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あらすじ天才、真賀田四季の生涯、と思いきや、S&Mシリーズの西之園萌絵と犀川が中心になってVシリーズの登場人物も交えての真賀田四季追跡作戦といった様相をていしてくる。感想 ネタバレ無S&MシリーズとVシリーズの重大なネタバラシ的な要素が盛大に盛り合わせてある。大体、この四季があの二つの物語を一つに結びつけるひとつの架け橋のようなものであったと感じさせるに十分である。秋は、春や夏とはうってかわって天才がほとんど出てこないので、そこそこの凡人が天才の思考を理解しようとしてどういった道筋をたどるのかというところも面白い。4作で完結する作品の3冊目ということで、ワンクッション置いたかなという感覚を読み終わってから思った。ここらでちょっとテンションを普通に戻しておいて、最後でドカンと突き落されるんじゃないかとそういう期待を持っている。さてさてどうなることやらというか、夏から時系列的にかなり飛んでしまったので最初はかなり面喰ったといえば面喰ったのだが、それでもやはり西之園萌絵と犀川のコンビが面白い事もあって、相当楽しい事になっている。---------------------------ネタバレ有--------------------------------犀川が瀬在丸紅子の子供だと、まったくまったくもって気付かなかった。とんでもない驚きであった。そのことが書かれている場所を読んだあと、1分程過去の場面を回想してその手がかりをさがしてみたけれども、自力で発見するには材料が少なすぎたように思う。しかし四季をの春と夏を読んでいれば十全に理解できただろうとは思った。自分はさっぱりわからなかったけれども。これはどっかで気づけた人はいたのかなー。いただろうな。名前が一向に出てこない事や、林という苗字か名前か区別がつかない名前から推測することは十分に可能だったと思える。四季に関する新しい情報といえば、死んだ娘を何故解体して持って行って、クローンを作ろうとしたということぐらいか。もちろんクローンを作るつもりなのかどうかもわからないけれども。真賀田四季が自分の娘のクローンを作ろうとするだろうか、という点について考えてみるけれども、自分が死ぬために作るかもしれないという事ぐらいしか思えない。それかひょっとしたら、四季自身はもう体から解き放たれたのかもしれない。体という存在はもう捨てて精神だけの存在になったとか、こんな話森博嗣の作品のどっかで出てきたような気がする・・・。娘の細胞を持っていったのは、そのための布石だおるかな。それは真賀田四季の価値観であり、モラルだといっているけれども、それは自分の中でのルールだろうか。「人は、自分が許せないときに、悲しくて泣く、そして、自分が許せたときに、嬉しくて泣くの」これをいったときの紅子はいったい何歳なんだろうか。もちろん計算すればわかるだろうが、めんどくさいな。このときの紅子がとってもいい味を出してる。扇風機と太陽の話とか。「扇風機のように、前にしか風がこないのなら、こちらを向いてくれないと困りますけれどね。たとえば、太陽はどう? メキシコがはれていたら、その分、日本は損をしますか?」「つまり、その差は、何ですか?」「貴方が、太陽を好きになったか、扇風機を好きになったか、の差です」しかもそれがその人の認識なのではなくて、自分自身がその人をどう認識しているかの問題だから、なおさら難しいとも考えられる。まったく話は変わるけれども、とても句読点が多いように感じる。文章が長い時に句読点が多くなるのはわかるが、とても短いセンテンスで何度も使われている事が多い。それが短い文章をさらにリズムよく読ませるコツだろうか。次は最終話 冬
2008.02.28
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あらすじ天才、真賀田四季の生涯。感想 ネタバレ無今回もその天才がバッサバッサとお前ら全員無駄なことばっかりやってんな!と切り捨てていくわけだけれども、冒頭にプラトンの愛に関する解釈を持ってきたところからも、夏は恋愛色が強い。すべてがFになる、に出てきた真賀田四季の過去の事件やトリックもここで明かされる。いまさらだけど、4冊読んでから一気に書いた方が断然よかった。一冊一冊の区切りというよりも、章立てとしての区切りとして巻が別れているゆえ・・・。どうせなら最初から一冊にしてほしかったという感じだけれども、まぁしょうがない・・・。瀬在丸紅子との邂逅の話と、瀬在丸紅子に対する分析のシーンが出てくるが、個人的にはそっちのほうが興味深かった。そして今回は特にミステリー的な要素もない。まぁ、元々あまりミステリーというのもどうかというようなこの四季、だけれども。------------------------ネタバレ有-------------------------------思うに、両人が、そういう気持ちになるというのも、じつは、僕たち人間の太古本来の姿が、そこにあるからなのだ。昔の僕たちが、完全なる全体をなしていたからなのだ。そして、その完全なる全体への欲求、その追及にこそ、愛という名がさずけられているのです。 (SYMPOSION/Platon)完全なる全体完全なる全体 完全体 なんかかっこいいな。でもこの完全なる本体ってようするにフタナリのことなんですかねキャー完全なる全体に至るために愛があるというテーマが、作品に強く反映されておったとさ。各務っていう人どっかで名前聞いたことあるなと思ったらVシリーズに出てきたキャラクターだった。かなり忘れている。子供を産むというのはどういうことかという話でもあった。なぜ、人は子供を産んだあともだらだらと生き続けるのだろうか。人の体と心が決して別々のものではないという事もいっている。というか、色々言っているからピックアップすることしかできないのだが。頭の中で展開しているスピードと体が反応する時間にあまりにも差がある四季がいったいどんな感覚を受けているのかはわからないけれども、想像してみるに拷問に近いものじゃないか。子孫を残すことによって、自分の死をイメージすることと等しいというのはようするにデータを残すことだろうか。自分の中にある色々とごちゃごちゃしたものを全部子供に残して、自分はその中にいるのだから産み落とした殻は正真正銘何も残っていない殻だということなのだろう。そういう意味では完全なる全体に近いのは女のほうだろうか。男と女、どちらかがいなくなるとしたら男がいなくなるだろう。受精すれば、花は枯れる。しかし、人は子孫を産んでも、まだ生きようとする。何のために?循環を望んでいるようで、阻害する。永遠を望んでいるようで、悉く断ち切る。一瞬の本能だけが、生命の循環を支えている。脆弱だ。その反動で、個が生じ、この我が儘な自我を形成したかのよう。新しい生命など生まずに、ずっと生き続ければいいのに。もしそれが可能になれば、人はもう子供を産まないだろうか。永遠を手に入れることで、愛情は退化するだろうか?ずっと生き続けられたら、もう子供なんて産まないんだろうかなあ。そうなるように思える。死ぬから子供を残すのであって、死ななかったらもう何もかも関係なくなるんじゃないか。愛情は退化するんじゃなくて停滞するんじゃないだろうか。何もかもが、止まるんじゃないかな、時間も空間も。と考えてみる。瀬在丸の息子がどんな事を考えているのかというのは、まったくVシリーズでは語られてなかったけれども、「夏」を読んでいてひょっとしたらあいつは母親を殺すんじゃないだろうかと急にわけのわからない感覚をもった。何を考えているのかさっぱりわからないが。
2008.02.28
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あらすじ天才、真賀田四季の少女時代を書くミステリー。感想 ネタバレ無相変わらず森博嗣の書く本は安定して面白い。どれを読んでも、まず満足いくものになっているだろう。読んでいなかったのに特に理由はないけれど、文字数が少ないから敬遠していたというようなところはあるかな。もちろん、文字数がすべてではないけれど。ヘッセのシッダールタだって、200ページ無かったような気がする。2時間かかるかかからないかで読み終わるので、普段本を読まない人たちのニーズにもこたえられているのだろう。どうも今は文字数が少なければ少ないほど売れる傾向にあるみたいだし。久しぶりに森博嗣の本を読んだけれど、構成がとても上手いから、ついつい先に先にと読まされてしまう。スカイ・クロラシリーズを思い出すような文体もいい感じだ。S&Mシリーズの登場人物もVシリーズの登場人物も出てくると知って、結構うれしいものがある。特にVシリーズは登場人物がかなりお気に入りなので、うれしい。--------------------------ネタバレ有---------------------------登場人物の名前が簡単に覚えられる。印象深い名前がつけられていると思う。どうやって選んでいるのかは知らないけれど・・・。名前は大切だなぁと。本当にいい小説はキャラクターの名前をいつまでも覚えていられる小説だといっていた偉い人が言っていたけど、まぁ一面はあっているかもしれない。其志雄が大量に出てきて、途中で頭がこんがらがったけれども、すぐに修正が完了した。なかなかややこしい。其志雄は、四季の双子の兄がまず一人。その兄の中にまた一人。四季の頭の中に一人。で計三人いたわけか。最後、双子の兄の中にいた其志雄は統合して自殺してしまったけれど、頭の中にいた其志雄までしんでしまったのは、結局完璧に其志雄をトレースしていたがゆえに、肉体を持っている其志雄が死ぬことを決意した瞬間に同じ結論に達して死んでしまったということなんだろうかな。四季が死ぬ事を選ばないことが不思議でしょうがないのだが、よくわからない。「君だって、いつかは死ぬ。だけど、生きている間は、楽しいことができるんだ。それを大事にするっていうことじゃないかな」「私、別に、生きていたいなんて思わない」「どうして?」「その質問は、まず、どうして生きていたいのか、に答えてからでなくては意味がないわ」「だから、それは、楽しいからだよ」「楽しいと思い込んでいるだけよ」四季は笑った。「生きていることが、どれだけ、私たちの重荷になっているか、どれだけ、自由を束縛しているか、わかっている?」「生きていることが、自由を束縛している? それは、逆なんじゃない?」「いいえ、生きなければならない、という思い込みが、人間の自由を奪っている根元です」生きなければいけないということ自体がすでに自由ではないというのはわかるけれども、それに関しては四季は完全に自由だな。生きていてもいいし、死んでもかまわないっていうなんだか今どきの中学生がいいそうな状態ってことだろうか。それはそれで面白いが。四季が天才というよりも、ただの究極的な合理主義者にしか思えんな。もちろん人間的な能力に関して言えば、天才というよりもすでに種族が違うという感じだけれども。それに、時間からも乖離しているといっているんだから、少し進化しすぎだな。時間から乖離しているという考え方自体はシッダールタに書いてあったことと似たような感覚で説明できると思う。ここらで幕 次は夏
2008.02.27
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なんだか不思議な感じあらすじメキシコのキンタナ・ローを舞台にした奇妙な小説感想 ネタバレ無全部読んだけど、正直いって理解できたかというとよくわからない・・・。というか、これは本当に架空の話なのかどうかすらもわからない。ドラマとしかいいようがないティプトリージュニアの歩んできた道筋とマヤ族への考え深さを考えるに、本当に聞いたことのある話なのではないかという気しかしない。3作品入っているが、そのどれもが少しだけ奇妙で、本当にあった話なのではないかと勘ぐらせてしまうようなそんな内容である。CIAに勤めて、マヤ族との接点をもって何を感じたのかという話。しかし何冊か読んだが解説には、どの人もティプトリージュニアが女であったことに対する驚きと、ティプトリージュニアの驚くべき経歴にばかりに触れていて、あまり内容に触れてない人が多いと感じるのだが、それで解説として機能しているのかとは思う。作者と作品は全くの別物と考えているもので・・・作者の解説ばかりされても・・・・というちょっとした怒り。大体あまり解説って面白くないしね・・・。あれはあの人の作品にしては失敗作だった、とかあれはうまかったとかそういう事を書かれたくない。この本を読んでいると、マヤ族への信愛の情が湧いてくる。 特にマヤ族に対する好意的な記述があるわけでもないんだけれども。---------------------------ネタバレ有--------------------------リリオスの浜に流れついたものこれはぜったいに女だ。でなければ、地球がこれまでに創りあげた最高のゲイだ。というセリフには思わず笑ってしまった。スペイン語では、いや、わたしの知っているどの言語でも、海には男性計と女性形の区別がなく、両方に使われる。もし、わたしの友人を訪れたのが海そのものであったとしたら、それが両性具有の姿をとっていたことになんのふしぎがあるだろう?そうなのかー海だから両性具有だったのかー!って規模がでけぇーわああ海の擬人化なんてなんでもありのエロゲーでも聞いたことがないぜ。まぁ全体としては自然はほかでもない自分達だっていうことかな。自然をけずって自分達は裕福になっていっている気がしているかもしれないけれど、それは自分で自分を傷つけている事なんだよって。水上スキーで永遠をめざした若者いかん、もう覚えてない。 なんか水上スキーでぶんぶん走り回ってどっかに到達した男が神だぜこらぁっていう話だったかな。うん、読んだ時もよくわからなかったな。だめだこりゃデッド・リーフの彼方なんか危ないとこで泳いでたら、仲間とはぐれて仲間を追いかけたら魚で、よくみたら女の死体がういてて、でもよくみたら生きててウボァーって逃げてきて危なかったー海こえーなっていう話だった。よくわからんうまく言葉にできないんだがね。なんというかな、それは海がいま現在でも協力だという考えと関係がある。ひょっとすると、海には復讐が可能なのでは? いや、それじゃあまりにも単純すぎる。よくわからない。ただ、なにが人間をおそってくるかに関するわれわれの知識は──そう──そんなに深くもないし、広くもない。どうも表現がまずいな。だが、ひょっとすると海は──それとも自然は、人間の手にかかっておとなしく死んでいったりしないかもしれない。もっと機械的な破滅だけでなしに・・・・・これは、よくわかる。いつか何らかの形で自然の揺り戻しがあるのじゃないかと、ずっと期待している。天変地異でもなんでもいいから、何かが起こるんじゃないかと、たとえば突然地球上の酸素を地球が吸いこんで大爆発するとか。なんかおこらないかなー
2008.02.27
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あらすじ地球人類がヒューマンという名で宇宙の一種族となった未来。舞台は銀河系のはずれにあるダミエムという小さな惑星。そこに住んでいるのは土着の少数のダミエム人と、彼らの安全を図るのを職務としている三人のヒューマンの保護管だけ。ふだんはあまり訪れる者もない、ひっそりとしたこの惑星に、珍しく十人の観光客がやってくる。感想 ネタバレ無読み終わった瞬間にいてもたってもいられなくなって、感想を書き始める。かなり泣いてしまった・・・。正直いってかなり動揺している。読み終わった瞬間ゆえ、まだ色々がまとまっていない。舞台設定など、色々はそのままミステリーである。それから、最初の250ページは正直にいって退屈であった。それ以降は、かつて味わったことがないほどの感情を一遍に味わった。ありえないという感情がつのる。久しぶりに来たなぁ。120冊に1冊ぐらいの割合でここまでの名作に出会えていると思う。前回ここまでに匹敵すると思ったのは、神林長平の膚の下以来である。後半は泣きながら読んだ。これほどまでに、恐怖と興奮と悲しみと怒りを生み出す話をはじめて読んだといっても過言ではない。-------------------------ネタバレ有------------------------------や、やばいわぁ・・・・ありえないなぁ。おもしろすぎる。最初の250Pは本当に、キャラの紹介と舞台設定と伏線を張り巡らされるのに費やされていたなと思った。そこまで読んで、状況を把握するのが最大の苦痛だったが、ザ・スターが昇った瞬間からの展開は、本当に神がかっていたとしか思えない。しかし、女侯爵姉妹の姉の扱いは地味にひどかったな。みんな、それなりの役割を与えられていたのに、姉の役割といえば、狂った金持ちって怖いね、というだけの教訓を生み出すだけだったような気がする。妹の出番は神。 あっけなく死んだのには本当にびっくりした。それも別にみんな悲しんでるわけではないあたり・・・・。まぁもともとしんでいたようなものだからな。しかし本当にミステリーのような作品だった。ミステリーにありがちな、陸の孤島。まわりとは連絡がとれなく断絶した状態。というのをSF流にアレンジして、孤島じゃなくて孤惑星、連絡もとれない、登場人物は一癖も二癖もあるようなものばかり。ニイイルが死んだところも泣いたが、最大の見せ場はコーリーの最後だろうなと思う。老いて死ぬ間際のシーンは、なんだか今までのものが全てここにかかっているような、そんな印象を受ける。 ここまで死というなんだろう・・うまく書けないけど・・・死というものについてぶつかったものは、村上春樹の世界の終りとハードボイルドワンダーランドの主人公が死ぬシーン以来の衝撃だ。正直いって、リニックスが生き返るとは思っていなかった。リニックスが生き返った事によって、ひょっとしてドラゴンボールの世界にまぎれこんでしまったのではないかと、つまり死んでも大丈夫な世界になってしまったんじゃないかと。だから、コーリーはひょっとしたら致命的な傷を負っても、最後の最後で復活するんじゃないかと、読み終えるまでずっとそう考えていたのだ。外れてしまったけれど・・・・・。死んでも生き返る世界というのは、ニイイルが自ら死んだところで拒否されていたのだという事がわかっていなかった、リニックスが生き返ったのも、本当ならあり得ない事だったんだろうが・・・・。面白いなーと思ったアイデアはがあった。いかなる場合も、天体ほどの大きさの物体が、とつぜん──一瞬のうちに──なにかまったく予測不能な外界の事件によって破壊され、蒸発した場合にそうなるわけだ。以前には有機的だった物体がまだその解体を信じていないのだ。つまり、地球がもし突然大爆発したとして、地球ほどの大きさの物体が突然なくなると、地球はまるで足を失った人がまだ自分の足があるかのように感じるのと同じく、自分がまだ存在していると思い込んで過去へと戻る次元の動きを作りだすということか。面白い一度は偶然の一致、二度目はべつのなにか、だが、三度つづけばそれは敵対行動。このあたりのミステリーっぽさは異常だなぁ。こうやって理詰めで、状況を把握していくところが格好よすぎる。劇的な状況の変化と、面白さが爆発する転換点ついに<ザ・スター>が昇ったのだ。そして、それとともに、ヒューマンの全状況が変化する。コーリーとキップがお互いにお互いをかばい合って相手に自分を信じ込ませようとするやりとりが、緊張感がありすぎてこっちまで冷や汗をかいていた。それから、この世で一番の苦痛を与えるという薬を投与されたときのリニックスの描写が、痛々しすぎてもうほんとに・・・・。やめてほしいっていうぐらいに・・・。かなり興奮した場面。この場面が来る前から、動くことができないが、覚醒しかかっている侯爵妹はいったいどんな役割を帯びて物語に登場するのかと思っていたが、こんな風に登場してくるとは・・・。「コメット号を救え!」二十年の歳月を超え、バラムは少女の無感覚な耳に向かってさけぶ。以前として何も起こらない。わたしはばかだ。「コメット号は救える!コメット号に乗れ!コメット号で飛べ!」読んだことのない人には全くわからないだろうが、ここまで読んだ人がこのシーンを読んだら、鳥肌がたった事だろうと思う。バラム先生の一世一代の大勝負。ザネスとその一味たちの熱さは異常。こいつらだけ別の作品の中から来たみたいだ。「グリッド・ワールドの流儀はお気に召したかね?」ザネスは世界に向かってそうたずねずにはいられない。両手と両足が痛く、アバラに矢傷を受け、体じゅうがこわばって、声がかすれているが、すばらしい気分だ。自分の仕事をやってのけ。俳優たちも全員無事なのだから。この時のザネスの心境はまさに、任務を達成する、俳優も守る、両方やらなくちゃいけないっていうのが、監督のつらいところだな。覚悟はいいか?俺はできている、っていう感じだった・・・。残念ながら全部書いていたら、文字数が簡単に1万突破してしまう。本当に、どのシーンも全部頭の中にデータとして入力しておきたいぐらい素晴らしい。ニイイル死亡シーン「あなたはわたしを──さっき救ってくれた」弱々しいがはっきりした声で、少女は注意深くそういってから、しばらく間をおき、魅力たっぷりの笑みをうかべる。「あなたがわたしを救ってくれたかげで──ちがった、おかげで」──少女はまぎれもない誇りをうかべていう──「いまわたしはよく死ねる。ちがった、正しく死ねる。ちゃんと」「しかし、ニイイル、きみは死ななくていいんだ!」バラムはさけぶ。「きみは生きていける!」「いいえ、わたしはもうすぐ死ぬ。でも、ちゃんと死ねる。もうだいじょうぶ。飛べるから!あなたが助けてくれるまでは、翼がだめ」少女の声がふるえる。「と、とても、とてもぼろぼろ」少女は無傷で、翼もちゃんと生えそろい、虐待の跡はない──平和な眠りに落ちた子供の姿だ。だが、その子供は二度と呼吸しない。書いてて泣けてきた・・・。バラムが、また時をさかのぼってニイイルを助けようとしたところでこれだからなぁ。ちゃんとしねる、正しく死ねるって・・・・。翼を復元して、死に向かって飛び立っていってしまった・・・・。ここで運命は元には戻らないって事が完全に明示されてしまったんだなぁ。 書かれてはいないが、リニックスも幸せな生活は送れないのかもしれない。死という記憶にさいなまれて、死ぬか、そのまま得体のしれない感覚にさいなまれつづけるのではなかろうか。あの偉大な星についての物語は、事実上ハッピーエンドを迎えたわけだ──あの悲劇的な幼いニイイルだけをべつにして。でも、あの子でさえ、だいじょうぶ、といった。飛べるから、死に向かって飛べるから・・・・・。その気持ちがなんとなくわかる気がする・・・・。「これが現実だわ、ペース。きのう、これは・・・・・手だった・・・・手。・・・・・みんなはいう・・・・・現実的になれと。まるで現実が励ましを必要しているように。でもね、ペース・・・・現実は友達を必要としない」ここまで安らかな死というものがあると、知らないから泣ける。本当にここまでの安らかな死があるのだろうか。 沈黙が下りる。年老いたのどを通貨する空気がざらついた音を立てる。吐き・・・・・吸い・・・・・吐き・・・・吸い・・・・吐き・・・・吸い・・・吐き・・・・吸い・・・・。 グリーン、ゴー? ダヤンが沈黙を破る。「了解」あああああああ間違いない・・・神作だ・・・・。
2008.02.18
