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ブログに何か、東京生活以外の新しいことを書きたいなと思いました。でも、よく考えると自分が文章にできるものは、限られています。何か専門があるわけでもないし。そうやって自分自身を見つめてみました。そして思いついたのが、旅の話でした。僕がこの30年余りの間に、飽きもせずに続けてきたことといえば、読書と、旅です。ただ、読書の記録をつらつらとブログで書いても、きっとつまらないと思います。でも、旅のことなら、もしかしたらもう少し興味深いことを書けるかもしれないと思いました。かつて、病のように旅に取り付かれていた時期がありました。大学生の頃です。短期間のアルバイトをして、ある程度まとまったお金が入ると、まるで追い立てられるかのように、僕は成田を目指していました。そんな放浪の学生時代が終わり、仕事を始めてからも、回数は減ったものの、細々と海外旅行を続けてきました。通算すると、それなりにまとまった数の国を旅しました。しかし、多くの土地を一人で訪れてしまったが故に、すべての経験は、僕の頭の中にあるのみです。さらに言えば、それらの経験の記憶も、加速度的に忘却のかなたに消え去りつつあります。そんな旅の記憶を、これから気まぐれに、日記に織り交ぜながら、ブログを読んでくれる方と共有していけたらと思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まずは数回に分けて、去年訪れたケニアの話をしようと思います。旅のきっかけは、タイミングでした。9月は海外出張があった上に、10月にちょっと作業量の多い仕事をするために他の仕事から外れていました。おかげで、その仕事が終わってしばらく、急を要する作業がないという時間がありました。すかさず、会社の長期休暇(一週間)を申請しました。行く先はケニアです。 アフリカは遠い!という声を良く聞きます。実際、遠いです。ヨーロッパ経由だと、本当に一昼夜かかると思います。そこで、航空券を買う旅行会社に相談したら、比較的飛行時間が短いのはドバイ経由ということでした。羽田空港→関西空港→ドバイ→ナイロビ というルートです。乗り換えはちょっと疲れるかもしれないけど、羽田から出発というのは便利だと思いました。その日は昼まで仕事をして、それから荷物を持って羽田へ向かいました。2007年10月のある日のことです。夜の羽田空港から旅立つのは、初めてです。慣れてしまった成田空港とはまた違う雰囲気で、旅立つ気分が盛り上がりました。でも、まずはおなかが減ったのでカレーを食べました。やっぱり食べることは大切です。一杯のカレーが、・・・なんと650円もするのです。いくら搭乗口の近くとはいえ、やっぱり高いなあと思いました。悔しいので写真にとって見ました。そして、夜遅い関空行きの飛行機に乗りこんだとき、ケニアへの旅が始まったのでした。 (続く)
2008.01.31
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ずっと前に、広州日記の中で、ジュンパ・ラヒリというインド人女性作家の「停電の夜に」という本を紹介しました。僕はその本がとても好きですが、彼女の、もう一冊の小説が、映画化されたということで、見に行ってきました。有楽町のシャンテ・シネです。あらすじをさわりだけ書くと、以下のような感じです。一度も、インドの外に出たことのない美しい娘アシマは、ニューヨークの大学院で学ぶアショーケと、見合い結婚をする。アシマはその夫と共にニューヨークへ渡り、なれないアメリカの街に戸惑いながらも生活を始める。やがて彼らは、二人の子供をもうける。インド人の血を引きながらも、アメリカで生まれて育ち、アメリカの価値観を持った子供たちと、両親のアシマとアショーカとは、少しずつ気持ちが離れていく。子供たちは家に寄り付かなくなり、夫は遠くの大学で教えることになり、独りぼっちで暮らすアシマ。そして突然の事件がおこる・・・。展開は淡々としていますが、家族の気持ちの動きは、母親であるアシマとその息子を中心にして、丁寧に描かれていると思います。また、登場人物たちが、自分の名前の持つ意味と自分自身の人生との一致に気づいていくという展開も、この物語のもうひとつの面白さです。インド人の人たちは、名前の意味をとても重視するのかな、と見ていて思わされました。見終わったあとで、インドを前より少し近くに感じられる気がしました。また、ジュンパ・ラヒリの小説世界の空気も、とてもよく表現されていると思いました。一緒に言った友達も「停電の夜に」を読んでいましたが、お互い「あの作者の小説の雰囲気は、うまく出ているよね」ということで一致しました。余談ですが、映画が終わり、エンドロールを眺めていたら、出演者の中に、小説の作者であるジュンパ・ラヒリの名前がありました。どの場面で出ていたのか気づきませんでしたが、見つけたときは思わずにやりとしました。2月1日までの上映です。「停電の夜に」の小説が好きだった方は、一度ごらんになってみる価値はあると思います。
