全14件 (14件中 1-14件目)
1
お正月に書き初めをしました。筆を持って字を書いたのは何年ぶりだろう?子供ちゃんが学校宿題提出用の半紙を一枚くれたので一発勝負で書いてみました。…これが意外と楽しくて、そのうえ自分が思っている以上にうまく書けて自分でもびっくりでした。サックスを始めたきっかけも夏休みの子供ちゃんの宿題でソプラノ笛で「少年時代」を吹くってやつの時に、これこそ何十年ぶりにソプラノ笛を持ったんですが、あの頃まったく興味が持てなくて、テストの課題くらいしかできなっかた僕が「少年時代」をフルコーラスで吹けたんですよ。ソプラノ笛とアルトサックスはドレミファソラシドの指使いが同じなことを小耳にはさみ、始めてみたらある程度できるようになったんだ。よ~く考えてみたら、僕も何十年か前は小学生だったので、カリキュラムはある程度は変わっても彼と同じようなことを勉強したりしていたはず。これって意識をしないとついつい忘れがちなんだけど、小学生にできることは大人の僕にできても当然じゃん。歴史だって百人一首だって分数の掛け算だって答えを聞かれてそこにいる大人が即答できないようでは子供も勉強なんかするわけないよね。だって小学生の問題を即答できないような大人が普通にえらそうに「勉強しなさい!」って言うんだからさ。サンフランシスコでは大人が手伝わなきゃ終わらないほどの宿題を出すんだって。そこで大人と子供は一緒に学習して共通の理解と話題を持って勉強しているらしい。ソプラノ笛でも習字でも歴史でもホントは親の世代がもう一度勉強するべきなのかも。小学生だった当時、あんなに興味が持てなかったことも今ではけっこう楽しいですよ。。
Jan 5, 2011
コメント(0)
今年何か新しいことを始めようと思ってサックスを始めました。サッカーの好きな僕はスタジアムでチャントを吹こうと思ってマリノスチャントからスタートしました。そしてクリスマス時期にジョンレノンのhappy christmasを練習していたんだけどクリスマスが終わった今でもこの曲に惹かれてしまいます。war is over if you want望めば戦争すら終わるそうなんだよね。戦争すら終わるのに望んでできないことなんかあるはずないじゃん。だからまずは自分で望むこと。望みもしないのに得られるわけないもんね。そして自分で行動すること。if you want求めるものは誰もあたえてはくれないし、求めるだけでは手に入らない。まず望むこと。戦争を望まないこと。そして初めてhappy christmasがやってくるんだ。
Dec 27, 2010
コメント(0)
昨日どうしても許せない一言がありました。スタッフに「終わるまでこの仕事頼むね」→「来週休みですから」・・・という会話がありました。休んでいいですか?はあっても休みますからはありえないでしょ。この人僕の2コ下の39歳なんですよ。今までどういう風に世間をわたってきたのだろう。この資本主義社会には人間の優劣ではない職制ってものがあって彼より大きい責任を抱えてる僕が彼の雇用者なわけであって・・・って僕の中の常識が狂っているの??こういう人しか雇えない自分が力不足なんだろうけど、がっかりしちゃったな。もちろん働いている側にも休む権利もあれば用事もあるでしょう。でもそれをお互いにストレスなく通すためにコミュニケーションがあるんじゃないのかな。中学生の時、自称革命家だった僕は自由についてたくさん考えていたんだ。自分の自由を増やすには責任を多くとるしかないことに気がついて誰かに雇用されているってことは守られている分だけ自由が少なくても当たり前のことじゃん。100%グチですね。すいません。
Dec 17, 2010
コメント(0)
もし…って思うことってたくさんあるでしょ。今思う「もし…って…だったら」ってつくことが多くなったなって最近思います。ホントは「もし…」って輝かしい未来のためにあるような気がしませんか?子供の時にどらえもんを見てこうなったらいいのに…とか思うためにあるような気がする。いつから過去を表わすことが多くなってしまったんだろう。歳を重ねるっていうことはそういうことも意味するんだよね。今の子供ちゃんたちにも未来の「もし…」を考えられるような子供たちでいて欲しいな。。
Mar 28, 2010
コメント(0)
