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一体何が不満だというのだ。小姐が何をしたというのだ。もう母親を名乗る資格はない!まさに人面獣心、いや、獣といえば獣が気を悪くする。あの慟哭。どんなに怖かっただろう。私は、絶対に許されないことを小姐にしてしまった。*** ブログは暫く休止するかもしれません ***
2006/06/12
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些細な理由とはいえ、何度言っても聞かない小姐に嫌気がさし、吐き捨てるように「もうっ!アンタなんか知らん」と言ってしまった。すると小姐は「お母さん嫌い。怒るもん」。後頭部をハンマーで殴られたような気がした。小姐が自分の気持ちを言葉でうまく表現できるようになった今、これほどまでにストレートに耳を劈く台詞は他にないといえるだろう。「あっそ!嫌いで結構。お母さんだって言うこと聞かんような子は嫌い」と返した私は、なんて大人気ないのだろう。かっこ悪すぎるぞ!思えば私も、口うるさい自分の母が嫌いだった。どうしてこんなに干渉するのか、機関銃のように命令ばかりするのか、と。結局私も小姐に対して似たような接し方をしているではないか。母は、同居の祖母との関係が悪かったので(祖母が鬼のような姑だった)、私に八つ当たりしていた節があって申し訳なかったと謝罪された。勿論それだけではなく、私がズボラだったのも事実だと思うし、子どもを育てる苦労は並大抵ではないと実感している今、母を責める気にはならないが、当時は、どうして私はこんなに厳しく育てられているのだろうかと不満に思っていた。そして友達のお母さんを見て、優しそうで羨ましいと思っていた。小姐も、同じことを思うのだろうか。親は選べないというが、私みたいにイライラしてばかりで口うるさい母親より、優しくて穏やかな、育児を楽しめる母親に育てられたほうが幸せだろうな…。かわいくないわけではない。しかし私は、自分が演技をしているように感じている。もっと言えば、照れている。「優しいお母さん」になりたいと思いつつ、心のどこかで、それはキャラじゃないと拒んでいるのかもしれない。いやはや、救いようがないですな…。夜、お風呂に入る前に、また言うことを聞かなかったので、カッとなったのだが、この子は私の所有物じゃない、いくら子どもだからって私とは別の人格をもっているんだ、そもそも親の思いどおりになんかなりっこないんだから…と思い直し、敢えて知らん振りをした。しばらくして「お母さんは怒るから嫌いなんでしょ」と聞くと、小姐は慌てて首を横に振った。誘導尋問みたいでいやらしかったかな…と思いながらも、ホッとした。億より大きい数の単位とは。一兆、一京…。一番大きいのは無量大数。宇宙は無限大。こんなに広い宇宙の中で、小姐と出会ったのは、宇宙分の一の確率といえよう。こんなややこしい母親のもとに、よくぞ生まれてきてくれたものだ。カッとなったら、生まれた時の感激を思い出してみよう。
2006/06/09
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同じ歳の坊と甥が何かと比較されやすいのと同様に、私と義妹は、同じ「嫁」という立場であるが故に比較の対象になりやすい。義母曰く、義妹は穏やかだという。長年つきあった末に結婚した義弟でさえ、義妹が怒ったのを見た覚えがないという。たまにしか会わない私は、義妹を断片的にしか見ることができないが、甥に対して声を荒らげるわけでもないし、やはり穏やかなのだろう、私のような短気な人間とは違うのだ、対極にいるのだ…と思っていた。今日、初めて義妹の家に遊びに行ったのだが、義父母の家で見る義妹の姿とは、心なしか違っていた。勿論 穏やかには変わりないが、自宅での姿が本来の姿であろうことには疑う余地がない。そりゃ~1歳の子どもがいたら、つい「うるさい」と口にすることはありますよ、ええ。いくら義妹が優しかろうと、聖人君子じゃないんですから、ええ。イライラしないほうがおかしいんです、もし万が一イライラしないなんて本気で言う人がいたら名乗り出てくださいな。あの程度なら怒るという範疇ではないが(私の雷に比べたら1万分の1以下だ)、そういう言葉すら縁がないのかと信じ込んでいた私が盲目だった(苦笑)。私たちが帰る時 甥は寝ていたので、義妹が玄関まで坊を抱っこしてきてくれたのだが、私に向かって手を振るではないか。何、泊まっていくの?小学生くらいになったら、泊まりに行き来するっていうのも楽しそうだけどね!
2006/06/03
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スイミングのレッスン中、母親はギャラリーから子どもの様子を見ているのだが、全員で8人いて、いつも決まった人どうし くっついて話している。一番の新参者である私は、いつも1人でポツンとしている。なんとなく、話しかけにくい雰囲気なのだ。(私が人見知りの激しい性格だというせいも多分にあるのだが)別に、他のお母さんと喋りたくて来ているわけではないし、こういうのは ちまたの育児イベントでも慣れっこだが…。しかし、すぐ隣(3mも離れていない)に座っていると、話の内容は全部聞こえてしまう。耳をダンボにしなくても、否が応でも聞こえるのである。今日隣にいた人たち(Aさん、Bさんとする)の話を聞いて、私はホッとした。Aさんの娘は4月に3歳の誕生日を迎えたらしく、5月から幼稚園に入ったそうだ。仲良くしている近所の子どもが皆1つ上の学年でこの4月から幼稚園に入ったため、昼間ちょっと寂しくなった、自分は普通に年少から入れるつもりだったけど、近所の子が行っている幼稚園は満3歳で受け入れてくれるし、1つ上の学年で早生まれの子と大差ないから、と思い切って入園させたそうだ。Aさん「幼稚園に入れて、正直ホッとしているのよ。家にいても時間を持て余してたから」Bさん「やっぱりそう?うちの子は○○ちゃん(Aさんの娘)よりさらに1学年下だからまだまだ先は長いわ~。それこそ毎日何して過ごそうかって悩みの種だわ~。○○ちゃんは毎日どうやって過ごしていたの?」Aさん「私は旦那の転勤でこの土地に来たから、最初は友達が1人もいなくてね、ネットで片っ端から調べて、市の育児イベントとか保育園の園庭解放とか行きまくったの。そしたらだんだん友達ができて、その人たちと公園行ったり、家にお邪魔したり…。とにかく、毎日のように予定を入れて、できるだけ暇を作らないようにしてた」Bさん「そっか~。やっぱりそうでもしないと子どもが退屈よね~」以下、○○保育園はどうだとか△△幼稚園はどうだとか、子育て支援活動の話が続いた。「家にいても時間を持て余す」「幼稚園に入れて正直ホッとした」、同じことを考えている人がいる!と嬉しくなった。Aさんは穏やかな感じで、レッスンが終わって戻ってきた子どもを迎える時もいかにも優しいお母さんだけど、なーんだ、実は持て余していたのねぇ~。昔からの短気がちっとも直らなくて、小姐や坊によく罵声をとばしてしまう私は、なんて酷い母親なんだろうと自分を責め続け、他の優しそうな母親を見て愕然とするのだが、いやいやどうして、他の人だって表面上は優しそうに見えるだけで、実は家ではガミガミ言っている人だっているかもしれないし、そういう本音をポロッと聞くと、人間らしいというか、心配しなくても私だけがとりたてて ろくでもないわけじゃないよ、皆そんなに立派な子育てしているわけじゃないよ、と気が楽になるのである。
2006/06/02
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実は今まで一度たりとも、私1人で小姐と坊を連れて買い物に行ったことがなかった。理由は、大変なのが目に見えているから。未就園児を2人連れて買い物している人なんていくらでもいるのだから、私がへっぴり腰なだけだ、と思いつつ、あのアバレンジャーどもを連れて買い物なんて想像しただけで恐ろしくて、わざわざ火中の栗を拾いに行くようなマネをすることはない、と生協の個人宅配と、土日の買い物(どちらか1人を夫に任せる)によって調達していた。今日は、小姐のサンダルを買いにブランシェスのショップへ出かけた。ゆっくり見たいので、いつもなら母に預けるところだが、さすがにサンダルは履いてみないと買えないので、本人を連れて行かねばなるまい。ならば坊だけ預けようかとも考えたが、それだけのために預けるのも申し訳ないし、サンダルを買うだけなら2人いたってどうにかなるだろう、と初めて2人とも連れて出かけたのである。最初はカートを2台押していた。片手で1台ずつ押すのは難儀である。うまく力が入らず、蛇行してしまうのである。前かがみになり、体重をかけて押していく。だんだん腰が痛くなる。かといって、一番大きいカートの子どもを乗せるところに坊を乗せ、荷物を載せるところに小姐を乗せるなんてルール違反はしたくない(よく見る光景だが)。エレベーターからブランシェスまではカート2台だったが、サンダルを履くために降りた。用が済んでも、もう乗りたくないという。自分1人だけならそんなことは言わないはずだが、坊がいるので、坊が乗っているカートを押したいというのだ。それならそれでいいやと小姐のしたいようにさせ、カートを1台戻した。目的はブランシェスだけだったので、そのまま帰るつもりだったのだが、そういえば卵を切らしていた、ヨーグルトも残り少なかったと思い出した。一瞬迷ったが、卵とヨーグルトを買うだけなら2人連れていても大丈夫だろうと、1階の食品売り場へ向かうことにした。小姐は、カートに乗っていなければ勝手にどこかへ行ってしまう。先日、義母と一緒に買い物に行った時も、カートは嫌だと言い張り(私と2人だけの時は進んで乗るくせに)、目に入った商品めがけて突進するという行動をくり返すので、追いかけて注意する私はほとほと疲れてしまった。少しでも放っておけば、肉や魚のパックに指を突っ込もうとする。こんなヤツを野放しにしておくわけにはいかんのだ!!!そんな小姐だから、今は坊のカートを押すと言っていても、いざ食品売り場に行ったら見る物見る物触りたくて逃走するに違いない、と不安で不安でたまらなかった。しかし、だからといって避けてばかりもいられまい。「勝手に走って行かないでよ!はぐれたら帰れないよ!」と何度も何度も念を押した。卵とヨーグルト以外にも数点買ったのだが、手に取った商品をかごの中に入れるという作業を小姐にやらせたら、退屈しなかったようで、勝手にどこかに行ってしまうことは一度もなかった。1つだけと決めたお菓子もすんなり選んで、無事にレジまで到達することができた。あらかじめ何を買うかが決まっていて(しかも少なくて)、用のない列を通らなければ、滞在時間が短くて済むため、2人連れていてもなんとかなりそうだと少し自信がついた。ただ、それでも疲れることには違いないのだが…。
2006/05/25
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市が開設する「生涯学習市民大学」で、CAPの人権講座を受講することになった。CAPとは、Child(子どもへの)Assault(暴力)Prevention(防止)。1978年にアメリカのオハイオ州のレイプ救援センターにて誕生し、日本には1985年に紹介され、各地でNPO法人センターが設立されている。すべての子どもたちが、自分の心と体を大切にして生きていくための人権意識を育てると同時にさまざまな暴力やいじめから、子ども自身が自分を守るための人権教育をおこなっている。暴力とは、人の心と体を深く傷つける行為であり、人の権利を侵害することである。子どもをとりまく環境での暴力を考えてみると、家庭では、躾という名の体罰、家庭内暴力、DVを見てしまった子どもの心理的ダメージ等。学校では、いじめ、体罰、セクハラ等。地域では、痴漢、誘拐、村八分、殺人等。そして自分から自分への暴力として、薬物、自殺、リストカット、過度のダイエット等がある。世界規模でみれば、戦争やテロという暴力の最たるものがある。今、何故CAPが必要か。子どもは何故 暴力を受けやすいのだろうか。一つは、子どもは社会的地位を持たされていないからである。親が、子どもは弱い存在だから守ってやらねばと思いすぎると、親の所有物になりかねないのである。安心・自信・自由という三つの大切な権利を持っていることを教え、力づけていく必要がある。もう一つは、子どもは知識や経験に欠けるからである。年齢に応じてできることを具体的に教え、問題解決力を育てる必要がある。暴力を防止するために、権利という視点から考えてみよう。権利とは、生きていくためになくてはならないもの(基本的人権)である。人権意識(自尊感情)が育てば、自分を大切にすることができる。私はこの世にたった一人しかいない大切な存在なのだ、と。個人個人は、かけがえのない存在。決して高飛車になるのではなく、しかしながら、この私に何をするの!という毅然とした態度で暴力に立ち向かう勇気をもちたい。大人が子どもの力を信じ、子どもが本来持っている力を引き出し、勇気づけられるようなかかわり方をする(エンパワメント)のが望ましいが、それでは、信頼される大人であるためにできることは何だろうか。それは子どもの話を聴くことである。聴いてくれる人がいて初めて話すことができるのだ。但し、誰にいつ話すかは子どもが決めることであって、無理矢理聞き出すべきではない。安心だと感じた時、子どもは自ら口を開くだろう。そして、聴く時に気をつけることは、質問などは後回しにして とにかく最後まで聴く。「私もそうだったのよ」などと、自分の話をもってきて途中でへし折らない。問題を解決することより、気持ちをわかってくれる人に出会うことのほうが重要である。「そうか~、そうだったんだね」と共感してもらえることで、子どもの自尊感情が回復する。安心と自信が回復してくると、自分で決める力(自由)も回復してくるのである。私は、小姐がいろいろ言ってくると「今忙しいから後にして」と退けてしまうことがよくあるが、「後で」と言ったなら、本当に後できちんと聞いてやらなければならない。できない約束はしてはいけない。相手が弱冠2歳の子どもだろうと、ごまかしてはいけない。講座では、講話を聴きながらところどころディスカッションの時間があったのだが、「どんな意見も尊重する」という決まりごとがあった。皆と正反対のことを言っても批難しない。「その質問には答えたくない」も結構。いいねぇ、その約束!何を隠そう 私は子どもの頃から、異端児と言われ続けてきたのである。少数派の意見ばかり言うので、協調性がないとか さんざん批難されたものだ。その度に思った。何故 皆と同じでなくてはならないのか、と。私は出る杭なのか、と。人見知りが激しく、なかなか友達の輪になじめないという性格も災いしたようだ。自分を大切にするということ。金子みすゞの詞に「みんなちがって、みんないい」とあるけど その通りだと思う。
2006/05/17
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小さな子どもにとって、基本的には両親がその子どもの全世界である。では、その世界とはどんな世界だろうか。聖書には「すべて悪意のある苦々しさ、怒り、憤り、わめき、罵り言葉を、あらゆる悪とともにあなた方から取り除きなさい」という言葉があるそうだ。家庭生活がどのようなものであれ、それは子どもに反映する。子どもの世界を平和で安全なもの、あたたかく愛のあるものにするよう努力しなければならない。かわいがられる子どもはそれらの資質を吸収し、それらは子どもの感情を形成する。両親の感情を感じ取り、両親の模範に従うのである。木は、手を加えるといろいろな形になる。壁に沿って平らに生えたり、低く地面を這うような形になったりする。また、盆栽のように根を切りつめて生長を抑えると、小さな木になる。「苗木を曲げると、その木は曲がった方向に育つ」という古い諺は、子どもの人格形成には幼少時の躾がいかに重要かを強調しているといえるだろう。近頃の小姐は、何でもかんでも私や夫が言ったことを真似している。うっかり変な言葉を口走ると、すぐさまリピートされるので顔が青くなってしまう。親は、子どもに望むとおりに自らが振る舞わなくてはならないのだということを痛感する。それにしても小姐は本当によく喋るようになった。一日中喋っていてうるさいくらいである。2歳を過ぎてもろくに言葉が出ず悩んでいた頃、「心配しなくてもそのうちうるさいくらい喋るようになる」と多くの人に言われたが、渦中にいる時は不安で不安で、何を根拠に心配無用と言うのかと反発したこともあった。保健センターの発達相談にも行ったし、聴力を疑って検査にも行った、言語訓練にも通った。何もしないで不安がっていては とても身がもたないと思ったためだが、今となっては あんなこともあったと振り返ることができるから不思議である。やはり、言葉がゆっくり目というのは小姐の個性だったのだ。家庭は親と子の個性がぶつかり合う場所である。しかし親のほうが権力者であることは明らかである。個性の範囲内の遅れなら、もしかして言語訓練など行かなくてもよかったのかもしれない。私は焦って、頭で描いた「こうあるべき子ども像」「こうあるべき2歳児像」に小姐を合わせようとして、力をふるおうとしていたのかもしれない。シンデレラの話では、ガラスの靴がはけるようにとお姉さんたちのかかとを切ろうとするお母さんが登場する。限りない善意からの出発とはいえ、一歩間違えばシンデレラの継母と同じだったかもしれない。私たちはしばしば、子どもの能力を評価する方法として言葉を尺度にする。はきはきと喋れる子、早くから喋れる子を「賢い子」だと考えてしまうが、本当にそうだろうか。早さに能力的な価値を見出すのは、そのことを良いことだと思い込みすぎているからである。喋るのが遅い子は、その分、周囲のできごとや人間関係などをじっと見つめている。それらを見つめて自分の気持ちの中に蓄えているほうが楽しいのである。そういう子は、喋り始めたら完全な文章で表現する。小姐がよい例だと思う(今だから言える)。坊はなかなか歩かず、1歳4ヶ月近くになってようやくまともに歩くようになったのだが、遅かった分しっかりした足取りで、滅多に転ばない。一陽来復!
