藍円寺微意の世界

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es1-海坊主

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2006.11.07
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 腎臓もタマタマ2個あると思うから、そういう話になるんだよな。右手と左手みたいに一対で考えられんのかね。片足を事故で失ったら義足をつけるのにさ。
 内臓移植は究極の対症療法で、この行き着く先は絶対に臓器売買だぜ。ある国のある村は貧しいから腎臓提供者がいっぱいいて、腎臓村と呼ばれているんだ。そこに世界中の裕福な患者が買いに来るんだってさ。需要と供給とかいってさ、まるで民主主義の自由経済みたいに言ってるぜ。また、ある国は死刑執行した後の遺体は臓器提供にまわされるんだってさ。一見、人道的に聞こえるよな。でも最近、核やミサイルがどうのこうのと言っている国の死刑囚はそんなサイクルに取り込まれたら、たまったもんじゃないぜ。そもそも犯罪者といってもその国の時の権力が決めているだけだからな。現実、死刑の無い国だってあるだろ。そういうドナーは結果的に臓器の在庫管理者で、臓器が必要になったからといって取り出すのかい。そうなると、これっておかしいと思うだろ。
 俺? 実は俺も以前はあの黄色い臓器提供カードを持っていたよ。裏に全部どれでもご自由にお使いくださいと書いてさ。嫁さんにも署名させて免許証と一緒に持ち歩いていたさ。でももうやめた。実際、困っている人がいるのは分かる。でもな、医者ならその病気の原因を突き止めれよ。そして政府は国民が病気にならないように考えれよ。という主義に変えたのさ。それが本来あるべき姿だからな。それに黄色いカードを持っていたら海外旅行におちおちと行けなくなるだろ。いつ犯罪者にされるか分かったもんじゃないからな。だいたい、テレビ番組でこの野菜のこの成分が実は○○の病に効くのが最近の研究で分かったとかいうと、翌日スーパーで売り切れになるという国なんだよ。それは次の週はこれで、その次の週はこれというふうになるんだよ。その場当たり的な発想や対症療法では根本問題は解決しないからな。
 いつからそんなふうに考えるようになったかって?あんまり言いたくなかったけど、プラーナとかチャクラとか学んで、死そのものに対しては恐れが無くなった時からだな。
 いつ死んでもいい?馬鹿言っちゃいけないよ。もうちょっとこの世で遊ばせてくれよ。





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Last updated  2006.11.07 09:48:32 コメント(4) | コメントを書く


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chie@ 残念無念 この言葉の解釈、目からウロコでした。 …
chie@ お久し振りです♪ 政治のことは、かなりうといんですが 選…
chie@ この前 美容院で髪の毛をCUTしてもらいながら…
chie@ 本当に H君の胸のアレは、動物霊なのかもしれま…
chie@ ぶはは 相変わらず、面白い発想ですねえ(,, ' …

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