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学生時代、OCNのコミュニティで詩を書き始めたのが私の原点です。その後、mixiや個人ホームページ、楽天ブログ……と、形を変えながら言葉を紡いできました。(ホームページ作成は、少しハードルが高くて挫折してしまいましたが笑)楽天ブログも活用していましたが、どうしても広告が気になってしまい、心機一転、ずっと気になっていたnoteを始めてみることにしました。現在は過去の作品を少しずつ投稿していますが、一通り出し切った後は、月1回ほどのペースでゆっくり更新していく予定です。また、俳句については「mixi2」の方で詠んでいこうと思っています。もしご興味があれば、のぞいてみてくださいね。【noteはこちら】https://note.com/aki_sayaka
2025.05.15
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雉が鳴いていた集会所のそばを流れる川の向こうどこまでもどこまでも遠くへ届くような切ない声が咲き出した桜とともに暖かな空気を満たしてゆく視界の片隅では首を擡げて静かに休む重機が夕焼けに染まっていたいつのまにか切り開かれた雑木林風景に開けた穴を灰色に塗り潰しながらわたしたちの生活はどこまでもどこまでも便利になっていくどこまでいけばわたしたちは満たされるだろうどこまでいけば雉たちの母性を根ざす地は守られるだろうざわざわと微かな不安を連れて明るい夜がくる夜空を駆け抜けるような貨物列車の音は人の営みを愛おしく感じさせるけれどその早さで時も運ばれていたかのようにわたしがここに越してきて七年が経っていた様変わりした町並みここがかつてどんな風景だったのか思い出せないことに気づいてまだ残されている緑のひろがる草原を咲き出した桜とともに写真に収めた耳を澄ましてももう雉の鳴き声は聞こえない◆いただいた評◆キジか、ステキですねー。あれはキレイだ。たぶん鳴いていたあたり、巣があったんじゃないですかね。宅地開発された一帯は、元は山だったということなんだと思います。ちょうど小山の上端をスパッと切ったような台地にして、新しい町ができることがありますが、そのパターンかも。特に地上動物より、鳥の方が、空からの位置関係で場所を覚えてるみたいで、開発されて様相がすっかり変わっても、なかなかその場所を離れない傾向があります。なんにしても、キジが見られたのはステキだ。貴重です。詩ですが、1~9連までが転居されて最初の頃の話で、10~12連が時の経過を表す部分、13連からのラスト3連が現在なんだと思って、読みました。10~12連のところと風景に開けた穴を灰色に塗り潰しながらわたしたちの生活はどこまでもどこまでも便利になっていくの6~7連のところ、特にステキな表現ですね。ちゃんとした意味を持ちながら、抽象性をもった比喩表現で描かれています。このあたりのステキさは、さすが!です。重機のシルエットのとこも、なかなか。もう雉の声は聞こえませんか? 雉の寿命は10年もないらしいですから、あたりの開発が進んでることもあるでしょうが、まずもって前の個体が亡くなった可能性があります。3連からすると、繁殖期のオスの声だと思うのですが、声が聞こえないのは、繁殖期のオスが、その後は誰も来なくなったということであり、生息数自体が減った、ということで間違いないと思います。それは残念ですね。山側だけでなく、案外と、河川沿いの草原なんかも好きなんですけどね。たぶん河川沿いの環境も変わってるんじゃないですかね。御作、名作です。後ろから2連目。今残ってる風景を写真に収めた、というのは、たぶん事実としてそうなされたのだと思いますが、時系列のことだけ言いますとね。様変わりした町並みここがかつてどんな風景だったのか思い出せないことについて残されていた写真を眺めた耳を澄ましてももう雉の鳴き声は聞こえない過去の写真を眺めた、とする方が、話としてはくっきりするので、アリはアリです。現行の後ろから2連目って、やりたい意図はわかるんだけど、具体的な様子がわりと掴みにくいんですよ。「何もない場所」がどんな場所を指してるのか、映像としてわからないからだと思う。
2025.04.15
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まだ落ちない まだ落ちないそろそろ落ちそうあ落ちるもうそんなふうにいつのまにか眠りに落ちていることが怖くて意識と無意識の境目を探ろうと布団の中のわたしは何よりも真剣だった真剣に切実に眠ろうとしていた幼かったわたし得体の知れない恐怖を抱えてたそがれ泣きの延長にいたのだろうか目が覚める保証などどこにもないのにどうして気安く眠れよううすらうすらと虹が消えてゆくひこうき雲が消えてゆくわたしが消えてゆく何度やっても残酷なほど眩しい朝日で目覚め意識と無意識の境目を知ることはできないのだと諦めたときわたしはすこし鈍くて脆い大人になったそうして今はもうなにも怖くないけれどただ時々白昼にうとうととついうっかり落ちた眠りから覚めると今が朝なのか夜なのかここは一体どこなのかわたしは誰だったのかからっぽな空へ放り出されたような感覚に脈打つ鼓動遠のいていく今しがたまで浸かっていた夢の名残惜しさを振り切って過去と未来を繋ぐ記憶を必死で手繰り寄せながら幼稚園バスの心地よい揺れにたやすく眠りに落ちているだろうあの子のお迎えに慌てて駆け出してゆく◆いただいた評◆なるほど。幼児期に、眠りに落ちる寸前のまどろみから、眠りに落ちる瞬間が怖かったんですね。眠る側に素直に行けない。境目にいる時の得体の知れなさというか、もう半分寝てるにもかかわらず、全部そっち(睡眠)に行って本当にだいじょうぶなんだろうかと思う、ためらいというか恐れというかで、一部だけ覚めてる意識があったんでしょうね。なんとなくわかります。すんなりと眠るに任せないで、自分で途中でブレーキかけようとしちゃうんでしょうね。でもその意識って、残り1~2割みたいなもんだから、結局すぐ寝ちゃう方に転ぶんですけどね。9連の、虹やひこうき雲の表現も、ステキですね。10連ですが、これくらい書いてもいいかも、です。何度やっても残酷なほど眩しい朝日で目覚め意識と無意識の境目を知ることはできないのだと諦めたときそして大人へ。現在へ。疲れてるのか、結構眠りが深そうですね。今が朝なのか夜なのかここは一体どこなのか わたしは誰だったのか からっぽな空へ放り出されたような感覚に早く脈打つ鼓動これ、すごくわかるグッドな表現ですね。一瞬ですが、今が昼なのか夜なのか、自分はどこで寝てるのか、探すことがあります。(日頃から、自分のベッド以外で仮眠を取る習慣がある人は特に、どっちにいるか一瞬わからなくなる。)16連から17連への橋渡しのとこですが、修飾語取った方がスッキリしていいかもしれませんよ。からっぽな空へ放り出されたような感覚に脈打つ鼓動遠のいていく今しがたまで浸かっていた夢の名残惜しさを振り切ってこんな感じ。終連。自身の幼児期の話から始まったこの詩ですが、ラストでは今は自分の子が幼児であり、お迎えに飛び出していくところでエンディングとなります。これ、映像だと二人の幼児が重なってて、おもしろいでしょうね。表現上も、故意にそこを強調してもいいかもしれません。うむ、細かいところちょっとありますが、名作を。まどろみから寝落ちするところの瞬間、この意識と無意識の境目って、一度は書いてみたいテーマですね。果敢な挑戦が好感でした。まったく余談ですが、眠ったら、このまま起きないんじゃないかという恐怖は、老人になると再燃しますよ。(まんざらウソでもなくなるので・・・。)
2025.03.19
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宵闇の匂いに満ちる帰宅途中仄明るい改札を出るとぽつりぽつりと雨が降っていた仕方ないので濡れて帰ろう疲れていて走る元気もないから諦めの歩調で雨音に包まれる雨音というけれど雨に音はないのだとふと思う何かと触れ合ってはじめて音を奏でる半透明のビニール傘色褪せてひびの入った煉瓦鯉のゆらめく緑青の池触れて流れて落ちてそれぞれの音を奏でる雨音は物言わぬ物たちの声街頭に照らされる細かな雨粒は無音のまま光って砕けて咲いてわたしを濡らす言えなかった言葉伝えられなかった気持ちを思い起こさせてわたしの声もまたトタン屋根や切り株や小窓の声と混じり合う幾層にも重なり合った雨音がさびしい物たちを慰めてゆくやさしく安らかな雨の夜◆いただいた評◆さやかさん、今朝は雨音で目を覚ましました。そして、今も雨が窓に当たる音に気持ちが落ち着きます。作品、なんだか勝手にラブレターみたい、と読ませていただきました。そういう私情を差し引いてもとても素敵なストーリー、目線の作品でした。佳作です。何よりも素敵だったのは、「何かと触れ合って/はじめて音を奏でる」という部分です。言われてみればそうだなあと深く共感しましたし、それによって相手によって「それぞれの音」を奏る代弁者として扱っているところもとても心に残りました。さらにそれは雨だけのことではなくて、いろんなことに想像を広げて、人生観のようでもありますね。自分の声も相手の声も、響き合っていく、そういったハーモニーが繋がっていくのが雨の美しさと相まっていました。
2025.03.04
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琥珀色の光を柔らかく振るわせてすこし切なく響きわたっていた放課後のチャイムせっかちに号令を言い終えると一斉に校庭へ駆け出す子どもたちみなちりぢりになってそれぞれの遊具をめざしたブランコ空中シーソー恐竜のほね回旋塔鮮やかな原色たちの纏う凛とした冷たさが子どもたちから放たれる熱と混ざり合う砂ぼこりのなかランドセルを放り投げ身軽になった体は なにも恐れずいきおいよく 回旋塔をまわしてまわして 風を起こす ブランコを大きく大きく漕いで飛び込んでいく 自分だけの空へ◆いただいた評◆放課後のチャイムがなって、みんながわっと遊具に行く、解放感とウキウキ感がよく描かれています。子供の頃って、ブランコを大きく漕いで空中に浮き上がると、空に届くんじゃないか、くらいの別世界感があったような気がします。あの感情も童心ならではものであったのでしょうね。3連の、 せっかちに号令を言い終えるとは、小学校の頃の、一日の最後の挨拶のことですね。(私の低学年の頃は、「先生さよなら、皆さんさよなら」でした。今は違うんだろうなあー)遊具なんですが、今は(危ないからと)なくなっている公算が高い遊具が、さりげなく含まれていて、遊ぶシーンは、作者の回想にすり替わって、描かれているようです。序盤の詩の入り方からすると、現在の話のような感じがして読み進んだのですが、もしかしたら、そもそもこの詩全体が回想なのかもしれませんね。(前作の続編で書かれたものだとすれば、あり得ますね)また、少しうがった見方をすると、それらの遊具がなくなったことに対する小さな反逆の意志を示した詩であるかもしれません。今は放課後のチャイムがなっても、みんながわっと遊具に行くなんて光景はないんだろうから、やっぱりこの詩全体が、回想とみた方がよさそうです。前の詩で、塾じゃなくて、みんなのところに行きたかったという光景が、きっとこれなんでしょうね。なお、全体が回想ということになると、詩の出だしで少し動詞の過去形とか入れた方がいいと思います。最後のブランコのところ、ちょっと気になります。無難にこれでいいのでは??? ランドセルを放り投げ 身軽になった体は なにも恐れず いきおいよく 回旋塔を まわしてまわして 風を起こす ブランコを 大きく大きく漕いで 飛び込んでいく 自分だけの 空へ一考してみて下さい。文体がキレイなのは、さすがです。秀作プラスを。
2025.02.19
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20代のとき暇つぶしで作ったいろはうた。ずっと眠らせていたものですが、現代いろはうたのサイトに掲載していただけました。https://www.ntt-i.net/IROHA/
2025.01.15
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割れた柘榴を見つめていた夕焼けを吸うたびに満ちてゆく内側に耐えきれず割れてしまったのだろうかぎっしりと詰まった一粒一粒の赤々と透きとおる果肉がわたしの脈と共鳴しあうように輝いていたそれは小学校低学年のころ毎日の習い事が幼さを味わう余白を塗りつぶして頼りなげに寄れた紙を鞄に詰めてゆくそうして帰り支度をしていると個人塾の玄関に飾られた割れ柘榴が目に飛び込んできたのだ無性に喉が渇く初めて見るその瑞々しい輝きに釘付けになったわたしはおもわずひとつぶを口に含んでしまったちいさな果肉が口の中で弾けると罪悪感がからだじゅうに広がってゆくその種をどうしたか覚えていないけれどおそらく一緒に呑み込んでしまったのだろう幼い腑に撒かれた罪の種は波紋をおこし沈めていた渇望を露わにしてゆくみんなと遊びたいみんなと遊びたい放課後の校庭の広さと自由さのなかで蘇る遠いチャイムの音耳を塞ぐようにしてその家を出た無邪気に駆け回るはずだった靴を履き逃げるように駆けた夕闇の迫りくる下り坂加速してもつれそうになる足自分の影に責められながら自分の影に飲み込まれてゆく母の胸で告解し泣くことができていたらどんなに良かっただろう烏たちはわたしを見放すように逆光の山々へと去り沈んでゆく夕陽はもう昇らないような気さえしたその日から幾度ただいま、と言っただろう渇望を押し殺したその声の翳りに母が気づいてくれることをただ願ったいずれ腑の底でこの種が発芽して血のような花が 開いてしまう前に◆MY DEARにていただい評◆序盤の柘榴の描写がまず見事ですね。柘榴は、夕焼けを吸って満ちていくんですね。だから、あの赤なんだ。また柘榴の果肉は、自身の脈とも共鳴しあうという。詩は、小学校低学年の時に抑えていた衝動があふれ出したのも、この果肉を口にした時だったと思い出します。たぶん親に言われて小学校低学年から個人塾に通っていたのでしょう。学校の友達と遊びたい盛り。それを抑えて通っていた。「遊びたい」と訴えたいけれど、小学校低学年であれば、親の言いつけにNOと言うこともできず、ただただ、暗い声でただいまと言っていた。けれど、本当はその言葉の中にある影に気づいてほしかった。そういう内容の詩かと思います。小さい子供ゆえに、親にはっきり言えないつらさを抱え募らせてゆく、そういう哀しさ、もどかしさを感じる詩でした。また、柘榴の一粒を盗み食い(きっと誰も叱らないと思うけど)して罪悪感に襲われるところ、その一粒を飲んでしまうところ、抑えていた感情が溢れて走り出すところなど、読んでて没入する詩行の連続でしたし、柘榴を描きつつ、柘榴を介した自身の情感の描写がステキでした。名作を。一点気になったのが、さっきまで無邪気に駆け回るためだった靴を履き逃げるようにその家を後にしたの連で、靴の描き方がギクシャクのと、ここがちょっとはっきりしないせいで、私は初見で、これ、脱走して走ってる(遊びに行った)のかな? どっちかな? と迷うところがありました。で、案ですが、その前の連の「チャイムの音」を受けて、耳を塞ぐようにしてその家を出た無邪気に駆け回るはずだった靴を履き逃げるように駆けたこんな案はどうでしょう?そこだけ一考してもらったら、代表作入りでいいと思う。あと、ラストの4連、今のままでもよいけれど、並びを変える手もありますその日から幾度ただいま、と言っただろう渇望を押し殺したその声の翳りに母が早く気づいてくれることをただ願った腑の底であの柘榴の種が発芽して血のような花が開いてしまう前にまあ、これはどちらでも。いちおう提示。
