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幣立神宮、麻賀多神社御参拝 しばらく更新が出来ませんでしたが、当ブログへ来訪の皆様には感謝します。私、喜四郎は、2月11日に熊本県所在幣立神宮の紀元節祭に参加して来ました。当時の熊本県は、とても寒かったです。手水が凍った状況↑↓本殿で午前11時から行事を執行 そして、紀元節祭から2日後の2月13日には、千葉県所在、日月神示発祥の地である麻賀多神社へ御参拝して来ました。今回は、「何となく呼ばれた気がした」ため、幣立神宮御参拝の後、できるだけ早く麻賀多神社に向かいました。 各お宮を順番に、御参拝して行くと最後に「麻賀多大権現」様に着きました。何と、現在、「麻賀多大権現」様はそこに向かう土階段が工事中になっていました。私、喜四郎は「今回、呼ばれた理由はこれだ」と思いましたが、同時に自分を戒める上で次の神示が脳裏をよぎりました。「この世の仕事すてて、神の為めぢやと申して飛び廻る鼻高さん、ポキンぞ。仕事仕へまつれよ。」日月神示「黄金の巻」第61帖
2018.02.16
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日月神示「日の出の巻」第16帖 明日2月3日は「節分」です。今回のテーマは、その「節分」になります。ご存知の人も多いと思いますが、大本教では節分で「鬼は外、福は内」と言わず「鬼も内、福も内」と言います。 ここに言う「鬼」とは、国祖、国常立大神様の事で、地球乗っ取りに成功した神と称す存在が、人類に蛮行を正当化させた忌まわしき風習です。 そこで、「日月神示」では、「節分」について、どう記しているかについて挙げて見ます。「悪の衣着せられて節分に押込められし神々様御出でましぞ。此の節分からは愈々神の規則通りになるのざから気つけておくぞ、容赦は無いのざぞ」日月神示「日の出の巻」第16帖同じ内容が記されています。そして、「節分」の日に押込められたと同時に、「節分」の日から御神政復活を記されています。 私、喜四郎は「節分」を行ないませんが、もし皆様がされるのでしたら「鬼も内 福も内」と掛け声をかけて行なえば良いと思います。次に「豆まき」についてもふれておきます。通説として、「豆まき」に使われるのは、炒り豆と決まっており、これは、生の豆を使って拾い忘れたものから芽が出てしまうと縁起が悪いとされているからです。「炒る」が「射る」にも通じ、「魔目(まめ)」を「射る」ことで「魔滅」となるという事らしいです。 炒り豆で鬼(国常立大神様)を射る、鬼払いとは、ふざけた話ですが、日月神示には、「炒豆(いりまめ)にも花咲くのざぞ」日月神示「地つ巻」第25帖常識では、炒った豆から芽が出て花が咲くことはありえません。こちらもやはり、御神政復活の意味だと私、喜四郎は考えます。 ただし、毎年「節分」があるのにいつになったら御神政復活が始まるのかと疑問を持たれる考えもあると思います。その疑問にも答えを示された帖があります。「神は十柱五十九柱のからだ待ちてゐるぞ。五十と九柱のミタマの神神様お待ちかねであるから、早うまゐりて呉れよ」日月神示「下つ巻」21帖国常立大神様の御準備は出来ていますが、出来ていないのは私達、人だということです。
2018.02.02
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