根本的な人との差異?どうして僕は人と変わってると言われるのだろう?そこを埋めながら生きていく必要ってホントにあるの?なんかさ 疲れてナイーブになっているせいかそんなことを考えます。みんなもそうだと思うけど自分の考えやら普通が一番正しいわけでその他のことに違和感やらストレスやらを感じてしまうでしょ。YES/NOの線引きってどこにあるんだろう?YES-どちらでもない-NOって言うのが普通なんだろうか。僕の普通YES以外はNO…◎NO以外はYES…???僕は大体のことがらにYESと答えない以外はNOなんですよ。だから自分の努力でできることがあればYESの返事をします。できないときはNOと言います。あいまいさがトラブルの原因になることをよく知ってるつもりでいるから。あいまいが原因で起きたトラブルなんて自分にも相手にも不幸だよね。だから自分の提案→YESでない→はイコールNOに分類してしまうんだよね。多分相手の「NOなんていってないじゃん!!」でわかりあえないことが多い気がする。グレーゾーンはビジネスやら遠い距離の関係では必要であるとも思う。日本人の美徳ですらあるとも思う。でももっと距離が近かったり仲良ししたいならグレーゾーンを撤廃することが必要だと思うんだ。言ってることや、やることが同じなら気持ちよくYES!!って言えばいいのに。きっとそのほうが生きやすいし、もらいの多い人生なのでは…と思うんだけど。。
Feb 10, 2010
コメント(0)
まったく個人的なことなんですが、離婚することになっちゃいました。16年もそれなりにうまくやってたつもりだったのに…二日くらいで サクっと決まっちゃいました。心配なのは子供ちゃんのことだけなんだけどね。彼に裏切られたとか、見捨てられたとか思われたくないんだ。それだけでもちゃんとちゃんと伝わればいいんだけど。きっとこういうのは恋愛で好きを伝えることより難しいよね。
Feb 9, 2010
コメント(0)
最近仕事をしたなかで新しいタイプの人間関係を発見しました。その人はかなり自分と仕事の仕方が似ている人でどっちかって言うと人間的にはいい人ではないんだけど穏やかで人あたりのいい人です。そしてこちらの要求にたいして120%の回答と結果(予想以上にこちらにメリットがあるんだけど)を出せる実力を持っているんだ。だからこちらが何かを要求するってことはこちらの掛け金を上げていくことにつながってしまうんですよ。120%に対する120%(以上の)結果を出さなければならないってことなんだよね。僕も一人ではないように彼も一人ではないので僕のスタッフも彼のスタッフもお互いに120%が何かすらわからない。だからそれに対してうちが答えられないことに彼はお叱りの言葉を出さなければならないのだけれど、それはそれで(彼も一人ではないので、彼のスタッフが足を引っ張っちゃうんだよね)僕も最初に書いたように彼と同じタイプなので彼の会社やスタッフに対して120%の貸しやら足かせやらをつけてたりするんですよ。彼もその文句で掛け金を吊り上げてしまうように今度は僕がそれに対してお叱りなり(脅迫?)なりをしなければならなくなっちゃうんだ。多分この会社との関係は(個人的には頭もいいし、尊敬するべきところもかなりあるんだけど)こうやってどんどんベッドを繰り返して誰も配当金をもらえないところまでいっちゃうんだろうな。なんか一人でないのって難しいことなんだよね。でもこういうタイプの人がまだいるんだんなってある意味安心したりそのことでイライラしたり。みんな同じ外見の人間で同じ外見の日本人で…って思っちゃうことってあるじゃないですか。もしかしたら外見が同じだけでロードオブザリングのようにホビットやらドワーフやらエルフがいて共通の認識を持っている人って少ないのかも。最近知り合った彼はそういう意味では同じ種族なのかもですね。
Nov 28, 2009
コメント(0)
サッカー少年の僕の息子クンはマリノスプライマリーに入りたいらしく低学年からセレクションに通っています。通ってます=6次とか7次までセレクションがあるので未だ受かっていませんが。低学年のセレクションでも5分のミニゲームx4とかで選抜されていくんですよ。だからその5分の間に自分のパフォーマンスをどう発揮するのかが勝負と考えているみたいです。もちろんゴールの多い子が受かるわけでもないし、うまい子だけが受かっていくわけでもないんだよね。(もちろんみんなウマイんだけど)そこで彼は今回のテーマを決めて勝負するらしいんですよ。「今年はスペースに走りこむ」とか「ボールを止めて起点を作ってスルーパスを出す」とか…彼なりに自分のパフォーマンスをどう見せるか研究しながら物事に対処しているんだよね。勝ち取って謙遜せずにどうどうと右手を掲げられる世代。なんかスゴイです。 カッコイイ。そして僕らの仕事や日常生活にもそんなパフォーマンスは必要なんですよ。