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あらすじシッダールタが悟りを得るまでの話。感想 ネタバレ無今まで読んでなかった事が悔やまれる。 読む時期に意味があるとは思えないが、もっと若い時に読んでいたらどうだっただろうと考える。多分今とそう変わってないだろうが、同じような事を考えていたから。内容に感化されて読んでいて腹が痛くなるぐらいには集中して読んでいた。久しぶりになかなかの集中力を発揮できた。読んでたら危うく仏教の門をたたきに行くところだった。危ない危ない。つーか、仏教について詳しくないのだけれども、仏教っていうのは輪廻を否定しているのかね?仏教にも輪廻っていう概念があったような気がしたけれども。まぁ、色々難しい事を抜きにして、内容的に感動させられた。 150pしかない薄っぺらい本なのに、凄い。さすがはヘルマン・ヘッセといったところか。手塚治虫のブッダを思い出したなぁ。--------------------------ネタバレ無--------------------------シッダールタが、普通の生活に慣れてしまい、金に執着して悩むところを読んでいてかなり腹が痛くなった。 苦悩がそのまま伝わってくる感じ。こんな事めったにあるものでもないなぁ。 泣かされるより、こっちのほうがずっと意味があると思う。ところどころ、昔考えてたことと一致してる部分があって、自分が肯定された気分になった。「さぐり求めると」とシッダールタは言った。「その人の目がさぐり求めるものだけを見る、ということになりやすい。また、その人は常にさぐり求めたものだけを考え、ひとつの目標を持ち、目標にとりつかれているので、何物をも見出すことができず、何ものをも心の中に受け入れることができない、ということになりやすい。さぐり求めるとは、目標を持つことである。これに反し、見いだすとは、自由であること、心を開いていること、目標を持たぬことである」高校生ぐらいの頃から、将来の目標を持つことが素晴らしい、目標を持っていない人間は早く目標を持つべきだ、といわれ続けて、それに反発し続けてきたものなぁ。いろいろな所で、何になりたいの?と聞かれ続けて、普通の事を言っとけばいいと気づいたけれども、その前は何でそんな事を聞かれなくちゃいけないんだと怒りに満ちていた気がする。もし仮に弁護士になりたいと思い、ずっと勉強し続けていたら、ひょっとしたらほかに何か別の道があるかもしれないのに、弁護士にしかなれなくなってしまう、可能性を縮める行為だと思う。一つの真理は常に、一面的である場合にだけ、表現され、ことばに包まれるのだ。一面的なものではないと、言葉にできないということか。三次元に生きる者の、さだめか。人から聞いた話だけれども、三次元に生きる人間は二次元の事しか理解できないという。三次元を理解したかったら、四次元の世界に生きるしかない。言葉とかは、つまり二次元的であるという事だろうか?シッダールタは川をずっと眺めていて、時間は実在しないという結論にいたったわけだけれども、時間が流れるっていう表現が色々なところで使われるけどこの流れるっていうのは、川から来てるんじゃないかと読んでいて思った。 もっとも、こういうのは大抵はずれるのだけれども。何かの小説で、時間は外を流れているのではなくて、個人個人の中に時間があるのだというのを読んだけど、同じようなことかもしれない。最終的にシッダールタが悟ったこととは、すべては川であるということだったか。ああああ要約しようと思ったけどうまくできない。しょうがないから引用しよう・・・。「これは石だ」と彼は戯れながら言った。「石はおそらく一定の時間のうちに土となるだろう。土から植物。あるいは動物、あるいは人間が生じるだろう。昔なら、私はこういっただろう『この石は単に石にすぎない。無価値で、迷いの世界に属している。だが、石は変化の循環の間に人間や精神にもなれるかもしれないから、そのゆえにこれにも価値を与える』。以前ならたぶん私はそう言っただろう。だが、今日では私はこう考える。この石は石である。動物でもあり、髪でもあり、仏陀でもある。私がこれをたっとび愛するのは、これがいつかあれやこれやになりうるだろうからではなく、ずっと前からそして常にいっさいがっさいであるからだ。──これが石であり、今日いま私に石として表れているが故にこそ、私はこれを愛し(略)」つまり、石は医師でもあるということですね(駄洒落)・・・つまんね・・・・というか、これは輪廻を否定してると思うのだが、いやでも石が変化の循環にあるのを否定するのは別に輪廻しているわけではないのか。川はどこに行っても同じ川であるということが、全てのキーだなぁ。俺は俺でありながら、石でもあるし、何でもあるということか。星の王子様の話の中に、この世に無数の星があるけれど、その中の星のどこかに自分の大切なものが置いてあるけれどその星がどれかわからないとしたら、自分はこの世にある無数の星すべて大切に思えるだろうという話があったけど、それと近いものがある気がする。見た目はぼろいものでも、その中には何か大切なものが内在しているのだと考えれば、何にでも優しく接することができるな。それから、何事も失敗させないとだめだという話もあったけれど、まったくその通りだ。 どんな事でも失敗させたほうが何より学ぶのが早い。危ないからといってやらせなかったり、難しいからといってやらせなかったり、どうせ出来ないからといってやらせなかったりする最近の親のやり方には正直いって反発しか覚えない。失敗しなかったら何がいけないのかわからないままだ。できないからといってやらなかったらいつまでもできない。 そういう事だろうな。それぐらいは、さすがにわかる。何気に決めセリフ的に繰り返される言葉「私は考えることができます。待つことができます。断食することができます」「それだけですか」「それだけだと思います!」「それが何の役にたちますか。たとえば断食することが──それが何の役に立ちますか」ここまで本に実際に書いてあったことここを読んでいたら、2chの有名なコピペを思い出して吹いてしまった。こっから想像面接官「特技は断食とありますが?」 シッダールタ「はい。断食です。」 面接官「断食とは何のことですか?」 シッダールタ 「食べないでいることです。」 面接官「え、食べない??」 シッダールタ 「はい。おなかが減っても我慢します」 面接官「・・・で、その断食は当社において働くうえで何のメリットがあるとお考えですか?」 シッダールタ 「はい。大いに役に立ちます。食うものがない時は、断食が人間のなしうる最も賢明なことです。たとえばシッダールタは、断食することを学ばなかったとしたら、きょうのうちにも何かの勤めにつかねばならないでしょう。あなたのところにせよ、どこにせよ。空腹がそれを余議なくさせるでしょう。しかし、シッダールタは静かに待つことができます。彼は焦燥を知りません。困る事を知りません。ながいあいだ飢えに包囲されても、それにたいして笑っていることができます。断食はそういう役にたちます」 面接官「いや、当社では食うのに困るような給料ではないですよ。それに断食するのは危険ですよね」 シッダールタ 「でも、10日間ぐらいなら余裕で耐えられますよ」 面接官「いや、10日間とかそういう問題じゃなくてですね・・・・・・」ふざけないでください。帰ってください。 シッダールタ 「あれあれ?怒らせていいんですか?使いますよ。断食」 面接官「いいですよ。使って下さい。断食とやらを。それで満足したら帰って下さい。」 シッダールタ 「シッダールタは別にお前のとこで働かなくても大丈夫なんだよ。断食はそのためにあるんだ」 面接官「何のために来たんだよ」 だめだ、面白くない。
2008.02.14
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あらすじゲーム大好きなやつが、すべてをゲームで決めるというゲーム帝国に乗り込んでひたすらゲームする話(適当!)感想 ネタバレ無なんかやたら前半が読むのをやめるほどではないが、面白くなかったが・・・。 後半というよりある一点から面白くなったな。ここまで本気でゲームだけに徹した話も初めてだ。なんだか、まさに遊戯王を真剣に考えてやってる人たちみたいな・・・。って、遊戯王だって真剣にやってたな。周りの世界設定がすごくSFしててよかった。表紙の絵が手塚治虫!治虫じゃないか!と思ったら違った。でもどっかで見たことあるんだよなぁと思って調べたら銀河鉄道の人だった。ウゲェー大御所じゃないですか。ちうかこの人、結構すごい人だった。まったく知らなかったのが悔やまれる。他の作品も読んでみるかは、色々と相談して決めることになるだろう。脳内会議である。ただ、世界設定がなんだかよくわかりにくくて、解説を読まないと何もわからないかもしれない。-----------------------------ネタバレ有-------------------------------しかしこのカルチャーは、まさに未来という感じがするな。すべての物資があふれかえっていて、性を自由に変更出来て、豊富な資源は誰もが平等に配分されて、法律もなく、犯罪もない。確かにすべての物質が平等に分配されるという、俗にいう共産主義の完成系ができたなら、こういう世界にはなるだろう。みんながみんな自分とその少しだけのまわりのコミュニティとかかわっていけばいいだけの世界になるだろう。森博嗣の百年シリーズのような。その場合、文明は緩やかに後退していくと思うのだが、どうもAIがその点は勝手にやってくれてるみたい。凄い世界である。「個人という観念はすたれた。だから、人生がみんなにとって快適なものになった。われわれは重要ではない。だから、安全だ。だれひとりとして、もはや真の影響を与えることはできない」すべてが平等になって、自分というよりは、みんな になったんだろうな。他人を攻撃する意味がなくなったともいえる。相手に与える影響がなくなったから争いもなくなったのだ。このラストシーンは、すぐに気付けなかったことが悔やまれる。だが、それでもやはりこれは実話だ。そんなことで、わたしが諸君に嘘をつくだろうか?つねに諸君の友なる、スプラント・フレール=イサムホー・ウー=ハンドラーヘン・ザトー・トラビティ(またの名'’モフリン=スケル'')あの時グルゲーを陥れたやつだったのかーと驚きは確かにしたものの、そこまで驚かなかったなぁ。そうだったんだぁーぐらいの反応だ。しかしモフリン=スケルの裏切りの早さには思わず笑ってしまったな。イカサマをしないかと持ちかけておいて、ひょっとしたら将来ぼくが困った時には君を頼るかもしれないとかいっときながら、次の日にはイカサマをしたことを証拠に脅しをかけるんだからな。あまりにも外道!とにかく、身元がそんなに重要だろうか? それは疑わしい。われわれの本質はなにをするかにあり、なにを考えるかにはない。重要なのは相互作用だけだ(自由意思に関しては問題なし。行動が自己を規定するという信念と両立しないわけではないから)。それに、どのみち自由意思とはなんだろう?偶然だ。無作為因子だ。もし自分が究極的に予測可能でないなら、もちろんそれしかないじゃないか。これがわからない連中を見るとうんざりする!重要なのは結果で、それがなしとげられた過程じゃないもう一度いおう。諸君の本質は諸君がなにをしたかにある。動的(誤)行動科学主義。それが私の信条だ。自由意思が偶然だというのには納得がいく話だ。 結局生まれた時から何から何まで、決まったことばかりで、自分で決めたと思っていることでもそれは自由意思ではない。諸君の本質は諸君がなにをしたかにあるというのは、つまりどういうことだ?たとえば自分が子供を育てて育てたら、それが自分の本質だということだろうか。それか、自分が生きてきて他人に影響を与えたことが本質か。それとも生きてきて起こした行動すべてが、自分の本質なんだろうか行動科学っていうのは人間の行動を科学的に研究し、その法則性を解明しようとする学問らしい引用:Wikipediaつまり人間っていうのはすべて、法則に基づいて生きているわけであって、そこに自由意思はない。つまり遺伝子にあやつられてるからかね?そこで自由意思とよべるものは偶然しかないと。でもそれ自由意思って呼ぶのかな。よくわからないけれど。その法則の中で何をやったかが、自分の本質というわけね。なるほど。しかし個人的には、もっとたくさんゲームの内容の説明をしてほしかったな。できれば実際にできるぐらいに。まぁ凄く奥が深くて何年も勉強しないとわからないようなゲームという設定だったんだから、簡単に作れるようなゲームじゃダメか。確かにと思った箇所それはよくある誤解だ。楽しみが息抜きになるというのは。確かに、楽しみが息抜きになるというのはいえないだろう。なかなか面白かったです。作者に感謝。
2008.02.12
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この一冊を読んだことによって、既刊の伊坂幸太郎作品はすべて読んだことになった。悲しい話である。と書いているうちに、そういやこの前出たゴールデンスランパーは読んでなかったな、と思いだした。おれの幸せはまだ持続中である。あらすじ たんぺんがいっぱいはいってるよ!感想 ネタバレ無特に意図して伊坂幸太郎の作品を読んできたわけではなかったけれど、これを最後に読んだのだけは正しかったと思える。今までいろんな作品に出てきた登場人物が出てきて、非常に楽しかった。いや、しかし出てきたのはほとんどラッシュライフの登場人物だったかな。まぁ、それ以外は特に特筆することもないだろう。いつも通りの伊坂幸太郎だったと書くべきか。動物園のエンジンには、ラッシュライフに出てきた河原崎のおやじが出てきた、変人だと書かれていたけれど、ここでどんな変人だったか明らかにされたわけだ。物事は意外と単純だと思うようなことが書かれていた(ネタばれ)サクリファイスこれもなんだか、話をこねくり回しているうちに、複雑な話のような気がしてきたのだが、実際冷静に眺めてみると別に複雑な話でもない。そこに至るまでの過程が寄り道しすぎて複雑なような気がしただけだ。ここまで書いて思ったけどこれはネタバレですね。まぁあらすじだって、ネタバレだしね。たんぺんが、いっぱいあるよ!と書くのだってネタバレだよ。ひょっとしたら読んだら中身は長編小説なのかもしれないと期待することだってできるんだからね--------------------------------ネタばれ有----------------------------動物園のエンジン人間なんだって深読みすればするほど深読みできるっていう話ですね。男はしゃべらなければしゃべらないほどいいという話もよく聞くけれど、そういった話でもあるかもしれない。悪いことをしてしまっても、黙っていると相手が勝手にいいように解釈してくれるというのは、よくあることだ。それと似たようなことかもしれない。勝手に意味を深読みして、まさかそんなシンプルな理由ではないだろうと勝手に装飾してばかりだ。動物園が好きなんだなぁ。 それとここに出てきた動物園ってのは、やっぱりアヒルと鴨のコインロッカーに出てきたあの動物園なんだろうな。レッサーパンダがどうとか書いてあったし。サクリファイスしょぼくれた村に生涯をかけた男の話か。特に書くようなこともないなぁ。トリックはとても面白かった。まぁ、黒澤が探偵を副業としていたってのが驚いたが。そんな事ラッシュライフに書いてあった金。しかしこもり様とか、そういう風習は現代までもし仮に残っていたとしても、もっともっと儀礼的なものであると思うんだがな。「正しいかどうかは別にして、あんたは偉いよ」と陽一郎にいった。「私が偉い?」まさかそう言われるとは思わなかったのか、彼ははじめて動揺を露わにした。「自分を犠牲にしてまで、国のことを考える政治家はいない」「私が考えているのは、国民ではなく、この村の、もっといえばこの集落の人間のことだけだ。偉くなどない」「そうか」サクリファイスというタイトルは、犠牲となるこもりさまの事ではなくて、村のために自分を犠牲にする陽一郎のことだったのだな、と思う。また、なんにせよ自分を犠牲にして誰かの事を考えるそれ自体がえらいといっているのだ、別に国だろうが村だろうが誰か自分以外の個人であろうが、数の問題ではないのだなと考える。 そしてそれを別に偉いことだと自分で思っていないというところで、初めて偉いやつが完成するのだな。フィッシュストーリー過去売れなかったバンドの、謎の一分間の無音が入った曲が救った世界の危機について書かれた。こうして考えると、世界のすべては大小さまざまな奇跡に支えられて生きているのだなという結論になるわけです。もはやそれは奇跡でもなんでもなくて、必然なのかもしれないけれど。奇跡とみせかけた必然。無音の曲が、一人の男が女性を助けることに貢献し、その子供がハイジャックを倒し、ハイジャックから助けられた女性が世界を救う。