人の基本的な心の在り方を示し、武士道に劣らぬ商人道を説いた人だった。ちなみに(またか?笑)「負けるが勝ち」という言葉があるが、これも梅岩が説いた言葉と言われてる。アメリカの社会学者ロバート・ニーリー・ベラーは、『徳川時代の宗教』(「TOKUGAWA RELIGION」)という本で、有色人種国家で唯一産業革命に成功した日本を分析しているが、梅岩と石門心学の功績を非常に高く評価している。世界に誇れる日本人。企業の不祥事が目立つようになり、CSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)が最近よく言われるようになってきているが、日本で先駆けともいえるのが石田梅岩。実の商人は、先も立、我も立つことを思うなりこれが商売の本質だろう!!近江商人が長年蓄積してきた「三方よし」の思想と通じるものがある。(売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。)今年も正直に頑張ろう!! って、今、私は45歳。梅岩が遅咲きといわれ、借家の自宅で無料講座を開いたのも45歳。ヤバイ!頑張らねば!汗
2011.01.16
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立志尚特異 俗流與議難 不思身後業 且偸目前安 百年一瞬耳 君子勿素餐 志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない世俗の意見に惑わされてもいけない死んだ後の業苦を思い煩うな目先の安楽は一時しのぎと知れ百年の時は一瞬にすぎない君たちはどうかいたずらに時を過ごすことなかれ吉田松陰吉田松陰(1830年 - 1859年)江戸時代末期の思想家。 長州藩士、教育者、兵学者。明治維新の事実上の精神的指導者・理論者。私塾松下村塾を主宰し、幕末維新の指導者となる人材を多く育てる。 門人は「村塾の双璧」と称された高杉晋作・久坂玄瑞(「識の高杉、才の久坂」)を始め、まさに綺羅星のごとく錚々たる顔ぶれだった。(高杉・久坂に吉田稔麿・入江九一を加え「松門の四天王」と呼ぶ。)末弟子に過ぎなかった伊藤博文が初代総理大臣なのだから、スゴイ。言わずと知れた明治維新の立役者。これから激動の時代が始まるという矢先に、29歳の若さでこの世を去ったのだから、自身の至誠を貫き通したとはいえ、無念だっただろう・・・。二句ずつが対になっているようだ。先ず人と異なることを恐れてはならない世俗の意見惑わされてもいけない と、志を立てるときに障害となり注意すべきものをあげている。私はいかに目立つかを考え、出来るだけ他人と同じでは嫌だった記憶があるが、今の子供達を見ていると他者と同一で居たがる傾向が強いように思う。少しでもみんなと違う、浮いているといじめの標的になるというリスクを感じての事かも知れない。そもそも同一の人間なんて存在するわけがないのだが・・・。他者と自分との違いを理解し、相手を認める事が必要なのに、違いを見つけては攻撃し、攻撃されないように同一の振りをするなんて馬鹿げてる。・・・と、また微妙に脱線しかけてるので修正。目的を達成しようとしたら、他の人と違う事をしなければいけないときもある。そんな事やってと馬鹿にされる事もあるかもしれない。また、親や友人は(親切心からまた心配するあまり)そんな事無理だと否定してくる。そのような言葉に惑わされるようでは志は達成できない。惑わされるようならはじめから本当に覚悟があったとはいえない。死んだ後の業苦を思い煩うな目先の安楽は一時しのぎと知れ 志を立ててる人が地獄の業苦を心配する事はないだろうが、この極端な対比も面白い。あまりに先の心配をしても仕方ないし、目先ばかりでもダメだ。ということかな。百年の時は一瞬にすぎないいたずらに時を過ごすことなかれ最後の二句で時間の大切さを説いている。いい言葉だ。成人式とちょっとずれてしまったが、新成人に贈りたい言葉。まだまだおじさんだって負けてらんないから、私もこの言葉を噛締めていくけどね・・・笑安政六年、萩野山獄に幽閉されていた松陰は「安政の大獄」により江戸に召喚された。その際、門人一同に決別の辞を示している。至誠にして動かされざる者未だこれあらざる也。吾学問二十年、齢亦而立、然れどもいまだこの一語を解する能はず。今茲に関佐の行、願わくば身を以てこれをためさんと。すなはち死生の大事のごときは暫くこれを置かんと 超意訳(孟子にある)「至誠而不動者未之有也」という言葉について、二十年の学問を積み、年齢を重ねて生きてきたが、未だこの言葉を真に理解できたとは言えない。今、江戸召喚に際し、自分の身をもってこの言葉を試そうと思う。(取調べの場において、命を懸けて自分の至誠を貫き、その真心で幕府を動かすつもりだ。)生死という普通は大事な事といわれるものであっても暫くはこれを度外視していく。吉田松陰は純粋な人だったのだろう。至誠而不動者未之有也 これは孟子の離婁章句上(十二)にある「至誠而不動者、未之有也」 超意訳嘘偽りのない誠実なまごころを以って向かうなら、心動かされない者はいまだかっていない。どんな者でも必ず心を動かすことが出来る。署名の二十一回猛士の「二十一回」は、幼時の名字の「杉」の字を「十」「八」「三」に分解し、合計した数字が「二十一」となること、および、「吉田」の「吉」を「十一口」、「田」を「十口」に分解でき、これらを組み合わせると「二十一回」となることによりつけられている。辞世の句身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし大和魂 『留魂録』(獄中にて門弟達に向けた遺書)親思う 心にまさる親心 けふのおとずれ何ときくらん 『永訣書』(家族宛の遺書) 至誠に殉じた松陰。私も見習って至誠を持って生きて行きたいと思っている。ただ自分の中だけに基準を求めるしかない至誠は、ある意味危ないということも認識すべき。自分よがりの誠を突き詰めてもそれは手に負えないものとなる危険性がある。この辺を、同じように考えている所を見つけたのでそちらもご紹介。松陰の言葉の基となっている孟子の解説ページ。「孟子を読む」 一部抜粋引用「(前略) 自分の心の「至誠」さが正しいのかどうかが自分自身では検証できない。 「至誠」さだけが基準として暴走すれば、 「自分の心は表から見ても裏から見ても正しい(と自分で確信している)から、 間違っている世の中の権力者に天誅を下すのは完全に正しい」という倫理に行き着くに 決まっている。 あるいは「自分の愛は純粋で正しい(と自分で思っている)から、 片思いの人を誘拐して監禁するのは完全に正しい」という倫理が正当化されてしまうはずだ。 事実テロリストやストーカーの倫理観はこのようなものだ。 (後略)」 う~ん。確かに。気をつけよう!自分自身を客観的に見る視点も必要だ。
2011.01.15
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言ってしまえば、シャーマンは心持ち一つで誰にでもなれる。まずは信じる事。そして強く出来ると思う事。シャーマンに限らず全ての事は、出来るという思い一つで事をなす。 想いは全ての力の源であり、強い肉体も、様々な工夫も、全ては思いによって作られる。もし何かが、出来ないとすれば・・・それはすなわち、思いの力が足りないのだ。 全ては思い一つ。 しかし、これが人間にとって一番難しい。思いはあまりにもろいのだ。どんなに強い人間でも、思いが全く揺るがない事は難しい。しかし・・・精神の力のみが試されるシャーマンの世界では、その揺るぎのない思い一つが全てとなる。 麻倉 葉明 『シャーマンキング』12巻 武井宏之麻倉葉明は、葉の祖父で陰陽師。先日に引続き同じ漫画から引用。この漫画、結構こういった真面目なことを語るシーンが多いので、ネタに困ったら今後も登場させるかも・・・笑「木刀の竜」(梅宮竜之介)という、葉の友達がシャーマンになりたいと、葉明のもとへ教えを乞って来ていたが、葉明が課した入門の試練があまりに厳しすぎるのではないかと、麻倉幹久(葉の父、修験者)に問われた時の言葉。ホント、シャーマンなんていう特殊な職業に限らず全ての人に通じる言葉。心とは万事の本源である。という孫文の言葉と同じ。「できないと思うけど、一応、一生懸命頑張ります。」この台詞の予言(できないと思う)は、おそらく当たるだろう。「やっぱり出来なかったでしょう!最初から無理だったんだよ。」なんて言うかもしれない。でもそれはこの人の状況判断が優れているとか、洞察力があるという証拠には全くならない。最初から本人がヤル気ないのだから、出来るわけがない。例え、当人が一生懸命やったつもりになっていても、頑張ったと言い張っても・・・出来ないと信じ込んでいる人は、やっぱりできない。それは型どおりに処理したに過ぎない。出来るはずだという思いがあれば、そこから熱意も工夫も出てくる。全ての事は、出来るという思い一つで事をなす。 それでも「そんな事言ってもさぁ~、無理なもんは無理。」という人がいっぱいいるのは私も知ってる。それでいいのなら、そのまま無理だという持論を保っていればいい。おそらく無理な理由はいくらでも考え付くことだろうから、ずっと人のせい、状況の所為にしていくことも可能・・・なのかな?笑棚から牡丹餅が落ちてくる事故を夢想していれば、いつか落ちてくるかも知れない??笑もし何かが、出来ないとすれば・・・それはすなわち、思いの力が足りないのだ。 全ては思い一つ。思いの力だけじゃないかもしれない。実際、いろんな状況があるかも知れない。でもこの覚悟で物事に臨んだ方が、できる確率は格段に上がるはず。あなたはできる!! ついでに私もできる!笑ただ、この言葉には期限がない。結果が出るまで思い続けるしかない!
