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お馴染みの野菜ですが、フランスでルイ16世国王は、王妃アントワネットの髪にじゃがいもの花を飾らせて夜会に出席させると、貴族達は関心を持ち たいへん流行したそうです。南アメリカ地方原産。 17世紀にオランダの人が インドネシアから日本にもちこみました。 今のインドネシアの都市「ジャカルタ」は当時「ジャガタラ」と呼ばれており、 → 「ジャガタラいも」 → 「ジャガいも」 となったようです。ジャガイモの話 (ウィキペディアなど)16世紀に南米からヨーロッパにもたらされたジャガイモは当初はその見た目の悪さ(現在のものより小さく、黒かった)からなかなか受け入れられなかった。アイルランドでは栽培の容易さや収量の為だけではなく、征服者のイングランド貴族が熱心に勧めたことにもあって、アイルランドでは主食としてジャガイモが非常に重要になった。このため1840年代にジャガイモの疫病がヨーロッパに蔓延した際に、ジャガイモに依存していたアイルランドではジャガイモ飢饉が起こり、大勢のアイルランド人が北アメリカに移住することになった。その移民の中に後に第35代アメリカ合衆国大統領になるジョン・F・ケネディの曽祖父・パトリックがいたのはよく知られている話である(ケネディはパトリックの次男の孫、すなわち四代目である)。ドイツ料理にはジャガイモが多用される。ドイツでジャガイモが普及したのはプロイセンである。プロイセンの支配地であるブランデンブルク地方は南ドイツなどとは違い寒冷で痩せた土地が多くしばしば食糧難に悩まされた。そのため荒地でも育つジャガイモは食糧難克服の切り札とみなされ、フリードリヒ大王が栽培を奨励した。しかし、他のヨーロッパ諸国同様、不恰好な外見から人々から嫌われた。そのためフリードリヒ大王は自ら範を垂れ、毎日ジャガイモを食べたという。又強制的に農民に植えさせ、違反する者には耳や鼻を落とす刑を与えた。ジャガイモの花フランスでは、食用としては他の国々の例に漏れず、当初は民衆の間で嫌われた。ジャガイモを国に広めたいと思った王は一計を案じ、自分が作らせたジャガイモ畑に昼間だけ衛兵をつけて厳重に警備した後、夜はわざと誰も見張りをつけなかった。王がそこまで厳重に守らせるからにはさぞ美味なのだろうと考えた民衆の中から、夜中に畑にジャガイモを盗みに入る者が現われた。結果的に、王の目論見通りジャガイモは大衆の間に広まって行ったという話が残っている。 日本には、1600年頃にオランダ船でジャカルタ港から運ばれ、当時は観賞用として栽培された。ジャガ芋がヨーロッパに伝来してから、わずか数十年で我が国に伝播したのである。江戸時代に幾度も発生した飢饉の際には、主食穀物の代用品として食べられ、飢餓から救われるようになった。本格的な栽培が始まったのは、明治以降の北海道開拓使による。
2009.07.31
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暑さにも寒さにも強い常緑の植物です。一年中、この柔らかい産毛のはえた小さな葉でいつも何気なくそこにいて、目を楽しませてくれています。ロータス ドリクニューム 別名:ロータス プリムストーン初夏より白~黄色っぽい小花を房状に咲かせます。(原産)地中海沿岸、ポルトガル雪の中でも常緑で強健な ロータス ブリムストーン、マメ科というと1年草のような気がしますが、常緑低木です。産毛の生えた柔らかなシルバーリーフで、新芽はライトグリーンです。草丈:60cm、常緑~半常緑半低木葉張り:100cm開花期:初夏~秋用途:ハンギング、寄せ植え、グランドカバー日照:日当たり増やし方は簡単で、秋に剪定した枝を水に挿すだけ。すぐに根が出てきます。
2009.07.24
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エニシダは江戸時代に中国を経由して渡来した地中海地方原産の落葉低木。高さ数mになり、枝はほうき状に分かれて先端は垂れ下がる。5月頃、黄色い花を咲かせる。葉は3つの小葉からなるが、花の咲く枝では頂小葉のみになるので、単葉に見える。落葉低木といっても少し趣は異なる。春には新しい葉がでるものの、初夏には葉が少なくなり、種子が稔る9月頃には点々と葉が残る程度になってしまう。枝が葉緑素を持っているので、あまり葉を付けていなくても十分光合成できるのではないかと思う。原産地の地中海地方は、夏が少雨で乾燥する時期であるので、温暖で適度な降雨のある春には葉を付け、乾燥する夏には葉を少なくして耐えるライフサイクルになっているものと思われる。 観賞用や花材として植栽されるほか、荒れ地への治山植栽にも利用される。瀬戸内海地域では、山火事跡の緑化のために種子をヘリコプターで空中散布したことがあった。開花時には山火事跡が一面に黄色になり、異様な景観であった。乾燥にも強いことから、早期緑化は成功するものの、エニシダが繁茂してその後の植生遷移が進まず、本来の森林植生への回復が遅れることなどから、最近はあまり使用されないようである。英語では「Broom(ほうき)」。 伝説の魔女が夜中にまたがって飛ぶ箒は、 この金雀枝のことであるらしい。 また、昔は実際にこの枝を束ねて箒(ほうき)をつくっていた。
2009.07.17
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栽培しやすいサボテンで、各地で栽培されている。暖地では露地でも越冬できるので、大きく株になったものも見られる。6月から8月にかけ夕方から咲き始め、1日で花の命は終わる。 美しい花であるが、じっくりと眺めると、なんともすごい数の雄しべである。花筒の入り口の周辺に一列の雄しべ。これで十分ではないかと思われる数があるが、さらにその内部にハブラシのような雄しべ群がある。雌しべの柱頭は10本に分かれており、受精を確実にするぞ!といった意気込みを感じてしまう。白い花は夜でも良く目立つ。もちろん香りもあり、砂漠という厳しい環境の中での夜間の昆虫の飛来を期待しているわけである。少ないチャンスに最大限の対応ということであろうか。子株をたくさん付けるので、親株からはずして挿し木をすると簡単に殖やすことができる園芸名 短毛丸はウルグアイ、アルゼンチン北部原産で50種が知られる。直径12~15センチ。高さ50センチ以上になる。盛んに子吹きして広がる。稜は11~18、鋭角。花は側面から長さ20~25センチ、直径10~12センチの漏斗型。外側の花被片は緑帯、内側の花被片は白色。エキノプシス属の属名はギリシャ語 echinos =ハリネズミ と、opsis =似る に由来する。棘は14~15個あり、5ミリ程度と極短く、硬くて鋭い。
2009.07.10
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ウチワサボテンはメキシコ原産と思われる多年草。沿岸域では野生化して群落を形成している場所もある。いくつかの種類・品種があるようで、棘の形・大きさや草丈などにも違いがある。夏、茎の縁に黄色い花を咲かせる。花弁は艶があり、雄しべはこの仲間の特徴通り、非常に多数である。果実は赤紫色に熟し、美味とはいえないが、ほんのりと甘く、食べられる。 もっぱら観賞用に栽培されてきたが、棘を取ってピクルスにしたり、せき・解熱などに薬効があるとして、汁を絞って民間薬として服用されたこともある。 16世紀後半に南蛮人によって日本に持ち込まれたのが初めとされている。彼らが「ウチワサボテン」の樹液をシャボン(石けん)としてつかっていたため「しゃぼてん」と呼ばれるようになったとする説が有力で、そのため1960年代ころまでは「シャボテン」のほうが正しいとする人がかなりいた。
2009.07.03
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