2024.12.24
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空が濃くなってきたからもう海が近いね車を運転しながらあなたが言った空が濃いってどういうこととわたしが問うと海に近づくと空の青が濃くなっていくでしょと当たり前のように答える初めて聞いたその新鮮な感覚にときめいて遠い空を見つめる小学生のころ受けた色覚検査で色弱だと告げられて以来わたしの見る世界は人と違うと知った眼鏡屋さんの補正メガネで見た世界は鮮やかで明るくて美しすぎたからこのままでいいと買わなかった曇天に溶けてしまう桜の輪郭も黒と深緑のワンピースの区別も火が通りきらない肉の赤さもわからないけれどすべてあなたが教えてくれるからわたしはこの色褪せた世界を安心していつくしむことができるここはわたしが思うよりも鮮やかで明るく美しいのだと分かち合えないものを分かり合うために想像する海へとつづく道の途中絵筆からこぼれる一滴のようにあなたの詩情がわたしの空を青く深めてゆく◆いただいた評◆わあー、ステキなお話ですね。なんか、キュンとくるぞ。私も乱視起因の遠近がわからなくなる苦手な色があるのだけど、なんにせよ、自分の弱点をあなたの愛情がカバーしてくれる、共に歩んでいける世界が美しいという愛情表現が、とてもステキです。まずもって人生を俯瞰するところまで話が来てるのがいい。また、冒頭、 空が濃くなってきたから もう海が近いねの言葉が、私もちょっと不思議に思った謎かけのような言葉で、だからこそインパクトもあり、その理由が知りたくて、引き込まれるように先を読み進みます。まあ、本人の言は、堂々巡りなものでしたが、これを契機に作者の色弱の話に派生していきます。子どもの頃、メガネ屋に行って、でも買わなかった苦い思い出がある。しかしながら今、色弱でも困らない理由として、あなたがいる。愛情の話へと繋がっていきます。また、ラストの3連もキレイですよね。 絵筆からこぼれる 一滴のように あなたの詩情が わたしの空を 青く深めてゆく色彩弱く見えている作者の視界は、あなたの言葉(詩情)によって、鮮やかな色に変えられてゆきます。そして、この終盤において「空」は、今見えている空だけでなく、二人の人生の空もまた、そのようであるという暗示に富んでいる。両方を比喩した、とても美しい表現だと思います。名作&代表作入りを。
2024.10.01
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秋になったら詩集を読みましょう懐かしい夜気に包まれて他人事のような思い出に浸る秋の宵思春期からずっと寄り添い続けてくれる静かな言葉たちは散る銀杏が大地をあたためるように淋しい眠りのなかへ降り積もってゆきます音楽は絶え間なくそこにあり続けるでしょうけれど詩はどこにあるのでしょういつか心許ない夜の片隅であなたが手を伸ばしてくれるのをただそこで待っていますささくれだった指先でなぞる星座のように静かに輝く言葉たちは絶え間なく耳にする音楽や絶え間なく目にする小説にはきっとかなわないけれど途切れとぎれ明滅しながらいびつなこころを美しく象るでしょうそうしてこぼれる声の切なさとあたたかさに気づいてほしいのです秋になったら◆いただいた評◆さやかさん、残暑が厳しいですね。お待たせしました。「わ〜い、秋さんの秋になったら」と一人はしゃいでいましたが、早速拝見させていただきました。詩集と言葉と星と、そして私、そんな作品は秋にふさわしいですね。作品が描き出すイメージ、そして、そこに息づく主人公のキモチがとても柔らかく絡み合っていることがこの作品の最大の魅力です。佳作半歩手前です。少し細かいのですが、例えば、八連ささくれだったから始まる部分です。ここはとっても素敵な表現で大切な連になっています。この部分から繋がって強く光を放っているのは星座であり、複数の星であることがわかります。一方で「一番強く光を放っている」という部分で、なんとなく、一つだけ光っているような印象も受けます。これは星座の中でも特別光る星があることからのイメージなのかもしれません。ここだけ、ほんのちょっとの違和感がありました。ここからは秋さんのイメージしたものがあると思うのでそこに近づけてほしいなと思います。とはいえ、とっても素敵な作品でした。うっとりでした。
2024.09.16
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ようやく祖母の通夜が終わり帰りのマイクロバスに乗る熟れきった疲れを背もたれに預けて目を閉じると日本は何県あるんだっけなどと年老いた親戚たちのとりとめのない会話が聞こえてくる無垢な白髪を夜へ浸しながらそんなことも朧げになってゆく死を畏れないためのやさしい忘却の果てで祖母は眠っていた死にたい死にたいと言う人だったけれど忘れてゆくことは畏れていたそれとも忘れられることを畏れていたのだろうかゆらめく記憶の尾鰭を追いかけているととつぜん大きな破裂音がして窓に映るわたしと目が合う親戚たちの会話はあっけなく途切れみな一斉に見つめる窓の外夜を喰らうように打ち上がる花火の鮮やかさが夜に濡れた瞳を占領する歳を重ねて大切なものを失ってゆくたびに色褪せていった花火だけれど今夜は泣きたいほどに美しかった夜を越えて打ち寄せてくる花火の振動に人生そのものが肯定されているような歩くことと葛藤しながら歩く長い道のりでいつも唐突に訪れるその感覚を知っているふと立ち寄った画廊の絵画のなかでたたずむ白馬の神聖さ見上げた宇宙に包まれる流星群の天体ショーそっと抱きあげた産まれたばかりの剥き出しの命この瞬間と出会うために生きてきたそう腑に落ちる瞬間ここからまた生きてゆけるそんな瞬間が祖母にもあったはずだと思わせてくれる慟哭のように歓喜のように夜へしずみゆく花火を一心に見つめていた◆いただいた評◆うーーーん、秋さん、さすがですねー前半の美しさ、練度の高さは群を抜いています。ほれぼれしますね。祖母の通夜からの帰りですが、近親者だけが乗っている感じなので、参列者よりも遅い時間、夜9時くらいなんでしょうか。マイクロバスの中での情景と思念を描かれています。まどろみながら考える様の描写も美しいし、親戚の会話のあしらい方もオシャレです。特に5連の、 死を畏れないための やさしい忘却の果てで 祖母は眠っていたは、認知症が進んだ状態での死を、このように解釈されていて、ステキです。後半ですが、17~19連が、通夜の帰りに見た花火の感動に似た事例を、3つ並列で並べてるところなのですが、事例に入る時の入り方がちょっとマズイので(ここ事例を並べてるんだと、初見ではわからなかった)、その手前の並びを、 夜を越えて打ち寄せてくる 花火の振動に 人生そのものが 肯定されているような 歩くことと葛藤しながら歩く 長い道のりの中で いつも唐突に訪れる その感覚を知っているこうした方が良くないですかね? いつも唐突に訪れる その感覚を知っているの連の次から、その事例が始まる、とした方がいいと思います。その上で、ちょっと不明で雲を掴むように感じてしまう18連も、表現変えたほうがいいかな?と思う。以前、プラネタリウムのことを書かれていた詩の記憶があるので、おそらく18連はプラネタリウムを言ってるんだと思うのですが、ご自分でもこの場に合わない感じがあって、遠回しの言い方をされてるんでしょうけど、これちょっと変更して、ここ流星群にしてしまいませんか? 見上げた宇宙に包まれる 流星群の 天体ショーこんな感じでいかがでしょうか? その前の17連が画廊で、室内のものなので、こちらは外の感じのものを。また、ここは3つの事例の中の1つなので、前後の連のリズムに合わせる必要があり、あまり表現が長くならない方がよいところなので、これぐらいでいいような気がします。以上、事例の嵌め方の部分については、一考下さい。ラスト。祖母にもそんな瞬間があったはずだと、辿り着く思考からの、 慟哭のように 歓喜のように 夜へしずみゆく花火を 一心に見つめていたの閉じ方が、またキレイですよね。ホントほれぼれします。現状のままでも名作ですし、指摘した部分を一考してもらったら、代表作入りでいいと思います。
2024.08.31
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2024.8.4娘とテラスのようなところでご飯を食べている娘が嫌いなトマトを少しだけ切って娘の皿に乗せたするとそこに子猫がやってきて娘に与えたトマトを食べ始める可愛いのでそのまま見守っていると他のおかずも食べ出したお腹いっぱいになるとわたしの太ももにおりてきて体を丸めて気持ちよさそうに眠った2024.7.25夜明け前、ふと目が覚めると数多の星が輝いていた夜空を埋め尽くしそうな星々に感動するそんな夢だったそれしか覚えていない2024.7.13最近なにかを食べている夢をよく見るこの前もビュッフェのデザートを食べているところで目が覚めて味もとても美味しかったのでもっと夢の中にいたかったと思った今回はまずただの白飯が出てきたその上に納豆が乗せられるそしてそれを焼き海苔で包んでいく誰かが作っているその工程を眺めながらなんて斬新な食べ方なんだと夢の中ではびっくりしていたが起きてから、ただの納豆巻きじゃんと気づいたコンビニで納豆巻きをしばし見つめ、結局冷製パスタを買った2024.1.9 目が覚めると私の家じゃない 窓が大きくて開放感がある 窓の外からは海の気配 外へ出ていくとやはり海が見える 海へと続いていく階段を下っていく 空気も海も暖かく穏やかでいつまででも入っていられそう 奥さんを砂風呂のように埋めてあげてる旦那さん 私も埋めてくれようとしたが周りに人が多かったので遠慮する ちなみにみんな外国人 わたしは、「あい、、すいむ、、」とか言って沖の方へ進み海に潜った 浜の方ではバナナのラテアートの実演しますなんて声が聞こえる なんだそれと思いながら、穏やかな海の中で揺れていた こたつで寝てみた夢 2023.11.24 どこかへ向かって全速力で走っているまるで車のようなスピードで、体が勝手に走る 緑に囲まれた森を抜けると 突然の断崖絶壁 もう飛び込むしか道はないという気持ちで 身を投げ出す ものすごい高さから落ちていく どっぼーん そこは深く透き通った湖のなか わたしの体はゼリーのような水に包まれる 沈んでゆくのか浮かんでゆくのかわからないけれど その気持ち良さに身を任せた2023.7.23 目が覚めて窓の外を見ると 大雪のなか 一輪のカサブランカが咲いている 淡く赤みがかっていて 凛とした静寂を凝縮したように美しい 真っ白な雪に根元は埋もれ降りかかってくる雪に儚く揺れながら 健気に耐えている 雪の上には 誰かが脱いだ靴が寂しげに転がっている 足跡はどこにもない だれの気配もない 窓にあてた手の 冷たさに気づいて ほどけだす時間 そうだ 写真を撮らなきゃと カメラだけを持って外へ出ていこうとする ところで目が覚めた 窓から射し込む朝日 鳩がいつものリズムで鳴きだす夏の朝 この夢のなかの花を胸に 今日もがんばれる気がした
2024.07.13
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あなたがケタケタ笑うたびみずぶえの玉が回っているような気がするの透きとおったまあるい玉があなたの中のどこかにあるのかしらそのやさしい振動に澄んでゆくまわりの空気澄んでゆくわたしの心ああ今日もよく回ってる回ってるふるふると滑らかにあかるい水と触れ合うようにちいさな泉があなたの中のどこかにあるのかしらときどき光の揺らぐ瞳からその水が溢れ出してくるのでそのまま泉が枯れ果てて透きとおる玉が壊れてしまわないかと恐れるわたしをよそにまたすぐ 勢いよく回り出すころころと軽やかにきらめく水を踊らせるように※ネット詩誌MYDEARにて頂いた評をもとに推敲したものを載せています◆いただいた評◆この比喩はおもしろいねえー笑い声が水笛のよう、というのは初めて聞く、新鮮な比喩ですね。きっと軽やかにどこかがコロコロと回ってる感じの笑い声。その笑い声聞いてるだけでおもしろくて、こちらも吊られて笑ってしまう感じなんでしょうね。鳴き声がキレイな鳥がどこかで鳴いてる感じかな?4連、 ああ今日もよく 回ってる 回ってるは、家事をしながら、こっそり子の笑い声を遠くから聞いてる情景が感じられて、ステキですね。5連、 ふるふると滑らかに あかるい水と触れ合うようには、声という聴覚のものを、柔らかい触感や流体で表現されていて、この絶妙さはすばらしいですね。この詩、1~7連までパーフェクトに良いのですが、そこから後ろがギクシャクするんですよね。一案ですが、ラストの4連、 ときどき光の揺らぐ瞳から その水が溢れて出してしまうのは わたしの渇いた言葉のせい このまま泉を涸れさせて 透きとおる玉を 壊してしまったらどうしよう 恐れるわたしをよそに みずぶえの玉は またすぐ 勢いよく回り出すまたは 恐れるわたしをよそに 玉は またすぐ 勢いよく回り出すこんな感じはどうですか?泣いたカラスがもう笑う 状態の、明るい子にしてみました。「回り出した」と過去形にすると、その瞬間の話になってしまうんですが、現在形にすると、習慣としていつもそんな感じの明るい子、ってことになります。習慣性を言う時には、現在形の方がいいです。あるいは、「玉」にこだわるのをやめて、みずぶえの軽やかな音に、戻してもいいですけどね。せっかく「みずぶえ」だから。というわけで、後ろだけ一考して下さい。一考して頂く条件の、名作としておきましょう。
2024.03.27
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きみの首筋ゆふぐれと檸檬の香(きごさい恋の俳句大賞 入選)ちとせあめガリガリしちゃう七五三(娘7歳の句 NHK俳句第25回全国俳句大会 入選)
2024.02.23
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一七歳の無力さを覚えているうかつにひらいた手のひらのその軽さに打ちのめされて孤独を孤独で埋めるようにもう片方の手を重ねた 祈りとは呼べない不器用な形出会わない折り鶴たちが横たわる窓辺 分け合えない哀しみの隔たりに獅子座流星群は降り注いでいた救うことも救われることもできずに大人になることも子供でいることもできずにスマホをいじる指の軌道をまだ知らない指で流星群の軌道を寂しくなぞっていた なにも紡げない白い息の向こうで星は流れ続けた途切れてしまうオルゴールの切ない音色を繋ぐようにもしあなたもあの夜空を最期に見ていたのなら哀しみの隔たりで不器用な祈りだけは分け合うことができていたのかもしれない 役に立たない言葉掴みとれない時間とどまれない今夜できないことばかり数えていたけれど光って消えてしまうだけの星はただそれだけでじゅうぶんに美しかった 十七歳の無力さを覚えている◆いただいた評◆仔細なことを言いますが、スタートを 十七歳の無力さを覚えているかという、問いかけにすると、読者側も自分の十七歳を思うことになり、したがい、「共通項としての十七歳」がテーマになってきます。一方、自分の家族や家庭など、個人的事情に関わることをテーマにして書こうとしてる場合には、 十七歳の無力さを覚えていると、問いかけにはしないで、始める必要があります。自分語りの場合は、こっちってことですね。今回の詩の場合、前者であるので、前者をテーマとしているという認識で読ませてもらいます。 大人になることも 子供でいることもできずに 救うことも 救われることもできずに なにも紡げない白い息こういった詩行にキーとなる心情やテーマ性を感じて読みました。まだ世の中に出て何かをなせるわけでもなく、かといって子供にも戻れない。しかしながら、そろそろ将来への意志決定を迫られてる時期ですから、なにかアプローチを始めてるかもしれませんね。しかし世間はそんなに甘くない。焦りが無力感を助長するところがある時期のようにも感じています。一方で、青春の最も多感な時期でもあります。いろんなことを思うでしょう。あこがれが強い時期でもありますし、逆に傷つきやすい時期でもあります。2連の「うかつにひらいた手のひら」から始まるこの詩の物語は、私は後者の話のように感じて読みましたが、読者それぞれが想像を巡らせて読んでよいと思います。あふれる情感は、程よい抽象化が試みられてみて、どの連もキレイです。今回の詩は、洗練された叙情表現が特に続きますね。 出会わない折り鶴たちが 横たわる窓辺 途切れてしまうオルゴールの 切ない音色を繋ぐようにとりわけ、この2連は好きですね。終連の1つ前、 できないことばかり数えていたけれど 光って消えてしまうだけの星は ただそれだけで じゅうぶんに美しかったこれは、その時の作者の心を癒したのだろうと思われ、一縷の希望ですね。これが来て終わっているので、少しだけ救いを得て、読み終えられるような気がします。うむ、ちょっと高度で読むのに時間かかりましたが、名作を。初連の「一七」を、終連と同じ「十七」で統一する点以外、特に不備はないです。しっかり気合いの入った表現力でした。まあ、強いていえば、もう一つ、二つ、ヒントが欲しいけどな。
2024.02.23
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静止画のような雨の朝深碧に滲む世界その中心に一本の大樹がある冷たい雨粒を受けとめて微かに震える一枚の葉は一つの国かもしれない一軒の家かもしれない一個のわたしかもしれない向こうの枝で揺れているのはあなたかもしれないかつては小さな一本の双葉だったけれど いまどうしてこんなに遠いのだろう鳥が囁く鳥が囁かない虫が来る虫が来ない光があたる光があたらない時が流れる早ささえ きっとパタパタパタヘリコプターのプロペラ音がのどかに響く昼の空太く張られた根元から今朝の雨を静かに吸いあげるそれぞれが違う形をした葉脈はそれぞれの月の色へと透けてゆく互いの遠さを見つめながら同じ雨に満たされて病葉のざりりとした穴の向こう陽が沈む重たげな雲を光で縁取りがら沈んでゆくその残光を閉じこめてどろりと滲む樹液これはいったい誰の傷だろう誰かの傷を痛いと感じる不思議時の重さに揺れるすべての葉はゆりかごささめく寝息がいつかひとつに重なるときを待って待ちつづけて諦めのように散り希望のように芽吹く繰り返される命の満ち引き樹洞のなかへさみしい風を眠らせて降りくる夜のとばりよりも濃く深い大樹の影に包み込みこまれた地上でいつかあなたとわたしは溶けあうわたしたちは溶けあう無数の星々だけが青く目醒めている夜に◆いただいた評◆きれいな叙景と情感で、秋さんワールドに浸ってるだけで、もう気持ちいいってものがあるので、そこでまず評価は立つのですが。この詩はね、ちょっと主人公が輻輳してるんですよね。そこがスッキリしないところでして。詩においては主従関係はハッキリした方がいいのですよ。主役が二人になると、混乱して、足を引っ張り合うというか、マイナス効果になるのです。何回も読み返したんですが、この詩はやっぱり大樹そのものが主人公だと思うのです。描かれた詩行のボリューム感から言っても、絶対そうだと思う。大樹はのち、世界そのものであったり、命の根源の宇宙にも喩えられてきます。これら、大樹というものへの考察表現や叙景が、この詩のまずもっての読みどころです。あくまで大樹を主役として読んだほうが、この詩はスッキリします。しかしその観点に立った時、邪魔をする者があるのです。 かつては 小さな一本の双葉だった わたしたち いま どうしてこんなに遠いのだろうこの連ですね。これが、主役級の重い意味をもった連なので、この連の登場で、意識が「わたしとあなた」の関係性の方に向いてしまうのです。しかしながら、これを主役で読もうとすると、次にこの人称が登場するのは、後ろから2連目しかなくって、その間の伏線が途中でぶっつり切れてしまっているので、ストーリーが立ってなくて「わたしとあなた」を追うと混乱してしまいます。ですので「わたしとあなた」を混ぜたいのはわかるが、「主従」の「従」に徹すべき(脇役案件に徹すべき)、というのが私の意見です。上記の主役級に見える連は、これだけ見ると魅力的な連ではありますが、別の方向性に引っ張っちゃっていく連なので、あとのことを考えずに不用意に入れてはいけない連というか、削除したほうが、詩全体のためにはいいと考えます。この連を抜くことで、たぶん混乱を回避できます。主役及び主たる視線は、あくまで大樹に置いて、進行した方がいいです。ちなみに、この連を除いた前半は、ぐいぐい畳みかけてくるようで、凄くいいです。そこだけ一考して下さい。おまけ名作を。
2024.01.21
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鳥よ鳥よ言葉もなく 振り返りもせず空高く飛び立つけれどそれでもかならず帰ってくる羽はどんどん冷えていくのに小さな虫を飲みこまずおまえを一心に呼ぶ声を覚えているのか鳥よ鳥よ電線につらなりながらずぶ濡れるちいさな塊たち驟雨から逃げもせずに親鳥を信じて待っているのか信じるということを知っているのか鳥よ鳥よ自由な風を浴びながら窓の奥になにが見えたのかおまえの体を潰すほどに飛び込んでどうしてもそこに行きたかったのか遠い窓に映る夕焼けをわたしは火事と間違えたことがある目が覚めるほどハッとした窓の夕焼けはおまえたちを悼んであんなにも赤かったのか◆いただいた評◆うーーーん、秋さんらしくない・・・。構成ができていない。全体を3部構成と考えると、第1部がまるで死んでいる。軽ければ序章になったのだけど、なまじ意味重いから、2部、3部との関係性を考えてしまう。ところがどうにもくっつかないものだから、第1部が隔絶して浮いている。こんな案はどうですか?鳥よ鳥よ電線につらなりながらずぶ濡れるちいさな塊たち驟雨から逃げもせずに親鳥を信じて待っているのか信じるということを知っているのか鳥よ鳥よ自由な風を浴びながら窓の奥になにが見えたのか遠い窓に映る夕焼けをわたしは火事と間違えたことがある目が覚めるほどハッとしたおまえの体を潰すほどに飛び込んでどうしてもそこに行きたかったのか鳥よ鳥よおまえの愛はどこにあるのか羽はどんどん冷えていくのにどこまでも空高く飛び上がってゆく一心に呼ぶわたしの声をおまえは覚えてはいないのか参考にして下さい。第1部を重くした以上、関係性を整理してみました。いっそ第1部が軽ければ(叙景に徹すれば)、元の並びでもいいんですけどね。これ、二兎を追う者は一兎をも得ず、的なミスに思います。推敲段階で気付けると良かったんですがね。パーツパーツはよく書けてます。現状は、秋さんレベルからすれば、秀作止まりですね。ただ、ご覧のように、この詩はもっと良くなれる詩なんです。一考下さい。
2023.11.28
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秋の空気を纏った人々がぞろぞろと吸い込まれていくプラネタリウムの場内投影機を取り囲んだ席のどこが特等席かわからず心許ない気持ちのままみな散り散りに腰をおろしてゆく丸天井の無機質な白を見上げる瞳の無垢さ子供は少し大人びて大人は少し子供に戻って待ちわびている日常の眠るときふっとこぼれた溜息とともに照明が消え浮かび上がってくるいつかの空早送りされてしまう夕暮れの寂しさを見つめながら居場所は心地よく見失われてゆくそうしてふわりと放り出される数多の星のなか解説員のゆったりとした声は霧雨のようにしずかにしずかにしみてくる胸底はどこまでも続いていく夜道へ繋がり大昔のあなたを想像し大昔のわたしを巡る神々の物語はわたしたちの欲や罪を引き受けて燃えつづけるだろうか星座をなぞる視線はペガススの翼に吸い込まれ瞼の閉じ方を忘れそうになるそのままなにもかもを忘れそうでなにもかもを思い出しそうな そのとき傍らから聞こえてくる見知らぬ人のいびきなんて安らかな震えなんて微笑ましい響きふぅとふたたびついた溜息が合図のようにパッと照明が灯される浮かび上がってくるあたたかく重たげな体弓も槍も持たない無防備なけれどもまだどこかで星の瞬きを感じながら静かに立ち上がると人々は少しやわらいだ影を連れてまた日常へと溶けてゆく◆いただいた評◆すばらしい!! やっぱり秋さんは逸材ですね。お見事です。瀬未さんが書いたのかなと思うほど、よくできている。瀬未さん2世の感がしました。パーフェクトです!!良いとこだらけだし、構成も取れている。順にいくと、3連、「どこが特等席かわからず」は、まさに!です。5連、 子供は少し大人びて 大人は少し子供に戻って 待ちわびている心の繊細な動きにも嗅覚がありますね。6連の、 日常の眠るときは、終連の「また日常へ」と構成を取り、7連、 ふっとこぼれた 溜息とともに照明が消えは、20連の、 ふぅと ふたたびついた溜息が合図のように パッと照明が灯されると、構成を取っています。どちらも印象的な美しい言葉で繰り返されるから、なおステキなのです。8~9連 居場所は心地よく見失われてゆく そうしてふわりと放り出される 数多の星のなかこれも闇と星のあいだに放り出されるプラネタリウムの感じ、自分の位置を見失う感じ、まさに!ですね。13連、 大昔のあなたを想像し 大昔のわたしを巡ると、続く14連は、ここでもって初めて一人ではないことがわかるけど、それも脈絡の中でいいアクセントになっている。また続く15連と合わせ、13~15連がクライマックスと思えるので、二人でその図を描くことが、ロマンチックを感じさせる。18~19連、隣の人のいびきに怒らないで、なんておおらかな受けとめなんだろうと感心する。また、この部分を消さないで、敢えて残してるのが、星を見ながら、実は人間側を描いているリアリズム(そういえば、寝る人が必ずいる。プラネタリウム見ながら寝るのは、これ以上ない幸せな眠りであるにちがいない)に則っていて、それはそれで良いと思う。21連、星座の解説を聞いていたであろうところからの、 浮かび上がってくる あたたかく重たげな体 弓も槍も持たない無防備なこの表現も、脈絡を引きつつ、繊細な感覚が描かれててステキです。というわけで、いいとこ随所ですね。ほんとパーフェクト!です。名作且つ代表作入りを。
2023.10.28
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檸檬灯す藍染のテーブル掛けへ(聞ける俳句・10月佳作句)ほたる手渡すいつまでも明るい夜に短夜は水出しコーヒーへしづむ 漁火を宿して烏賊の眼は凍る(青嵐俳談5/26入選) 入学の空青すぎて硬すぎて(聞ける俳句・4月佳作句) 雷鳥の冬毛に春の風溜めて(2023.4.5上野動物園)有刺鉄線くぐり灰空へ蝶 春の雪眺めて弦を張る力(聞ける俳句・2月佳作句) 恋猫やびいだまにびいだま当たる(春陽堂猫の俳句コンテスト・秀句)
2023.10.28
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白く静謐な装丁の 詩集の一頁目をめくるように 秋という季節はやってくる 行間からこぼれる祈りのように 銀杏並木の木漏れ日はきらきらと沈澱し 惧れと自由に疼くつま先を 微かにあたためている 割れそうなほど青々とした空の下 あらゆるものが風に輪郭を研がれながら 凛と立つ世界で 足元の影の深さに気づけば やがてそのなかへ 潜ってゆかなくてはならない 夕暮れがくるだろう 耳を澄ましてももう 豆腐売りのラッパは聞こえないけれど 頁をめくるたび 震える鼓膜が想起する風景を はるかな指先へ繋いでゆくために 散りゆく木々の余白で 小鳥たちの見る夢が この先も鮮やかであるために いつの風にも溶けている 別れの言葉を胸に溜めながら また歩き出す 眠りの底から拾いあげた 深む銀杏の葉を そっと詩集へ挿して
2023.10.05
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シミの落ちないシャツ子供が飽きてしまったスニーカー色褪せたハンカチ工場へ預けてある汚れても古びても捨てきれなかったものたち工場裏の川のほとりでそれらが戻ってくるのを人々は待ちわびています工場から藍色の作務衣を着た人たちがボウルを抱えてやってきて眠る赤子のようにそっと手渡します藍に染まり すこし緑がかったシャツやスニーカーやハンカチをボウルから掴みだす人々の手はわずかに緊張しながら川のなかへとおろしてゆきますバシャッバシャッ汗ばんだ額までひんやりと心地良さを感じます運び去ろうとする力と引き寄せる力流れてゆくものと流れてゆかないもの川で濯がれる布は光を巡らす鱗のようにうねりながら深く鮮やかな藍色へと変わってゆきます季節のつなぎめに水底へ沈んだ硝子みたいな秋の空オルゴールみたいな冬の星ゆりかごみたいな春の風の断片を呼び覚まして力強さを増す せせらぎ脈打つ藍色を心臓として川はどこまでもまっさらな夏を運んでゆくのです◆いただいた評◆秋さん、日本はとっても暑そうですね。夏バテしてないですか?いいですねえ。この作品の中に、大きな大きな、そして少しだけ不思議な物語がありました。佳作です。本当素敵ですね。この作品は夏が少し控えめなのですが、それがいいのですね。シリーズではなく、この一作で完結しているのかなと思います。さやかさんはまさにストーリーテラーで、わたしはこの作品から、川底の綺麗な石まで探してしまいそうになるくらい、想像力を掻き立てられました。過不足のない作品のお手本のようです。そして、きっと七夕への思いもあったのかな?この日に投稿されたのは、などと思っております。秋さん、次回も楽しみにしています。
2023.07.16