2011.01.14
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「進むべき道」か ―――オイラは確かにいいかげんかもしれねぇでも何が起こるかわかんねぇ 先の事におびえるよりも今 オイラにとって 何が大事かって 事の方がよっぽど重要な 気がするんよそれが 今のオイラの素直な気持ちだけどな大丈夫!きっとなんとかなるって!! 麻倉葉 『シャーマンキング』4巻 武井宏之シャーマンキング武井宏之による日本の漫画及びそれを原作としたアニメ。『週刊少年ジャンプ』(集英社)において1998年31号から2004年40号まで連載された。霊能力者(シャーマン)の少年麻倉葉が、シャーマンの頂点を決める戦い「シャーマンファイト」に参加し、全知全能の力を持つシャーマンキングとなるための戦いを描く物語。シャーマンキングとは、グレートスピリッツを持霊とし、この世の森羅万象を司る地球の王。(by ウィキペディア) 久し振りに漫画の台詞。この漫画、主人公の麻倉葉が実にゆるい。よくいえばマイペース。だらだらで主人公らしからぬキャラクター。シャーマンキングは全知全能の力を持ち、過去には釈迦やキリストもそうだったというぐらいスゴイ存在なのだが、この少年は「何の苦労もしないラクな生活がしたい」という志望動機。笑今、厳しいと評判の就職活動なら、絶対に落とされる。ただ、麻倉葉の婚約者・恐山アンナによると、「俺が世界を救う」って奴や「やってやるぜ」というガツガツした奴は結局、信用できずダメだという。それは、そいつらは自意識と己の欲でしか目的を持たないからという理由。(なんか難しくなってくる。)その点、葉君はラクしたいだけで自分の欲がない。だから目的に縛られることなく自由でいられ、余裕を持っていられる。さてさて冒頭の言葉。これはシャーマンファイトに参加することが決まっても相変わらずゆるゆるな葉に対して持ち霊(シャーマンの相棒のようなもの)である600年前のサムライの霊「阿弥陀丸」が、「考えが甘い」「いいかげんな気持ちでは勝ち抜けない」と諭した事への答え。何が起こるかわかんねぇ 先の事におびえるよりも今 オイラにとって 何が大事かって 事の方がよっぽど重要な 気がするんよ 先の事、将来への不安というのは誰にでもあると思うが、そんな事ばかり考えていても不毛。確かに将来に対する備えも大切だが、ある程度備えたなら、それ以上心配ばかりするよりは“今”を大切にするべきだ!ゆるいくせに核心を突いてくる。そして、大丈夫!きっとなんとかなるって!!この前向きさ!ただのゆるゆるのお馬鹿さんのいい加減な言葉とも取れるが、そうではない安心感を感じさせる。 今を大事にせよ!という言葉は一つの真理に違いない。沢山ありこのブログでも紹介してきた。一日一日を、たっぷり生きていくより他は無い。 太宰治Carpe diem (カルペ・ディエム) その日を摘め! ホラティウス 「明日は、明日こそは」と、 人はそれをなだめる ツルゲーネフ明日ありと思う心の徒桜 夜半に嵐の吹かぬものかは 親鸞心配する事が多いのは 今をけんめいに生きていないからだ 石川洋一例としてざっと見ただけでこんなにあった。見落としてる言葉もあるかも知れない。まだ来てもいない未来を恐れるよりも、今、ここに、一番大事なものがある。オイラもそんな気がするんよ! (ゆるい葉の言葉遣いがうつった・・・笑)
2011.01.10
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「生きるのだ」 いのちいっぱい 生きるのだ 念じ念じて 生きるのだ 一度しかない人生を 何か世のため人のため 自分にできることをして この身を捧げ 生きるのだ 坂村真民『坂村真民一日一言』坂村真民(しんみん)(1909年1月6日 - 2006年12月11日)日本の仏教詩人。本名昂(たかし)。癒しの詩人といわれている。最初は短歌を志したが、四国移住後、一遍上人の信仰に随順して仏教精神を基本とした詩の創作に転じる。現実をまっすぐに見つめ、強く生きることを訴え続けた。分かりやすく、そして深く掘り下げられた詩は、年令、職業を間わず幅広く愛唱され、その生き方とあわせて、「人生の師」と仰ぐ人も多い。素朴で平易な言葉で綴られた詩が多く、私も大好きな詩人。「癒しの詩人」と称されるように優しく暖かな詩なのだが、その中に力強さが同居する。そのまっすぐなひと言ひと言は、生きる勇気と、明日への希望を与えてくれる。いのちいっぱい 生きるのだ新しい年ももう9日目。一度しかない人生!今年もいのちいっぱい生きていこう!!