2008.01.26
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この映画については、あまりコメントできません。あまり個人的にはおすすめできないかんじです。展開が速いというか、やや強引というか、気持ちがちっとも登場人物に入っていけないのです。末期がんの病人の様子を含めて、現実離れした展開がちょっと多すぎる気もして。実は原作も、最後まで読み通せなかったのですが、映画もちょっと無理でした。映像は、時々綺麗な場面があり、出演している人は、かなり頑張っている感じでした。脚本が問題なのかな、とちょっと思ったり。そんな感想です。
2008.01.18
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ふっとツタヤのアジア映画のコーナーで目に付いて、手に取った映画。でも当たりでした。女友達リンの片思いを成就させるため、彼女が思いを寄せる男の子との橋渡し役になった主人公の少女モン。ところが、橋渡し役の彼女が、逆にその相手のチャンという男の子の関心を引き寄せてしまう。そして三角関係の行方は・・・。という感じのストーリー。ハラハラドキドキという起伏に富んだ展開ではないのに、なぜか登場人物の二人の気持ちの動きに引き込まれていく。台湾の夏の、素朴な風景の中で描かれる恋物語。夏の夜の街に並ぶ屋台や、夜風に吹かれる南国の植物、そんな映像が、なかなかいいのです。そして終わったあと、じんわりと伝わってくる余韻。観終わったあとで、ちょっと切なくなるのは、映画の内容のせいなのか、それとも映画を通して自分の中の遠くて淡い記憶が揺り動かされたからか。見終わって数日が過ぎたのに、映画の中のいくつもの場面にもどってみたくなるのです。そこに、自分自身がまだ少年だった遠い夏、好きになった人にどう気持ちを伝えていいかわからないまま時間が過ぎていく夏の日の気持ちが、まるでスナップショットのように鮮明に保存されていて、この映画を見るたびにその気持ちに戻れるような気がするのです。おすすめです。
2008.01.11
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3年間ほそぼそと更新して来たブログですが、今回で通算100回目の日記となります。せっかくなので、ずっとご紹介しようと思っていた広東省の開平のことを書きます。この町を訪れたのは、僕が広州で働いていたころです。中国では最近、古い町並みの残る「古鎮」への旅行が静かな人気のようで、関連のガイドブックも出ています。僕は本屋でこうした本の一冊を立ち読みしているときに、この町のことを知りました。牛を引く農夫と田園風景の中に、欧米建築のような塔が立っている。その不思議な写真に、一目でひきつけられました。調べていくと、当時住んでいる広州からバスで一時間半ほどの町ということでした。早速、鉄道の広州駅のすぐ近くにある、長距離バスターミナルに向かいました。正確なバスチケットの料金は忘れましたが、50元前後だったと記憶しています。長距離バスは、開平の市内にあるターミナルに到着します。しかし、あの不思議な風景のある「自力村」へは、市内からさらに離れています。そこで僕は通りを走っているタクシーの運転手と値段を交渉し、チャーターしてそこまでたどり着きました。自力村は本当に小さな農村で、その村でタクシーを拾うのは難しいです。そこで、自力村までの往復と、観光する一時間ほど駐車場で待つことまで含み、200元前後で交渉を成立させたと思うのですが、正確な金額は忘れました(お役に立てず、すいません)。田んぼの中に塔が立つあの風景を目にしたときの感激は、ちょっと忘れられません。いままでに、どんな紀行番組や、日本のガイドブックでも見たことのない風景でしたし、自分で地図をみたり、現地の人に尋ねたりして調べながら半日がかりでたどりついたことも、感動が大きかった理由です。ちょうど、小雨がぱらつき、蛙の鳴き声が響く水田の中にそそりたつ塔の一群は、なんだか夢の中で見る風景のように、シュールなものに思えたことを記憶しています。20世紀初頭、海外から戻ってきた華僑たちが、この土地に住み着きました。ところが、このあたりは当時、盗賊が多く、裕福な華僑にとっては大変危険な地域でした。そこで自分たちの資産と安全を守るためにこうした建築を考え付いたのが始まりといわれています。