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私はいつも
彼女の乳房を思い出す
ほら
と
左の口元だけ笑いながら
私の手を掴むと
躊躇いもなく
自身の胸へと引き寄せて
そのしこりに当てた
ちいさかったころ
一緒に遊んだビー玉が
そんなところに入ってしまったの
だろうか
などと
遠のく思考を
繋ぎ止めるように
冷えていく指先
どちらかが失恋すると
必ず二人で行った
鎌倉の海は
何もかも問題ないような穏やかさで
包んでくれたけれど
「もし、悪性でも、産みたいの」
そう言い残して
彼女の消えた雑踏は
引き潮のように
私だけを置き去りにした
いつかの海に
独りで佇むような心細さで
無音の波に打たれ続けた
数日後
「良性だったよ」
と報告を受けるまで
胎児もまた
無音の波に
暖かく守られていたのだろうか
それとも胎児が
彼女の決意と畏れを包むように
守っていたのだろうか
私たちはまた
いつでも
二人で
鎌倉の海に行くことができる
けれど
いちじくを囓るとき
紅く開かれた
無抵抗な果実に
私はいつも
彼女の乳房を思い出す
秋さんこんにちは。またお会いできて嬉しいです。
突然ですが、この地球上には女(メス)と男(オス)がある。
これにはそうである理由がある(らしい)のですが、原始地球には、生物は卵子だけだったようです。そこに後から精子が出来上がったのですが、それは次世代に繋ぐ遺伝子の伝承のために、いわば付属的必要だったようです。
いずれにしましてもメスとオスは必要なパートナーとなったわけですが、そこにはそれなりの役割器官が必要でした。女に乳房が必要なのもそのためです。(と、俄か仕立てのことを前提にして)
彼女は乳がんではないかと疑っている。
そのために様々な葛藤を抱きながら、悩んでいる。それを傍で見守る作者も不安な想像を想う。そこを鎌倉の海に託して、その想いに揺れるのです。
が、
では「イチジク」は何のためだったのかと不思議でした。イチジクの形状から発した乳房への想像では、秋さんにしては安直です。
「イチジク」は無花果として、それだけで充分成立出来る詩材だと思われるからです。。
私は20年前に「無花果」と言う詩を書きましたが、花弁の中に花を咲かす無花果の姿態と生命力に対して、とても刺激的だったことを思い出しました。そのためか「イチジク」に対して必要に敏感なのかもしれませんが、折角の詩材です、「イチジク」だけでもって詩を完成したいと思われます。
とは言え、詩の完成度は高いものです。
お作、「佳作」です。