2011.01.09
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人必死の地に入れば、心必ず決す 横井小楠 「元旦偶作」 萬里祥雲旭日晴 忽聞黄鳥報春聲 南山清気深無限 都傍高堂盃酒生 横存拝 印(小楠堂主)遠方にめでたい雲がたなびき、朝日が昇って晴れわたっている。ふと、ウグイスが春を知らせる声を聞いた。南山の清気の深さは限りない。御所のそばで杯に酒を注いでいる横井 小楠(しょうなん)(文化6年8月13日 - 明治2年1月5日)日本の武士(熊本藩士)、儒学者。維新の十傑の1人。坂本龍馬が横井小楠を訪ねたときに、後に龍馬の「船中八策」の原案となる『国是七条』を説いた。このことで龍馬に影響を与えたという一面だけがクローズアップされている。『“横井小楠の漢詩軸” 絶筆か』NHKニュース(幕末の思想家で、坂本龍馬などに影響を与えたとされる横井小楠が、暗殺される4日前の元旦に書いたとみられる漢詩の掛け軸が見つかりました。小楠が生涯最後に書いた「絶筆」である可能性が高いとみられています。後略)とのこと。未だにこういった新発見(?)があるんだ!とビックリしたニュース。水曜日(1/5)が小楠の忌日だったので、今日のこの言葉を書こうと思いつつ、書けずじまいだったところにこのニュースでタイミングにもビックリ!!(シンクロニシティ?笑)ちなみに有名な楠木正成の嫡男、楠木正行(まさつら)という南北朝時代の武将がいる。一見、今日の話に全く関係ないこの人は、「大楠公」と尊称された父・正成に対して「小楠公」と呼ばれている。横井小楠がその号を考えた時に、この人のことを意識していたかどうかは分からないが、「小楠公」が高師直・師泰との戦いに敗れ弟・正時と刺し違えて自害したのが、1348年1月5日。そう!横井小楠と同じ日が忌日。この2人奇妙な縁で結ばれていたようだ。さてさて人必死の地に入れば、心必ず決す必死になれば心が決まるのか心が決まれば必死になれるのか卵が先か鶏が先かみたいだが、小楠はなりふり構わず必死にやっていれば、心は決まり、迷いなどなくなるという。うだうだと考えてばかりではなく、先ずは必死になってやってみろ!ということだろう。お客さんと話していると、お子さんが転職するかどうか悩んでいるということがたまにある。本人と話すと決まって、現状、現実への不満が噴出してくる。親も同情しちゃってる。汗仕事がくだらない。上司が嫌だ。etc 笑シュガー社員という言葉もあるらしいから、珍しい話でもないだろう。先ずはその「くだらない」仕事をきちんと、それこそ“必死”でやってみた方がいい!「嫌な」上司を見返してやればいい!そうすれば心は必ず決まる。転職希望がなくなるかどうかは知らないが、少なくとも現実逃避はしなくなっているはず。以前、維新三傑をご紹介したが、横井小楠は十傑の一人。新政府に参与として招かれ、自分の思想を生かそうと希望を胸に上京し、新しい時代を切り拓くために奔走しはじめてまだ一年とたっていない。上京後病気がちだった体調が戻り、すがすがしい新年を迎えたことをうたった正月明け、仕事始めの帰路に暗殺された。さぞ無念だったことだろう!3日遅れの忌日に、 合掌。
2011.01.08
