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2007.11.18
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カテゴリ: 子育て
私の長男  慶応大学 経済学部 三年生

  次男  東北大学 理学部 物理学科 一年生

  三男  金沢工業高等学校 機械科  二年生   です。


 三男の学校も将来のエンジニアを目指す優秀な子どもたちまた先生の集まった

学校ではありますが、世間的に見て、両兄の学校に比べると差があるのは事実です。

しかし、私はこの三人を見て、人間として差があるのかと申しますと決してそうは

思わないのです。ただ、巷間で取り上げられる学校の成績に差があるだけなのです。

それも一部の学科(主要五教科、主要三教科とか言われる)の・・・

人間の感性をはぐくむ音楽や美術や体育(運動)等々は蚊帳の外に置かれているのが



においてはいかがなものかと思います。



 元京都大学総長の平澤興氏の著書の中で子どもの教育について気、私たちが気を

つけなければいけない一節がありましたのでご紹介いたします。






子供は学校へはいり、上に行くに従って子供には優等とか、普通とか、劣等とか、

いろいろの札が付けられます。ちょうど果物に値札をつけるように。だが、これは

本人に対しては、いつのまにか強い暗示になり、また親もそんな風に思うようになり、

うっかりすると、先生までもそんな風に思ったりする恐れがあるのであります。

現在の実際の教育現場においては、完全にこれを避けることはほとんど不可能かと

思います。だから、私は、今すぐそれを改めよというような無理なことは申しません

けれど、もっと教育というものをゆとりをもって考え、これに対処してもらいたい

と思うのであります。いわゆる劣等児が世界的巨人になった例は決して少なくない

のであります。できるとかできないとか言うよりも、頭にはいろいろな型がござい

ます。速い頭、遅い頭、広い頭、深い頭などいろいろの型がありますので、子供や

若者が勉強をするのに張り合いが無いような状態にするということが、一番恐ろし

いのであります。

「人間 その無限の可能性」(下)より



 この一節は、子どもにレッテルをつける怖さを物語っています。冒頭に述べた

ように、私自身の子育てで、上の二人は学校の成績という点では優秀な子どもに

育ちました。しかし、三男は上の兄弟と比べて、かなり見劣りのする子でした。

私たち親はこの三男に対して、勉強のできない子、すなわちダメな子というレッ

テルを貼ってしまったのかもしれません。そのため、彼の性格が少しゆがんでしま

った恐れも否定できません。これは人を育てるという意味ではひじょうに怖い話



の観点でのレッテルなのではないでしょうか。もう少し、子どもの立場にたって

考えてあげるべきだったと反省しています。


 親が、また先生が、子どもに対して見かけだけで簡単にレッテルを貼るということ

がいかに危険であるかという話をご紹介します。





小学校で5年生の担任をしていた教師の話です。


その先生は、小学校5年生の担任になった時、自分のクラスの中に一人、

どうしても好きになれない少年がいました。

服装が不潔でだらしなく、好きになれなかったのです。

先生は、中間記録に、少年の悪いところばかりを記入するようになっていました。

ところが、ある時、少年の1年生からの記録が目に止まりました。

1年生の時は、

「朗らかで、友達が好きで、親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」

と記録されていました。


「間違いだ。他の子の記録に違いない。」と、先生は思いました。


2年生になると、

「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」

と記録されていました。


3年生では、

「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」


3年生後半の記録では、

「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」


4年生になると、

「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」


先生の胸に激しい痛みが走りました。

ダメと決めつけていた子が突然、

深い悲しみを生き抜いている生身の人間だと感じられたのです。

先生にとって、目を開かれた瞬間でした。


放課後、先生は少年に声をかけました。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?

 分からないところは教えてあげるから。」


少年は初めて笑顔を見せました。


クリスマスの午後、少年が小さな包みを、先生の胸に押しつけてきました。

あとで開けてみると、香水の瓶でした。


亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。

先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねました。


一人で本を読んでいた少年は、先生に気がつくと飛んできて、先生の胸に

顔を埋めて叫びました。


「ああ、お母さんの匂い!きょうは素敵なクリスマスだ!」



6年生の時、先生は少年の担任ではなくなりました。

卒業の時に、少年から一枚のカードが届きました。


「先生は僕のお母さんのようです。

 そして、今まで出会った中で、一番すばらしい先生でした。」



それから6年が経ち、またカードが届きました。

「明日は高校の卒業式です。

 僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。

 おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます。」



さらに10年が経ち、またカードが届きました。


そこには、先生と出会えたことへの感謝と、父に叩かれた体験があるから

患者の痛みがわかる医者になれると記され、こう締めくくられていました。


「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。

 あのままダメになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のよう

 に感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、5年生の

 時に担任してくださった先生です。」



そして1年後、届いたカードは結婚式の招待状でした。

「母の席に座ってください」

と一行、書き添えられていました。



(月刊「致知」より)



 このお話はかなり極端な話であったかもしれません。しかし、コミュニケー



子どものまわりにいるすべての人たちが、如何に子どもたち自身の気持ちに

踏みこみ、真剣に考えてあげる必要があるかを、この話は物語っているような

気がします。


 もう一度我家に戻りますが、中学・高校と全然勉強をしなかった三男が今、突如

として勉強をはじめました。なぜなら、彼は自分の進路、すなわちエンジニアと

いう進路(これは私たち親がひいてやったレールです)から、自ら選択した進路

に方向を転換したいと言い出したのです。今の学校をやめて別の進路にすすみたい

と言い出したのです。彼がどこまでできるかわかりませんが、できるかぎりの応援

はしてあげたいと思っています。このように人間というものは常に変わるもので

あること。成長するものであると思います。



子どもに決してレッテルをはってはいけません!





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Last updated  2007.11.18 12:00:03
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