すべては1分の無音が入った曲から始まっている。でもよくよく考えてみると、無音が入った曲を作った人たちを作った人たちもいるわけで、それをたどっていくといったいぜんたいどうなってしまうのかという話ですがね。ポテチまた黒澤が出てくる話。もっとも黒澤が主軸なわけではなくて、ラッシュライフで引力を発見した今村が主軸なわけだけれど。大西がいい味出しているな。今村の彼女か。なかなか悪い奴だし・・・・。「ホームランってさ」大西は思わず言っている。「ようするに、ただ、打球が遠くに飛んだ、ってだけでしょ。大騒ぎする必要なんてないよねえ」「本当に死んじゃったよ」今村はぼそっとつぶやいた。「誰が」「双子の弟が」あのマンガの中の話か、と大西は気づく。「だから、言ったじゃない」ほっとするような、腹が立つような気分だった。「さっきまで生きてたんだぜ」「さっきまで、の意味がわかんないよ」どこで読んだのか忘れたけれど、小説を読むことによって、死んだキャラクターは私が殺したも同然だ。私は人殺しだ。と言っている話があった。さっきまで生きてたんだぜっていうのは、ようするに読むことによって自分が殺してしまったような気がしたのではないだろうか、とそんな推測をしてみる。確かに今村の中ではさっきまで生きていたんだろう。 そしてこの漫画はどう考えてもタッチだ。コンソメ味を買ってきてくれといった大西にたいして、間違えて今村は塩味を渡してしまった その時の会話「コンソメ食べたい気分だったんだけど、塩は塩で食べてみるといいもんだね。間違えてもらって、かえってよかったかも」今村はそれでもなお、大西を見つめ、無言のままだった。「なによ」「いや」「何か、問題でもある?」「いや、そうじゃないんだけど」言いながら今村が目を潤ませた。今村が、塩味とコンソメ味を自分にみたてて考えちゃってたから泣いてしまったんだなぁと読み終わった今だからわかる。読んでいた時は何で泣いてるのかわからなかったけれども。ようするに、生まれた病院で取り違えられてしまって、自分が親とは血がつながっていないことに気づき不安だったところで間違えてもらって、かえってよかったかもというセリフを聞いてうるっときてしまったのだろう。泣ける話だ。最後のシーンもいいなぁ。 今村と取り違えられた野球選手、尾崎がホームランを打つシーン。黒澤が、「どうしたんだ」とわずかに笑い、訪ねてくる。大西は眼の端を拭いつつ、「だって」とどうにか答えた。「だって、ただのボールがあんなに遠くに」ただ、打球が遠くに飛んだってだけでしょ?と言っていたちょっと前とは劇的な変化だな。ただのボールが遠くに飛ぶっていう事がすごいことだと気づくことができたのだ。いい話です。
2008.02.11
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あらすじ神様、神様を解体するもの、泥棒×2、くっついてまたばらばらになる死体、無職、金でなんでも買えると信じている男、買われた女、神を信じる男、強盗する老夫婦全員が全員、ビリヤードのたまのようにぶつかりあって、それぞれのポケットにおさまっていく。そんな物語。感想 ネタバレ無うひゃー、あきらかに明らかに俺の中での伊坂幸太郎最高傑作だなぁああ。砂漠が一番だと思ってたけど、ラッシュライフが一番になってしもうた。砂漠は2番手だ。残念な話だ。自分がこういう話が好きなのはわかっていたけど、まるで未完成のパズルが完成したようなそんな感覚を持った。何人もの話がつながってつながってつながってそれぞれの結末にいたるっていうんだけれども、そのつながりかたが、興奮させるのだ。いろいろな視点から進展していくので、面白さにむらがあるかもしれないと思ったけれど、そんな心配は無用だった。全部、全員面白かった。等価だ。等しく面白かった。なかなかすごい絶賛ぶりだ。ほれぼれするね。信者だよ。-------------------------ネタバレ有----------------------------神を解体する、だとか神を閉じ込めるだとか、伊坂作品には神をなんとかするっていう表現がよくでてくるなあーと思った。けどよく考えたらこの二つしかなかった。別によく出てきてないです。泥棒が凄くいいキャラだったり、金至上主義の親父が凄くいい味を出していたり、解体されたはずの高橋がすごすぎたり、基本的にびっくりしつづけてしまった。豊田さんもいい人すぎるんだが、結末にも大喝采といっていいぐらいの話なんだが、きっとこの素敵なラストのあとには豊田さんは逮捕されてしまうんだろうなぁと思うと悲しいのである。郵便局強盗に行ったらすでに強盗が入っていて、その強盗がいちもくさんに逃げて行ったのにも笑ったが、これに関しては罪にとわれないだろう。強盗が強盗されたと通報するわけもないんだから。ただきっと若者を撃ったのはだめだろうなぁ、逮捕だろうなぁ。盗みに入ったところにすでに泥棒がいたり、強盗に入ったところにはすでに強盗がいたり、盗みに入った帰りに老夫婦に銃を突き付けられて金を奪われるとか、とにかく面白くてしょうがないシーンばかりだったなぁ。「撃った?」「拳銃で」 豊田が言うと青年が吹き出した。「拳銃でですか。それはすごい」「本当だよ。見るかい?」豊田が冗談めかして言う。ムキになる必要もなかったが、信じてもらえないのも悔しかった。「結構です。そういう意味では僕もすごいですよ。僕は人を殺しました。今、トランクに入っています」人を撃った男と人を殺した男が出会ったり、とにかく滅茶苦茶だ。カオスだよ。まぁしかし、主人公なんて決めるのに意味はないのだけれども、それでもあえて主人公は誰なんだろうと考えたら、豊田だろうなぁ。基本的に他のすべての人たちの行動は、すべて豊田のための行動になっているしな。神を信じる男は宝くじを落として、泥棒はそれを拾って犬にやり、その犬は豊田さんが飼う。精神科医は拳銃を買い、だが鍵をなくしそのカギを使い豊田さんは拳銃を手に入れる。金で買えると何でも思っている男は豊田と出会って、例外に出会う。豊田も自分が気付かないうちに40憶を守ったのだとは知らない。それと同時に譲れないものを手に入れたのだ。かっこえー話じゃぁー。正直豊田が自分の犬を譲れと言われて譲らなかったシーンは泣いた・・。「ところであんたのいま、一番大切なものは何だね」「強いて言えば」豊田は半分は冗談のつもりで「この犬ですよ」「いや、実はな、その犬を私に譲ってもらいたいんだ。ちょうど犬が欲しかったところでな」「え?」「その犬だ。もちろん、ただでとは言わない。かわりにそうだな」「あんたさえよければうちの会社を紹介してやろう。無職ならちょうど良い。口約束ではない。この場で契約書を作ってやる」『恐れるな。そして、俺から離れるな』老犬は自分にそう言った。豊田は男の手にはつかまらなかった。膝を立てると自力で立ち上がった。「恐れない」と小声で呟いていた。心が決まった。その場で深々と頭を下げていた。「ありがたい話ですがお断りします」「こいつは手放してはいけない気がするんです。譲ってはいけないもの。そういうものってあるでしょう?」今まで金で何でも買えると思っていた男が、たかだかぼろい老犬すらも買えないというこの構図に興奮するのだ。エキサイティングだよ。そのあと後悔するぞ、お前の人生がどうなっても知らんぞとお決まりの文句を言う金持ちに向かって、いえ、私の人生はもうどうにもなりません。あぁーやっぱり逮捕されるからかねー。逮捕されるから、いろいろ出来るんですね。すでに人生がどうにもならないから。 それはそれで悲しい。ひょっとしたら逮捕されないかもしれないけど。40憶の宝くじがあるかぎり、逮捕されたとしても何かに困ることはないだろう。途中まで、これは同じ時間軸上で起こっていることなのだろうと思っていたが、途中で違う事がわかってから、さらに面白さが増した。わかったのは、精神科医の夫がロッカーを見に行ったときにまだ空いてないといったところか。そして一日ごとにみんなが何か特別な日に、と書かれた展望台に登っていく。てっきり全員が同時に登っていく話かと思ってたぜ~。 面白い・・・・です。よくこんなにまぜこぜにしてかけるなぁ。イッツオールライト!