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年頭自警 陽明学者:安岡正篤 一.年頭まず自ら意気を新たにすべし 二.年頭古き悔恨を棄つべし 三.年頭決然滞事を一掃すべし 四.年頭新たに一善事を発願すべし 五.年頭新たに一佳書を読み始めるべし 『人生信條』安岡正篤安岡 正篤(1898年(明治31年)-1983年(昭和58年))陽明学者・思想家。昭和歴代首相の指南役を務め、昭和を代表する多くの財界人に師と仰がれた。「平成」の元号の発案者と私は思い込んでいたがそういう説もあるということらしい。確か「終戦の詔書」もこの人が草案したと聞いたことがある。いつもなら超意訳といくところですが、そんな大昔の言葉でもなく、訳するまでもなさそうなので辞書でひいたものを載せて終わりにする。当たり前の言葉も敢えて調べてみたので笑わないで下さいませ。意気・・・事をやりとげようとする積極的な気持ち。気概。いきごみ。悔恨・・・過ちを後悔して残念に思うこと。決然・・・きっぱりと決心したさま。思い切ったさま。発願・・・仏語。誓願を起こすこと。悟りを求める心や、人々を救おうという心を 起こすこと。年頭にあたりなすべき五つの項目をあげている。一.年頭まず自ら意気を新たにすべしお正月は誰しも新しい年に当たって心新たにするものだが、ここでいわれているのは、そんななんとなくのものではないだろう。自ら奮い起こして、気概を新たにしなければいけない。“まず”というのは項目の最初という意味もあるだろうが、これがなければはじまらないということではないか。次に古き悔恨を棄つべしと決然滞事を一掃すべしとある。意気が新たに沸きあがろうとも、昨年からの古い後悔に囚われていては次に進めない。また滞った物事を放りっぱなしでは身動きができない。徐々に終わらせていこうというような態度ではダメだ、断固としてきっぱりと一掃しなさいという。一善事を発願すべし、一佳書を読み始めるべし仏教用語らしいが、ここでは良い目標ということでもいいのではないか。そして良書を読めで終わる。ここでは簡単に良書としたが、本当はそんな単純なものではなく下記のような書のこと。--------------------------------------------------------------------------佳書とは、それを読むことによって、われわれの呼吸・血液・体液を清くし、精神の鼓動を昂(たか)めたりおちつかせたり、霊魂を神仏に近づけたりする書のことであります。--------------------------------------------------------------------------難しい。歴史上の人物とは異なり、安岡正篤氏を師と仰ぐ方々の多くはいまだご活躍の中で、私などが解説するなんて僭越なのだろうが、ご容赦を!一.年頭まず自ら意気を新たにすべし今日で三が日もおしまい。お正月気分をダラダラ引き延ばさず。自ら意気を新たにして行こう!また安岡正篤氏による違う新年の話もあったので、そちらも--------------------------------------------------------------------------新年の解 『郷研清話』(財団法人 郷学研修所)新という字を知らぬ者はない。然し新という字の真の意味を解する人は案外少ない。元来この字は「辛」と「木」と「斤」との組み合わせである。辛は努力を意味し、斤は木を斬る「まさかり」、「大を(お)の」であり、これで木をきること、それから、「斤斤」といへば明らかに見わける、又いつくしむ(慈愛)の意がある。即ちよく木を愛し育て、それを努力して加工し、新……あらたなものにして活用するといふことを表すものである。こんな深い正しい意味を知らないで「あたらしがりや」など、目先の変わった、ものめづらしいということに軽々しく解するのは、とんでもないことである。本當に新しくするのには大した用意と努力を要するわけで、新人などざらにあるものではない。年の始に勉強せねばならぬことは、先以って(まずもって)自己をどう維新するかといふことである。(昭和五十一年十二月)--------------------------------------------------------------------------