仕事が完遂するのはお金を頂いているのだからあたりまえのことなんだけど、クライアントに安心感を与えるとかエンドユーザーにもう一つ何かをアピールするとか、腕のいい人ほどその手のパフォーマンスに手を抜いてる気がするんだ。たとえば仕事の始業時間が来て、仕事を始められるまでの時間とか。ここってもし目の前にクライアントがいたら無駄話やら(たとえ)仕事の進め方のミーティングであってもすぐかかるのが鉄板だと思うんだ。ミーティングならその前にやればいいんだからさ。たとえば仕事の場所から次の仕事の場所までの移動とかさ。駆け足で行けとはいわないまでもそのへんがシャンとしてるといい仕事しそうな気がするじゃん。気がする…とかイメージとかさ…そういうものを売りにしたいんですよ。仕事はできて当たり前なんだからさ。+パフォーマンス…これが今年の仕事のテーマなんだけどスタッフに伝わっていそうでうまく伝わらないんだよね。できることをできますよ~っていうのは謙遜が美徳の日本では美しくないんだろうか。できることが同じであるならばあとは見せ方をどうするか。子供ちゃんたちが大人になった時には駆逐されちゃうぞ。
Nov 25, 2009
コメント(0)
お盆休みやシルバーウィーク。今年は大型連休が多かったですね。そんな時に限ってどうしても外せない仕事があって割引になっている高速道路を使って移動するんで、渋滞に巻き込まれてしまいます。通常年間4万キロくらいは車で移動しなければいけない僕は移動中のストレスをなるべく少なくするために高速道路での移動がほとんどです。通常の場合は高速の渋滞が…キロって書いてあっても大体は一般道よりは早く快適に目的地に着くことができます。事故渋滞…これは程度の差があるのでこの表示の時には高速を降りようか乗り続けるか迷ってしまいます。…でこうした行楽シーズンの週末に朝からどこでもそんな事故渋滞の表示を目にするんだよね。ちょっと待って。そんな日にイヤイヤながらもお仕事に行く僕みたいな人が事故を起こしてしまうのは気持ちの中ではわからなくもないんだ。でも事故現場を通り過ぎると目につくのはこれからレジャーに向かうカップルや楽しそうな(事故でショボンとしてるけど)家族だったりするわけで。たまにしか車に乗らないっていう理由ももちろんあるんでしょうが、家族みんなが楽しみにしているレジャーにそんなに参加したくないんだろうか。だってそうとしか思えないよね。イヤイヤ参加→事故にあってしまう以外の理由ってあるんだろうか。こういうことってどこまでが気持ちの問題でどこからが物理的原因なんだろう。僕はどうしても気持ちの問題にしか思えないのだけれども。。
Oct 5, 2009
コメント(0)
もうオトナなんだから自分が納得できるくらいのできない理由なんて無意識に思いつくんだよね。何かをやってみる時に「~だからムリなんだよね」って思っちゃうじゃないですか。スカイダイビングをやろうか→高いところ苦手だから…とか。これ頼むね→今この仕事してるからできませんとか。こういう場面に最近よく遭遇します。できない理由なんか別に聞いてないんです。それでもできた先に広がっている楽しい世界や、それでもこなしてくれた事に対する報酬とかが待ってるってことを伝えたいんだ。誰かができる事を僕らができないわけないし、その発想をできる理由探しに当てたらちゃんとできる理由も見つけられると思うんだ。出来事はいつも手のひらを右から見るか、左から見るかくらいの違いしかないはず。それは手のひらか手の甲かの違いかなだけで「ひら」がよくて「こう」が悪いわけではないじゃん。反対側を覗く気持ちがあればいつもできる理由を探せるってことなんだよね。できない理由慣れしちゃうとできる理由をさがせなくなってしまう。でもそこにできない理由と同じだけのできる理由があるんだからそういうものを見落とさない自分でいたいな。ポジティブとかネガティブとか分類してしまいがちだけど実は両方が同時に同じだけの量で存在していることをいつも忘れたくないですね。
Jul 20, 2009
コメント(0)
車の教習所に通ってる友達に聞かれました「後ろの車との距離がわからないんだけど?」もう車の免許を取ってから20年も経つ僕は経験値からサイドミラーにしか映らない車は近くてルームミラーにも映る車は距離があるんじゃないって答えたら、「それって教科書通り」って言われたんだ。僕は車を年間5万キロくらい乗ります。ほとんど職業的ドライバーくらいだよね。・・・で自慢は無事故。駐車禁止くらいはあるので無違反とは胸を張って言えないけど安全運転には自信があります。教科書通りって一般的には褒め言葉ではない気がするんだよね。なんとなく面白みがないって言うか。でも当たり前のことだけど事故を起こさないために作った教科書なんだから正しいに決まっているわけで、現実の交通ルールとは少しかけ離れた理想論であることは間違えないんだけど、大筋では正しいんだよね。だから「教科書通り」に対して少なからず抵抗感があるのは教育課程で刷り込まれた何かがあるんだろうね。それは僕が学生時代にいい子ちゃんではなかったからなのかも知れないけど、学校や教育や先生がそれを受ける子供の目から見て、正しいものであってほしいと思う。だって40歳にもなるのに学校や先生にまだ違和感を持って生きている大人ってある意味不幸だよね。敵の数より味方の数が多いほうがよりよい人生に決まっているでしょ。なんか最近そんなことを考えたりします。年とってきたんだなってシミジミ。。まぁ 年を取るのが悪いことばかりではないけど。。
Jul 6, 2009
コメント(0)
顔とはそもそも何の為にあるんでしょうか。もちろんカッコイイとかカワイイとかパーソナリティとか差異とかいろいろはありますよね。最近お仕事で知り合った社長さんが「わっるそうなシャチョー」の顔をしているんですよ。もちろん話して見ればとてもいい人だしクレバーだし誠実なんだけどなぜかものすごい人相が悪い。彼の「わっるそ~」感は先天的なものなんだろうか後天的なものなんだろうか?たぶん彼は人並み以上に優しかったり、誠実であったりするんだろうな。だから彼は「わっるそ~」な鎧を身につけて社会で勝負してるんだろう。何かの本に自分の顔は相手のためにあるって書いてあるのを読んだことがあります。向き合ってる相手の表情を見れば自分が今どんな表情をしているのかがわかるってことだよね。相手の笑顔が見たいなら自分が笑顔になること。相手の幸せな顔が見たいなら自分が幸せな顔をすること。自分から笑顔のサーブを打ち続ければ相手はいつまでも不機嫌そうにレシーブしているわけにはいかないでしょ。だからサーブを打ったもん勝ちなんだよね。向き合っている相手にはもちろん鎧なんていらないし、ただただ笑顔でいられるようにしているだけでいい。それだけで毎日の生活がどれだけ華やいでいくんだろう。自分にできそうな一歩をみつけました。。
Jul 3, 2009
コメント(0)
中高生のころ 僕にとって音楽はなくてはならないものでした。いろいろなアーティストに教えられたり、憧れたり。大人になってから聴く音楽はカラオケのためのネタだったり共通の話題だったり、ノスタルジーを感じるためのものだったり。最近GReeeeNのPVをよく見ます。「遥か」とか「歩み」とか。「歩み」のPVがすごいんですよ。通常バージョンとロングバージョンがあって心が柔らかい時の感情がよみがえってくるんです。楽器で音を合わせて言葉以上のものをシェアする感とか、共通の見えないものを見てる感とか。もうずっとずっと前のことですっかり忘れていたけどそういう時代を通り過ぎて今があるんだなってシミジミしちゃいました。スポーツ、バンド、バイク、勉強やナンパでも純粋に何かをシェアすることが大切だったんですね。そんな時期に何もかも自分のチカラで…なんて思ってたこともありました。でもそういう時にも必ず支えてくれてる誰かがいて、シェアできる誰かがいて…そのことにうまく感謝できなかった自分がいて…なんてことを思い出させてくれるPVでした。無料PV視聴を貼ってみます。http://musicmovie.blog48.fc2.com/blog-entry-5747.htmlオススメです。
Jun 30, 2009
コメント(0)
時間の軸って一方向にしか動かないので黙って毎日をそつなく過ごしても日々って過ぎていきますよね。そして「あ~もう六月だ」とか「もう一年終わっちゃった」とか思ったり。そして気がつくと「もう2050年だ」なんてことになるんでしょうね。エコとか地球環境とか美意識とかモラルとか戦争とか。。一人ひとりができることをちゃんとやらないと2050年は無事にやってこないのではないでしょうか。タイトルバーのようにきれいな三日月を当たり前のように見ることだってみんなの努力の上に成り立っているかもしれないですよね。そういう意味で自分には何ができるのだろう?地球に対してできること。周りの人たちに対してできること。自分にできることを少しだけでもやっていきたいと思います。ヨーコとジョンが言うように争いのない世の中にするにはやっぱり愛なんでしょうね。 wor is over if you wantなんですよね。テーマは自分発信。そんなふうに何かを伝えられたらいいなぁと思います。せっかく今始めようと思えたのでがんばってみます。。
Jun 30, 2009
コメント(2)
全14件 (14件中 1-14件目)
1