2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1
CDはそれぞれ独自の音の世界に私たちを誘うが、この「嵐が丘」の世界はなんと広大で、なんと深く、なんと情緒に溢れていることだろう。とても言葉で表せないほど多彩で多感、心の琴線に激しく共鳴する調べが続き、熱い感動を与えてくれる。川井郁子は日本の音楽家を超えてワールドワイドな音楽家である。バイオリニストであるとともに作曲家としても稀有の才能を持っていることをこのCDは証明している。「心の中に何人かの違った女性が住んでいて時々現れるように感じる」という彼女の言葉のように、ある曲は騎馬民族の血を感じ、ある曲はヨーロッパの哀愁を感じ、ある曲はラテンの情熱を感じる。多くの民族の情熱と哀しさが曲の中に深く刻み込まれている。こんなことが日本人によって実現されていることが驚異的である。川井郁子が作曲した曲、映画音楽などをアレンジした曲、どれもが珠玉の作品だ。このCDは宝物にしたい。これを知り、手に入れた人は幸せだと思う。この演奏を聴くには良いオーディオ装置を薦めたい。部屋をゆるがす太鼓や地鳴りのような超低音が相当入っている。バイオリンはもちろん、オーケストラや合唱を濁りなく再現できるシステムだと、このCDの世界を堪能することができる。DVD付きのものと無いものがあるが映像を見ないほうが音楽に深く浸れる。
2005年12月31日
コメント(2)
ポリーニがショパンの夜想曲集を録音した。2005年6月ミュンヘンでの録音。ポリーニが前回ショパンを録音したのは6年前のバラードだった。またもやずいぶん待たされた。完璧な演奏だ。これ以上の演奏はあり得ないと思われるほど磨かれている。テンポといい、バランスといい、強弱といい、全てをショパンが「こう弾いて欲しい」と願っていたことが実現されているような気がする。装飾連符のテンポも絶妙。同時に打たれる複数の音のバランスも完璧。そしてショパンが生涯書き続けた夜想曲の詩情が泉のごとく湧き出てくる。なんと豊かな詩情の世界だろう。もはやポリーニの存在は見えず、ショパンそのものが見えてくる。ポリーニという透明ガラスを通して鮮明なショパンを見ているようである。別の見方をすれば、ポリーニにショパンが乗り移っているともいえる。だが、そういう場合に、演奏家の個性というものが存在する余地はあるのだろうか。卓越した感性と超絶と言ってよい磨かれた技術によって普遍性を獲得した演奏には、もはや個性は意味をなさないのか。ポリーニがあまりに完璧なゆえに、そんな疑問がふと湧いてくるのである。
2005年12月17日
コメント(2)
先週の土曜日にクリスマスのイルミネーションを庭にセットした(写真)。タイマーを使って毎晩自動点灯させている。会社から帰ってくると、イルミネーションが灯っていて、心がなごむ。近所の家も結構イルミネーションを飾っていて、華やかである。我が家のは地味な方だ。この季節、多くの家がイルミネーションを飾って町全体が楽しくなる。大変結構なことだと思う。
2005年12月13日
コメント(0)
4つのバラードと前奏曲25番、幻想曲ヘ短調が収められた1999年の録音。ポリーニは9年ぶりにショパンを録音した。ずいぶん待たされたものだ。さすがはポリーニである。雄大なスケールを持ちながら、ひとつひとつの音の意味がこんなにわかりやすく表現されている演奏は他に聴いたことがない。普通ならフォルテや速いパッセージはなんとなくごまかされたような気がする演奏が多いが、ポリーニの場合はどんなところも明晰で全く曖昧な音が無い。そう言うと醒めた音楽を想像するかもしれないが、全く逆で、聴いているうちに情熱というか、曲の魂のようなものがこちらに乗り移ってきて聴く人を深く引きずり込み、気持ちを高ぶらせる、とても熱い演奏なのだ。ポリーニ自身がものすごく熱くなっていて、その熱が伝わってくるのである。この熱さは初来日の東京公演で感じたものと同じだ。4つのバラードは最高にドラマチック。前奏曲は美しい時の流れを感じる。幻想曲を聴くといつも「雪の降る町を」を思い起こすが、表現力がないと何も伝わってこないこの難曲をポリーニは色とりどりに輝かせる。
2005年12月10日
コメント(0)
ナナは目と態度でものを言う。そして人間をあやつる。大した者なのだ。人のひざに乗りたいときは周りをうろついてじっと見つめる。散歩に行きたいときは玄関に向かってチョコチョコ走るふりをする。ちゃんとわからせるように表現できるから偉い!としか言いようがない。
2005年12月02日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1
![]()
![]()
![]()