2008.02.10
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不一致。再生を中断せよ。あらすじ2・26事件の主催者達が未来人たちの手によって、二度目の人生を生かされる。といっても、2・26事件のやり直しにすぎないそのやり直しの中で、何を得るのか。感想 ネタばれ無おー結構面白いねー。特に時間移動物っていうだけで、すでに面白いわけだけど。しかしよくこのネタで書ききることができたなぁとそこにまず感動した。正直いって、なんかよく話がよくわからなかったけど・・・・。まぁそれでも面白い事には変わりがない。しっかり読めばわかるだろう。それは間違いない。 そもそも、まったく知らなかった2,26事件を扱っていたのだが、興味を持つことができた。そこに感謝するべきだろう。思っていたよりもずっと面白い事件だ。2,26事件。しかし真っ黒な表紙と、帯に書いてある 「不一致。再生を中断せよ」のインパクトが強くて読み始めたのだが、まったく間違ってなかったな。真っ黒の表紙というのも、この作品によくあっていたように思う。本当にいろいろ書くなぁ恩田さんは。 感心歓心関心通り越して感動だよ。-------------------------ネタバレ有------------------------------最後に出てきたアルベルトとマツモトは、書かれていたマツモトとかとは違って、パラレルワールドの別の人生を送ったマツモトっていう解釈でいいのかなぁ。時間ものはこのへんがよくわからんから困る。時間移動すると確実にパラレルになってしまう。「よし、行け。聞いたことがないぞ、世界を救うヒーローが、逆上がりもできないなんて」このあたりのマツモトが過去につままれて、自分に逆上がりを教えて帰ってくるってのも、なかなかぞわっとさせられるなぁ。まるでJOJO4部のようだ。もっともJOJO4部のはよくわからんのですが。でもこういう時空を飛び回るやり方は、かなり難しいんじゃないかなと思う。うまく描き切っているなと感じたのは小松左京の果てしなき流れのはてにと、アルフレッド・ベスターの虎よ、虎よ!だけだなぁ。H・Gウェルズのタイム・マシンのように、飛び回る感じのでなければいくつもあるのだが、時空を次から次へと自由自在に飛び回る話っていうのは、かなり複雑になってしまって普通の人には書けないと思う。あと本当に根本的なことがわかっていないんだけれども、何故少しでも歴史を変えると不一致。再生を中断せよ。となってやり直ししなければならないのに、歴史をさかのぼっているのかがよくわからなかったんだよなぁ。たぶん最初のほうに書いてあったと思ったんだがなぁ・・・・いまさら読み返すのもめんどくさい・・・・。 そこがわかればもっと楽しんで読めたかもしれない。ていうか、少しでも歴史かえるとやり直しさせられるんだったら、いったい何のために再生してるんだ?と思うわけですがどういう事なんだろう。ひょっとしてちょっとずつ歴史を変えることができるか実験するっていうのは隠された目的だと思っていたんだが本当は主目的だったんだろうか?過去を修復するためにきたっていうけど、結局何も変えられないんだから修復なんてできないと思うんだがなぁ・・・・。
2008.02.09
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あらすじ適当な男、陣内とその周囲をとりまく様々な人間が出てきてなんかする。(適当)感想 ネタバレ無相変わらず、伏線の張り方がうまい。 ここまでくると何かの方法論をつかっているのではないかと思う。もしくは何かの法則に従っているかだ。自分の中での考え方があって、それを使うと伊坂幸太郎の場合に限って、うまい具合に話がするするとつながっていくのだ。よくこういう方法で私は成功しました!的な本が出るけれど、あれは全くの無意味だなと思う。それはその人が成功したケースであって、他の人には全く関係がないから・・・・。ただ、一つでは意味のないことでも、数を集めればそれなりの意味は出てくるだろう。数が多ければ多いほど、自分と同じような状況の人間の成功が出てくるかもしれない。その場合それを参考にすればいいのだけれど、まぁ無理だろう。似てるだけで、何もかも違うんだから。伊坂幸太郎の思考回路でどのようなやりとりが行われて伏線を成立させているのかはわからないけれど、そのやり方はきっとほかの人が素直にまねできるものではないのだろうなと思う。チルドレンで、いろんな年代の陣内が出てくるけれど、そのどれもが楽しい。読んでいて楽しい。正義のヒーローが悪を倒す感じじゃなくて、正義とも悪とも全く関係ない人間が正義も悪も倒してしまうようなそんなひねくれた楽しさがある。--------------------------ネタバレ有------------------------------最初の銀行強盗のアイデアは面白かったなぁ。 しかし伊坂幸太郎は何でこんなに銀行強盗の話が好きなんだろう? 銀行強盗のアイデアばっかりやたら豊富なような気がする。銀行員が全員グルで人質になりすまして出てくるなんて、まぁ通常じゃ有り得ない話ではあるけれど、空想だからこそ可能である話ではあるけれど、そこが伊坂幸太郎の良さでもある。せっかく面白いアイデアだけれども、現実的じゃあ無理だから書くのはやめようなんていうのよりはよっぽどマシだ。空想なんだから、好きなことを何でもやってほしいものだ。陣内の適当さが、また無軌道な適当さだったからよかったな。 しょせん誰も彼も一本筋の通った生き方なんて望むべきじゃないんだというような考えを感じる。意見なんて一瞬で変わるし、考え方も物の見方も宗教もなんだって一瞬で変わるものだーと言っているような、そんな感じ。
2008.02.08
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あらすじジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの書きだす世界を、少しずつ表現していく3篇の中編集。感想 ネタバレ無魂ある物語に、敬意を表する!!3つあるが、どれも疾走感のある文章と展開のスピードで時代の流れを感じさせない。SF古典に名作として残っているだけはある。SFを知らないまま死なないでよかったと、そう思わせてくれるほどにはいい作品であった。しかし、自殺をしている。 これはと思う作家の最後が、自殺であることが多い。何でだろう・・・?何かを削りながら書いているからだと最初のころは思っていたが、そのケースもある人はあるだろうが、そうではないケースの方が多いだろう。 もっとも、自殺する人間の数が多いのだから必然的にその多数の人間の中に作家が含まれているというだけの話かもしれない。こんな話を始めたらサラリーマンはきっと自殺者数が一番多い、なぜだ?サラリーマンは神経を使うからだ!サラリーマンは危険だ!という事になってしまうだろうか。単純にサラリーマンに自殺者数が多いのはサラリーマンが多いからである。どれも疾走感のある文章と書いたけれど、一つしか文章がないわけではなかった。最初の話、たったひとつの冴えたあり方は差し迫った状況で、一分一秒をあらわす場面描写のため必然的にああいう文章になったんだろうと思う。作品ごとに完全に読むスピードをコントロールされているといった気がした。-----------------------ネタバレ有--------------------------たったひとつの冴えたやりかた 表題作スピード感が半端ない。読んでいるうちにどんどん加速していく、止まらない止まらない。F1のぅぅぅぅおおおおおおんんんんんというような感じであっという間に通り抜けて行った。このリズムのいい会話はなんだ?ファーストコンタクトの異星人との会話なのにまるで十年来の漫才の相方のようにぽんぽんと会話が成立してその会話の一つとして無駄なものがない。価値のある対話だ。 情報が含まれている。だらだらだらだらと続ける会話ではない。脳に寄生して宿主の体をあやつるという恐ろしい力を持っている異星人に自分の体を与えて共存して友達になるという展開も新しいものだったと思う。どだい自分の体を相手に与えるのが条件では契約が成立しないからだ。頭に寄生する生物と友達になれる話があったなんて、驚きである。自分を抑制する事が出来なくなった寄生虫と、それがもたらす悲劇を食い止めようとして太陽に突っ込むときのセリフ「知ってるわよ、あたしだって。あの大きな黄色の太陽がかなり熱く明るくなったのはね。でも、心配しないで。あのそばを通過すると、旅がまる一行程も短縮できるの。これがたったひとつの冴えたやりかた。ハン・ルー・ハン、だれか聞こえる?」略「シルのことを忘れないで。彼女はすてきだわ。ヒューマンのために、異種族のために、こうしてくれたの。あたしをとめようと思えばそうできたのに。それだけは信じて。・・・・・・さようなら、みなさん」大事なことはさらっと伝えるべきである。今から名言をいうぞいうぞともりあげていったのでは、凄さを演出している。その点でいえばコーティーはその体現者だった。 何が正しいのかを、自分の生き方で証明してみせた。シロベーンの事を恨みながら死んでいくことも出来た、またはどうせ死ぬんだからみんな同じような事になってしまえとヤケになることも出来たのに、そうしなかった。そしてそうしなかったことを別段誇ることもしない。もちろん、死ぬ時に高尚な演説でもするかのように、みなさん、愛は世界を救うのです、などというセリフを残してもよかっただろう。