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2026.08.08
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カテゴリ: 家で見た映画

(C)2018「寝ても覚めても」製作委員会/COMME DES CINEMAS


世の中を賑わわせた不倫問題で大注目された作品で、とても気にかかっていた。
見たいような見たくないような。
東出昌大は朝ドラ「あまちゃん」でその存在を知ってから私には合わない俳優だと思っていた。長身すぎる背の高さも嫌味に感じた。朝ドラ「ごちそうさん」では背の高い杏とのタッパのバランスも良く不思議と見られたものだが、その後の二人の結婚については驚きとともに女優に手の早い男だと思えた。映画好き女子が勧めるあまり、つい映画「GONINサーガ」(​​ 2016.04.24鑑賞「GONINサーガ」 ​​)を見てしまったけれど、作品も彼の演技も大したものとは思えなかった。ゆえに、彼の作品は避けている。
しかるに、読書の本を物色していたら原作の「寝ても覚めても」が出てきて、本を読むには時間がかかるのでと思って、つい映画を見てしまった。
この映画「寝ても覚めても」の原作も映画と同じなのかはわからない。映画にての感想を述べる。
この作品内容はとても受け入れられないものであり、私の感覚・感性からはほど遠く、対極にあるものと言ってよい。よって理解はできないし、同調も共感もできない。見なければよかったと思えるほどである。

<ネタバレで書く>
東出昌大演じる麦(ばく)はあろうことか初対面の女性に対しいきなりキスをする。キスを受けてその女性・朝子(唐田えりか)は抵抗なく、二人は付き合うことになる。仲良く交際と思っていたところ、友人宅の夕食後、明日の朝のパンを買うと言って出かけ戻らず次の日の朝を迎える。朝帰りとなった麦(ばく)は朝子に謝るけれど、その後、出奔する。行方不明となる。
この唐突な付き合い方、無軌道な行動、そして、出奔。これらは目も当てられず、見ていられない。その中で一服の清涼剤ではないが、スカッとするみごとな演技を見せたのが朝子の友人・春代を演じる伊藤沙莉である。子役を経て芸歴充分な彼女は深みと中身のある春代を演じた。演技レベルの違いに目を見張る思いがした。
時は過ぎ、大阪から上京した朝子(唐田えりか)は麦(ばく)とうり二つの男・丸子亮平(東出昌大)と出会う。当人としか思えない容貌に、どちらかをもう少し異様にすればいいのにと思った。ここでの出会いも不思議だけれど、その後、非常階段での唐突なキスから始まる交際も前回同様、とんでもハップン(とんでもハプニング)である。好きという感情はあるとしてもキスから始まる交際を不思議に思えず描けるのは異常である。さて、段階を踏まないで始まる交際は突飛なく不自然だか意表をついて面白くもある。ゆえに、悪いとは言わないが麦(ばく)と亮平の差異がない。そして、簡単にキスされてしまう朝子の無防備さも不思議である。
冒頭に登場しその後、姿を見せない春代(伊藤沙莉)を思い返していた頃、映画の中でも春代が登場する。街中の店舗のショッピングで偶然出会うという設定だ。なんという偶然。全くないとは言えないが現実世界では1万分の1の確率でも再会はあり得ないだろう。
さて、そんな中、東京から大阪への栄転が決まった亮平と同居する朝子を祝福するお別れパーティーに耕介とマヤの夫婦と春代がいる。お会計となったときに、なぜか今はモデルからスターになった麦(ばく)がやってきて朝子を連れ出す。朝子も無抵抗というよりは率先して麦(ばく)についていく。取り残された彼らに対し、朝子はマヤに電話をし私のことは忘れて荷物もすべて捨ててと言って携帯電話を車窓から投げ捨てる。このまま終われば無軌道で破天荒な麦(ばく)に振り回された女のドラマで終わり、それはそれで見られたものとなっていた気がする。しかし、東京から北海道の生家へ行くという麦(ばく)の運転する車に揺られながら朝子は麦(ばく)との決別を決断する。なぜ?なにゆえに?男に見捨てられた女がその男を忘れられず、差し伸べられた手に付き従うということは無理なく理解できても、すべてを捨ててついてきて、まだ何も始まっていないのに別れて亮平のところに戻ろうとする意志は何も理解できない。しかし、別れを告げられた麦(ばく)は抗うこともなく、移動手段のない海辺に朝子を置き去りにする。この感情のなさ、配慮のなさに身勝手な麦(ばく)だからと納得してしまう私は映画に洗脳されていたのかもしれない。加えて、無一文となった朝子は東北の仮設住宅に住むおじさんにお金を無心する。この時もすべてを捨てて来たんだからと不思議に思わなかったけれど、さよならパーティーのお会計をしようとした時に財布を手に持っていたし、カードもあったりしたのではないかと今になって思う。
さて、最後に大阪に移転した亮平を訪ねて朝子が謝罪に来るけれど、もちろん、亮平は拒絶した。しかし、麦(ばく)への思いを断絶した朝子に戻るところはなく行く当てもない。飼い猫を探し徘徊する朝子を亮平が受け入れて、幕となる。亮平はわざわざ口に出し、朝子を信用することはないと告げる。

内心は穏やかではないのかもしれないけれど、その感情を露わにすることはほぼなくて、無軌道な行動のとばっちりを受けたことに無機質に反応しているように感じた。感情を露わにするのはまわりの人たちだけであって、麦(ばく)に感情の激昂はなく、亮平も朝子も激昂することはあってもわずかである。それよりは女優マヤに抗議する耕介の激昂のほうが激しく、朝子に言い募る春代も激しかった気がする。
さよならパーティーの席に同席した麦(ばく)の冷静な居ずまいと静かな怒りと恨みを抱いた顔をした亮平の東出昌大の対比に彼の演技が一番光ったように思えた。しかし、それは演技力というよりは演出力のなせる技かと訝しむのは彼を認めない私の心の狭量さかも。
物語の展開力はあまりに稚拙に思える。
敬遠していたものはわざわざ見るものではない。



amazon prime video にて

2018年/日本・フランス/119分/

監督: 濱口竜介
原作: 柴崎友香
脚本: 田中幸子 濱口竜介
出演:東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知、仲本工事、田中美佐子

お薦め度
「​ 寝ても覚めても ​」★★(40%)
映画.com3.3/Filmarks3.5
IMDb7.1/10





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最終更新日  2026.08.08 13:44:03
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