2006/05/12
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夫婦共働きというのは、昼間会社で働いた上に、夕方から翌朝にかけて子どもの面倒をみなくてはならない。そんな二足のわらじを履いてまで続けたい仕事ではなかったので、私はあっさり退職した。小さな子どもを抱えながら共働きをするというのは、本当に大変だろうと思う。給料をもらっている以上、プロとして仕事の手は抜けない。しかし子どもの病気や怪我はいつも突然やってくる。会社だって急に何日も休むことはできない。子どもを看てくれる人を探そうとしてもなかなか見つからない等、共働きの厳しさは、私が想像する以上に大変なものだろう。しかし専業主婦も、また違った意味でつらい、厳しい現実に向かい合っている。一日中子どもと向き合っているだけの生活。夫を送り出す「いってらっしゃい」から、遅い帰りの「おかえりなさい」まで、日によっては 誰とも、一言も話さないで生活する虚しさ。小姐と坊はつぶらな瞳で私を見つめているが、その瞳がかわいいと思えない時さえある。なんだか自分が、単なる無機質な物体になってしまったような気がするのだ。大人として、大人としっかり交わる時間が欲しい。小姐と坊から数時間離れていたい。彼らのことを完全に忘れる時間が欲しい。こういう気持ちは、働いている母親にわかるだろうか。仕事を持つ母親が「働いている時でも頭の片隅にはいつも子どものことがあって、忘れたことなんて一時もありません」と言っているとしたら、おそらくは誇張が含まれていると思う。仕事中、子どものことをふと考えれば、子どもに対する思いが溢れんばかりに湧いてくることはあるだろう。特に、子どもが病気とか病み上がりの時などは、本当にいつもいつも頭にひっかかっているだろう。しかし普通、信頼できる保育者の手に子どもを預けて出勤し、一旦仕事を始めたら、頭の中からぽっかりきれいに子どものことは抜けて仕事に没頭できるのではないだろうか。その、ぽっかりと子どものことを忘れるという時間が、専業主婦にはないのである。専業主婦には、まさにコブのように子どもの存在がいつもついてまわる。子どもの昼寝時間くらいは自分の時間になるだろうとはいっても、毎日必ず何時から何時まで寝ると決まっている子なんていない。グズグズ泣いて、寝るのに1時間近くかかったのに、30分で起きてしまうなんてこともある。今起きるか、今起きるかと食事を用意しておいたのに、3時間も寝てしまったとか、とにかく母親は、大袈裟な言い方をすれば王子様、王女様である子どもの機嫌次第で自分の時間を切り刻まれていく召使いなのだ。常に子どもの要求に対応できるように、お声一つでとんでいけるように、待ち時間を持て余す付き人なのだ。いつでもどこでも、眠っている時でさえ、頭の中で子どもの占める割合は最大で、母親であることを要求され、また、自覚していなければならない。こういった切れ間のない家事育児地獄(!)の苦しさは、共働きで子どものことを忘れる時間を持てる女性にはわからない。子どもが小さいうちだけの我慢であって、幼稚園に行くようになれば状況は変わってくるが、専業主婦は三食昼寝つきの気楽な商売だなんて簡単に言われてしまうとまったくもって腹立たしいことこの上ない。子どもから離れたいというのは、子どもを愛していないとか 愛情が足りないという次元とはまったく別のところのものだと思う。実際、働いている友人は、仕事中は子どものことはすっかり忘れているが、夕方、保育園で子どもを受け取った時から、子どもに対する愛しい気持ちで胸がいっぱいになり、いつも親であることの新鮮な喜びとともに家路を急ぐというようなことを言っていた。このところ、リビングの引き戸を開けることを覚えた坊が、すぐに出て行ってしまう。構わなくていいと言っても小姐は坊を追いかけたりするので、今に戸で手を挟むのではないかとヒヤヒヤしている。小姐は、自分一人ならおとなしく遊ぶのだが、坊がいると何をしていても邪魔されるので、自分のやりたいことがほとんどできない。おもちゃに集中できないと、動き回る坊を追いかける行動に出るのである。私は心配しすぎるのかもしれないが、おちおちトイレにも入っていられないし、茶碗を洗うにも気がそぞろになってしまう。中断して坊を捕獲(!)したことが何度あっただろう。静かだと思えば案の定、和室で悪さをしている。とんでもない力持ちで、何でも投げつける乱暴者である。リビングに連れ戻すと怒って泣く。家の中ではもたないことは重々承知である。しかし、この激しい子たちを外に連れて行こうにも、なかなか行き先がないのだ。嘆いても仕方ないが、もう少しおとなしい子たちだったら…と幾度となく思っている。(義母は、坊の相手をした時と 甥の相手をした時とでは、明らかに疲労度が違うと言っていた)今日も一日長かった。疲れた…。ほとほと嫌になり、外で働いているほうが楽かも…などと考えたりする。いや、楽なはずはないのだが。少なくとも専業主婦はいついつまでにこれをやらねばなどと時間に追われることはないのだから。2人とも幼稚園に入るまでは耐えるのだ!動機はどうあれ、退職して暫くは育児に専念すると決めたのは他でもない私なのだ!またしても嫌なことから逃げるなんて(つまらない)プライドが許さない(苦笑)。
2006/05/01
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今日は一歩も外へ出なかった。特に予定もなく家でゴロゴロするのもいいか…といっても、ゴロゴロなんかしている暇はない。坊が危なっかしいことこの上ないからである。最近、坊は家の中にいるのは退屈になってきた様子である。リビングの重たい引き戸を開けることができるようになってしまい、勝手に外へ出て行く。小姐が「R君、ダメよ!」と言って追いかけ(その口調が誰かさんに似ているのが怖い)、戸を閉めようとするので、坊が手を挟みそうになることもあって、これまた危険である。私は坊を連れ戻してばかりで、家事をしようにも集中できないし、トイレにも おちおち入っていられない。家の中ではもたないのであれば、公園にでも連れて行けばよいのだが、まだろくに歩けない坊は、這いずり回るに決まっている。その汚れた手を口にもっていったら…。あああ、考えただけでゾゾゾ。1対1ならつきっきりで見ていられるが、もれなく小姐もついてくるわけで、こちらは一人で勝手にすぐどこかへ行ってしまうし、遊具等を使うにしても側についていないと危ないし…。じゃぁ坊はおんぶする?無理です。腰痛もちの私には10分が限界です。かといってベビーカーにおとなしく乗ってはいないし、やはり私1人で小姐と坊を公園に連れて行くのは無理だわ…。室内の遊び場(子育て支援センター等)でさえ、いっぱいいっぱいである。昨日は坊に気をとられていたほんの少しの隙に、小姐が乗用玩具から落ちて頭を打った。乗用玩具に乗りながら他のおもちゃを引っ張ったためにバランスを崩したのである。大声で泣く小姐に「よしよし、痛かったねぇ。次から気をつけなさい」と声をかけつつ、まったくアンタは見たもの見たもの欲しがりやがって!余所見するから悪いんじゃないか!どうしてそんなに落ち着きがないんだよ!他の子みたいに少しはおとなしく遊んだらどうなんだ!と内心では苛立っていた。他のお母さんは皆、子どもと1対1だったし、偶然かもしれないけど どの子も(傍目には)おとなしい子ばかりだったので、私たち親子が異様に目立っていて恥ずかしいくらいだった。年子は大変だと覚悟していたはずなのに、へこたれてしまうことが多い。年子を育てている人はいくらでもいる、年子でも公園へ連れてきている人はいくらでもいる、言い訳ばかりしている私が甘ったれているだけなんだ…と自分を責める。立派にやっている人を見て、自分も頑張らねばと真摯な気持ちになるのは大いに結構だが、気力、体力ともに弱っている時というのは、それはかえって逆効果かもしれない。そこで私は違う方向から捉えてみることにした。一口に年子といっても、皆が皆 同じ条件であるわけではない。うちみたいに2人とも落ち着きがなかったり乱暴だったりする年子もいれば、どちらか1人だけの場合もある、はたまた2人ともおとなしい場合だって。母親以外にどれだけの大人が育児にかかわっているかも家庭によって千差万別である。ご主人の帰りが早い家庭なら、お風呂を手伝ってもらえるだろう。祖父母と同居しているかどうか。近所に住んでいてヘルプが望めるかどうか。そして母親自身の性格。大らかな人もいれば、私みたいに融通がきかないヤツもいる。うちの年子は激しい子たちなのだよ。私が疲労困憊するのは無理のないことなのだよ。他と比較して自分の尻を叩くのはやめよう!
