第一章~修道士の少年2



 現在、ラーズの里親であるピロテーサ(58歳)は、イエルカ史上最年少(20歳)でサリエスになったシグル(現在26歳)の元・乳母でもあります。
 今はシグルの妻で第3王女のアスタリテ(明星の意・18歳)のお守り役で、王宮へも時々呼ばれています。

 ピロテーサはネグリトのイリア(ラーズの養母)から届いた手紙とラーズの動向が気になって仕方ないようで、家の中をあっちへウロウロ、こっちへウロウロしています。

 ネグリト(根来人=もともと地上にいた人・小麦色の肌の民)は長い間、「アムリア(天降人=天から降りて来た人・白い肌と茶褐色の髪の民)ではない蛮族」として差別され、首都に入ることも許されず、修学の機会さえ与えられませんでした。

 イエルカの商人は文字も知らず、度量衡の概念もないネグリトから、魚介類や塩を市価の半値で買い叩いていましたが、これは2つの故郷とそこに住む人々を愛しているラーズにとって、悲しくてたまらない現実でした。

 今の国王になって、元老院の根強い抵抗はあるものの、そうした差別を見直す動きも見え始め、年に2度(3月と9月)の里帰りの折りにラーズがネグリトに文字を教えることが、王の裁可によって正式に認められたのはつい先月のことでした。

 そんな状況の中で読み書きがほとんどできない養母から思いがけず届いた手紙・・・、何か良くないことが起こったんじゃないか・・・?ラーズは居ても立ってもいられませんでした。

 一方、ピロテーサも別の理由で居ても立ってもいられなかったのです。

ピロテーサ:ラーズ、あなたもそろそろセージの昇級試験受けるんでしょう?
     テオ先生言ってたよ。あなたの情の深さはサリエスを目指す身には
     諸刃の剣だって・・・。ねえ、ちょっと、聞いてるの?

 ラーズは背嚢(ディバッグ)に換えの褌(ふんどし)や、食料の麦焦がし、シジムの人達へのお土産として、木綿の夏服をつめています。

 急いでいるのに思いがけない大荷物になってしまったのでリクに手伝ってもらおうか・・・?やっぱりリクもネグリトの村に行くのを嫌がるだろうか・・・?
 そんなことを考えていたので「う~ん・・・、あ、そ~・・・」などと生返事を繰り返していました。

 ここイエルカでは木綿はとても高価で、王族か、一部の高級官僚か、豪商でもなければ着ることはできませんでした。

 しかし6年前、隣国の「エルモ」からやって来た母娘が綿花からの綿糸の紡ぎ方や機織りを教えてくれたことで、安価で肌触りの良い木綿の服を自力で大量生産できるようになり、夏でも暑苦しい羊毛か、ごわごわの麻の服しか着ることができなかったイエルカの庶民に爽やかに過ごせる夏と、快適に眠れる夜をもたらしてくれました。

 でも市民権のないネグリトがこうした恩恵を受けることはまだありませんでした。

 だからラーズは小遣いをちょっとずつ貯めて去年の9月に冬服を送ったのですが、養母や義理の妹のもとへちゃんと届いているだろうか?・・・いやそれ以前に無事でいるだろうか?

 そういったことが心配でピロテーサの話をおぼろげにしか聞いていませんでした。

ピロテーサ:別にネグリトにどうこう言うつもりはないよ。あなたが2歳9ヶ
     月でウチに来るまで大事に養ってくれた恩義もあるし。でもね、あ
     なたが10歳の時にシグル導師が迎えに来たときから、あなたはも
     うサリエスの卵なの。
      それもあと1歩でセージってとこまで来てるんだからね。
      あなたもいつかはシグル導師みたいにこの国を動かしていく人に
     なるんだよ。
      いい?あなたがこれから背負って行くのはこの国の人達の未来な
     んだよ。ネグリトの人達も、自分の未来は自分で背負って行くんだ
     から・・・。いい加減、過去のしがらみとは決別したらどうなの?

ラーズ:解ってるよ~!でもさ、クリオやマグオーリみたいな植民都市の総
   督がネグリトやダスユ(主に鉱山で働く漆黒の肌を持つ民)の人達にエ
   ッラソーにしているのを見て、「これじゃいかん!内部から国を変えな
   きゃ、いつか国が滅びる」って、外交官から転身したテオ先生みたいな
   サリエスだっているよ。
    ミフューレ先生(テオの奥さん。草花の抽出液や果実酒を使った心霊
   治療を行う珍しいタイプのサリエス)だって、ダスユもネグリトも同じ
   人間だって言ってたもん。

ピロテーサ:それはそうかも知れないけど・・・、テオ導師もミフューレ導師
     もアムリの民でしょう!?多少のことは許されるわよ。でも、あん
     たは・・・!

 ここまで言いかけてピロテーサは出かけた言葉を飲み込みました。

 王宮の従事や小間使いが、同じ白い肌を持つとはいえ、青みがかった黒髪を持つラーズを気味悪がり「異人の子が自分達の導師になるのか?あの烏のような髪は禍を呼びはしないのか?」「あの子はネグリトの乳を飲んで育ったそうよ。だから漆黒の髪と闇夜のように黒い瞳を持っているんだわ」と、陰口を言っているのが耳に入っていました。

 去年の秋にセージになるチャンスがあったのに、元老院議員のバンディの「ウチの子を差し置いて異人の子をセージにするだと!」の1言で潰されていたことも知っていました。

(みんな解ってない!髪が黒いだけで何だっていうの!?凄くいい子なのに!)ピロテーサは心ない中傷に怒りを覚えるとともに、渦中のラーズが不憫でなりませんでした。

ラーズ:解ってるさ・・・僕が氏素性が解らない異人の子で、その子はネグリ
   トの乳で育った子で、その子がどういう訳か飛び級で1等修道士になっ
  ていて・・・、そのせいで、義母(かあ)さんの耳にも心ない中傷が聞こ
  えてることも、王宮で肩身の狭い思いをしていることもね・・・。ホント
  に済まないと思ってる。
   でもね・・・、読み書きもまともに出来ないイリア母さんが、いきなり
  手紙をよこしたんだ。きっと何か事件か事故があったんだよ。それを確か
  めに行きたいんだ。じゃないと気が気じゃなくて試験どころじゃなくなっ
  ちゃうんだよ・・・。解ってくれないかな?

一度言い出したら聞かない子だ・・・。ピロテーサに止める術はありませんでした。

つづく

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: