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naomin0203 @ Re:危ない危ない・・・暑くてか?(07/28) New! それは怖い!!! よくぞ事故を回避。 昔…
2008.07.08
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カテゴリ: 千の風になって
夜の8時半頃自宅に帰ってきました。
私達は帰る道すがら、私の実家の両親に大樹を迎える準備を頼み、
北海道の私の弟に連絡をして 辛い報告をしました。


2000年の6月に同居している義父が老衰のため亡くなり、お葬式をだしていました。
その経験からこれからしなければならない事の多さを考えて
家に着いたときから、泣いてばかりいられません。

夕方のニュースも新聞報道も住所が金沢の寮の住所であったため
私の息子と後で知った方もおられました。

とにかくセレモニーの会場を決めようとしていた時に 会社の方が来て下さいました。

これからの事をサポートいたします。何でもお話ください。」
地元から支社に勤務されておられる方でした。

主人の弟家族、近所の知人びっくりして来ていただきました。
セレモニーの会場も決まり、玄関に喪中の紙を張り
そして、ひっそりと静まりた座敷でぼ~としていました。

座敷の隣の部屋は80半ばの義母、大樹の両脇に私と主人。
何年ぶりに川の字になって寝ました。
私達夫婦も言葉も無く、義母も言葉も無く、ただ横になっている。
寝て起きたら、みんな夢であって欲しいと!
寝れない夜が過ぎていきます。
ただ冷たくなった大樹の体をさすり続けながら。


2歳下で同じ野球部にいたので 大樹の友人から相当の連絡が入っていたようです。昔ならば家の電話ですが今は携帯ですね。
大樹の携帯もその頃は次男が持っていました。

大樹の同期には野球部はいませんでしたが、次男と同級の野球部後輩が職場や寮にいました。私たちが家を出た頃、職場には死亡の連絡が入っていました。それはすぐに伝達されたそうです。

事故の翌日も勤務が入っており、相当の勤務変更をしなければならなかったと思います。事故後大樹の変わりに運転した同僚が、「泣くのを我慢して運転した」と報告してくれました。

友人たちもその日の晩は眠れぬ夜を過したと教えてくれました。


牛と話す

2005.10.13ツーリング中 牛と話をしています。
何を話しているのでしょうか?







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最終更新日  2008.07.08 22:59:04
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