2006/04/25
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祖母の葬儀の日に、久しぶりに会った伯母と話していて、「年子で大変だろうけど、今が一番かわいい時ね。楽しいでしょう?」と言われ思わず 返す言葉に詰まってしまった。私は、育児をしていて楽しいと思ったことがあっただろうか。まったくないとは言わないが、いつ、どんな時にそう思ったかが すぐに出てこない。「育児は大変だけど楽しい」というのが世間一般の多数派である。それにひきかえ私は「つらい、毎日一杯一杯。でも放棄なんてできないから…」私はバカがつくほどの正直者だが、さすがにあからさまに言うのは過激なので、「2人とも相当パワフルだから、疲れるのが先で 楽しいなんて思う余裕はない」と答えた。「とても楽しい」「楽しい」「大変さをカバーするだけの楽しさもある」各人 程度の差こそあれ、世の中には育児を楽しんでいる人はたくさんいるのだ。それにひきかえ私は…。皆と一緒でなければいけないわけではないが、それにしても…。なかなか帰省できない妹(東京在住)にも久しぶりに会った。妹は大学病院の看護師で、精神科病棟に勤務している。恥をしのんで聞いてみた。育児ノイローゼで精神科に来る人はいるのか、と。これが結構いるらしい。私は自分自身の状態までは詳しく話さなかったが、「薬でイライラを抑えることもできるからね。頼りすぎてもよくないけど…」とのことだった。落ち着きのない小姐と乱暴な坊。危なっかしくて、注意する回数がどうしても多くなるのだが、気がつけば大声を出している。はっと我にかえり、しまったと思っても、また同じことをくり返す。自制がきかなくなっている。特に小姐には容赦なく罵声を浴びせている。大きな声を出すと、頭の奥のほうがズキズキ痛む。自業自得といえばそれまでだが…。こんな母親と24時間一緒に過ごすのはよくない、精神科に行って何か病名でもつけてもらえれば、保育園に入れるだろう。しかし、やはり薬を飲むことに対しては気が進まない。できれば病院に行かずに解決したい。病気だから、と言ってしまうのは 甘えているみたいで嫌だ。逃げるみたいで嫌だ。妹は「うつ病は誰でもかかる可能性がある病気」と言ったし、何しろこのストレス社会、それも頷ける話ではあるが、よりによって私が…と、どこかで認めたくない気持ちがあるのだ。どうしようもなくなる前に一度行ってみたほうがいいのか。いや、本心では行きたくないのだ。まだ頑張れる!何故にこんなに意固地になる?アンタのつまらないプライドって何よ?あれほど専業主婦にはなりたくないとか、専業主婦なんてとバカにしていたのに、その専業主婦になりきることすらできていない自分が浅ましいのである。仕事に対して欲があったのに、結局は不完全燃焼だった。特に資格もないし「専業主婦なんて」と偉そうにいうほど バリバリ働いていたわけではない。(キャリアのある女性なら専業主婦をバカにしていいかというと そうではないが)曲がりなりにも自分も専業主婦になったのというのに、その かつてバカにしていた専業主婦としても到底立派とはいえないレベルであり、つくづく自分が嫌になってしまうのである。そんな中、育児がつらいから、私は病気だなんて言って逃げるようなマネをするのは…。
2006/04/21
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子どもの性格は十人十色、千差万別である。小姐も坊も、動いてばかりで片時もじっとしていないタイプで、毎日朝から晩まで顔をつき合わせている私は疲労困憊している。今回の祖母の葬儀にしても、このアバレンジャーどもがおとなしくしているはずがない、と義父母が焼香に来たついでにお持ち帰りしてくれて助かったのだが、私のいとこの子ども(小姐より2ヶ月後に生まれた子)が葬儀の間、いとこに抱かれて静かにしているのを見て、私も夫も愕然とした。これまた義父母に預けて焼肉を食べに行った時(夫の誕生日)も、小姐と同じくらいとおぼしき双子の男の子がおとなしく座って食べているのを見て、2人して「ありえん!どうしてうちの子は…」と口を揃えた。先日、アンパンマンショーを見に行った時も、おそらく開演の30分前には並んでキープしただろうと思われる場所に座っている子どもがおとなしく待っているのを見て、うちの子じゃ到底無理だと思った。以前と比べれば、めちゃくちゃなことはしなくなったものの、こんなふうだから小姐はADHDを疑われたんだ、落ち着きがないのは ある程度大きくなればなおるものなのか?残念ながら、保育園で働いていた母いわく「そういうタイプの子は、年長さんになっても大抵 落ち着きがないわよ。小さい時ほどじゃないけど、根底にある傾向としては変わらないわね」さ、さ、さようでございますか…。坊が歩きはじめたのは嬉しいのだが、小姐の倍くらい力があるし、乱暴だし、今でさえ十分腕白なのに、歩くようになって さらにパワーアップしたらと思うと恐ろしい。「元気が一番」という言葉が褒め言葉に聞こえないくらい、2人とも体力が有り余っているのだ。お転婆すぎるお姉ちゃんに圧倒されて、おとなしい弟だったりして…なんて思ったらとんでもない、小姐の上を行っているではないか。小姐は既にやられている(苦笑)。元気すぎる子というのは、おとなしい子より 叱られる回数が格段に多いと思う。私もご多分に漏れず声を張り上げてばかりである(汗)。おとなしい子を見ると、うらやましくなる。どうしてうちは2人ともあんな怪獣みたいな子なのか…。神(信じてないけど)が私に与えた試練なのか?オマエは短気だから、修行せよと。我が子というのは「変えられないもの」、コントロール不可能なのだ。親はそれをまず認識しなければならない。親というのはどこかで無意識に子どもをコントロールしようとしてしまう。しかし、いくら我が子とはいえ他人なのだ。他人を変えようと思っても変えられない。天気のようなものだ。コントロール不可能なものは、それなりに自分で受け入れるしかないのである。
2006/04/13
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坊をお風呂に入れる間、小姐にはDVDを見せて待たせておくのだが、今日は久しぶりに「おかあさんといっしょ」のファミリーコンサートのDVDを見せた。渋谷のNHKホールで撮ったものと思われる。客席が映ると、小姐は「Mちゃんも行きたい」と言った。「そうだね、行けるといいね」と口では言いながら、内心 冗談じゃない!と思った。小姐は、待てないのだ。ほんの少しの時間でも、おとなしく待っていられないのだ。すぐに脱走を試みる(かつてADHDを疑われ、その通りかも…と思った要素でもある)。つい先日も、イオンでアンパンマンショーがあるので行ってみたのだが、私たちが到着したのは開始5分前で、すでに会場は黒山の人だかりであった。ここでは肩車しても見えないだろうということで、2階から見下ろすことにした。3階まで吹き抜けになっているので、2階や3階からでもなんとか見えるのだ。その、たったの5分が待てないのだ!ぐずる小姐をなだめ、時間になって、さぁ出てくるよ!と心を躍らせたのはいいが、最初に出てきたのはアンパンマンではなく、司会のお姉さん。ここからがまた長かった。いや、実際には5分も話していないのだろうが、何しろ「さぁと言えばさぁ」の小姐には、とてつもなく長いのだ。カートに乗ると言ったり、やっぱり下りると言ったり、はたまた夫に抱っこをせがんだり、とにかくじっとしていない。挙句の果てに「あっち行く」と あさっての方向を指す始末。「ほら、今からアンパンマンが出てくるから!」と私が強い口調で言うとなんとかその場にとどまったが、おとなしく待っている周りの子どもたちを見ると、どうしてうちの子は…という気持ちとともに溜息が漏れてしまう。ようやく登場したアンパンマン。小姐が喜んだのは本当に最初だけで、すぐに飽きてしまって、移動したがった。まったく、一箇所にとどまっていられない奴め…。アンタのために遠路はるばる来たっていうのに、もういいのかよ!(って、スタバがあるから半分は母のためでもあるじゃないか ←夫のつぶやき)「あっち行く!」と、夫をまるで下僕のように従え、ずんずん歩いていく小姐。5人くらい並んでいたスタバでも、当然待っていられるはずもなく、気がついたら夫とともに忽然と消えていた。電話をかけると、アンパンマンショーを見ているという。何よ、すぐに飽きたくせに。だったら最初から見てりゃいいのよ!お父さんの抹茶ティーラテが冷めちゃうじゃないのっ!!!おもちゃ売り場で見たアンパンマンのブロックを買ってほしいと言って泣き続けた。すべての買い物が終わって帰ろうとしても、そのブロックのことをしつこく覚えていて、帰ろうとしない。てこでも動かない。夫や母がいる時、小姐は たまにこういう行動に出る。そんな小姐を見て、私は瞬間湯沸器となる。大声で泣いていれば、当然、道行く人が振り返る。すると ますます焦るのである。親である私に、まず始めに訪れる感情は「この状態をなんとか鎮めなければ」。病院で騒いだ時も同じことが言える。