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湯舟にたっぷりと浸かりすこやかに濡れるちいさな背中の蒙古斑思春期になったときあなたは気にするだろうか雨の朝を閉じこめたように優しいその色をプールの授業中背中に注がれる視線を恐れるだろうか空を模す紫陽花のように淡いそのあざを降りくる灯りと立ちのぼる湯気に包まれて曇った鏡にわたしを描いてくれているあなたの描くわたしはいつも完璧だけれど幼いころたった数個のほくろを気にしていたことをあなたは知らない微かな動きから生まれるあなたの波紋がわたしの胸へ流れつくそろそろのぼせてしまうから肩甲骨の滑らかな尖りをそっと撫でるとくすぐったそうに笑いながら振り向いて水飛沫を浴びせてくるあなたそれともいつか腋窩に生えてくるか細い毛を気にしだすころには消えてしまうだろうか夏の光に飲み込まれていく紫陽花のように◆いただいた評◆私ねえ、上の娘に自転車乗る練習をさせてた時に、広いところでやってたんだけど、たまたま転んだところに石が埋まってて、それで足を大きく切って、治ったんだけど、跡が残っちゃてねえ、親としてはそのことが何十年経った今も、記憶の底の方でちくちく離れないですね。本人に聞くと全く気にしてないんですけどね。親はそういうの覚えてますね。だから秋さんが、子どもの小さな部分を気にされる気持ちはよくわかります。7連の 曇った鏡に わたしを描いてくれているは、そこに青あざを作ったのは自分のせいではないかと、責める気持ちが描かれているのでしょう。赤ちゃんの時からある蒙古斑であれば、7~8歳くらいまでに消えるはずですけどね。ちなみに、小さい時の傷や痣は、そこはそれ以上大きくならないのに対し、体はどんどん大きくなるので、体との対比として、相対的に小さいものとなっていきます。つまり2センチのものは、体が大きくなっても2センチのままなのです。だから見え方としては、どんどん小さいものになっていきます。たぶん、ノープロブレムです。場面は、親子の入浴場面ですが、娘の背中がはっきり見えると、この青あざが娘の先々を困らせるのではないかと危惧する気持ちに傾いていきます。心配と自分を責める気持ちと、そういう親ごころが描かれています。それにしても、蒙古斑の青に紫陽花を重ねるという、意表を突く比喩がお見事です。そして盛夏に向かう紫陽花が、その色を失っていくように、蒙古斑も消えていくことを願っています。紫陽花を描くに、紫陽花の花の終わりに着目してる視点て、凄いと思いますよ。また、この内容の詩に「紫陽花」というタイトルをつけられるのが鮮やかです。凄いです。序盤からは全く想像できないタイトルでした。名作を。1点いうと、7連、そこ、曇った心が照らし出されてる、自分に反射されてるみたいな、ずいぶん遠回りした言い方をされてる気がするのだけど、わたし的には「曇った顔を」鏡にうつしたいとこなんですけどね。その方がはっきりするので。現状でも不可ではありませんが。まあ、そこも含め、この詩、中盤がもうちょっと書けると、代表作まで上がれる余地持ってますね。概要はすごくいい様相を持った詩なので。
2023.07.08
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鎖骨の窪みに溜めた淋しさにそっと触れるああまた濡れている拭っても拭ってもあの日の泉がしずかに溢れてくるので少しだけ爪を立ててみる夢よりもあいまいな白昼に揺り椅子が軋むからだの節々が痛いふたりで腰掛けた切り株の年輪はどのくらいだったろうもう同じくらい生きただろうか抽象画のような磨硝子の窓を見つめながらその向こうに何があったかも思い出せず思い出すのはただなにも語らないあなたの視線語り続けるわたしの言葉から醜さを見つけてしまいそうで月も星もない夜森を抜ける風とともに逃げ出した米を研ぐたびあなたがいないことに慣れてゆくこぼれ落ちる米粒を掴みそこねた手はこんなにも乾涸びている選ばなかった世界は魚たちの夢のなかもう届かないもう戻れない降らなかった雨昇らなかった月吠えなかった狼どこにいれば良かったのだろういつからか繋がってしまったからだと揺り椅子と窓をいつせいに軋ませる風に時間の余白は広がりその果てでとじられた眼裏は緑青色の森をたゆたう奥深くオールのないボートが揺れているみずおとのあいまから途切れ 途切れ 聞こえる懐かしい声に徐々に縁取られてゆく輪郭ああそうだずっとここにいたのだとあの日の私たちは輝きながら泉のなかへ消えていった
2023.06.09
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薄明をゆく砂の城を壊してきた公園の帰り道繋がれた手をあっさりほどくと空を指差してあの海にいつか行きたいねと言うあなたそのみずみずしい言葉に導かれ視線をあげてみれば伸びやかにたなびいている紺青色の層雲たしかに海みたいに見えるけどあれは雲だよと少し遠慮がちにわたしは告げるそうなんだ行きたかったのにどこへも行けないと思っていた幼少をあなたに引き渡したくなくて慌ててつけ加えるいつか行こうねあの雲の向こうのたしかに名づけられている海岸へいつ?いつ?と聞いてくるあなたの耳はわたしの答えではなく通り過ぎる列車が連れてきた波音を聴いているのかもしれないママみてと催促ばかりするあなたの瞳はわたしではなく小鳥のはばたきに煌めく波しぶきを見ているのかもしれない空の淵まで満ちてゆくあなたの海をあるいは海の底へと深まってゆく彼方の空を飛行機が渡る灯火を明滅させながらあの機窓におでこをくっつけてこちらの街灯りを見つめる誰かとあなたは出会うかもしれない未来と過去が重なる飛行機が遠い星を横切るとき長くなったあなたの髪を撫でると脳裏に浮かぶ凛と立つ床屋の母の理髪姿家業を手伝い家業を守りどこへも行かなかった祖母や母の悲しい言葉に埋もれながらそれでも繋がれてきたのは埋み火のように息づいていた希望引き潮のなかへ星が流れ砂浜の一粒となる叶わなかった夢たちいつかあなたを待ちわびた海から飛び立つための風が吹くだろうその冷たさに内側の熱は光るのだからやがて降りだす雨にゆくさきの水平線が滲んで消えてしまいそうなときには目を閉じてこの懐かしい昏さを思い出してそこにあるかつての足跡があなたの踏み出す一歩を信じているいまあなたが振り返りもせずあたたかな眼差しを信じているようにひらかれてゆく時間と終わってゆく時間の狭間を埋める眠そうにたわむ送電線から夜は滴り落ちてきて足元の影が闇に浚われるその前にあなたと手を繋ぎ直して進んでゆくここは海のない街だけれど空の海には行けないけれど空を支えながらどこまでも続いていくこの鉄塔の終わりは海かもしれないとふとおもった◆いただいた評◆さやかさん、これは素敵ですね。感動しました。とても胸に残るストーリーが、けれど、静かな日常に編み込まれて綴られていました。佳作プラスです。長い作品でしたが、長さは一切感じさせず、引き込まれました。幼い子供との会話と、それを取り巻く母の気持ちがまずとても美しく、そして、そこから飛行機雲で繋がるように過去へと話が流れ、今度は自分の母や祖母への、そう、母の系譜のように話がつながって、とても澄んだ気持ちになりました。何度も書くようだけど、私が評を書いてもいいの?私には勿体無いくらいいい作品だよ?と思いました。ただ、さやかさんも妻咲さんと同じく、私の最上位のハードルのところにいらっしゃいまして、細かいことを少しだけ書かせてくださいね。連分けに関してですが、もう少し強弱があってもいいかもしれません。例えば、一連と二連は分けなくてもいいかもしれない、そして五連と六連も繋げてもいいかもしれない。そうすることで、前後が浮かび上がっていく気がします。アクセントをあえて作る、感じです。ご自身の匙加減で、試してみてくださいね。
2023.05.01
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夜明け前の月を見つめながら歩く足元に沈澱した紫の夜うつむけばその深みに落ちてしまいそうな心細さのなかしずけさを優しく揺らすエンジン音でどこかへ走り去っていくトラック誰もいなくなっても規則正しく変わりつづける信号機工場のだだっ広い駐車場にぽつんと停めてある車のフロントガラスは凍りつききらきら輝いているいつから停めてあるのだろうわたしが夢から覚めたときにはもうここにあったのだろうか持ち主が戻るころにはすきとおる水滴へ変わっていることをちいさく願う白い吐息はやすらかに闇へ溶けてゆき影だけの世界にわたしもまた影として馴染む言葉はまだ眠っているからひとびとの寝息に呼応する星の瞬きが美しい名も知らない星と星とを結びつけたくなる 澄んだ孤独もっと星座に詳しければ良かったともどかしい気持ちを木々のざわめきにあずけ薄明かりを放つ工場の入り口へ吸い込まれるように入っていく錆びついたドアノブは冷え切っているけれど次にこの扉から出るとき世界は一転し優しいまなざしほどのぬくみで朝焼けがあかあかと広がっているだろう陽のあたる銀色のフェンスには小さな鳥が降り立つだろうそう信じていられる 冬未明◆いただいた評◆うん、いいね。今回は特に人工物が、たくさん登場するのだけど、浮いてしまうことなく風景になじんで見えるのは秋さんのワザですね。「人間のいとなみ」とも言うべき視点の中で、自然のものも、人工物も、なじんで見える。違和感がない。どちらも風景として消化&昇華できるものを、技量としても、作者の内面としても、持ち合わせているということでしょう。すばらしいね。順に行くと、2連の沈澱した夜に「紫」の色を与えたところから3連の落ちてしまいそうな感じ。どんな時間帯でも何故だか走り去る車があるエンジン音、深夜でも変わり続ける信号機、この時間に歩いてるのは自分一人だという静寂感がわかる9連の、影に重なる影。10連の、「言葉が眠る」という言葉と「星の瞬き」の対応の美しさ。11連、「名も知らない星と星とを/結びつけたくなる」というフレーズと想いの美しさ。そこからの想いを12連の「木々のざわめき」に着地させるところ。14連、冷え切った「ドアノブ」17連、銀色のフェンスに降り立つ鳥が、特に心に留まった表現で、美しい表現がキリないくらいにあります。さすがやね。「冬未明」という、夜明けが遅い季節。まだ真っ暗で、うんと冷え切った早朝を描いてくれています。まあ、通勤にはサイアクの季節なんですけどね。秋さんが描くと、こんな季節の朝も美しい。うむ、名作を。今回は特に働く生活感があって、人工物が多くあって、にもかかわらず美しい。こういう叙景も現代的でいいですね。親近感、生活感がありながら美しい。代表作入りです。一点だけ気になったのが、7連で、まあ、フツウ見かけない車がだだっ広いとこ止まってたら、昨夜から止めっぱなしの車かな?と思うとこなんですが、お仲間の車だとわかっているのか、早い出勤を想像している。そこが違和感。「知ってる車だ」的なアプローチなしに、この想像に入ってるとこですね。「知らない車」にしてしまうか、何かを添えて「知ってる車」扱いにするか、どっちかにした方がいいと思う。そこだけです。
2023.04.14
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ぽとんぽとんぽとぽとん季節工場の屋根の下ずらりと並べられたバケツのなかへ雪解雫の落ちる音が響きだしますぽとんぽとんぽとぽとん朝日を孕んだ雫の楽しげな音色は何かを呼んでいるようです今日は待ちに待った日明け方の浅い眠りのなかで聞いた数発の花火は開催の合図子供たちは工場へ息を切らして走ってゆきます両手に抱えた砂糖と洗剤を落としそうで落とさずに開け放たれた門の前には虹色模様のストローがたくさん置かれ切り込みが入った先っぽは花のよう「ひとりいっぽん」という注意書き子供たちは一目散にバケツのもとへと駆け寄って真っ白な砂糖をさらさらといれてゆきます溶け切るのを待ちきれず続いて洗剤もいれますみな腕まくりをして楽しそうにかき混ぜます雪解雫は冷たくないのでしょうかバケツを満たしてゆくきらきらと光る泡ひとりが泡まみれの腕を引き抜いて門へと向かえばみんなもそれに続きますストローを取り戻ってくるとバケツのなかへ ひときわ慎重に浸します期待とわずかなおそれにふるえる水面そっと引き抜いたストローへゆっくり息を吹き込めば大地と空を映しながら膨らんでゆくしゃぼん玉息が切れるのと同時に風に乗って舞いあがります高く高くあがっていく空の途中しゃぼん玉のなかで揺らめいていた地平がしんと凪ぐその次の瞬間しゃぼん玉は夢から覚めるように弾けますぽわんぽわんと弾けるたびに空は春の陽気で満ちてゆきます地上には子供たちの喜びの声が響きます寂しく眠り続けていた空はようやく明るさを取り戻してゆく時がきたのです◆いただいた評◆「季節工場」シリーズなんですね。良い雰囲気があって、ほぼほぼOKなんですが、私はもちょっとメリハリを出した方がいいと思う。ポイントは2点です。1、門があいていて入ってくるところを見ると、これは近所の子どもたちなのでしょう。これ、もしかしたら創作によるものなのかもしれないのだけど、初めて聞く話で、珍しくておもしろい。これもっと、これがこの土地の風習なのだ的に描かれると、もっと雰囲気が増してよりステキになると思う。いえば、子どもたちにしてみれば、お祭りだってことです。2、子どもたちが「熱い」息を吹き込んで、それが弾けたシャボン玉が飛び出すから暖かな空気が生まれるという、ちょっと物理的なロジックになっているんですが、実際そんな空気は非常に微量なものなので、そこにこだわる必要なんてなくて、子どもたちが雪解雫でシャボン玉をするという儀式が、春を呼ぶんだと考えに、スパッと変えたほうがロマンチックじゃないでしょうか。この場合、「子どもたちが作るシャボン玉が 空で弾けるたび 春の陽気がやって来る」という着地だけでOKで、これで充分クライマックスになります。ただしこの場合、そこで初めて「暖」を出すのがよく、その前には熱源となるものを一切出さない方がいい。「(ストローに)熱い息を吹き込めば」の「熱い」は逆に不可となります。この2点は、要は、風習と儀式風にもっと仕立てるってことですね。オリジナルであってもいいので。あと、ポイントではないんですが、わかりにくいのが、ひとりが泡まみれの腕を引き抜いて門へと向かえばみんなもそれに続きます 取ってきたストローをバケツのなかへ ひときわ慎重に浸しますここなんですが、「門へと向かえば」のところで、この表現では手ぶらで門に向かっているように見えて、バケツを一緒に持ってきてる気がしないんです。だから、次の連でバケツが出てきた時に、あれ?ってなります。(手ぶらで門まで来たのに、またバケツを置いてたところへ引き返してるのかな? みたいなことに思う)ここの表現は直されたほうがいいです。「雪解雫」(ゆきげしずく)は、日常ではあまり聞き慣れない言葉なので、私は熟語のままの使用は若干の違和感があるんですが、この言葉で一つの季語のようですし、2連では意味合いを説明するべく丁寧に始めてくれているので、このままでOKにします。まあ、概ねいいんですけどね、あと一息検討を望みたいという条件つきの、名作としましょう。この詩はもう一歩、良くなれる詩なので。
2023.03.18
