2011年10月01日
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                        自分で晩御飯をこしらえるのをやめて、朝と昼の食事だけにしている。

                        食器洗い機は前から使っているが、まあ、二人の食事だから、簡単に済む。


                        買い物は、妹にも頼むが、コープの宅配も週に一度。

                        ご飯は、父の玄米も母のも、自分で炊いている。


                        だから、配食サービスはおかずだけである。

                        出来上がりを届けてくれるし、

                        少量で多品目を食べられて満足しているようだ。


                        自分で買い物に行けるようになっても、続けるだろうと思う。



                        安くは無いが、高くも無い。

                        おかずが残れば、次の日の朝にするだろうし、

                        食後に夜の台所で片づけをしなくてすむ。

                        私が行った時には刺身を食べたがったりしたから、

                        妹にはそのことを頼もうと思う。


                        次に行くのは半月後だから、食材も変わっているだろうし、

                        母の気も変わっているかもしれない。


                        実家で感じたことは山のようにあるけど、

                        去年96歳で亡くなったおばあちゃんに、

                        父も母も、もっともっとして上げられることがあったのに、

                        それをしていなかったなぁと、つくづく思った。




                        今の明るく安全なお風呂にしたのは、2年前で、

                        その前は暗い黒いタイルの浴室、深いステンレス浴槽で、とても危なかった。

                        今の両親なら、入れないようなお風呂に、

                        80代90代のおばあちゃんが入っていたのだ。

                        いくら私がお風呂を明るく安全にしなきゃダメだと言っても、



                        やっとお風呂が改善された頃には、

                        おばあちゃんは、入浴自体が週に1度くらいになっていた。


                        それに、父はすごく強く便秘のことを言うけど、

                        おばあちゃんもずっと長いこと便秘に苦しんでいた。

                        高齢になると便秘は生理的に仕方ないことだ。

                        その苦しさを訴えるでもなく、

                        私が帰省すると、おばあちゃんが下剤を頼むのだった。

                        90過ぎて、時に失敗するようになっても、

                        なかなか受け入れられなかった紙おむつも、

                        おばあちゃん自身の口から私に言われて

                        一番薄い使用感の少ないのを買って上げた。


                        人間は、自分がその立場になってみて、

                        初めて気づくことが多いのだと思った。


                        今回母が転倒して骨折して手術して、

                        2ヵ月半ほどか入院してリハビリしたけど、

                        母は、そうなってみて初めて身体に故障を抱える苦労を知った。

                        78歳だ。

                        私は、16歳の誕生日の前から、身体に故障を抱えている。

                        松葉杖を常備していつ何時でも自分で動けるようにしている。

                        おばあちゃんの遺品の中に小さな杖があった。

                        葬儀のあと、私がもらって帰った。

                        松葉杖と一緒に私の車に積んである。


                        母は、それを私が欲しいと言ったときに気にも留めなかった。

                        今回さがして、無かったから新しいのを買った。

                        家に帰ったら真新しい母の杖が台所にあったけど、

                        却って邪魔で、使っていないもので、

                        買い物とかで外に出るときの保険用に買ったようになった。


                        母は、私が高校1年生の終りからこれまで

                        どれほど苦労して生きてきたのか知らない。

                        知ろうとしなかったし、

                        高校生時代には、私の訴えを真に受けていなかった。

                        今でこそ膝の半月板の損傷は一般的だけど、

                        レントゲンに写らないことも手伝って、

                        当時は私の訴え自体をきちんと信じてくれず、

                        私がやっと本格的な検査を受けたのは、大学3年生21歳の時だった。


                        大学に行くときに家を出て以来、両親とは同居していないので、

                        私の半月板損傷の大変さは、母にはまったくわからない。

                        言わないし。言っても、どうにかなるわけでもないし。

                        そういう距離感があって、先週帰ったときに、

                        私はやっと母に言った。

                        「私は、両足で立っているように見えるときでも、

                         いつも右脚に重心を置いて左ひざをかばっている。

                         いつ起きるかわからない半月板の不調を気にして

                         36年間生きてきた。

                         不調が長引く時は、一月以上松葉杖をつくこともある。

                         まだ52歳だけど、私の右脚は、88歳の右脚。

                         だから、私の右下半身は、ボロボロなんよ。」

                         健勝な人には、そうでない人生の辛さを想像することは困難だ。

                         父は私に言った。

                         「お前は52かいな。おとうちゃんが胃を切ったのも52やった。

                          気をつけなな。」

                         私は父に言った。

                         「私は、45で子宮も卵巣も取る手術をしたから、

                          おなかには大きな傷跡があるし、

                          内臓が減って腹圧が懸かりにくいから、

                          ずっと排泄には気を使ってるよ。」


                          一緒に住んでいたら、私はどれほど心配を掛けたことだろう。

                          今の距離で丁度かもしれないとつくづく思う。





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最終更新日  2011年10月01日 22時36分59秒
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Re:両親の退院から10日が過ぎた。。。 あれこれあっても、家が一番。(10/01)  
jun2912  さん
自分のことになって  見えてくることがあり


これから 寒さが厳しくなってくると また いろいろ 考えなければならないことが でてくるのでしょうね。



(2011年10月02日 21時54分02秒)

Re:両親の退院から10日が過ぎた。。。 あれこれあっても、家が一番。(10/01)  
kororin912  さん
お母様は、本当に今まで不調知らずだったのですねー。

成績がずーっと良いまま、学校の先生になった人には、生徒の「わからないつらさ」がわからない、と言われます。

自分が平気だと、それが苦手な人の気持ちがわからない。

何事も、難しいね。

(2011年10月02日 21時54分59秒)

junさんに・・・  
小芋さん  さん
私がまだ子供だった頃、

母がすごく早く歩いて、私はいつもその後について歩いた。

あれは、母の出勤にあわせて小学校に行ってたときだった。

行く途中の国道沿いの小さな掲示板に書いてあった言葉を、

もう40年以上経つのに何度も反芻するの。

「子どもを叱るな来た道だ 年寄り笑うな行く道だ」

その時々で受け止め方が変わるの。

年を取ると、見えてくるものがあるのね・・・ (2011年10月02日 22時29分31秒)

母はね、特別、元気なの。  
小芋さん  さん
3歳で母親と12歳で父親と死別し、幸福な生まれつきじゃないけど、

裕福な母方の祖父母に引き取られて育てられてるし、

本当にあらゆる点で優等生だったので、

ある意味では、すごくその育ちの良さが魅力なんだけどね。。。

絶え間なく劣等生だった私にとっては、そりゃ大変な母親で。。。

高校時代、体育の授業を見学するのも反対されてましたよ。

もともと怠け者でうそばっかり言ってたから、

私を信じることは難しかったかもね。

でも、兼好法師が言ってるように、健康すぎる人はもう一つですわ。
(2011年10月02日 22時36分04秒)

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