2011.01.03
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竹にフシがなければ、ズンベラボーで、とりとめがなくて、風雪に耐えるあの強さも生まれてこないであろう。竹にはやはりフシがいるのである。同様に、流れる歳月にもやはりフシがいる。とりとめもなく過ぎていきがちな日々である。せめて年に一回はフシをつくって、身辺を整理し、長い人生に耐える力を養いたい。 そういう意味では、お正月は意義深くて、おめでたくて、心もあらたまる。常日ごろ考えられないことも考えたい。無沙汰のお詫びもしてみたい。そして、新たな勇気と希望も生み出したい。すがすがしくて、さわやかで、お正月はいいものである。 松下幸之助『松下幸之助 一日一話』松下幸之助 (1894年〈明治27年〉11月27日 - 1989年〈平成元年〉4月27日)日本の実業家。パナソニック(旧社名:松下電器産業)を一代で築き上げた日本屈指の経営者。経営の神様とも称されている。この一日一話はパナソニックのサイトでも読むことができる。ここではその日の言葉しかないが、全部が読見たい人はこちらビジネスコラムネットで・・・この言葉は元旦の言葉として載っている。飾らない言葉だから、分かり易くて、そのくせすごく深い。おめでたいし、心あらたまるのは毎年そうなんだが、意義深いかというとどうも自信がない。光陰矢のごとしといわれるようにあっという間に月日が過ぎ去っていく。だからこそ、節目節目で区切って考える事が大事になってくる。とりとめもなく過ぎていきがちな日々である。せめて年に一回はフシをつくって、身辺を整理し、長い人生に耐える力を養いたい。ホントそうだと思う。今年はそんな力を養いたい。養おう!笑ちなみに「光陰矢のごとし」は李益(中国・唐の詩人)の詩が出典のようだ。光陰如箭 日月如梭 「遊子吟」「箭」は「矢」の同意。「梭」は「杼(ひ)」と同意で、織機に使う横糸を通すための舟形をした道具のこと。「日月如梭」は、機織のさいの「杼(ひ)」のように、時間が素早く動く(過ぎ去る)の例え。
2011.01.02
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新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。 一年の計は元旦にあり 言葉通り、一年間の目標や計画は、元旦に決めるのが良いということ。転じて、何事も最初に計画や準備をすることが大切であり、初めの計画が駄目だと物事が上手くいかないという意味の諺にもなっている。 元旦の過ごし方で一年が決まるともよくいわれる。お正月にバタバタ過ごすとその年はあわただしい年になり、ゆっくり過ごせばゆったりとした一年を過ごせる。このお正月の姿がそのままその年の過ごし方として定着してしまうというのはかなり迷信的な要素が濃いように感じられる。でも、“過ごし方”を“行動”と取るとだいぶニュアンスが変わってくる。気持ちを新たにして何かを決意しただけでは話にならない。計画を立てて安心しているだけでは絵に描いたモチに終わる。その決意を活かし、計画を全うする為に必要な行動をしていく事で現実になっていく。早起きでも、食事でも、細かいことで構わないので始めてみてはどうだろう。この新しい年がピリリと締まった年になりそうな予感が・・・・しない?!海外でもお正月は重要らしく、英語の諺にもある。New Year's Day is the key of the year. (元旦が一年の要(かなめ)である。)日本語で「成功の鍵は~」というときに使う“鍵”と同じ用法でkeyも使われているのがおもしろい。最初が肝心という点では日本と同じだが、計画というよりは行動の事のような気がする。英語はさておき、一年の計は元旦にあり に戻って・・・・出典には諸説あるようだが、馮應京による『月令広義』が有力。 一日の計は晨(あした)にあり、一年の計は春にあり、一生の計は勤にあり、一家の計は身にあり 一日之計在晨 一年之計在春 一生之計在勤 一家之計在身『月令広義』歳令「四計」 馮應京『月令広義』(正字体:月令廣義)中国・明代の官僚で学者でもあった馮應京(ひょう おうきょう)が著した、中国の伝統的な年中行事・儀式・しきたりなどを解説した本。七夕の「織姫と彦星」や「花咲か爺」の原典のひとつと考えられる説話など、諺や説話の出典にもなっている。超意訳一日は朝の計画で決まり、一年は年のはじめの計画で決まる。一生の計画はまじめに勤めることで決まり、一家の将来は健康で決まる。???前の二文は常識的な訳だと思うのだが、後ろ二文は全くの個人的解釈。特に最後の文は「身の振り方(生き方)」「身を修める(修身)」としているものが多い。でもそれらは“身”を使った熟語であって“身”の訳としては無理があるように思えたので健康とした。四文とも同じ形なのに前後二文づつでかなり違う・・・・・・・?こういう時は常識を疑う主義なので(逆にいうと自分の説が好き、自分に甘い。笑)「一日之計」が朝の計とはならないでしょ。一日の計画は朝で決まり、一年の計画は年のはじめで決まる。一生の計画はまじめに勤めることで決まり、一家の将来は健康で決まる。すっきりまとまった。・・・どこが違うか分かりづらい?「一日」と「朝の計画」 → 「一日の計画」と「朝」こうすると全四文が同じ構図になる。一日の計画(の成否)は朝(の行動)で決まり、一年の計画(の成否)は年のはじめ(の行動)で決まる。一生の計画(の成否)はまじめに勤めることで決まり、一家の将来(の繁栄没落)は(家人の)健康で決まる。( )を補足する方がわかりやすい。前段で行動が大事といいつつこれでは、無理やり「我田引水」したみたいだが、意図したわけではなく、自然にこういう結論に到達してしまったもの。(なんで言い訳してるのか・・・笑)他にも同種の言葉はたくさんある。『梁元帝纂要』一年之計在于春一日之計在于晨一年の計は春にあり、一日の計は晨(あした)にあり 『梁元帝纂要』中国(梁代)の史書。梁の元帝統治(在位552~554年)中のできごとの、要点を抜き出した書。『古今賢文』一年之計在于春一日之計在于寅一家之計在于和一生之計在于勤一年のはかりごとは春にあり一日のはかりごとは朝にあり一家のはかりごとは和にあり一生のはかりごとは勤勉さにある。 『古今賢文』この書物は中国・明朝の万暦時代(1574-1619)に原型が成立し、その後多くの人々により修正を加えられ、今日のような347大句の形になったと言われている。別名『昔時賢文』『増広賢文』と呼ばれ,古今の有名な諺などの文句347大句を収録している。中国のことばと文化・社会立命館産業社会論集(第40巻第4号) 日本では・・・『風流志道軒伝』(江戸中期)(巻二)平賀源内一日の計(はかりごと)は朝にあり、一年の計は元日にあり 『風流志道軒伝』風来山人(平賀源内)の談義本。5巻。1763年刊。当時実在した談義僧(講釈師)深井志道軒を主人公に仕立て,日本全国・大人国・小人国・女護島などを遍歴するという筋で、滑稽を交えて風俗・人心を風刺する。『譬喩尽』一年の計(はかりごと)は正月にあり、一月(いちげつ)の謀は朔日(ついたち)にあり 『譬喩尽』(たとえづくし) ことわざ集。八巻。松葉軒東井編。1787年成立。ことわざのほか、和歌・俳句・流行語・方言なども収める。『三計塾記』(江戸後期)安井息軒一日の計は朝に在り、一年の計は春に在り、一生の計は少壮の時に在り。 三計塾とは安井息軒の開いていた塾の名で、その由来となったのがこの三計の教え。この塾の門下生は陸奥宗光はじめ幕末・明治に活躍した者が名を連ねている。他にもこんなのを聞いた記憶が・・・一日の計は朝にあり 一年の計は元旦にあり 十年の計は樹を植えるにあり 百年の計は子を教えるにあり 作者不詳 みなさんは、今日、元旦にどんな計(はかりごと)をされますか?!はじめが肝心!お酒を呑みながらゆっくり思索を練ってみるのも、いい正月の過ごし方!
2011.01.01
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