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お正月の真新しい空に凧をあげる子供たち遠い空を泳ぐ凧を眺めながらたとえば心のようだとおもう遠い未来や過去を思うほど遠くの人を思うほどピンと張る糸消えそうな雲を求め凧はずっと張り詰めたまま気まぐれな風に怯えている地上と引き合いながら安定しているように見えてもそれは永遠じゃないから足元の石ころにバランスを崩し糸が複雑に絡まってしまうその前に心を手繰り寄せようそうして風に鼓動する凧を掴むように冷えた鎖骨に手を当てて確かな日常を思い出そうリビングにある林檎の清々しい匂い縁側で爪を切るときの潔い音両手を温めながら飲む苦いコーヒーそういうものたちがささやかにわたしに寄り添いわたしを形作っているのだからこの手が届くものたちを愛おしむことさえできればと無邪気に凧をあげながら走りくるあなたをふわりと風ごと抱きとめる◆いただいた評◆終連の美しさは、短歌をやってる人ならではの美感に思いました。絶句するほど、美しい。そして短歌だと終連を描くだけで精一杯ですが、詩だから、前提となる場の情景や、アプローチまで、きれいに描いてくれています。ちょうどシンフォニーの、4楽章に対する1~3楽章の関係みたいですね。うーーーん。2連の、泳ぐ凧が「心のようだ」という比喩も。3連の、遠くの人を思うほどピンと張る、も。4連の、それは永遠じゃないから、も。6連の、糸じゃなくて、心を手繰り寄せよう、も。7連の「鎖骨」をキーに、8連で日常に入ってくるところ、も。終連に入る前の9~10連、 そういうものたちが ささやかに わたしに寄り添い わたしを形作っているのだから この手が届くものたちを 愛おしむことさえできればとこの情感と、庶民の当たり前の願いが、社会におけるか細さを知っているがゆえの、愛おしさ。全部、ステキですね。間断なく、酔わせてくれます。うーーーん、スキなし。名作を。言うことないです。凧揚げの、この詩への入りやすさも良いから、共感してくれる人も多いと思う。私は、この詩を読んで、走ってきた孫を抱きしめた気持ちになりました。堂々、代表作入りの作です。
2023.02.18
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かすかな光を睫毛が絡めとるカーテンの隙間から朝のさざめきの予感いつもより足裏が火照っているのは甘酒のとろりとした湯に浸かる夢を見たからバスタオルで体を拭く夢の続きのように布団を剥ぎ取ってカーテンに手を伸ばす数秒前から気づいているいつもより高い鳥の声に夜の一切を忘れた空気に痛みと明るさを分け合ったような雪の匂いに静けさを割いてカーテンをひらけばそこはもう見知らぬ世界輪郭すべてが手を繋ぎ大地の広さを讃えている白く覆われ剥き出しになっている出来たての朝新しいいのちに生まれ変わった気分まるではじめてのことのように朝のルーチンをこなし出がけの靴の靴紐を結び直すいつもの日常がまた繰り返されるだけだとしてもいまはただこの真っ白な道をきよらかに突き進んでいきたい靴も雪も汚しながらそれでも前に◆いただいた評◆うーーん、いいとこ、てんこ盛りなのに、ちょこちょこと気になるんだよなあーで、ゴメン、ちょこちょこ直してみました。・・・添削後を掲載しているため省略・・・この方が良くないですか? それと、秋さんがやる長い距離の仕掛けは、最初の仕掛けのインパクトが薄いのか、「作者のみ知る」になりがち(たいていの人はそこが仕掛けだったということに気づいていない)なので、その手法よりも、少しずつだんだんと匂いを濃くしていくというカタチを取ったほうがいいと思う。そこのやり方も変えてみてますので、これでちょっと検討してみて下さい。あらためてこの詩のいいとこですが、まず初連の繊細さから、もうぐっときますねー初連でもうこの詩に引き込まれます。こういう繊細な叙景表現は、秋さんならではのところです。甘酒の風呂に浸かってる夢も、おもしろい。この詩は、なにより全体の叙景のすばらしさで読む詩なんですが、加えてこの夢のおもしろさは、プラスαの妙味になっています。また、 輪郭すべてが手を繋ぎ 大地の広さを讃えている一面の雪を、この角度で捉えた表現も初めて見ました。良かったです。そして後ろから3連目、雪の日の真新しく見える風景に感化され、繰りかえす日常も、新しい気持ちでのぞもうとする作者の前向きがステキです。ぐっと情感が増し、いいクライマックスになりました。うむ、秀作プラスを。余談ですが、私は雪の日は、いつもの靴でなく、靴を履き替えますよ。靴裏のゴムがまっ平らなものは滑りやすいので、凹凸が多いものに。
2023.01.21
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2023.10.30些細なことで強く怒ってしまった夜娘と二人布団のなか嫌なお母さんでごめんと謝る自分の不甲斐なさに涙まで出てくる嫌なお母さんじゃないよいいお母さんだよと言ってくれる娘理想の母にはほど遠いけれど娘にとっていいお母さんのままでいたいいつまでも2023.1.19娘がもうすぐ小学校にあがる。小学校は幼稚園より朝が早い。幼稚園の間は、娘の風邪や幼稚園行事で仕事に支障をきたすのは気を使うだろうなという思いから、早朝5時から8時の仕事をして、そのあと幼稚園に見送っていたけれど、時間的にそれができなくなる。今の仕事を辞めて日中の仕事を探す予定で、仕事先にもそう告げた。娘は明け方に目覚めた時に私がいないと寂しいみたいで、今日は仕事?と寝る前に聞いてくる。(寝てる間なら寂しくないかと思ってこの仕事を選んだんだけど...)この前もそう聞かれたので、「もう今の仕事辞めるから、ママがいなくて寂しいことはなくなるよ」と言ったら、「ママ、仕事のお友達と会えなくなっちゃうよ。仕事辞めなくて良いよ、パパのところで寝て待ってるから」と返された。喜ぶとおもったのに意外な反応。仕事先のリーダーは私と歳の近い娘さんがいる人で、いつも気にかけてくれて、子育てにも理解してくれてたので、小学校のタイミングで辞めてしまうことは覚悟してたよと言われた。主任にも辞めること話したんだね、顔つきが違うもん、と私の気持ちが軽くなっていたことまで察してくれて、泣きそうになってしまった。というかこっそり泣いた。理解あるリーダーに支えてもらって、同世代のママ仲間と一緒に働けて、大変だったけど楽しく続けてこられた。娘に、お友達と会えなくなっちゃうの寂しいじゃんと言われた時に、また新しい出会いがあるから大丈夫だよ!と言ったけれど、やっぱり、寂しいね。。
2023.01.19
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会わないことと会えないことの隔たりの深さで星の瞬く夜季節工場の大きな暖炉の前に人々が列を成します亡き人へ宛てた手紙を燃やすために訪れた人々の列は星空の下まで続いています ー ある朝 届いた工場からの手紙にはまっしろな便箋だけが入っていました郵便受けへ寄りかかり静かに吐いた息の白さが伝えられなかった言葉のようで部屋に戻るやいなやいつか街でもらった羽根ペンを握ったのですひとこと 書き出せばとめどなく溢れてくる後悔や寂しさや痛みに耐えながらあなたへの手紙をしたためました ー人々が暖炉の前に立ちどこか遠い景をたたえた瞳でそっとくべた手紙はさまよう蛍のような火の粉となって消えてゆきますその束の間の暖かさにくずおれそうになるけれど寄るべない両手をポケットへ突っ込むとまたゆっくりと歩き出します工場の煙突から立ちのぼり続ける煙は星空を覆う雲となり時計塔の針が真夜中を告げるころこの年 初めての雪を降らせるのです暗闇へほのかに灯るひとひら ひとひら それはまっしろな返信「 ちゃんと つたわっていたよ 」どこかの停車場誰かの帰路わたしの窓辺から冷たい夜空へ手を伸ばしそっと雪片を受けとめれば指の先まで巡る血に懐かしいぬくもりを見いだすことでしょう◆ネット詩誌MY DEARにていただいた評◆そして今回の作品はどうやら雨系ではないようですね。タイトルが素敵、いやいや中身もとっても素敵です。出だしの「会わないことと/会えないことの隔たりの深さで」といきなり、意味深な表現に読者をめちゃ掴んでいると思います。「会わない」、すなわち会えることは出来る状態ってことでしょうか、「会えない」との隔たりは深すぎてすでに違う世界という感じですね。あなたのいる世界。あなたのいない世界。作品の設定にある「季節工場」っていうのも奇抜でファンタジックな魅力ある表現に惹かれますね。季節工場は亡き者への煙に乗せて手紙を届けてくれるようですね。そして煙が雲になりその返事が雪として落ちてくるとなんと救われるストーリーなのでしょう。その雪(真っ白な手紙)の冷たさで自分の温もりを感じつつシメているところも絶妙で素敵です。亡き者への手紙が宛先不在で戻ることなく、暖炉で燃やすことで心が繋がって、自分の中にあなたが生き続けて勇気づけられることでしょう。素晴らしい作品でした。春夏編も楽しみです。改行ですが、連を二行空けで括り、他は一行空けとなっていますが、ここは 評者の三浦志郎さんもおっしゃっていますが、詰めて連を作って欲しいです。それと季節工場から届いた手紙の白紙の便箋、とあるのですがこの手紙は一度書いた内容が白紙で戻ってきたのか、もしかしたら亡き者から届いた手紙(季節工場では亡き者へ手紙を送れるのか?)なのか?その手紙がどのような設定になっているのか今ひとつ把握できませんでした。季節工場から来た手紙は……。評価は「佳作一歩前」です。とてもファンタジックで素敵な作品。もうちょっと読者に設定が浮かびやすくして欲しいと思いました。これがあまり説明ぽくすると、こちらの作品の良さがなくなってしまいますので、加減がまた難しいところですが。
2022.11.14
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鏡越しにいつでも迷いなく動いていると思っていた母の鋏永遠の夏空へ吸い込まれるように回り続けるサインポール床屋の母がわたしの髪に触れるときわたしの考えていることまで髪から伝わってしまいそうですこしこわかった足元にさりさりと積もっていく切り落とされた心の残骸はまだ温もりを求めているようでもっとゆっくりもっとゆっくりそんなひそやかな祈りのなかでわたしは成長していった鋏のなかで輝いていた窓から差し込む西日の眩しさに目を細めればいつのまにか母は老いていてわたしは子を抱いていた母のかさついた手はいつでも迷いなくわたしを否定しわたしをよりわたしらしく仕上げたけれどもしかしたら母も迷いながらだったのだろうかと鏡越しに子の柔らかな髪を見つめながらおもう
2022.11.01
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光ごと掬う目高の子ら透けて(第33回伊藤園新俳句大賞佳作特別賞)風信子ことしも吾子の心電図(第33回伊藤園新俳句大賞予選通過)落椿どこかに罠のあるような(第33回伊藤園新俳句大賞予選通過)いわし雲満ちる水笛吹くほどにテトリスめく街を炎天の観覧車(俳句生活 人選)緑陰をはみ出す牙として画板鉱石を割つてつめたき夏夜かな(青嵐俳談 入選)月光へ句碑はドアめく重信忌(青嵐俳談 入選)薔薇に水やって朝の血まだ綺麗月の射す夫の寝床を踏みにけり朧夜の祖母のかなしき寝言かな魚は氷に陽は寝がへりのちさき背に布団ときどき宇宙と繋がつてゐる明星をとらへ水番渇ききる(青嵐俳談 入選) タツノオトシゴ触る星座をなぞるよに(青嵐俳談 地) 夕風へ放る米粒ほどの歯よ 花びらに夜明けのありて花菖蒲 日時計の影うっすらと夏の月 日時計の影は少女の影穿つみづうみへ触れさう雨後の落し角(青嵐俳談 天) 鳥曇すりがらすみなかなしさう はなかげや冥王星の海揺るる(青嵐俳談 入選) 昭和の日窓平等に汚れをり 来年もまたとは言えぬ花見かな 花びらの輪郭淡し花ぐもり 盲目の神の創りしさへづりか(青嵐俳談 天)
2022.10.30
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あらしの夜の季節工場にはいつもポケットに飴を忍ばせた人々が集まっていてベルトコンベアから流れてくる空色の薄荷飴をせっせと割りつづけていますカリンッカリンッと割れたところから胸をすうっと通りぬける風が生まれます手元を照らすぶら下げ電球が揺れ出し人々の影も木の葉のように揺らめくひとときそれぞれが抱えた悩みを忘れ薄荷の匂いに満たされてゆきますカリンッカリンッカリンッそうしてあらしの去ったしずかな朝工場の窓を開け放てば木に 水に 光にあたらしい風は触れながら街を秋にするのです仕事を終えた人々は砕けた薄荷飴を受け取っていちばん最初に分け合いたい人の元へいそいそと帰ってゆきました◆ネット詩誌MY DEARにて頂いた評◆近頃、特に台風が過ぎ去った頃から、酷暑と呼ばれた時期より解放され、秋めいた気候なってきましたね。この作品は、そのような時期を思い起こさせてくれました。作品を拝見した後、私は、はたちよしこさんのレモンの車輪」が思い浮かびました。レモンを切った断片が車輪みえて、薄く切るごとにシャリン、シャリンと音を立てて切れて、まるでレモンがどこかに動きたがっているように思えるという感じの素敵な作品です。こちらの作品も薄荷飴の味。あのスーッとする感覚が、季節がわりの風と似ているというところを起点として、そこから独自の物語を展開されている部分が面白い発想になっていると思いました。さて、細かい部分をみていくと、三行目ですね。「忍ばさせた」は、「忍ばせる」の方がよいと思います。またそのあとの「どこにでもいるような人」は、省略しても意味は通ると思うので。「いつもどこかに飴を忍ばせるような人」とまとめてしまってもいいかなと思いました。あとは、「どこかに」ですが、忍ばせることができるのは、一般的に思いつくのは「かばん」か「ポケット」あたりになると思うので、具体的に記した方がわかりやすくなると思いました。あとは最終連の「帰ってゆきました」の部分。どのように帰っていったかということを、更に付け加えることで、作品の雰囲気も変わってくると思います。私は、作品の最初に飴を忍ばせるような方々ということから、飴の好きな人ということで、分けてもらった飴のかけらをもらった嬉しいから早く帰ろうという気持ちになっているのではないかと推察しました。なので「いそいそと」をつけるかな。こんな感じでなにかひとつ付け加えることで、詩が動くと思いました。あと、「台風」という言葉なのですが、このままでも全然大丈夫なのですが、「台風」というと、報道での被害の様子が入ってきて、涼しい風を味わう気持ちになれないという方もいなくはないと思うので、少し響きをずらして「夏のあらし」あたりにするのもいいかもしれませんね。まぁ、ここまで深く書きかえる必要はないとは思いますが。童話やアニメーションにもなりそうな、作品。素敵な発想だと思いました。今回は佳作半歩手前で。
2022.10.28