それはそれでありだよ。でもそれは、すでに言っているのと同じことだ。同じ事を二回いっているのと同じことだ、生き方ですでに語っているのに、わざわざ言葉に出して言う事はないのだ。ただ、最近はわざわざそうでもしないと理解出来ないという人間が増えているというだけの話だ。死ぬ時にあたって、たったひとつの恨み事も残さなかった。ある意味これこそがたったひとつの冴えたやりかただったのではないか。すてきだというのなら、コーティーこそが一番すてきだっただろう。「それでは、もし異議がなければ、天体名鑑の中でその星を新しく命名しようか」「コーティーの星」と通信部長がいう。一同が立ち上がり、部屋を出ていこうとする。「コーティーとシロベーンの星だ」と静かな声がいう。「みなさん、もうお忘れかね?」グッドナイト、スイートハーツ長い年月を経て、再会した初恋の女性と、そっくりなクローンと同時に会い、なおかつ宇宙海賊にまで襲われるという内容である。恋愛的な感情が当然まじってくるために、先の短編のように疾走感のある話ではないが。 疾走感というよりも、それは単純に会話が多いということではあったが、地の文が少なかった。だけの話だ。だがこの時を越えて再会する初恋の女性とクローンというのも、SFの醍醐味だなと感じる。この作品に関しては、過程はあくまでも結末にいたるための道に過ぎなかった。過程ははぶいてしまってもかまわないのだった。宇宙服は二着、人間は三人。その恐ろしい論理が彼をぶちのめす。思わず女たちの顔を見くらべる──そしてむこうがそのことにも気づいたのをさとる。ふたりの女のどちらかをえらぶのだ。それしかない。「彼女をとりなさい、レイブン。わたしの孫を。わたしはもう充分──」レーンがそれをさえぎる。「だめ! そんなのいや! イリエラをえらんで。彼女はあたしの─」だが、レイブンは耳をふさぐ。そんなことを”議論”できない。ふたりのうちのどちらかが真空の中で死ぬのを、ノーズコーンが分離したとき、ひとりがいやおうなく死んでいくのを、どうして正視できよう? どっちだ? どっちにする? だめだ。えらべない。当然、えらべない。結局、考えた挙句に自分が宇宙服を着ないでなんとかする方法を選ぶのだが、これはもちろん自分が生き残ってもそれが辛いからだろう。2人の女性のために自分が苦難の道を選んだというよりも、自分を助けるために自分で苦難の道を選ばざるを得なかったということだ。苦痛とはちがった心のうずきといっしょに、彼はあの至福の感情を思い出す。ふたりの女のうしろで補助席にすわり、恋人を、いや、恋人たちをとりもどしたことにひたすら幸福だったあの瞬間。ひょっとしたら、あの瞬間こそがそれではなかったのか。障害忘れられない、純粋でまざりけのない幸福、失われた愛の極致と充足では? いや、そんなはずはない、と彼は抗議する。しかし・・・・・・グラン・ヴァカンスにあった一文 人生を変えてしまう一瞬というものがあるとすれば、その瞬間にきっと生まれ落ちる、かけがえのない感情だった。その幸福感こそが、人生を変えてしまう一瞬だったのだろうと俺は想像する。夜は千の目を持つげにも眺めうるわしされど自由なくして心の日の出ぞむなし衝突人間と異星人とのファーストコンタクトを書く。 こっちはたったひとつの冴えたやりかたと比較しても、まともな異星人とのファーストコンタクトだろう(まともな異星人ってなんやねんというのはおいておいて)たとえば、突然地球が変なたこ型の異星人に襲われて、闘っていたところに、たこ型の異星人が下りてきて、私たちは君たちを襲っているたこ型の異星人とは同じ種族だが、敵対している関係だ協力しあおうではないか、と突然やってきて信じられるかどうかという話ですよ。信じられませんよ、無理なんですよ、そんな事は。しかるべき手順をふんで、しかるべき精神的接点をもって、論理的な証拠をみせてもらわないととてもじゃないけど信じられないんですよ。信じるという行為が、どれだけ難しいのかを書いている短編でもあった。それを、土壇場のわずかな時間で、チートのように行程を吹っ飛ばしてなんとかしてしまうのが今回の話なんですよ。信じるというのが、どれだけの犠牲の元になりたって、どれだけの効果を生むかという話です。 「そして、アッシュ船長のあの不屈の意志を、けっして忘れちゃいけないわ。惑星破壊ミサイルを積んだ戦艦の中で、彼を敵だと考えtげいる、あの頑固な、愛国的な艦長に、根気よく何度も説得をくりかえしたことを・・・・・・。乾杯しましょうか、銃を頭につきつけられても、ピジン銀河語で”信じる”という単語を定義しろという難題から一歩もひかなかった男に!」
2008.02.07
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思わずカテゴリをSFにしてしまった。 まぁ間違いではない。 そもそも小説ですらない。 絵本だし・・・。ストーリーがあるというよりも、小さな教訓本である。ストーリーはないよ・・・。あらすじなんかどっかの星から地球にきたのと飛行機から墜落したひとが話す話。(投げた)感想 ネタバレ有感想を書くというよりも、心に残った言葉を書き記していくだけにしたいと思う。おもに、子供の心をなくしてしまった大人たちの話だったように思う。目に見えるものだけを頼りに生きてきた人間の末路か。1.あまり大きな謎に出会うと、人はあえてそれに逆らわないものだ。2.大人は数字が好きだ。新しい友だちができたよと言っても、大人は大事なことは何も聞かない。「どんな声の子?」とか、「どんな遊びが好き?」とか、「チョウチョを収集する子?」などとは聞かない。聞くのは「その子はいくつ?」とか、「兄弟は何人?」とか、「体重は?」とか、「お父さんの収入は?」などということばかりだ。こういう数字を知るだけで、大人はその子のことをすっかり知ったつもりになる。3.「小さな木を食べるとしたら、ヒツジは花も食べるかな?」「ヒツジは見つけたものはなんでも食べるよ」「トゲのある花だったら?」「トゲのある花だって食べちゃうさ」「じゃあトゲは何のためにあるの?」何故バラにトゲがあるかはよくわかっていないみたい。4.「ぼくの知っているある惑星に、真っ赤な顔をした男の人がいる。その人は花のにおいをかいだことが無い。星をみたことがない。誰かを愛した事もない。計算以外のことは何一つしたことがないんだ。1日に何度も何度もその人はきみみたいに言うんだ──『私はとても重要な人物だ!』って。見栄ですっかりふくらんじゃってる。人間じゃないんだよ、そんなの。キノコなんだ!」「なに?」「キノコなんだ!」5.「地理学の本はすべての本の中で最も重要なものだ。決して時代遅れになることはない山がその場所を移すというのはめったに起こらないことだ。大洋が干上がるというのも滅多に起こらないことだ。我々は永久的なことだけを書く」6.地球はかるがるしく扱える惑星ではなかった!そこには111人の王様がいて(もちろん黒人の王様も忘れないようにして)、7000人の地理学者がいて、90万人のビジネスマンと750万の酔っぱらい、3億1000万のうぬぼれ、つまりおよそ20億人の大人が住んでいる。あ、あれ?20億人まで一気に飛んだんだけど・・・つまりって何がつまりなんだ。7.「飼いならすってどういう意味?」「みんなが忘れていることだけど」とキツネは言った、「それは、絆を作る、ってことさ・・・・・・・」「絆を作る、って?」「いいかい、きみはおれにとっては10万人のよく似た少年たちのうちの一人でしかない。きみがいなくたって別にかまわない。おんなじように、きみだっておれがいなくてもかまわない。きみにとっておれは10万匹のよく似たキツネのうちの1匹でしかない。でも、きみがおれを飼いならしたら、おれときみは互いになくてはならない仲になる。きみはおれにとって世界でたった一人の人になるんだ。おれもきみとって世界でたった一匹の・・・・・」8.「じゃ秘密を言うよ。簡単なことなんだ──ものは心で見る。肝心なことは目では見えない」「きみがバラにために費やした時間の分だけ、バラはきみにとって大事なんだ」「きみは忘れちゃいけない。飼いならしたものには、いつだって、きみは責任がある。きみは、きみのバラに責任がある・・・・・」9.「みんな自分がいる場所で満足できないの?」「誰も自分がいる場所に満足できないのさ」10.「子供だけがガラス窓に鼻を押し付けている」「子供だけが自分が何を探しているか、知っているんだ」と王子さまは言った。「ぼろきれの人形と時間をかけて遊ぶから、だから人形は大事なものになる。なくしたら、子供は泣くんだ・・・・・」11.「砂漠がきれいなのは」と王子さまは言った、「どこかに井戸を1つ隠しているからだよ」12.「きみのところの人たちは」と王子さまは言った、「たった1つの2話で5000本のバラを育てている・・・・・それでも自分たちが探しているものを見つけられない・・・・・」「そうなんだよ」僕は答えた。「みんなが探しているものはたった1本のバラやほんの少しの水の中に見つかるのに・・・・」「そのとおりだ」とぼくは言った。王子さまはこう付け足した──「目には見えないんだ。心で探さないとだめなのさ」大切なのは、心の中での決着の付け方なんだなぁーと思った。 幸せの青い鳥とか、そういった系の話のメッセージをすべて詰め込んだ話だったように思う。
2008.02.03
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