塔の数が増えたのは太平洋戦争のころだったという話もあります。建物の入り口には、どことなくヨーロッパを思わせる装飾が施されています。建物の中には、当時の華僑たちが暮らしていたときの様子が保存されています。螺旋階段を上って、バルコニーへ出ると、まるでイタリアかスペインの建築のようです。バルコニーからも、美しい塔が望めます。広州に住んでいる間に、合計三回この土地を訪れました。何度見ても、飽きの来ない不思議な風景です。まだ広州で僕が働いていた頃、高校時代の友達が来たときに一度、案内しました。また、たまたま先日、会社の先輩が、広州と香港へ旅行へ行くので、おすすめの場所を教えてほしいといわれ、開平をすすめたところ、大変に気に入ったとのことでした。これまで、別に出し惜しみしたわけではないのですが、当時自分にとって、この場所は特別好きな場所で、2006年の初夏の時点では、まだ全く有名でもなかったので、なんとなく自分の心の中にだけ取っておいた場所でした。でも、最近は、地球の歩き方に掲載され、日本からのツアーも出るようになりました。また、僕が広州にいた2006年の時点では、世界遺産への登録申請が行われていましたが、どうやら登録が認められたようです。ということで、もうここは秘密の場所とはなりえないと思い、今回、ブログにも書きました。広州付近で、一日のんびり時間があれば、ぜひ足を運ばれることをおすすめします。最初はなんだかありえない風景に見えるのですが、同時になんとも懐かしい気持ちにもなります。本当に不思議な風景でした。広州の暮らしの中で僕が見つけた、一番好きな風景を、今回はご紹介しました。
2008.01.06
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今日は大学生のとき、アメリカに短期留学をしていたときに知り合った友達との新年会でした。仲間の一人は、結婚し、子供も生まれました。その彼のお宅にお邪魔しての新年会です。みんなでビールやらワインやらを飲みながら、最近の暮らしについて話しました。大学に入って初めての夏を、ロサンゼルスで過ごしたのは14年前です。一ヶ月ちょっとの夏学期を過ごした仲間たちと、10年をこえてつきあえる友達となれるとは、あの時は想像もつきませんでした。ローラーブレードで、サンタモニカのビーチを駆け巡っていた日々は遠い昔。これからも、ずっと仲良くしていきたい仲間たちです。
2008.01.05
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今日は中国人の友達と集まり、みんなで餃子を作って新年を祝いました。中国の餃子は皮が厚く、人によっては苦手みたいですが、僕はもちもちした食感が大好きです。この皮も小麦粉から作ります。みんな慣れた手つきで作っていくので、見ていて面白かったです。餃子の包み方も教わりました。中国人の集いの中に、日本人一人だけど、何の違和感もなく、むしろ10ヶ月前に広州で働いていたころに戻った気分でした。そんな一月三日でした。
2008.01.03
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毎年の一月二日という日の朝が好きです。日本が一番静かな朝だと思います。大晦日に夜更かしして、元旦に年始を祝い、多くの人にとって、早起きする必要もない一月二日。でも僕は、この日、できるだけ早起きして、外を散歩します。ひんやりとした冬の空気の中で、町が眠っています。静かなとおりをそっと歩くのが、なんだかとても好きなのです。前に一度、自転車に乗って、母校だった高校までの10キロ弱の道のりをぼんやりと走ってみたことがありました。今年の一月二日は、久しぶりに家の周りの田園地帯をジョギングしました。よく晴れた気持ちの良い朝でした。風は冷たかったので手袋をして走りました。ふと、走っている道が中学校時代の通学路に差し掛かったことに気づきました。あのころの僕から見たら、今の僕はおっさんだなあ、なんて思うと、ちょっと寂しい気持ちに。それから愛犬を連れて、ジョギングした道とはべつの田園地帯へ。こちらには母校だった小学校があります。ここ数年、海外に主に住んでいたものですから、年末に帰国することはあっても、ゆっくりする暇はありませんでした。正月を実家でのんびり過ごすのはひさしぶりだなあ、と思いながら、目の前を走っていく犬を、そしてその先に広がる、わが故郷の風景を眺めました。またすぐに海外に行くこともあるかもしれないけれど、この平和な風景は、大事におぼえておこうと思った、そんな2008年の一月二日でした。
2008.01.02
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