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夕暮れの翳りからひぐらしが鳴き出してやさしくやさしくじゆうな時間のおしまいを告げていたほんとうはまだ遊んでいたかったけれど縁側にばら撒いたおはじきをたぐり寄せる指先にふれるひやりとしたざらつきが記憶の果てで懐かしかったのはおはじきのなかに海の欠片が閉じ込められていたから朝日に光る黄色いさざなみ晴れわたる午後の青いさざなみ夕日を映す赤いさざなみが寄せては返す ひぐらしの声と重なって両手から 溢れそうなおはじきをからっぽのジャム瓶のなかへぽとり ぽとりと雫のようにこぼしていくたのしいくやしいさみしいおはじきの色の数だけ生まれていた感情カチカチとぶつかりあえば波立って 混じりあってまたちがう色いつか大きな両手でたやすく隠せるようになってもいつか見たこともない色のかなしみを覚えても失くさずにいられるだろうかジャム瓶のなかに大切にしまったこのおはじきを◆ネット詩誌MY DEARにて頂いた評◆秋さん、こんにちは。もう晩秋のイギリスよりお届けしております。すっごく素敵な作品ですね。タイトルも良いと思います。読みながら、とても感動しました。私の中のおはじきの思い出が弾けるようでした。そしてこれは是非是非もう少し推敲してください。秋さんの代表作の一つになりそうだもの。というわけで、厳しく佳作一歩手前です。特に後半です。おはじきに波が閉じ込められている、ことが本当に素敵ですね。細かいことをちょっと書いてみます。例えば、空っぽのジャム瓶に、こぼしていく、を一つ一つ落としていく感じの言葉(すみません、浮かんでこないの)に置き換えてみる、とか。例えば、感情、という言葉。どちらかを例えば気持ちに置き換えてみる、とか。最終連、失くさずにいられるだろうかを前に出して、倒置法にしてみる、とか。少しづつ見直してみてください。このままでもとっても素敵だけど、まだ素敵になると確信しております。
2022.10.15
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一途に伸びるひこうき雲の端っこをきまぐれな鳥が突き抜けてちぎれたとこから生まれた雲うさぎ「ここ、どこ?」とつぜん放り出された真っ青のただなかに戸惑ってたら「ひこうきはあっちにいったよ」とあたたかな声がしたその声に振り向くと不安な気持ちはあっという間に風に消え一筋の光をみちしるべのように示してくれたおひさまにうさぎはぴくっと恋をした「なんだかむねがふわふわする」おひさまを見つめていたらその眩しさに触れたくなってお空をとんとんとんでったいまにも消えそうな雲の切れ端ふみ台にどんどん暑くなる上へ上へ「おつきさまはつめたそうでいいね」なんて呟きながらとんとんとんとんとんでってお空の じりじり途中で じりじり焦げちゃった* 「つめたそうでいいね」退屈な青いまどろみにぽつりと届いたその声が夜の雨みたいに切なかったからうさぎにそっと恋をした真昼のお月さま落ちてくうさぎを受け止めてとっても熱いうさぎの体 ひりひり冷やすため ひりひりその胸に抱きつづけるやがてぴくっと目を覚ますまで◆ネット詩誌MY DEARにていただいた評◆ダイナミックな展開ですね。実のところは、飛行機雲と鳥の高度はまるで違うし、雲を辿ったところで太陽の距離とはまるで違うし、太陽に向かっていたものが落ちたら、下に月があるという位置関係もまるで違うのですが、しかしながらここまで一つも合ってないと、逆に空想物語として、わりきって読めるから、おもしろいです。逆に常識にこだわってると、この物語は書けないですから、割り切れるところが凄いですね。思うに、星座だって、人間が勝手にいろんなものに想像して、ありもしない名前をつけてるんですから同じことですよね、この雲うさぎの物語だって。お話、とてもおもしろいですし、特に雲うさぎの「動」が旺盛ですので、動きを追うように、読む方も、どんどん読み進みたくなります。良い魅力を持ってる作だと思います。欲をいえば、「恋をした」のところで、その感情を噛み締めるようなタメがもう少しあるといいですね。大袈裟にはいらないんですが、1行で行き過ぎてしまうので、もう1行くらい気持ちのタメがほしい感じがしました。2連の「戸惑ってたら」のとこもそうですね。「戸惑ってたら」の前に、「ここ、どこ?」「どうしよう」みたいな、ちょっとタメがあるとベターですね。あと、タイトルなんですけどね。詩的にはひとひねりしたいとこではあるんですが、せっかくメルヘンチックにまとめているので、タイトルもそれっぽくていいように思います。この詩における最もインパクトある言葉は、オリジナルの「雲うさざ」という言葉なので、この言葉を使って、「雲うさぎの恋(全部ひらがなでも可)」とした方がインパクトがあると思います。いえば、雲うさぎは生まれたてであるので、雲うさぎにとって太陽は初恋ですが、お月様の雲うさぎへの恋については、月は前からいるだけに初恋とは思えない。よって「はつこい」だと片側しか指さないのに対して、「雲うさぎの恋」であれば、両方を指すことができるという点でも、こちらが良いように思います。気になったところは以上ですかね。このお話は初恋にやぶれても、また希望が湧く話でいいですよね。かわいそうなことの後に、良いことがあって、読後に「ああ、よかった!」の読後感が湧くのが良いです。お話自体はよくできていると思う。ちょいおまけ秀作プラスを。
2022.09.03
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あらゆるひとびとのあらゆる首を濡らしてゆく変声期のすこし喉仏の張り出た首も消えかけた地図のような静脈の浮かぶ手首も崩れそうな肉体をいっしんに支える足首も嬰児に与えるためのミルク臭い乳首さえも夕立が容赦なく濡らしてゆく無防備に息づいている私たちを咎めるように呼吸もうまくできない私たちを憐れむようにこんなにも平等に濡れているのに乾いていく早さが違うからこんなにも独りなのだろうかいっせいに俯いて守るべきものを守り帰るべき場所を目指し遠ざかるひとびと一瞬の迷いに揺らぐ視線は打ちつけられてわたしはもう動けない足元にできる水溜りをただ見つめる寂しい水槽を見下ろすように歪む水面へ激しい雨音は吸い込まれ底の青さから聴こえてくるお囃子の音あの夏の青く寂しい水槽のなかをとめどなく巡っていた小さな運命光をすり抜けて掬われなかった金魚はどこへいっただろう何も違いはなかったはずなのにただ薄っぺらい和紙が濡れすぎただけ打ちつける雨粒のわずかな痛みから逃げるように泳ぐ金魚が見えた気がしたけれどあれは幼な子の真っ赤な兵児帯雲間からさす光のほうへ遠ざかるいつのまにか夕立は止みあたりは祭りあとのような静けさに包まれていて薄日に輝くあの人の濡れた屋根がわたしの帰るべき場所なのだとようやく思い出す◆ネット詩誌MY DEAR にていただいた評◆まったく作品の景色が違うんですけど、こちらの作品を読み終えると後味が中原中也の「サーカス」と同じに思えて、空(から)になってしまった哀しみみたいな気持ちが伝わってきました。私は子を亡くした親の気持ちをうたっている作品として読みました。雨は平等に濡らすけれど、乾く時間は人それぞれ違うという表現は素晴らしいですね。心の濡れはそれぞれ乾かすのに時間が違ったりしますね。傷の深さでも違うかも知れません。また「わたしは」は、動けず水溜りに小さな命を見ようとして時間だけが流れてゆく。もうせつなくて、せつなくて、じわじわと心に訴えかけてくる作品にうるうるしてしまいました。そして帰るところは、夫のいる家なのでしょうか、ふとリアルな現実に戻る締めも良かったです。うわっ、と唸ってしまう最良作品ですね。「佳作」です。
2022.07.27
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夏草の匂いが立ち込めて体じゅうに充満していた痛そうなほど あかあかと滲む夕暮れの空皮膚に纏わりつく生温い風が自分と世界の境目を絡めとってしまいそうで逃げるように走り出せば生い茂る夏草のなかへ躊躇う間もなく転倒したその先へ放り出される虫かご体の一部が分解したような気がしたのは虫かごを持っていたことを忘れていたからいま起きたこともまたすぐ忘れなにごともなかったように立ち上がればどこまでもそよぐ夏草のただなかにひとり突き刺すような視線を夕日に向けて出口を探した空がゆっくりと瞼を閉じてゆく途中どこかからきこえてくる遠汽笛夏草の匂いがいっそう濃くなる震える鼓膜を伝わって揺れ始める胸の奥ひどく懐かしくなる今朝の母さんは笑っていただろうか叫びたい衝動を押し込めて捕まえたばかりの蝶を 虫かごから放てば不器用に羽を馴染ませながら風のなかへ帰ってゆくまだ 畏れを知らない膝小僧からは胸の熱さの逃げ場のように血が流れ出しているいつか指先のほんの小さな ささくれさえも許されないものになってしまうことをまだ知らずに無力だけれど無敵でいられる夏を膝小僧だけが正しく記憶し続けるだろう◆ネット詩誌MY DEARにていただいた評◆今回の作品なんですが、繊細な表現があるところが秋さんならではですねえー 部分的には惚れ惚れする表現がいくつかあります。グレードが高い作品なので、そこまでできてるなら完成形にしたい私の気持ちもあって、さらに欲をかいてしまうのですが、全体ストーリーに関わるところで2点気になるところがあります。一点が「出口を探した」の意味合いです。これ、出口が見つかりにくいから「探す」わけですが、それは夏草の背が、自分が隠れてしまうほどに高かったからかしら? それともそこの原っぱが平面的な方向としてだだっぴろかったから、出口がわかりにくかったのかしら? 「出口を探す」前に、そのどちらかの要因を仕掛けておいた方がいいような気がします。「出口を探す」のところで、どういう探し方の図になるのか、わかりにくいのです。もう一点は、 最後に見た 母さんの顔は 笑っていただろうか 泣いていただろうかここの「最後に」が、重いのです。意味がいくらでも重く取れてしまう。例えば、ここで子供時代からふっと現在の自分に戻って、現時点で亡くなってるお母さんのことを想ってるみたいにも受け取れる。「最後に」が、お母さんの亡くなった最後をも意味するようで、意味重すぎるのです。もし「ここ(原っぱ)に来る前に見た」くらいの意味で書いているなら、そのように軽く書いてほしい。「今朝見た」くらいで。たぶん子供ごころの、親から一定時間離れると、漠然とした不安感を感じてしまうみたいなシーンに思うのだけど、もし今言ったどれでもない事情があるならば、事情を少し書いてほしい。それは読者の想像のつかない範囲のものになるので。大きくはその2ヵ所です。あと細かいところ、グレードの高い、秋さんだから言うけど、 震える鼓膜 を伝わって 揺れ始める胸の奥 不器用に羽を 馴染ませながら 風の中へ帰ってゆくこの2ヵ所はこうでしょうね。少し注文をつけてしまいましたが、無敵の膝小僧が充分に美しい詩ですし、 痛そうなほど あかあかと滲む 夕暮れの空 皮膚に纏わりつく 生温い風が 自分と世界の境目を 絡めとってしまいそうでこのあたりの表現はすばらしいです。秀作プラスを。
2022.07.09
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恋ってパチパチするっけ?ふわふわするっけ?うーんどっちもかななんて年長の娘と会話するクリームソーダを分け合いながらいつかあなたがそんな恋をしたらクリームソーダのさくらんぼ今度はわたしにちょうだいね◆MY DEARにていただいた感想◆「恋って パチパチするっけ? ふわふわするっけ?」恋を擬音で表す面白さ、感性の豊かさを感じます。そこからイメージも出来て、なんだか楽しい気分になります。親御さんの「うーん どっちもかな」の答えもいいですね。こどもに対して曖昧な返事をしない。ちょっと考えてわかりやすい答えを出す。会話が弾みます。親御さんは「いつかあなたが そんな恋をしたら 」と娘さんの未来を想像します。クリームソーダの鮮やかな色と甘くてちょっと刺激的な味が娘さんが後に経験する、かもしれない恋を予感させます。「クリームソーダの さくらんぼ 今度は私にちょうだいね」は、パチパチしてふわふわな恋をする未来の娘さんの姿を楽しく想像する親御さん。さわやか愛情を感じます。かけがえのない時間を過ごす親子に懐かしさを感じる一篇でした。
2022.06.12
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餅つくうさぎが不在の三日月の夜にはマッチで火を灯したいのです大切なものを照らすために大切なことを思い出すためにマッチ箱のなかで転がる音の軽やかさマッチを擦るときのざらつく感触すっと立ち上る煙の香ばしい匂いささやかな夜風に生まれたばかりの光を奪われないようそっと手を添えてその暖かさに満たされながら命の物語を語り合いたいのですそういう灯りをいつ手放してしまったのでしょう手元を見ればマッチ箱よりも少し大きいスマホが握られているけれどどういう原理で語り合えているのかまったくわからないのです液晶の光で虚しい顔を照らしながらそっと横たわれば文字はくるりと月のほうを向いたのでした◆ネット詩誌MY DEARにていただいた評◆秋さん、こんにちは。お待たせしております。佳作です。後半、スマホがでてきて、ぐんと深まっていきました。そして、最終連がとてもよかったですね。ただのおとぎ話で終わらないお話になっていました。そういえば、マッチって最近は見かけないなって想いながら拝見していたんです。昔は喫茶店とかそういうところでレジ横とかカウンターとかにおいてありましたよね。禁煙になってからかな。禁煙は喜ばしいけれど、最近はマッチを点けられないこどもが多いようですものね。前半は少しだけマッチ売りの少女を思い出し、そして、後半は月とマッチとスマホが絶妙の感覚で地上に降りてくるのを感じました。
2022.05.28
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いつからか雨が降り続いている雨音が私のからだの中へ積もって冷えた爪先を見つめれば青色のペディキュアの奥は静かなさざ波揺らめく光が消えかけているあゝ水族館へ行こうとふと思い立ち気づけばトンネルのような入り口の前に立っていた雨音が少し遠のいたここをくぐればもう雨音はしないだろうゆっくりと別れを告げるように暗闇へと進んでゆく静寂の向こう優しい光をたたえながらただよう海月たましいを水の中へ入れたらこんなふうだろうかこちら側へ残した未練の糸のような触手にわたしは引き寄せられていくいつか水になってしまいそうないつか光になってしまいそうなそんな心許なさから目が離せないいまもきっと水族館の屋根には雨が打ち続けているけれど安らかに泳ぐ魚たちは何も知らないどうかこのままわたしの心をここに棲まわせてほしいけれど糸はわたしのところまで繋がってはいないアクリルガラスの向こうの水の途中で途切れた糸を手繰り寄せるすべもないからわたしの視線はふたたび雨に濡れることを選ぶのだろう◆ネット詩誌 MY DEARにて頂いた感想◆初めまして秋さやかさん。齋藤と申します。今回は感想を書かせていただきます。何卒、宜しくお願いします。雨によって私の持つ光が消されていると始まり、ふとこの雨から逃れ水族館へ逃げ込んだ感じでしょうか。雨の冷たさ、雨音から遠ざかり現実と距離を置いて疲れた心身を水族館という異空間で癒そうとする気持ちが伝わってきます。トンネルを潜ればそこには静寂、優しい光が透過され、魂を水の中に入れれば、こんな感じだろう世界を体験している。情景がとても詩的に表現されて素敵ですね。水族館のアクリルのトンネルを入ると、ほんとうに別世界で自分の気持ちが現実から遠ざかる感じがしますよね。そういえば最近、水族館へ行っていないなあ、と私もこちらの作品を拝読していまして、行きたくなっていました。ちなみに、水族館でカニとかマグロとか見ると美味しそうだな、なんて思ってしまいますが……、すみません脱線しました。「わたし」に繋がる糸はアクリルの向こうで途切れ、今はまだ雨にぬれる現実と繋がっている、と結ばれ終わっていることにより、今ある未練と向き合い折り合いを始めるのではないか、と密かな希望みたいなものを感じつつ拝読いたしました。雨の日の水族館。現実の雨の世界、水族館という現実から離れさせる世界、逃げ場所がないとやっていけませんよね。なんだかわかるなあ、と頷きながら拝読させていただきました。雰囲気がとても伝わってくる素晴らしい作品でした。