周りの患者さんたちに、自分の子どもによってひきおこされているであろう不快な感情を拭い去ってもらわなければいけない。いい子にさせなければ!なんとかこの場を収めなければ!考えてみるとこういう場合の私は、我が子の状態は今、第三者にどう思われているか、また私はできのいい母親だと採点されているのだろうかといった、他者の目を気にした、他人に悪く思われないための行動を起こしてしまうのである。「泣くな、うるさい!周りの人に迷惑でしょ!」と言って小姐を鎮めようとするのと、「あなたが今悲しがって、あるいは怒って泣いている理由は何?どうすればいいのかお母さんも一緒に考えたいわ~」と思いつつ泣き止ませるのと、心の中でどちらを念じているかといえば、間違いなく前者である。(かたや夫はいつも冷静で、小姐がどんなにギャーギャー泣こうが、決して声を荒らげることはない。ここでいう後者である)私には、他人からできのよい母親だと思われたい気持ちのほうが、小姐にとってよい母親であるということよりも大切なのだろうか?「あなたのお子さんをどのように育てたいですか」と問われると、多くの母親は、「他人に迷惑をかけない子に育てたいです」と答えるだろう。なるほど、他人に迷惑をかけないで生きるということは大切だ。しかし、そんなことは当然といえば当然のことではないか。どうしてまず一番始めに、そんなつまらないこと(!)を考えつくのだろう。「自分がやりたいと思ったことをのびのびやれる子に育てたいです」とは言えず、まず他人に迷惑がられないことを大切に思うのは何故だろう。他人の目をそんなにも気にして、見知らぬ他人に合格点をつけてもらうことを第一義に置くことは、それほどまでに意味のあることなのだろうか。小姐に社会のルールを教えるために叱るのは小姐のため、他人にどう思われるかを気にして声を張り上げるのは自分かわいさから来る行動といえよう。叱っている時は頭がカーッとなって、小姐のためか自分のためかわからずに怒っているが、後になって、あの時私は何に対してカッカしていたのかと冷静に考えてみるとよくわかる。それは、ぐずっている小姐に対してではなく、そんな小姐に手を焼いている自分自身がみっともなく、不甲斐ないことに対してカーッとなっているのだ。見知らぬ人々の好奇の視線にさらされ、その網膜の中に自分が「未熟な親」「自分の子ども一人管理できないダメな親」として映ってはいないかというなんともケチくさい体裁を気にして、そしてまた己のそんな小心さに対して苛立っているのである。泣く子と地頭には勝てぬとはよく言ったものである。もしかして地頭ならこちらの言い分くらいは聞いてくれるかもしれないが、ギャーギャー泣きはじめた子どもの前では、どんなに論理的な説得力も功を奏さない。泣く子どもの前では、人間はなべて等しく無力なものであるという真実に気づく余裕も持てないほどカーッとなる。他人の目は、痛いほど鋭く自分を刺しすくめる。たとえ 今までそつなく、たいした大ドジも踏まずにここまで生きてきた人間であっても、たかが子どもの泣き叫びによって、群集の視線の中で簡単にさらしものになってしまうのだ。もっと大らかな、本当に小姐のためを思うことのできる成熟した親になりたいと思う。
2006/04/04
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何の予定もない日。雨が降ったかと思ったら日が照ったりと、よくわからない天気だし、風はビュービュー吹いて飛ばされそうな勢い、そして寒い。どこに行く気にもならない。夏からずっと、平日は予定のない日はないくらい、毎日毎日何かしら用事をつくってあちこち出かけていたが、ここ1ヶ月くらいは、テニスとスイミング以外はカレンダーがほとんど空白である。それさえも今月は体調を崩したりして休むことが多かった。無気力になっているのがよくわかる。何も予定がないと、一日がとてつもなく長く感じてしまう。このチビどもと、さて どうやって時間を潰したらよいのやら…。そもそも「時間を潰す」という観念からして いただけない。ちっとも楽しくない!時間はただ とりとめもなくダラダラと過ぎていくばかりである。何をしようにもこま切れで、まとまった時間がもてないので、却って疲れる。あまりにも平凡な「サラリーマンの妻、専業主婦、32歳、子ども2人」にきっちり類型化され、それ以外の何者でもない。目を背けたくなるような没個性。それでいて手も足も出ない状態。さらに社会からつまはじきされているような疎外感。日、一日、子どもが育っていくという喜びもある一方で、私は底なし沼に沈んでいくような、やりきれない思いにとらわれている。何だ、平凡のどこが悪いというのだ。だいたいアンタ、自分を何様だと思ってんだ?女ってのはな、ワンパターンなんだよ。ある程度の教育を受け、結婚して、子どもを産み育て、そういう生活の中で特殊な個性がない限りはその他大勢なんだよコノヤロー!(摩邪風に)夫の計らいで、大阪まで行って(しかも泊まりで)気分転換させてもらったのに、結局何も変わっていないようで、情けなくなる。
2006/03/30
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今日はテニスの日。小姐と坊が交互に熱を出し、2週続けて休んだので、膝はガクガクするわ、すぐに息が切れるわ、サーブは入らないわ…。終わったら どっと疲れて、帰ってすぐ寝たいと思った。坊は帰りの車中で寝てしまったので、そのままそっと下ろした。小姐に昼食を食べさせ、昼寝させたのだが、案の定 私も速攻で寝てしまった。1時間くらい経った頃だろうか、階下から聞こえた坊の泣き声で目が覚めた。小姐を起こさないように、そっと起き出し1階へ。いつもなら、私の顔を見れば泣き止む坊だが、今日は何が気に入らないのか、抱き上げてもイナバウアーのように体を反らせて、大声で泣き続けるのである。必死でなだめていると、足音がした。小姐が起きて、一人で階段を下りてきたのだ。ひぃぃ~。起きちまったか!小姐は坊に駆け寄り「R君、いい子いい子」と言った。せっかく慰めてくれているのに、私が放った言葉は「なんでこんなに早く起きるの!」呆気にとられた小姐の口元が への字になり、ウワーンと泣き出した。その大きな声にびっくりしたのか、泣き止んでいた坊も再び泣き出した。2人して、耳を塞ぎたくなるような大泣きである。元はといえば私が小姐にひどいことを言ったせいなのに、それを棚にあげて「泣きたきゃ泣け~!」と吐き捨てるように言い、不貞腐れてソファに突っ伏した。正直、小姐にはもう少し寝ていてほしかった。せめて坊の食事の世話が終わるまでは。でもそんなものは私の勝手な都合である。腕や背中が痛い(いつもはそれほど痛まない)といっても、趣味のテニスをした結果である。好きなことをしておいて疲れたとは何を言う。気分転換のために行っているのに、これじゃ何のためのテニスかわかりゃしない!そんなふうに小姐に当たるくらいなら、テニスなんかやめちゃえ!!!せっかく、このところ少しは落ち着いていると思っていたのに、また振り出しに戻ってしまったようである。やはり私は冷酷な母親だ。まったく救いようがない。ほとほと嫌になる。坊にパンを食べさせた後、私が向かった先は、市役所の児童福祉課であった。専門の相談員がいて、話を聞いてもらえるという場所である。「このままではエスカレートして、虐待してしまうかもしれません。いえ、既に始まっているのかもしれません。私が精神科に行って診断書が出されたら、娘は保育園に入園できますか。そんなの育児から逃げるみたいで嫌だったんですけど、娘が本当にひねくれた子になってしまう前に…」恥をしのんで、もう 言っていることがめちゃくちゃ。情けなくて、話しながら涙が浮かんでくる。小姐は別室で若いお姉さんに遊んでもらっていた。「さっきチラッと見たけど、とっても愛くるしいお子さんじゃない?お母さんは育児がつらいとか ひどい接し方をしているって言うけど、それでも投げ出さずに頑張っているから、お子さん あんないきいきした表情なのよ」せっかく褒めていただいたのに、私は喜べずにいた。小姐は誰にでも愛想をふりまくから。遊んでくれる人なら誰でもいいんだから。お姉さんに相手してもらって嬉しいんでしょ。だからニコニコしているんでしょ。私の育て方なんて関係ない…と。我ながら、なんて卑屈なんだろう。そうやって自分を責めていると、「自分のしていることが悪いとわかっていて、ここへSOSを出しに来たあなたは全然ダメなお母さんなんかじゃない。危険なのは、自分のしていることが悪いと思っていない場合だから」帰宅してから、また考えた。あんなことを言ってしまって恥ずかしい…。母親が育児に行き詰まったという理由で保育園に入園している例はあるとのことだが、そんなのただの甘ったれだ、皆何かしら悩みを抱えながら頑張っているのに、自分だけ楽をしようなんて許されることではない、小姐の立場になって考えてみな!母親から邪魔っけにされて保育園に行かされる気持ちを!結局私は自分のことしか考えていないのだ。ますます自分が嫌いになった。
2006/03/22
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私はひどい母親だ、と常日頃から思っているけど、これほどまでにひどいと思ったことはなかった。もはや自分が信じられない。小姐は、体調を崩している。昨日は39度の熱を出した。食欲がなく、スポーツドリンクくらいしか飲めない。今朝は二口くらいしか食べず、昼は小さめの肉まんを半分弱食べただけであった。夜は雑炊を茶碗に軽く一杯食べたので、快方に向かっているのかと思ったが、食事の後30分くらい経って、ゲホゲホ咳き込んだと思ったらそのまま吐いてしまった。こういう時、普通の神経なら「大丈夫!?」などと言うに決まっている。しかし私は違った。余計な仕事が増えたとばかりに「何やってんの!」と言った。何やってんのとは何だ。具合の悪い子どもに向かって、どういう言い草だ。汚れた床と絨毯をきれいにして、小姐も着替えさせた。まだ熱が完全に下がっていないからお風呂には入れないし、あとは寝るだけである。まだ眠たい時間ではなかったが(6時半)、寝室へ連れて行き「病人は寝てな!」と言って、さっさと下りてきてしまった。普段から、小姐が完全に眠ってしまう前に寝室を出てくることもあるのだが、具合が悪い時くらい、ついていてやればよいではないか。坊がまだ起きているから、坊こそ目を離しておいたら危ないという事情もあるものの、そうせざるを得ないなら、もっと優しいものの言い方がある。吐いた時の反応といい、いくら何でも病人に対して冷たすぎるではないか。ここまで冷酷だとは思わなかった。自分が恐ろしくなった。リビングに下りてきて、こらえきれずにワーワー泣いた(坊があっけにとられていた)。情けない。こうやって泣いていること自体も情けないし、母親になる心構えもないくせに母親になることを選択した自分の愚かしさも情けない。そして、そうはいっても小姐と坊の母親としてしか生きる役割を持たず、明日も、明後日も、ずっとこうして自分に不似合いな母親業をやり続けるのだという希望のなさに対しても情けない。坊をお風呂に入れて、寝かしつけた後、3人分はあると思われるティラミスのケーキをガツガツ食べた。ヤケ食いだ!こうしている今、耳の奥から小姐の泣き声が聞こえてくるような気がする。お母さん、私は邪魔者なの?私はどうすればいいの、悲しいよ…と。思えば、小姐に対してイライラすることは もう1年以上続いている。最初のうちは、坊が生まれて間もないからマタニティブルーだと思っていた。しかし、ある程度時間が過ぎて、2人の世話をすることに慣れてからも、小姐に対する私の気持ちはまったく変わらず、むしろ悪化していくようだった。このままではいけないと思っていながら、結局何も変えることができていない。口では大阪の城も建つというのに…。
2006/03/08
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朝食時、小姐がエプロンに文句をつけた。これじゃなくて熊のがいい、と。先日は、熊のは嫌でこっちがいいと言ったくせに!まったく気まぐれなんだから…。つけているエプロンをはずそうとして、熊熊とうるさい。この調子ではご飯を食べそうにない。エプロンなんか何だっていいじゃないか、いっちょまえに文句なんかつけるなコノヤロー、坊は坊で早くご飯をくれとアピールするし、わたしゃ忙しいんだ!と気が立った。あまりにうるさいので、私はブチ切れた。「エプロンごときでギャーギャー泣くな!」と言い放ち、熊のエプロンを取り出してまるめて小姐に向かって投げつけてしまった。夫が「どうしてそういうことするんだよ!」と一喝した。小姐がぬいぐるみを投げた時、ボール以外は投げないようにと叱ったのだが、「虎猛子がそうやって物を投げるからマネするんじゃないか!」「わかってるけどさ~」「ちっともわかってないだろう!」何故こんな行動に出てしまうのか、まったく自分で自分が情けない。あっ、と思った時にはもうやってしまっている。お湯が沸いてしまうのは、決まって小姐に対してばかりである。坊には比較的穏やかだ。まだこちらの言うことがわからないから、という理由か?そうだとしたら、いずれは坊に対する沸点も低くなるのだろうか。母から指摘を受けたことがある。私が小姐を呼ぶ時と、坊を呼ぶ時とでは、声のトーンが明らかに違う、と。小姐には、切羽詰ったような、怒りを含んだ呼び声。坊には、滑らかで余裕のある呼び声。どうして小姐にばかりつらく当たってしまうのだろう。夫は「どんな親でも、多かれ少なかれ最初の子には厳しくなるっていうだろう」と言う。しかし私の場合は、その範疇を超えていると思う。近所の幼稚園は、満3歳から入園できることになっている。7月に3歳になる小姐を、翌年4月を待たずに入園させようと考えている。集団生活で学ぶことは多いし、人が集まる場所が好きな小姐なら喜んで行くだろう。それも確かに立派な動機といえよう。しかし、一番の動機は私が楽をしたいからである。小姐が幼稚園に行けば、昼間だけでも坊1人になって世話が楽になる。時間差で2人を昼寝させて、合間にそそくさと自分の食事をして…などという綱渡りの生活から解放されるのだ。2人連れて行くのは大変だからと今は出かけるのを尻込みしている場所でも、1人だけなら全然どうってことはない、どんどん出かけられる!小姐は早く幼稚園に行ってほしい。今すぐにでも行ってほしいくらい。毎日そんなことばかり考えている。あと何ヶ月、と指折り数えている。普通は、入園を間近に控えた子どもの母親というのは、ホッとする反面、一抹の寂しさを感じるものと思われるが、私にはそんな気持ちは微塵もない。まるで、小姐のことを邪魔だと思っているみたいではないか!なんてひどい母親なんだ、そんなふうに疎まれている小姐の気持ちになってみやがれ、ともう一人の自分が批難する。育児に労力が必要であるということは、至極当たり前のこと。それでも、誰でもやっていること。楽しんでいる人だっていくらでもいるのだ。自分だけが大変なわけではない!育児を楽しむことができない、その原因は何だろうか。漠然と生きているせいか。望んで授かった子なのに、育児がつらい。なんと不幸なことよ。一番不幸なのは小姐だが、私も不幸、そんな姿を見ている夫も不幸、坊だって不幸だ。子どもを授からない人もいる。不妊に悩み、治療に多くの時間を奪われる人もいる。さらには、好んで独身を通すならいいが、事情があって好きな人と結婚できない人もいる。家庭の事情であったり、健康上の問題であったり。結婚して家庭をもち、子どもを産むことができただけでもありがたい。私は恵まれているのだ。育児がつらいだなんて、大きな声では言えない。そんなふうに、理性が訴える。母親という立場は、子どもの生命への底力を植えつけるために大きな影響力をもっている。育児は一人の人間の0歳からの命を、一つの人格にまで創りあげる、その基本の部分を根底で支える一大事業である。そして、子どもの生命の中核には、潤い、安らぎ、寛ぎ、温もり、癒しといったほのぼの、しみじみした環境、雰囲気が演出される空間が必要欠くべからざるものとして用意されていなくてはならない。こうした空間を提供、演出できるのは、心に余裕(ゆとり)のある存在である。人は、他者に向き合う時、幸せでなければ、相手とよいコンタクトをとることができない。母親が子どもに接する場合はなおさらである。
2006/03/07
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例によって例の如く、イライラにまかせて小言を続けていたら、小姐が一言、「おかあしゃん、うるさい」ドキリとしたなんていう次元ではない。背筋が凍りついた。言葉は聞いて覚えるものである。私が常日頃いかに「うるさい」と言っているかの証明ではないか。そういう自分が一番うるさいくせに…。抵抗できない幼児に言葉で攻撃するという最低のことを私はやっていた。しかも慢性的に!少し前まで、小姐の言葉が遅いことで気を揉んでいた。喋ることができない分、表面には見えなかっただけであって、心の中ではそういう気持ちをどんどんためていたに違いない。そしてついに言葉となって外に出た。そんな誓いは聞き飽きた、と もう一人の私が囁いているが、今度という今度こそ、事態を真摯に受け止め、自分の行動として少しでも示したい。
2006/03/03
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「育児は育自」とはよく言われる言葉だが、この発想に縛られすぎると、自分がどう育ち、今の自分をどう変化させれば、よい母親になれるのだろうと悩んでしまう。しかし、別人に変化しなくてもよいし、焦る必要もない。育自論で初めから自分を追い込まず、私のままの持ち味で、私の続きを生きればよい。子どもを育てるのと一緒に、お母さんもまた人間として育ちましょうと世の中が合言葉のように言っても、人が「育つ」ということは、成績が上がった時、たとえば通信簿の評定が4から5などと数字ではっきり示されたり、ある日突然、育った軌跡が自分でもそれとわかるほど形として表れるものではない。私自身が昨日と今日、先月と今月の自分が、たとえ「いっこうに進歩も変化もない」と感じることがあっても、それで自分を問い詰めたり苦しんだりする必要はない。どんな母親でも、子どもにとっては「母」という、それだけで十分にかけがえのない存在である。母として育つということは、自分を責めることでも苦しめることでもなく、むしろ人として「自分が苦しんだことを忘れない」ということではなかろうか。誰かが、もしある時「私は成長した」と言える瞬間があったとしたら、その人は成長への道を辿っている最中は、ただ苦しく切なくしんどい体験をくり返しているだけで、まちがっても「私は今成長している最中だ」などと思ってはいなかったはずである。成長とは、あくまでも結果論としてある言葉である。育児中なんとなく「このまま私の人生が目減りするのは嫌だ」と思っている人は多いと思う。この時、陥りがちな発想が「先の見えない育児にかまけている」というものである。そしてその延長として「先の見えない育児にかまけている間に、自分さがしの時間がズルズルと逃げていっている」などという考え方がある。子どもは日々刻々、先へ先へと驚くほどの成長をしている。母親はどうしても、子どもに手がかかる時期は肉体的にも精神的にも疲れがちで、自分がすり減っていく、と感じることがあるものだ。しかし人間の内面的成長は、その時間の中で別の次元で着実になされているものである。つまり、母親の「自分さがし」は、確実に育児の時間とともに始まっているわけで、それまでの自分に加えて、新しい自分が作られていると信じてよい。そうでなければ子どもは育っていかないのだと自分に言い聞かせている。
2006/02/08
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タイトルは、ドイツの言葉である。日本の言葉で言えば「窮鼠 猫をかむ」になるだろうか。とことん困った状況に追い込まれると、掟も決まりも役に立たないということである。(極端に言えば、殺さなければ殺されるという状況に追い込まれれば、人間は何をするかわからないということである)人間は状況によって、神にもなれば悪魔にもなる。人間とは本来そのようなものだから、困窮の極みに人を追い込んではいけない、相手をとことん追い詰めてはならない、それが教養というものだ。小さな子どもの世話をするのは連日肉体労働である。つい理不尽な対応をしてかわいそうだった、というような出来事を思い出すことができる。しかし、それでも、親は子どもをとことん追い詰めてしまうことをしてはならない。私は、大人というだけで小姐に対して優位に立っている。親という権力をふりかざされて、小姐としては「いかなる掟も認めない」と思ってもそれを実際に表す力はないのである。今は私に歯向かえなくても、深い心の底で親の行為への恨みを蓄えているとしたら、将来私に対してその恨みが晴らされないとも限らない。小姐を追い詰めないためには、私がゆとりを持っていなければならない。親自身が自分を限界に追い込まないでいることが、結局は子どものためなのだ。
2006/02/04
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今日は結婚記念日。あれから4年の月日が流れた。当時はまだ働いていて、1年ほど後に出産退社したのだが、思えば、鼻持ちならぬ思いあがりから出発した専業主婦生活だった。子育ての中で焦燥感だけが肥大し、まさしく主婦の壁を意識してから3年が過ぎようとしている。また、子どもを育てるということがこれほどまで難しいとは思わなかった。親としての日々は、自分の弱さや至らなさをまざまざと見せつけられることのくり返しである。どれだけ自分の「我」を捨て、子どもの立場に立てるかのトレーニングのようでもある。しかし、もし子どもを育てるということに特別な能力を要するとしたら、選りすぐりの人しか親にはなれないことになる。言うまでもなく、実際には選ばれた少数の人だけが親になっているわけではない。今も昔も、ごく普通の人が、ごく普通に親になっているのだ。だとすれば、子どもを育てることが特別難しいことであるはずがない。子どもを育てるということは、確かに大変な事業には違いないのだが、所詮は古くからくり返してきた順送りであり、親が自分自身の人生を真剣に生きていこうとするその努力の一側面、一つのほとばしりにすぎないのではないだろうか。本来、子どもを育てるということは、暮らしの中での自然の営みの一つであり、普通の人の普通の暮らしの中で、子どもの幸福な成長への願いが生まれ、その成長に沿って子どもを育てていく力がおのずと養われていくのが人間の生活の自然の姿ではないだろうか。私は、必要以上に難しく考えてしまっているだけかもしれない。もっと肩の力を抜いてみよう。
2006/02/02
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何かにつけ、誇らしげに自分の子どもを自慢する友人がいる。8ヶ月で歩いたとか、1歳半で喋ったとか、2歳前におむつがとれたとか、よくもまぁ逐一報告してくれるものだ。早けりゃいいってもんでもなかろうに、と噛み付きたくなるほどである。最近では、弟の面倒見がよくて こんな手伝いをして私を助けてくれるだの、保育園の発表会で主役をもらって頑張っただの、運動会のかけっこで一等賞をとっただの、ますます自慢話がヒートアップしてきて、圧倒されるばかりである。しかし、自慢するだけのことはあって、彼女の子どもは しっかりしているのである。たぶん、親が子どもの長所を発見するのが上手だから、子どもはその褒め言葉からすぐに足がかりをつくることができて、自信たっぷりにさらに高いところへ挑めるのだと思う。私は、褒めるという行為が苦手である。子どもは褒めて育てるのがいいということは重々承知であるが、欠点ばかりに目が行ってしまい、気がつけば毎日怒鳴っている有様だ。一時と比べれば めちゃくちゃなことはしなくなったものの、落ち着きがなく、何でも触り回り、すぐにどこかに行ってしまう小姐に1日中つきあっていると疲労困憊させられる。育児相談でお世話になっている保育園の先生は、小姐のことを好奇心旺盛でいつも楽しそうで瞳がキラキラしていてとてもかわいいと褒めてくださるが、私の忍耐力は午前中で限界に達してしまい、午後から夜にかけて、小姐がやることなすことすべて気に入らなくて、制限してかかるという悪い行動パターンをとりがちである。そして、小姐にかける言葉もとげとげしいものになってくる。外見よりもずっと感受性が強いので、本当は褒め言葉がたくさん欲しいはずなのだが、残念ながらその機会は他の子よりずっと少ないという結果になってしまっている。そして、坊がいるためにどうしても我慢することが多くなる。幼い小姐にはそれだけでも十分耐え難いことであるはずなのに、母親からは毎日怒られてばかりで、劣等感の塊だけがどんどん肥大化していくとしたら…。評価を得ることができない。認めてもらえない。そんな小姐が、希望に胸を膨らませて元気よく前へ進んでいけるはずがない。成長は喜びによってリードされる。どんな小さなことでもいいから長所を目敏く見つけて褒めてやることが大切だ。究極の褒め言葉とは、子どもの存在の「無条件の価値」を認め、讃えてあげることである。今ここに生きていること、存在していること、今そのままのあなたで既に価値あるすばらしい存在だというメッセージである。小姐が生まれたことで得た喜びや楽しみ、プラスの体験を「あなたが私にそれを与えてくれたんだよ」と小姐に伝えてあげることができたら、それだけでも小姐は「生まれてきてよかった」という思いをもつだろう。「あなたがいてくれて、お母さんはこんなことに気づけた」「あなたの存在を通して、こんな体験ができた」と小姐の存在に感謝できたら、どんなにすばらしいだろう。
2006/01/25
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初場所が終わってしまい、夕方の楽しみがなくなった。小姐とチャンネルの争奪戦をすることもなくなり平和が戻ったが(笑)、実は小姐だって楽しんでいた。画面に映る力士のマネをして四股を踏んだりしていたのだ。さて、標題の「相撲と育児」。一見何の関係もないようだが、実は大いに参考になるのだと、香月モトさんの日記を読んでいて思ったので、詳しく書いてみることにする。幕内の取組の時間になっても、テレビに映る升席に空きが見えることがある。(昨年の九州場所は特にそれが顕著だったように思う)大相撲は かくも人気がなくなったのか、と よろけてしまいそうになる光景である。大相撲がおもしろくなくなったと言われて久しいが、その原因は日本人スター力士の不在ではない。相撲内容そのものである。昔と比べて技の多様性に欠けることは勿論、一番残念に思うのは、立ち合いの変化があまりにも多いことである。力士が立ち合いで変化する理由をいくつか考えてみた。一つ、全敗力士がなんとかして勝ちたい場合。一つ、勝ち越しがかかった相撲や、番付がかかった相撲でどうしても勝ちたい場合。一つ、相手との合口がどうしようもなく悪い場合。一つ、以前に相手が変化したので、今度はやり返すという場合。一つ、癖になっている場合。一つ、かつての朝乃若のように、ある程度哲学になっている場合。