全5件 (5件中 1-5件目)
1
山の中腹にある細い道を辿ったところに、その寺院はあった。朱色の小さな山門の前は、手入れのされていない潅木の葉がふさぐように覆っている。それは人が住んでいないことを示していた。地図に記されているこの寺院がここに存在していることすら、生まれてから長くこの都市に住んでいながら知らなかった。長く伸びた葉を手で押し分けて中に入ると寺院として使われていた建物と隣に住居が現れた。住居の前には白いテーブルとしゃれた椅子が三脚出されたままになっていて、かつてここで涼しく過ごしていた時間が存在していたことを主張しているみたいだ。どれくらい前にここの住人はここを去ったのだろう? なぜ去ったのか? 主人や家族の病気?それとも経済的理由? とにかく、ここで暮らしていた人たちは、一定の時間をここで暮らした後、無常の法則に従うようにここを去っていったのだ。狭い境内には、歌碑らしい石碑がまだ美しい光沢を見せて建っている。 住居が朽ち始めているのに比べて石碑は時間の蹂躙をいなすようにして存在していた。歩を進めると住居の隣に竹林があることに気がついた。 静かな竹林の中を風が吹き渡っている。降り積もった枯れ葉の中に30センチほどの竹の子が出ている。 見渡せばそばに数本の竹の子が顔を出している。 だれも取りにこないまま、竹の子は伸びていって、大きな竹になるのだろうか。風が竹の葉をゆらす音を聞きながら僕はその寺院を後にした。
2015年05月10日
コメント(0)
表札の無い家に対する印象は、一言で言えば覆面しているみたいだということ。家が世間に向かって、「あたしゃ、何者でもないからね。」「あたしのことは構わないでほっといて。」と言ってるみたいな感じがします。郵便屋と近所の人が知ってればそれでいいの、という気持ちなんでしょうか? せっかく綺麗な新築の家を建てても、家が覆面されてしまったみたいで、何か中途半端な出来栄えの家に感じてしまいます。それに対して、綺麗で大きな表札を出している家は、堂々と世間に向かって顔を向けているようで気持ち良く感じますね。中には、家族全員の名前まで、ずらっと並べているお家を見ると、開放感があって度量のひろい家という印象を受けます。表札って一言でいえば、家の、外に対する気持ちの現れみたいなもんじゃないでしょうか?あまり、おおっぴらに出したくないのなら、小さくポストの端にでも書いておいたり、アルファベットで目立たない場所に示すのも一案だと思います。この仕事をしているから言うんじゃないけど、表札を出してない家は、家が家族によって目隠しされてるみたいで、家が苦しんでるみたいです。僕も、小さいながらも表札は出してます。
2015年05月07日
コメント(0)
住宅地図作成のための調査員がすることは唯一つ、名前と住所を知ることである。そのためには、他人様の玄関をのぞき見なければ仕事が成り立たないのだ。この行為が、こそ泥君や詐欺師たちととても似ているというか、ほとんど同じなのでそれが悩みの種。特に昨今のように、異常な個人情報保護意識の時代のせいで、表札を出さない家がとても多くなっているのはいっそう調査員を苦しめている。胡散臭そうな目つきで見られるのは当たり前、中には他人の名前を知ってどうするつもりだ、とすごんでくるような輩もいるのだね。これを僕は「地雷」と呼んでいる。まったく表札を出していない家には、仕方なく、呼び鈴を押して、直接訊くしかないのだがこれが結構ストレスになる。 応対に出た人の表情に浮かぶ猜疑のあらわれにこっちの気持ちも萎えながら丁寧に身分を言って、名前を教えて下さいと頼むわけ。何百、何千とこれをやっていると、そのうちに、絶対に会いたくなかった人種と会ってしまうことがあるのはやむをえないというものか。「政府でもないのに、何が調査だ!」とか「個人の会社がそんなことをしていいのか?」とか「法律違反じゃないのか。」とか好き勝手なことをほざきやがるのですね。これは法律違反ではなく、認められている行為だと説明しても解るような頭を持っておられない方々なので、内心では「おおばかやろうのわからずやめ!」と思いながらも、適当に切り上げて辞するのですが、しばらくはこっちの気持ちもムカムカしたままですな。こういう「地雷」を踏んでしまった時は、無性に人のやさしい言葉に飢えてしまうのです。みなさんもこんな地雷には決してならないようにしてね。
2015年05月06日
コメント(0)
このバイトを始めて、一番痛切に感じたことは、人の住居の示す「傲慢さ」と「やるせなさ」だ。自分の住む近所には豪邸と呼ばれるものが無い。これは偶然だったのかわからぬが、幸運だったのかもしれないな。バイトを開始するとともに、世の中にはこんなに豪邸が多いのかとびっくり。 日本人は金持ちだと世界的には 見られているらしいが、なるほどそうなのかもと思った次第。今まで街を歩いたり、バイクで通っていたころには全然気がつかなかったのだが、本当に豪邸、もしくはそれに類する家を構えている輩が結構な数で存在している。それも山の上とか郊外のそれっぽい住居の集まった所ならともかく、まわりに普通の人々の暮らしている町中にどーんと広い敷地の豪邸を構えている輩が少なくないことにびっくり。外車や高級車を何台も車庫に並べて、平然と町の人々の中で暮らしていく神経は俺にはないな。普通の人々(あえて言うが、こんな豪邸を構えている輩は異常な人々と呼びたい)がどう感じるかなど考える神経など持ち合わせず、生きているこういう連中には、いずれふさわしい所に死後行ってもらいたいものだ。
2015年05月05日
コメント(0)
住宅地図会社の調査員のバイトをやってみた。(現在もしている。)そこで感じたことなどを、少し書いてみようかと思う。まず、今日の発見。そこは昔、ラブホテルであった。 造りを見れば一目瞭然、それっぽい部屋が並んでいるのが外からもわかる。そうだ、確かにここは30年ぐらい前までラブホテルだったよな、と記憶が蘇える。今、その建物を個人が買ったか、借りたかして、住んでいるのだよ。考えてみたまえ。 不特定多数のやからが、「アヘアヘ」した所で居住するということを。なんという、シュールな人がこの世にいることか。 ごはんを食べたり、音楽を聴いたりしているところで、その昔やりまくっていたんだよ。人好き好きだけど、少し驚いた。
2015年05月05日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1