タイとタイ語に魅せられて

タイとタイ語に魅せられて

PR

×

カレンダー

プロフィール

Lamyai_daeng

Lamyai_daeng

サイド自由欄

★タイ旅姉妹ブログ★
『タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~』


★オススメのタイ語学習★
☆タイ語教室(カフェレッスン)☆
タイコムランゲージセンター

☆タイ語入門書☆
『らくらく話せる!タイ語レッスン』 ナツメ社

バックナンバー

2026/07
2026/06
2026/05
2026/04
2026/03

コメント新着

サブロウ@ Re:ヘルファイア・パス 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[16](11/06) 参考になりました 近日中に訪問してみます…
さわでぃん@ Re:サタヒープ海軍基地内へ サタヒープ海軍基地内のビーチへ![6](10/29) このブログはどこかに移転したのでしょう…
サイコロ@ Re:サタヒープ海軍基地内へ サタヒープ海軍基地内のビーチへ![6](10/29) はじめまして、だいぶ前の記事ですが、調…
ウーテイス @ Re:プラナコーンキリ ペッチャブリー城壁を探して[2](12/04) 人生の達人。タイの国民性素晴らしい! …

お気に入りブログ

🔥2026年 7月も残り… New! かもめ72&35さん

ハチロクと暖房車 … New! GKenさん

一時帰国 2026… New! masapon55さん

三河観光 放浪の達人さん

わたしのブログ ウーテイスさん
バンコク竹亭日記 バンコク「竹亭」さん
法喜が語る 法喜さん

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2013/03/07
XML
テーマ: タイ(3476)
カテゴリ: タイ旅行記
バンプー保養地(サターン・タークアーカート・バンプー)の入口から


今回の旅の目的は、実はコレを見ることなんです。


  • 06_01.jpg


こちら側は英語表記です。
反対側に回ると・・・


  • 06_02.jpg


やっぱりタイ語表記!
どちらかと言うと得意なこちらを翻訳してみます。



太平洋戦争歴史記念碑


上陸した。同時にプラジュアップキリカン、チュムポン、ナコンシータマラート、
ソンクラー、パッタニー各県にも上陸し、また陸上部隊がアランヤプラテート方面から
進入した。

 タイ側部隊は、地方警察1小隊、少年義勇兵、サムットプラーカーン県からの住民で
構成され、この地点の北西約2kmで道路を封鎖した。双方がまだ交戦をしないうちに
タイ政府と日本政府の間で大日本帝国軍のタイ国内通過を認める合意が成立した。

 サムットプラーカーン県全集落の住民が一致団結して、勇敢に、身と命を捧げて
国家の独立を守ったことは明らかである。よって模範として称賛し、全タイ国民に
語り継いでいくべきである。




真珠湾攻撃と同日の1941年12月8日(月)未明、
日本軍は、まさにこの先の海に突き出た橋に上陸したのです。


基幹とする部隊(吉田支隊)。

吉田支隊は、12月3日にサイゴンから白馬山丸(三井の商船?)に乗船し、
ベトナムのフーコック島付近で3日間待機の後、7日に出発。

8日の午前3~4時の間にタイ側から抵抗を受けることなく
この先の スックター橋 に上陸しました。

同部隊の任務は、上陸後すみやかに バンコク へ移動し、
チャオプラヤー川 に架かる国鉄南線の鉄道橋、 ラマ6世橋 を占領すること。


同部隊を誘導するために、在タイの「軍人を中心とする屈強なもの」が別働隊を組織し、
バンプー海岸 へ赴く手はずになっていました。

で、別働隊と同部隊は合流したものの、上記記念碑の文面のとおり、
タイ側とにらみ合いこう着状態に。
タイ側とは極力戦火を交えず平和裏に駐留する方針だったからでしょう。


実はこの風雲急を告げる事態の際に、タイのピブーン首相はバンコクに不在で

ピブーン首相との間で協議が開始したのは朝7時半。

ピブーン首相の態度が判明(のち、午後3時頃に日本軍通過協定正式調印)したのを
受けてようやく吉田支隊は自動車で前進し、13:40頃 バンコク に到着しました。


なお、フランス領インドシナ(カンボジア)に駐留していた近衛師団も先遣隊が
8日朝にタイへ陸上から侵入開始、9日未明に ドンムアン飛行場 に到着した後、
ルンピニー公園 へ前進。
主力も9日午後 バンコク に入り、 ルンピニー公園 で合流。その後
チュラロンコン大学 に司令部を設けたようです。


…という驚くべき歴史の一場面が71年余り前、この場所で起きたんですね。
暑いにもかかわらず、思わず身震いしてしまいました。


さらに歩を進めます。


  • 06_03.jpg


門のような建物が。
プミポン国王の大きな写真の下には 「スックター橋」 と書かれています。

この先が、その、日本軍が上陸した橋ですね。
いざ!







<交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:74バーツ

※旅は2012年12月28日(金)に行いました。
※時刻を修正しました。(2013年3月11日)

<参考>『マレー進攻作戦』防衛庁防衛研究所戦史室、朝雲新聞社、1966年


つづく


  • バンプー保養地.jpg





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013/03/11 11:23:21 AM
コメント(14) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: