"Leg godt"
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最後にブログを書いてから、早一年が経とうとしている。オーストラリアから帰ってきて、半年フリーターしながら就職活動をした。今は建築業界でデスクワークの日々だが、全く面白くない。休日に遊ぶ金を稼ぐために働いているようなもので、死んだ顔をしながらパソコンに向かうのはもう嫌だ。営業先でお客様と話していると多少救われることもあるが、俺にはこの働き方は向いていない。今まで散々遊んできたツケと言われればそれまでだが、必死でやってきたかと言われれば答えようもない。誰かのために頑張るのか、自分のために頑張るのか。自分の価値を不当に低く見積もって、諦観のもとに数年を過ごしてきた。いわゆる自己肯定感が著しく欠如していた状態である。自己肯定感が低いと、人間何が問題か。まず、自己肯定感が著しく低いことと、謙虚であることは、全く別の話だと思う。謙虚さは自分の実力を客観的に見て正当に把握し、それ以上または以下の実力者に対してそれ相応の対応ができる力だ。出来ない者には親切に自分のレベルまで引き上げ、出来る者には素直に従い教えを乞う。分野によってもその度合いはもちろん異なる。一方自己肯定感の低さというのは、まず自分のレベルを正しく認識せず、そして不当に低く決めつけることだ。だから何かに挑戦しようとしても「どうせ自分だから」というところにあらかじめ逃げ道を作るため、挑戦することに真剣になれない。失敗したら「ああやっぱり」だし、成功したら「運よくうまくいった」。真面目に取り組まないから成功率はどんどん落ちる。「ああやっぱり」が増えていく。それは自分の自分自身に対しての信頼を損ねていくことになる。自信がなくなると、人はわからなくなる。目の前に並んでいる皿の数さえまともに数えられなくなる。いや、数えられはするのだけど、それが本当にその枚数で合っているのか確証がもてなくなるのだ。自分で数えた結果に対して自信がないから。自律神経の働きがどんどん低下していく。負のスパイラルを脱するためには、まず外に出ること。そして、自分の価値を認めてくれる良き友人がいること。少なくとも自分はそうだ。そして簡単な身の回りの物事でいいので、それらを確実に断定的に捉え、継続的に行動に移す訓練をすること。ゴミの日は何曜日、今朝乗る電車は何分発、これから行く場所はどれくらい離れていてそこへ行くためには何でどうやって行くか。その通りに行動してみる。予定を立てる。実行に移す。そうやって自分自身への信頼を回復していく。そして絶対に人との繋がりを絶たない。これらの作業は半年から数年の苦しみを伴う。常に頭に負荷をかけ続けるからだ。身体が鉛のように重いときもある。できないこともある。しかし大事なのは、自分で決めた決まりを毎日細く長く継続していくことだ。自分の場合は自転車をやっていたので、半分逃げるようにしながらも常に文字通り動き回っていた。そして数は少ないながらも信頼できる友人がいたので、自分はつまらない人間だと思いつつも彼らと遊んでいた。そして2月に就職し、毎日一定の緊張感が保たれる時間ができた。緊張感はストレスとなって脳に負荷をかけ一時的にそのパフォーマンスを低下させるが、環境に適応してくれば適度なストレスとなってメリハリのある毎日を作るための大事な材料になる。ストレスは多すぎても少なすぎてもいけない。ここ一ヶ月ほどだが、夜は日付が変わる前に寝床に入り、朝は5時30分には起きて30分ほど音読をする生活をしている。これがなかなか良い朝をもたらしてくれる。余力があるときはエアロバイクを漕ぐ。圧倒的に自転車に乗る時間が不足している毎日で、この世間でいうところの「朝活」は自分にとって非常に大事だ。たとえそのあとの一日がどんなにだらけたものであっても、全く無意味ではなかったと感じられる。全てを放棄した数年間を取り戻すのは不可能だ。しかし今この瞬間の気づきをスタートとして、もっと長期的な目線で未来を向いていきたい。そして、不毛の時代に自分を見捨てなかった人々をはじめとして、もっと楽しい時間を提供していけたらと思う。自転車が好きだ。山が好きだ。プールが好きだ。良い景色が好きだ。旅が好きだ。友達が好きだ。彼女が好きだ。楽しいことが好きだ。もがく。
2015.09.09