グランマの手料理レシピ

2023年01月07日
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カテゴリ: 豚肉料理
豚肉を蒸し器でつくる吉田勝彦さんのレシピを参考にしました。
余分な脂が落ちて、肉がやわらかく、美味しい蒸し豚に仕上がります。
一度に食べきれないときは、サラダやラーメンなどにも使えます。

​​ 蒸し豚


豚ロース肉(塊)   250g
日本酒       大さじ1

【調味料】醤油   大さじ3
     酢    大さじ2
     ラー油  小さじ1

ねぎ    1/2本(せん切り)
パクチー  適量

1.豚ロース肉に日本酒を振りかけ、蒸し器に入れて強火で10~15分ほど蒸す。

2.蒸し上がった豚肉はアルミホイルで包み、余熱で10分蒸らす。

3.蒸らしている間に【調味料】を混ぜ合わせてタレをつくる。

4.蒸し上がった豚肉は薄い斜め切りにし、皿に盛り付けてタレをかけ、ネギとパクチーを添える。

※蒸し上がった豚肉はアルミホイルに包んで余熱で蒸らすのがコツです。


​ブログ連載 長編時代小説​
​密かごと ​​ ​​
​第1章 料理茶屋【梅乃井】​ ​​

​2.新しい板前   ​            ​

「こちらが、今度来てくれることになった板さんです」
口入屋の佐助は挨拶もそこそこに、新しい板前をさちに引き合わせた。
「真吉と申しやす」
どんぐり眼をした愛嬌のある顔立ちをしている。
さちが思っていたより若い板前だった。
「江戸では船が大川に出ると、すぐに風待ちとなっちまって」
佐助は遅れた言い訳をする。
「それは大変でしたね」
先ほどまで気を揉んでいたことを、さちはおくびにも出さなかった。

江戸と木更津を行き来している佐助には、風待ちや強風の足止めはよくあることだった。
佐助が下働きの女が用意した桶で足を洗うと、さちは真吉にも足を洗うように勧める。
真吉は肩に掛けていた紺木綿の風呂敷包みを上がり框に置くと、軽く頭を下げてから足を洗い、下働きの女が差し出した手拭いを断り、自分の懐から豆絞りの手拭いを出して足を拭いた。
「佐助さん、二階で休んでください!」
「へえ、それじゃ、お言葉に甘えて、ちょっくら」
佐助は夜船で来たときは、いつもしばらく休ませてもらうことにしている。慣れた調子で二階に上がっていく。
「板さんもどうぞ!」
「あっしは、結構で」
若い真吉は一晩くらい寝なくても平気だった。
「浜風に当たってきやす」
海で火照った体がまだ熱かった。真吉は浜通りに出ると、小舟の並ぶ仲割に向かった。

木更津浦には北割、仲割、南割と三つの船留場(ふなどめば)がある。
北割と南割は木更津船が使用し、仲割は漁師たちの小舟が使う船留場となっていた。
夜の漁に備え、準備がはじまっている。杭につながれた小舟の上を漁師たちが、網や魚籠(びく)などを抱えて忙しげに行き来している。
そのとき、真吉の後ろから竹の束を抱えた老人がやってきた。深い皺が刻まれた顔は漁師のようだ。
「お~い!」
老人が小舟に向かって呼びかけた。
その声を聞いて小舟にいた若い男が舟を下りてくると、老人から竹の束を受け取り、それを舟に積み込んだ。老人をふたまわりほど若くした風貌で二人は父子のようだった。漁に出る指示をしているところだ。
その様子を真吉が羨ましそうに見つめている。
「気いつけてな!」
老人は息子らしい男にひと声かけて引き上げて行こうとする。
「あの・・・」
真吉は帰ろうとする老人に言葉をかけた。
「ふむ?」
老人は驚いて立ち止まった。
「ちょっと、お尋ねしやすが、竹は何に使うんで?」
真吉は竹をどうして漁に持っていくのか気になっていた。
「建干網(たてぼしあみ)に使うんだよ」
「建干網ですか?」
「ああ、それで魚を捕まえるんだ」

老人が言うには木更津浦に昔から伝わる独特の漁法だった。
日没から浅瀬に竹を立て、網を張って置くと、魚は上げ潮にのって浜に近寄ってくる。
だが引き潮になると、魚は沖の方へ逃げようとするので、漁師たちは網を巾着袋(きんちゃくぶくろ)のようにしぼり、魚を追い込むのだと教えてくれた。
「そこを、たもですくい上げるだ」
「たもといいやすと?」
「掬網(すくいあみ)のことだっぺさ」
「それで、どんな魚が捕れるんですかい?」
「黒鯛とか・・・」
「黒鯛が捕れるんですか!」
 真吉は目を輝かした。
「黒鯛だけじゃねえ、いまは、鱚(きす)、鰺(あじ)、鰈(かれい)、車海老、渡り蟹といったところもかかるっぺさ」
そう言い残すと、老人はすたすたと帰っていった。

