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やっぱり負けました。星野JAPANもこれでおしまいです。
闘将星野といわれるくらいですから、熱いハートの持ち主なんでしょう。選手から慕われているなら人徳のある方なんでしょう。
ただ、戦いの指導者は、クールなマキャべりストでなければなりません。
「野球が不思議」なんて、戦後にいうべきではありません。
選手は指揮官を信じて各人がベストの成果を出そうとしているのです。
誰を出せば勝利につながるかを、決断するのが監督の役割であり、その結果について責任を負うのも監督です。
野球が不思議なゲームなら、合理的な判断は無意味です。
より高い可能性を追求し、勝利をつかむからこそ努力のしがいがあるのです。
マスコミが今回の結果を、どうメントするか興味深いものがあります。
野球という縦社会では、公然と指導者の責任を追及する声は上げにくいはずです。
しかし、きちんとした総括は必要です。
第二次大戦の総括は受動的な形ですまし、バブル経済の総括は責任を取った政治家官僚は皆無のこの国では、敗者へのいたわりという美徳の名の下、一部選手の不振やエラーも含め、済んだこととして傷をなめあうようなことにならないでしょうか。
過剰なナショナリズムは不要です。韓国に負けたとて、別にプライドを云々すべきではありません。
しかし、スポーツに限らず、この国のマスコミは大衆迎合的なところがあり、かわいそうとなれば追求の手を緩め、反撃してこない組織は徹底的に叩く傾向があります。
健全な事後検証の積み重ねは、中学高校生のテスト結果の検証と同様に、次の飛躍への大きなばねになるはずです。