2022.05.02
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春は張りぼてクレーンに壊されていく土埃の向こうぼやけた春の空気のなか嗄れた声を放ちながら崩れる薄っぺらくなった屋根憂鬱な朝の片隅で規則正しく鳴いていた鳩は躊躇いもなく羽ばたくマグリットの鳥のように張りぼての向こうへそうして去っていくものをいつも眩しさに見失いさよならの声が届かなくなってからさよならだと気づく愚かさも許されていただろうか身長の刻まれた柱ひんやりとした廊下わたしたちを隔てた壁すべてが重荷を捨てて重なり合い春光の温もりに 葬られていく赤い屋根の下で繰り返された営みの記憶もまた解体されあたらしい物語の上で振り向けば春の灯として 見つめ返してくれるだろうか赤い屋根の下で星座のように歪だったわたしたち泣きながら光っていた愛されたくて愛したくて耳を塞げば雨が降り出し瞼を閉じれば星が瞬く内側を巡る夜幾度飛んだだろう少し重たい両開きの窓を押し開け飛べると知っていて飛んだ夢だと知っていて飛んだ夜空を閉じ込めた殻が百滴目の朝露に割れるなんて知らなかった唐突に訪れる あかるく生温い風剥き出しとなった骨組みの肋辺りにあった窓が地べたに寝そべってひび割れた空を映している赤い屋根の無くなった空は広くて 自由でだのに夢のようには飛べないあんなにも求めたものは春という滅びのなか 土埃にまみれていてその先はまだ見えない迷子の視線 漂うけれど土踏まずが感じる春の引力だけは確かで水を吸い上げようとするその足がわたしのものだと思い出すと同時に鳴り渡る夕刻のメロディいま帰着地だったところから影の方へと踏み出していく傍らの電信柱に別れを託し後悔を炙り出そうとする夕焼けに背を向けて鳥も人も夢もすべてが去ったあと光の結晶のような綿毛が迷いなく降りたった◆ネット詩誌MY DEARにて頂いた評◆これは、実家を取り壊されたんですねー。きっと自分の思い出のかたまりだったものが、物理的に破壊され、切り刻まれ、えぐられていく気持ちがしたことでしょう。反面で、かつての夢が閉じ込められ、閉ざされことになった「家」というものの象徴、屋根や壁が取り払われたというのに、空は、思ったほどには自由でなかったという現実も突きつけられているようで、そこの対比を特に深い感動で読みました。詩中にある「卵が孵る」は、ここで産まれ、子供時代を育ったことを意味しているようです。部分、部分は心の動きを美しく表現されています。でも全体を見た時に、何故か、雑然として見えるのです。なんでなんだろうと一所懸命考えたんですが(疲れました)、結論は、「卵」じゃないかなと思いました。例えば終連は「卵の孵った」で閉じられていますが、この言葉にはこの詩の骨組みとなるほどの伏線が張られていません。骨にするつもりなら、それなりの配置をしないと。それと、この言葉にはイマジネーションの齟齬があるんじゃないかと思う。「卵が孵る」は、まあ言うと、赤ちゃんで産まれてきて幼児まで、くらいまでのイメージしかないんですよ。ところが、そこに少女時代、青年時代まで、全部含ませようとしてる感じがする。自由にあこがれるところも当然そうした世代だろうと思うのだけど、そこをなんの仕掛けのせずに、一般概念で「卵」と読んでもらえるだろうと思ってるところが、違ってる気がします。そこを、なんの前提もなしに、「卵の時代」と読むのは、ちと無理です。そこに作者の思惑との齟齬がありそうです。そこを「卵」で全部包括したいなら、その部分をはじめ、あと二、三度は「卵」が登場する必要がありそうです。あるいは、私の考えは、逆にこの詩に「卵」はいらないんじゃないかと思っています。「卵」で括ろうとするために、この詩は三重構造みたいに、無理な構造になっているところがあるし、この詩の内容的な主眼になっているのは、「少女時代VS現在」であるような気がします。たしかに産まれた家でもあるのでしょうけど、そこは産まれた家であることを「部分」として描けばいいんじゃないかという気がする。全体を包括させる必要はないと思える。結論として、引き摺っている過去をずっと書き 赤い屋根の無くなった空は 広くて 自由で だのに夢のようには飛べないこの連をターニングポイントとして、現在を書く基本的にこの構造でいいと思います。あとは前後に、変化していく建物風景を入れる。それでいいような気がします。私の意見です。あと、表現で1ヵ所だけ言いたいとこアリ。4連のマグリットの比喩は、ちょっとキビシイなあー 言いたいことはわかるけど。あれは地上から見上げる鳥の角度だから、その向こうに見上げる空が映ってるんであって、いろいろ解釈はあるでしょうけど、その視線角度については必須のものと思える。立ち位置を変えてるだけとはいえ、「見下ろす」という言葉を使っちゃいけないです。比喩が成り立たなくなります。というわけで、この詩はまだ良くなる要素を残した、秀作プラスです。
2022.04.17
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いばらの奥に宝は眠る男は傷つきながら道を進む宝のためにいばらを傷つけることもせずに人々はいばらの奥に棲む龍に彼を差し出した人々の平和のために彼の休息に梟が鳴いていた彼のために友が泣いていた旅の途中男の行く手は絡み合ったいばらによって完全に閉ざされた胸の底へ暗闇が沈んでいき長いあいだ夜の冷たさに身を委ねたバサバサッ彼方から聞こえる鳥の羽ばたき幼いころ手当てした鳥の故郷を飛び立っていった姿が胸の底からよみがえる男はふたたび身を起こすといばらの壁を登りだした登っては落ちるいばらの向こうに覗く夜空は限りなく遠かったけれど限りなく美しかったので落ちては登る鳥が薬草を咥え舞い戻ってきたいばらの棘が星々を宿し光瞬くたびやわらかにほどけ夜明けとともにいばらの道は開かれたその先で彼が龍と出会い宝を手に入れるまでの真実は誰も知らないやがて人々は彼を忘れたたった一人の老いた男を忘れることで人々に平和が訪れた星が流れ産声があがりいつか語られる龍を退治した曾祖父の物語本当に孤独な夜に本当に独りではなかったことを思い出しながら男は眠る薬草で手当てしてやった龍とともに◆ネット詩誌 MY DEAR にて いただいた評◆さやかさん、こんにちは。素敵なタイトルですね。ついついいばら姫を思い出したのですが、こちらはいばらの奥にある宝物を勇者が取りに行くという少しゲームのお話しのような設定になっているようです。って思うんだけど、すごく美しい物語で、表現もすてきですね。佳作一歩手前です。こちら、秋さんこんなに素敵な構成で表現なんだけど、やっぱり、勇者って書いてある部分が多すぎるように思えます。勇者は勇者であるのですが、彼でもいいし、男でもいいはず。表現のアプローチを少し変えるほうがいいかなと思います。なぜなら、勇者っていう言葉がどうしてもゲームとかファンタジーとか、彷彿とさせてしまい、そのことが邪魔をするように感じるからです。ぜひご一考ください。
2022.03.30
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しんしんと降る月光に背を向けて画家はひたすら塗りつぶしていく細く尖った鉛筆の先が闇に溶けながら闇を深くする紙と鉛筆の擦れ合う音は延々と繋がり外側と内側の境を曖昧にしてひたすらひたすら漆黒の闇だけを求め夜の海をどこまでも潜っていくようにひたすら塗りつぶしていくそうして辿り着く深海の底へ画家は静かに鉛筆を置いたゆっくりと閉じられる瞼ふっと漏れるため息の泡が水面へとむかっていく今夜は満月だろうかまなうらの明るさのなかで脈打っている闇に埋もれた遥かな景色水面で泡が弾ける音あるいは蛇口から一滴の水がこぼれる音に画家は再び目を開けまっしろな消しゴムを掴むと闇の一部をそっと消したその瞬間そのひとすじに世界が反転する消しゴムが繊細に闇と触れ合うたび消えていく消えていくそこから浮かびあがる輪郭消えた部分が線となり流れとなり消えることで描かれていく断崖に打ちつけられる怒濤背景には吸い込まれそうな闇だけが有るだとしたら世界は無いのではないか苦しくなるほどに胸から溢れようとする潮騒ああこんな凄まじい情熱を抱え画家はどこを生きているのだろうわたしたちはどこを生きていけばいいのだろう作品「海辺の断崖」篠田教夫篠田教夫様より、大変ありがたいことに作品画像の使用許可を頂くことができました。塗りつぶしたあと消しゴムで描いていくという手法、塗りつぶすまでの労力に衝撃を受け、いつかこの感動を言葉にできたらと思っていました。◆ネット詩誌 MY DEAR にて いただいた評◆小さな鳥居が点景ですね。これにより断崖の陸地側を明確にしています。でも、ただ明確にしてるだけでなく、打ち付ける波しぶきにスケール感を感じさせるための、縮尺にもなっています。書き方も凄いけど、構図の取り方も凄く感心しました。第一印象はそれでしたけど、いやこれは違うな。景勝地で、断崖の下の方に浸食されて洞穴になってるところがありますけど、そういうところって誰か偉人がそこで何かした所だとか云われがあって、洞穴の奥が祀られてることがありますよね。その鳥居はそれですね。だから本当は周りは断崖絶壁の岩なんだけど、岩の代わりに波しぶきでロケーションを象徴的に描いているようです。だからそれは、断崖絶壁の洞穴にも見え、断崖絶壁に打ち当たる波にも見え、って感じの描き方ですね。波でもって、そこの断崖の荒々しさを象徴したいのでしょう。そこの抽象のやり方は、葉っぱ一枚で木を表したマグリットのやり方にも通ずるところがありますね。日本画と洋画の垣根を超える描き方だと思います。おもしろいです。また、遠目に一色に見えるけど、実は細かく書き込まれたものが折り重なって一色に見えているという手法は、私もとても好きですよ。そこまでは他の画家でもあるのですが、絵の深さが違いますよね。その部分というのは、いくら見ても、何度見ても飽きません。日本画の絵筆でそれをする人も相当細かいんですが、鉛筆だとさらに細かいでしょうね。そして、この画家ならでは特徴は消しゴム使いなんですね。水墨画ともまた違う境地ですね。そこは全く独創的です。作品ですが、目を閉じてから開くところ(消しゴム開始)までの連の表現がまずステキでした。それから「消す」ことで絵が生命を得るところも。消えた部分が線となり流れとなり消えることで描かれていくだとしたら世界は無いのではないかこの後者の思い切った思考はステキでした。あと、ラストの3~4連も、感動してるのがよく伝わってくる表現で良かった。こんなふうに表現され、賞賛される画家は幸せだろうなあと思った。まあ、この詩は、その絵を見てから読まなきゃいけないというところで、致し方なく限定がつくところがあるので、秀作プラスにとどめますが、絵に感銘を受けて書かれた詩というのは、世の中にままある中で、これは良い方の作に感じました。個人詩集とか出される際には、堂々とラインナップに入れていい作だと思います。一点いうと、タイトルは変えたほうがいいし、副題をおいた方がいいです。例ですが、 消して命を吹き込む ── 篠田教夫「海辺の断崖」に寄せてこんな感じです。絵とは別の、独立した感慨とまで言えませんので、絵に因んでの作にしてしまった方がいいと思います。
2022.03.19
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それは遠い昔わたくしがお人形だった頃のお話ご主人様の指先とわたくしの肢体が銀の糸で結ばれていた頃のご主人様がピアノを弾くと糸を伝わりわたくしは踊り出します踊っている姿をご主人様は大変喜んでくれました愛してくれましたけれどご主人様が指を動かすたびにわたくしの肢体はきりきりと締めつけられるのです「いたい・・・」お人形の言葉は聞こえません顔を苦痛に歪めることもできません軽やかに踊り続けますご主人様が眠るとき二人をつなぐ糸はゆるみわたくしの体には糸の痕だけが残りますその痕を見ながらわたくしは毎晩不安に駆られるのですご主人様は 眠っているときのわたくしを愛しているのか とある朝のこと疲れきっていたわたくしは寝坊をしてしまったのですご主人様がピアノを弾いてもお人形は動きません怒ったご主人様はお人形を踏みつけました潰されたのはおそらく体だけではなかったでしょうその夜銀の糸は銀の鋏で切られました糸を切ったのはご主人様ではなくわたくしです作られて初めて自分の意志で動きました朝起きてお人形が居なくなり切れた糸にご主人様は狂います心が壊れるほどご主人様にはいえ独りの少女にはお人形が必要だったのです愛されたことの無い少女が愛し方を知らなかったのはきっと誰のせいでもないでしょうそれは遠い昔わたくしがお人形だった頃のお話わたくしは今ピアノを弾いています指先に銀の糸を光らせながら◆いただいた評◆秋さん、タイトルがすてきですね。わくわくと読み始めたんですが、期待を裏切らなかったです。すばらしい物語の世界がそこにありました。この発想はとてもよかったし、最後の方向性にも感心しました。佳作おまけです。ここは作者の自由ですが、わたしからすると句読点なしで仕立ててもらえたらもっとよかったな。こだわりがあるようでしたらこのままでいいです。そうすると行替えとか連作りとか全て変わってくると思います。糸を切ったのがお人形だったこと、それが本当によかったです。
2022.02.27
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きらめく川の流れのなか一羽の白鷺が立っている 真昼淋しさからも別れからも遠いから 油断した影を連れて歩んでいたのに ふいにわたしの視界に現れて淋しさや別れをよみがえらせる 祈りを失った青すぎる空に水音は吸い上げられて しじま 何かを待ち続けるか細い脚が凛と突き刺さっている 底のわずかな温かさをおもう 川はほんとうに流れているだろうか時はほんとうに流れているだろうか そんな懸念にわたしは水面に映る輪郭をひたむきに辿る まなざしのゆくえ 眩しさのなかで揺れているのは いつでもまっしろだとおもっていた祖母の割烹着 柔らかくて固いその手ざわり いま触れたくて 手を差し出せば光とともにほどけ風に溶けてしまった あっとおもわず漏れる声に見向きもせず白鷺が飛び立った わたしはまたあっさりと拒絶され取り残される地上に◆いただいた評◆ 祈りを失った青すぎる空に 水音は吸い上げられてこの表現、すばらしいですね。また、この文脈の中での、 川はほんとうに流れているだろうか 時はほんとうに流れているだろうかの感慨もステキで、読んでて自分が浄化されてく気がします。また、突然現われた一羽の白鷺から「祖母の割烹着」姿を思い浮かべるシーンもステキです。ここがこの詩のクライマックスと思えます。秋さんは表現が上質なので、たとえば同じものを書いても、秋さんが書くと絵画になる、という感じですね。なかなかこうはいかんです。後半、もうちょっと仕上げましょうか。まず11連、「まなざしのゆくすえ」は、特段のこだわりなければ「まなざしのゆくえ」でいいと思う。「ゆくすえ」にすると違うことまで範囲を広げて考えてしまうが、ここはあっさり指さした先に視線をやってくれればいい行に思える。あと、「割烹着」の幻想のあとは、スローモーションで進みたい気がする。 柔らかくて固い その手ざわり いま 触れたくて 手を差し出せば 光とともにほどけ 風に溶けてしまった あっと おもわず漏れる声に 見向きもせず 白鷺は飛び立つ わたしはまた あっさりと拒絶され 地上に取り残されるこんな感じです。詩行一つ一つが洗練されているので、切り離しても大丈夫です。むしろ1行1行味わいたい詩行ですね。私はこっちの方がオススメです。瀬未さん的息づかいですが、こっちの方が合う気がする。うむ、割烹着の幻想は良かったな。「割烹着」というアイテムそのものが、時代性やその人らしさのムードを引き連れてきます。また、その前後の表現も洗練されてて、美しかったです。指摘した点の一考を条件に、名作としましょう。