真吉は、江戸の魚河岸で木更津から押送船で運ばれてきた活きた黒鯛を見たことがある。黒鯛は江戸橋の魚納屋(うおのなや)役所の生け簀に入られ、幕府膳所用の魚として買い上げられていた。
真吉が梅乃井に戻ると、佐助は少し眠って疲れが取れたのか、さちと話し込んでいた。
「真吉さん、湯島天神下の料理茶屋、井原屋さんで修業したんですってね」
 さちは、真吉のあらましのことを佐助から聞いた。板長の清蔵親方の子飼いで、腕は親方の折紙付だと言うこともわかった。
「おとしは?」
「二十二です」
「お若いのね」
さちの言葉に、佐助がすかさずいった。
「真吉さんは、七つの時から親方さんのもとで修業しているんですよ」
「まあ、七つから?」
「五つのときに火事で、ふた親を亡くしちまって、清蔵親方に育ててもらったんで」
真吉がそう答えると、
「清蔵親方は若いころに浪花で修業し、江戸ではちょっと名の知れた板前なんですよ」
佐助が言葉を添えた。

清蔵親方は他の料理茶屋からの誘いも引く手あまただった。どんなに給金を積まれても、目先で動く人ではなかった。律儀で頑固一徹な根っからの職人肌だった。だから自分についてくる子飼いは、とことん面倒をみてきた。
真吉は、親方のお墨付きを持ってきた。
献立を認(したた)めるように箇条書きで、真吉が厳しい修業に耐え、研さんを積み、一人前の板前になったと書いてある。

「達者な字ですね」
さちが感心すると、
「真吉さんも、字は上手(うめえ)ですよ」
 佐助が付け加えた。
「いやいや、親方の足もとにも及びません」
これからの板前は献立が書けなくてはいけないと、真吉は親方から手習いも仕込まれていた。
「そうでしたの、それにしても佐助さんには、いつも助けていただいて有難うございます」
「女将さん、礼を言うのはこっちの方だ。それじゃ、与七つぁんのところに行こう!」
佐助は、真吉を促すと板場へ向かった。

与七は半年前から梅之井で働いている助っ人の板前だった。
人と関わりを持つことや一か所に留まることが嫌いで、繋ぎの仕事しかしない。
板前が急に辞めたり、病気になったり、面倒を起こしたりしたときに、与七は代わりの板前として働いた。
どこの店でも働くのは半年止まりだった。そうした役目がつとまるのは、与七に板前として腕があるからだ。 梅乃井でも働いていた彦二という板前が急に辞め、佐助はさちに頼まれて、与七を繋ぎとして送り込んでいた。

板場(板場)では夜の仕込みがはじまっていた。
「与七つぁん、ご苦労だったな」
佐助は、与七に真吉を引き合わせると、
「引き継ぎは、しっかり頼むぜ!」
と念を押した。
「へえ、心得ておりやす」
気心の知れた佐助には、無愛想な与七も愛想がよい。
「江戸に戻ってくるんだろう?」
「そのつもりですが」
「だったら、遠慮しねえで、小舟町に寄ってくれ!」
ひとり者の与七は、繋ぎの仕事を終えた後は落ち着き先がなく、次の働き口が決まるまで佐助の家に厄介になることが多かった。

実は、佐助も数年前までは板前だった。与七と同じ親方のもとで修業し、佐助は与七の兄弟子であった。
佐助は五十になった頃から目がかすみ、包丁が握れなくなって板前を辞めた。それまでの経験を生かし、板前たちの相談に乗ったり、もめごとを処理したり、板前たちを束ねているうちに、板前を送り込む口入屋をしていた。
「次の口入れ先も、当たりをつけておくからな」
「頼んます!」
与七は佐助にぺこりと頭を下げた。

「それじゃ、こっちに」
佐助は真吉を板場の奥に連れて行くと、釜や鍋の大きさを見せたり、洗い場の使い勝手を示したり、器をしまっている戸棚を開け閉めしては、器の種類を教えている。
その様子をさちも見ていた。
与七は、煮方の清三と、焼方の藤助を真吉を引き合わせ、下働きの者たちにも新しい板前が来たことを知らせている。
佐助は、与七が自分の腰を何度も叩くのを見て心配そうな顔をした。
「腰を痛めたのかしら?」
さちも気づいていた。
佐助は与七が前に腰を痛めたことは聞いている。板前は重い鍋釜を持ったり、板場に長く立っているので腰を痛めるのは避けられないことだった。

「ところで、佳乃ちゃんは?」
佐助は佳乃の姿が見えないことに気づいた。
「新しい板前さんに会うと、自分が若女将になることを認めたと思われるのが嫌で、部屋から出て来ないんですよ」
「拗(す)ねているんですね」
「困ったもんだわ」
「女将さんに甘えているんですよ」
佐助は、佳乃に会えなかったのを残念そうにして、暮れ六っ(午後6時)の木更津船で江戸へ帰っていった。(つづく)





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Last updated  2023年02月08日 16時19分36秒


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