2022.02.19
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コスモスが揺れていたさみしくて揺れていた触れ合いたくて揺れていた泣きたくて揺れていた風から伝え聞いた山々の向こうの波をおもって揺れていた薄明るい満月の夜暗闇を纏って近づいてきた雄鹿にかぷと食べられたあれはいつかのわたし熱い胃液に溶かされていくなかでさいごに聞いたのは暗闇を突き破る銃声だったけれど闇は より一層闇を深め命から命へと流れていった巡り来るふたたびの秋沈殿する夜のなか透きとおったものと透きとおったものが混じり合いひとつの輪郭となり月を満たしていく脈打つ光のまぶしさに目覚めると朝露に濡れて咲いたばかりのコスモスではなく朝露を壊してきたようなちいさな足に驚いて泣いた泣けたことに驚いてまた泣いたわたしはいまさみしくて歩いているあなたに会うために歩いている泣かないために歩いているあなたと海を見るために歩いている風に靡く白い髪の毛先からきらきらと零れていく記憶やわらかな土の感触雨の夜のしずかな歌ともに揺れていた仲間のこと振り返らない足跡に忘れられたものたちは仄かに光っているだろうかいつかまた夕日に透ける花びらのような嬰児の耳を見つめるときわたしはすべてを思い出しコスモス畑に還ってゆくだろうあの日の鹿のように◆いただいた評◆今回は珍しく、刺激的な言葉が多い作品で、きましたね。コスモスが擬人化されていますが、生々流転していきます。波瀾万丈の物語は、どこかご自分自身の人生模様と重ねあわされてるところがあるように感じられて読みました。にしても、ラストの「野垂れ死にたい」は、ちょっとな。もともと言葉がキレイで柔らかい人だし、特に詩の後半は元どおりの詩風に戻ってる中、この1行だけ荒く突出していて、ここが一番気になりました。「コスモス畑で野垂れ死にたい」は映画のワンシーンみたいでステキですけどね。きっと究極するとこの言葉になってくるんでしょうけど、でもこの置き方は流れの中で突出してるので、あるいは言葉を足すか、組み合わせ変えるかしてでも、ちょっとマイルド化を図ってみて下さい。5連ラストに「命から命へと流れていった」のひとこと前フリがあり、6連ではそれを具体的に、新たな命の誕生までを描かれてるなと感じましたが、ご自身にとって大事な部分であるとは思うのですが、全体バランスからすると、やっぱりここだけ凄く長いかなの感があるので、少し削れたら削りたいとこです。今回は、秋さんとしては本来の書き方でなく、ちょっと実験作or冒険作な書き方ではなかったでしょうか。しかしながら内容にある、コスモスの生々流転は、どこか作者の人生の紆余曲折と重なってるようで、中身はしっかりありました。何ヶ月か置いてから見直されたら、この詩、もうひと息まとまるかもしれませんから、やってみて下さい。秀作プラスとしましょう。
2021.12.27
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黄昏影絵のような世界に椋鳥の影は散骨されていくセピア色の商店街に人々は吸い込まれ無表情のまま籠を満たしていくけれどそれは本物だろうか椋鳥の影ほどに本物だろうか生温い二の腕は触れ合うけれどそこには何もないように視線は孤独のまま漂うわずかに傷んだ果実は店先から空へと甘い腐臭を放つ青黒くとろりと流れる空気の波は淡々と人々を帰着させ積み上げられたがらんどうの籠は蛍光灯の光を溜めているわたしは星に少しだけ近づける丘の上へ無性に行きたくなって一際冷たそうな檸檬だけを掴み取った椋鳥の影の溶けた夕闇に迷ってしまわないようにまたここに戻って来られるように◆いただいた評◆初連に「影絵」の示唆があり、2連以降、無言、無表情な人々の営みが、みな影絵ではないのか?と問いかけるようです。また、この詩全体も陰影を中心に情景が描かれて行っています。こういう詩全体への暗喩の仕掛けができるのは、さすがの力量ですね。5連の果実の腐臭。6連の「青黒く/とろりと流れる」の空気の表情も、この詩を脇役的に、詩情を深くしてくれています。8連の「星の丘」は、それらから浄化されたというか、脱出するような美しい場所を対照的に置かれていて、そこもホッとする場所でした。「檸檬」と聞いて、「レモン哀歌」を先に思い出すのは私くらいのもので、これはちょっと梶井基次郎風ですね。でも現状を打破するアイテムというよりは、違和感だらけの現実をちょっとだけクリアーしてに、自分を現実に繋ぎ留めてくれる存在的な感じです。いいですね。既製品に頼らず、今現在のリアルを取り入れ、向き合いながら、それでいて詩情は深いです。正直なところ、檸檬よりムクドリのほうがインパクトがあるので、そちらで印象を残していく詩です。またコロナ以降、無言で買い物する人が増えたので、それで余計に無表情な人波の中に生きている感が増しているというのも然りです。リアルタイムな夕暮れが描かれていると思う。名作あげましょう。1ヵ所だけあります。4連の二の腕で触れあうで、自身も買い物に入ってる感があります。それなので、7連で「後に残された/がらんどうの籠」が出てくると、そこで自身も買い物が終わった感に感じてしまう。すると9連の檸檬は、もう一度引き返して買いに行ったみたいになるので、そこの順序感が引っ掛かるんです。その7連初行の「後に残された」はやめたほうがいいです。 積み上げられた がらんどうの籠は 蛍光灯の光を溜めているという感じに、6連を受けた7連にしないで、中立的な風景に描いてしまった方がいいと思います。案ですが。ここからは余談ですが、これ、駅前とか中心街の街路樹を、ムクドリが寝床にしちゃってるパターンですよね。夕暮れ時になると、ムクドリが群がって、街路樹に寝に帰ってくるんですよ。私、近隣でもこのパターンのところ知ってますし、NHK「ダーウィンが来た」でもやっていたので、全国的にムクドリのこのパターンの行動が増えているのかもしれません。動物が、むしろ人が多い都市部を利用して、棲み着こうとするパターンですね。なにせハンパな数じゃありませんので、糞害など、結構迷惑な部分もあるので、オオタカかハヤブサが、ムクドリを狙ってやって来てくれると、ちょっとは逃げるので、いいんですけどね。
2021.11.29
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いちじくを囓るとき私はいつも彼女の乳房を思い出すほらと左の口元だけ笑いながら私の手を掴むと躊躇いもなく自身の胸へと引き寄せてそのしこりに当てたちいさかったころ一緒に遊んだビー玉がそんなところに入ってしまったのだろうかなどと遠のく思考を繋ぎ止めるように冷えていく指先どちらかが失恋すると必ず二人で行った鎌倉の海は何もかも問題ないような穏やかさで包んでくれたけれど「もし、悪性でも、産みたいの」そう言い残して彼女の消えた雑踏は引き潮のように私だけを置き去りにしたいつかの海に独りで佇むような心細さで無音の波に打たれ続けた数日後「良性だったよ」と報告を受けるまで胎児もまた無音の波に暖かく守られていたのだろうかそれとも胎児が彼女の決意と畏れを包むように守っていたのだろうか私たちはまたいつでも二人で鎌倉の海に行くことができるけれどいちじくを囓るとき紅く開かれた無抵抗な果実に私はいつも彼女の乳房を思い出す◆いただいた評◆秋さんこんにちは。またお会いできて嬉しいです。突然ですが、この地球上には女(メス)と男(オス)がある。これにはそうである理由がある(らしい)のですが、原始地球には、生物は卵子だけだったようです。そこに後から精子が出来上がったのですが、それは次世代に繋ぐ遺伝子の伝承のために、いわば付属的必要だったようです。いずれにしましてもメスとオスは必要なパートナーとなったわけですが、そこにはそれなりの役割器官が必要でした。女に乳房が必要なのもそのためです。(と、俄か仕立てのことを前提にして)彼女は乳がんではないかと疑っている。そのために様々な葛藤を抱きながら、悩んでいる。それを傍で見守る作者も不安な想像を想う。そこを鎌倉の海に託して、その想いに揺れるのです。が、では「イチジク」は何のためだったのかと不思議でした。イチジクの形状から発した乳房への想像では、秋さんにしては安直です。「イチジク」は無花果として、それだけで充分成立出来る詩材だと思われるからです。。私は20年前に「無花果」と言う詩を書きましたが、花弁の中に花を咲かす無花果の姿態と生命力に対して、とても刺激的だったことを思い出しました。そのためか「イチジク」に対して必要に敏感なのかもしれませんが、折角の詩材です、「イチジク」だけでもって詩を完成したいと思われます。とは言え、詩の完成度は高いものです。お作、「佳作」です。
2021.11.22
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美しいものは無いのですほんとうに美しいものなど無いのです光を泳がせる紺碧の海が美しいわけではないのです余熱を沈めていく紺青の空が美しいわけではないのです闇を柔らかくしていくかはたれの囀りが美しいわけではないのですわたしの心があなたの心があるとき、それらをうつくしいと決めたのです深く震える溜息の代わりにすこし湿った瞬きの代わりにそれでももしほんとうに美しいものの在り処を知りたいのなら遡っていかなくてはならないのです心というものの軌跡を月も星もない夜望遠鏡を覗きこむようにどこまでもどこまでも◆いただいた評◆秋さん、こんにちは。いやいや、これはまたとっても素晴らしい作品ですね。佳作です。人の心が決めることのなんて多いことでしょうね。美しさも幸せも悲しみも全部全部、それ自体は空気のように軽く見えないもので、心を覗き込んでそこにある、ただそれだけのものなんですよね。それでもやっぱりそれを心に抱くことはとても幸せです。そんなことを思いました。直すところはありませんでした。
2021.11.08
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秋蝶がさざ波を連れてくる空の青さに溺れながらわたしのなかの水が震え冷えてゆく指先に蝶が止まる閉じていく翅祈るように沈むようにくちづけのようにほんとうの呼吸を思い出してゆっくりと張り裂けないように青さを吸うたましいのなかへ呼吸のたび翅は徐々に透けて指先のなかに溶けていく嗚呼これはわたしの指だったのか嗚呼これはわたしの心だったのか嗚呼これはあなただったのか戻ってきた指を少しだけ舐めてみればやはり甘くて苦いいつのまにか孤独は消えている◆いただいた評◆うーーん、ナルホド。蝶は、夢か現か、心が生み出した幻想であったのかもしれません。しかしながら、荒波だった孤独は、さざ波へと癒されているようです。なかなかダイナミックな展開をしますね。それでいて、きちんとおさめてきます。さすがです。細かいこと言いますが、7連に「戻ってきた指」がありますから、2連の 冷えてゆく 指先の 死んでゆくものと 生まれてゆくものの狭間これは、指先をいったん消したいんだろうと思う。これ、「指先の」と「の」で続いてますから、 指先の 死んでゆくものと 生まれてゆくものの狭間と読むと、指先にだけ生死があるようで、ちょっと想像しにくいものがあるんです。あとの脈絡に差し支えるかもしれませんが、この連のことだけをいうと、 わたしのなかの水が震え 冷えてゆく指先 死んでゆくものと 生まれてゆくものの狭間に 蝶が止まるホントは、こうしたいとこですけどね。あるいは、見えている指先に蝶の翅を溶け込ませても別にいいので、ここは、ここまで極端な表現しなくていいのかもしれない、とも思います。秋さやかさんは、私は初回になりますので、今回は感想のみです。
2021.11.01
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ふと見上げた空と地上の狭間から風花が受粉のように舞い降りるおもわず手を差し出すと欠損の小指のなかへ吸い込まれていったひやりと光る胸底浮かびあがったのは妻の笑顔だった気がしたがそれは一瞬のことで体内はまた昏くなる夕闇に吸い込まれたあの日の約束絡めた指のぬくみは確かに覚えているのにどんな約束だったのか思い出せないはやく思い出せと風花が触れるたび空に取り残された指が明るく痛むいま何かに触れたなら静電気のような棘で決して許されない傷をつけてしまいそうでもしくは異物のような優しさにこちらが発火してしまいそうで真っ黒な革の手袋を嵌めてみる退院の日に妻から贈られた手袋をようやく嵌めてみるそれは想像どおり暖かくて肉体へ閉じ込めた明けない夜が溢れ出さないように肉体ごと崩れていかないように両手で顔を覆うとかすかな獣の匂いふわ と柔らかな毛に触れたような懐かしいような感覚が重たい血の巡りとともに広がっていくあの日の残光回りだす影絵の灯籠のなかで あゝ そうだ指と指の解けたところから言葉の終わりがよみがえる 犬 まっしろな指の隙間から滑りこむ風はあの日と同じ冷たさでもういちど空を見上げた 真っ白で雪のような 犬を飼おうと言ったのだ◆いただいた評◆1 秋さやかさん 「風花」 10/20 僕にとって初めてのかたなので、今回は感想を。よろしくお願い致します。風景と心情が無理なく溶け合って、ほのかに物語性も感じられます。一点だけ疑問点があるので、早めに出しておきます。「欠損の小指とは何か?指や手袋が他所にも複数修辞的に出て来るので、これは即物的な物ではなく、何かの比喩か?それと退院は何か関係があるのか?」―このあたり、読み手は少し引っ掛かり、ストレスを感じ心配するわけです。約束がこの詩のひとつの柱になっているのですが、それを早めに出しておいて「ふわ と」「あゝ そうだ」「犬 まっしろな」と段階を踏んで展開し、最後に行き着くさまは、とても上手いですね。これを読むと、妻は少し離れているような感触があります。表現方法は「「それは想像どおり~」から「~灯籠のなかで」などが挙げられるように巧みさがあります。やや気になったのは上記、疑問点だけです。なかなか書けます。読ませます。
2021.10.25
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