それなりに理由はあるのだろう。しかし、彼らはプロである。アマチュアなら、勝負にこだわって何をやっても構わないと思うが、客からお金をとって相撲を生業としているプロの力士が、アマチュアと同じ発想だとしたら情けない。目先の勝負にこだわらず、自分の相撲を取りきってほしいし、変化などしなくても勝てる実力をつけてほしい。柔道、レスリング、ボクシング等、格闘技系競技のほとんどは体重別に階級が分かれている。ところが、相撲は無差別級だ。「小よく大を制す」という言葉もあるように、さまざまな体格の力士が同じ土俵で戦うことが、相撲の魅力の一つである。相撲が体重別でない限り、立ち合いの変化を禁止することはできないだろう。しいて言うなら、モンゴル相撲のように組み合った体勢から始めるしかない。しかし、立ち合いの駆け引きは相撲の醍醐味であり、相手の変化をも予測して立つのが力士の強さの一つといえるのではないだろうか。立ち合いの駆け引きとは変化することではなく、どうすれば自分が有利な態勢になれるか、相手の動きを見きわめることだと思う。頭から当たるのか、ぶちかますのか、前褌を取りにいくのか、差しにいくのか…。変化だけが駆け引きではない。突き押しを得意とする大型力士が対戦するときに、さぁどちらが変化するかなどと興味をもつのは愚の骨頂である。思いきり頭から当たるか、激しい突き押しを期待するのがファン心理というものだ。そのあたりを最近の力士はどうも履き違えている節があるように思う今日この頃である。禁止になどしなくてもよい。ただ、そんな楽をして勝ったところで強くはなれないだろう。そのツケは必ず自分に回ってくる。それでもやりたいならやればよい。見る者の心を打つのは、真っ向勝負である。がっぷり四つに組んで寄るか投げるか、突き押し相撲なら徹頭徹尾それを貫くか。立ち合いで変化したり、引きや叩きで安易に白星を拾いに行くのは、なんとも後味が悪いし、親方にも叱られるはずである。「引き技」という言葉があるが、敢えて技とは呼びたくない。そんな技では技能賞は到底もらえないのだから。これは、育児にも通じるものがある。私は年子を抱え、トイレに行くのもダッシュ、ご飯も流し込むように食べる生活で、ほとほと疲れて もう嫌だ~!と逃げ出したくなったり、小姐に八つ当たりしてしまう。毎日イライラしてばかり。早く大きくなってよ、などと思っている。とりあえず今日という日が過ぎていけばよいのだ、と投げやりになってそれが毎日積み重なって、引っ込みがつかなくなっている感がある。私が小姐に落とす雷は、引きや叩きと同じである。ドカーンと落としてしまえば、とりあえず言うとおりにはする。嫌々であっても何でも。恐怖政治ならぬ恐怖育児に対して、嵐が過ぎるのを待つかの如く。小さな子どもにとって、親とは絶対的な権力者である。その権力を濫用して、恐怖心を与えて言うことを聞かせるなんて、引きや叩きで安易に白星を手に入れようとするのと同じではないか。こんなことを続けていたら、後で必ずしっぺ返しが来る。後のことなんかどうでもいいなら、今のまま罵倒し続ければよい。望まれるのは、怒る(私の場合、叱るというより怒るになっている)のではなく諭すこと。どんなに小さな子どもでも、親とは別の人格をもった一人の人間であることを念頭におき、「早く!」などと急き立てるのではなく、時間がかかっても待ってやる。頭ごなしにダメダメ言うだけではなく、どうしてダメなのか 面倒でも説明してやる。もっと丁寧な育児を心がけないといけない。大声を出すのは簡単。でも、苦しい時こそ冷静に!
2006/01/24
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小姐がまた癇癪をおこした。今日は母と一緒に出かけたのだが、出かけた先の店で大暴れ!床に座り込んでギャーギャー泣いた。抱き上げようとするとエビぞりになって抵抗した。周りの買い物客からは白い目で見られるし(見られたような気がした)、こんな醜態をさらすのは迷惑なので、無理矢理抱きかかえて退散したが、車に乗ってからもしばらく泣いていたので、ウンザリしてしまった。母は「2歳くらいの子なら癇癪って誰にでもあるはずだけど、それにしてもこの子は激しいねぇ…」と唖然としていた。坊がいるから、小姐は何かと我慢しなければならないことが多くて、それがたまに爆発してこのような大暴れにつながるのではないか、というのが母の分析である。確かにそれは的を得た意見であるが、私には腑に落ちないことがある。小姐が暴れるのは、決まって夫や母など 私以外の大人がいる時ばかりである。他の大人がいる=自分に手をかけてもらえるとわかっていて暴れているとしか思えないのだ。注目を集めたいのだろう。その気持ちはわからないこともない。しかし、私しかいない時はそこまで暴れることはないのだ。どうせ相手にしてもらえないと諦めているのだろうか。ということは、私は信頼されていないということになるのか!?非常に申し訳ないことに、坊がまだお腹にいる頃から小姐には我慢を強いてばかりであった。私の体調がすぐれなかったというのが理由で、仕方ないといえば仕方ないのだが、私に対して甘えるということをしない(知らない)ままここまできてしまったのである。坊が生まれても、赤ちゃん返りというほどのものはなかった。(当時まだ1歳5ヶ月だったから、小姐自身も赤ちゃんみたいなものだったが)私以外の大人が坊に構おうとすると怒るということはあったが、私に対して不満めいた行動をとることはなかったので、つい安心しきっていた。私のフォローが足りなかったのがいけないんだ。私のせいだ…。だが、しかし。あの時ああしたからこうなったのかもしれない、とかこんなふうでは大きくなったらもっと困った問題が起きるかもしれないといったように、過去の出来事を振り返って今の小姐の行動に結びつけたり、未来を予想して思い悩むのは、建設的とはいえない。この思考パターンにとりつかれてしまうとずっとこの思いから逃れられなくなる。過去に目がいく私は、問題行動が生じると必ず小姐が小さかった頃の育児のやり方にその原因をさぐろうとする悪い癖をもっている。過去に生じたことならどんなことでも原因にすることができるので、今おきている問題と関係づけることは可能である。しかし何事も過去に結びつけて考える態度はあまり前向きとはいえない。では、未来と結びつけることはどうだろうか。一見前向きのように見えるが、大きくなったらこういう子になってほしいといった期待や夢は、時として小姐にとって迷惑なものとして映る可能性がないわけではない。また、現在の小姐の行動は、将来このような行為とつながるに違いないと想像し、その結果、このままではわがままな嫌われ者になってしまうなどといった、悪い想像をするのも考えものだと思う。このような場合、小姐のなんでもない行動に対して歪んだ解釈をしてしまい、その考え方でしか小姐を見ることができなくなってしまい、かえって幼心を傷つけてしまうという危険性を孕んでいる。幼い子どもを育てている親が、子どもの過去や未来に目が向くことは仕方のないことであり、それがあってこそ、育児も活力を得るのである。しかし、小姐自身は今を生きている。私はしっかりと小姐の今を見つめ、今が豊かになるよう援助することが何より大切である。
2006/01/17
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夫曰く。「テニスの試合で、初心者とペアを組んで負けた場合、ペアのせいにしないだろう?」さて、これは一体何のたとえに使われたのかと申しますと…。私が小姐に対して些細なことでガミガミ言い過ぎるのを苦々しく思っていた夫は、言わずに済むなら言いたくないけど…と前置きをした後、重い口を開いた。「僕は帰りが遅いし、1日中子どもと一緒の生活は大変だと思うけど、それにしても、そんなにイライラしてばかりじゃ何もいいことないだろう?小姐はそこまで怒られなきゃいけないようなことばかりやっているとは思えない」では私は、どうしてイライラしてばかりいるのだろうか。おそらく小姐のことを「まだ子どもだから」と大目に見ることができないせいだ。もっと言えば、小姐の気持ちを考えていないのだ。どうしてそんなことをするのだろう、と小姐の立場になって考えてみる前に、コラー!という罵声が先に出てしまっている。ここで、冒頭の言葉が夫から発せられたのである。「初心者じゃまともな試合にはならないだろう。それと同じだ」「小姐は生活初心者だぞ!」「初心者が試合でミスしたって、怒らないだろう?次はこういうふうに打つといいよ、って教えてあげるだろう?それが30年選手ってもんじゃないか。小姐はまだ2歳なんだぞ」後頭部をハンマーで殴られたような衝撃だった。しかし、ダブルスのペアにたとえるとは非常にわかりやすい。初心者が自分と同じように打てるはずないんだから、ミスしたからって責める道理はない。初心者の分までカバーするべく奮闘するのがペアを組んだベテランの務めである。私は、失敗するのが当たり前の初心者である小姐に、酷い態度をとっていたのだ。これから練習を頑張って上達しようと思っている初心者が、ちょっとしたミスに対して烈火の如く怒られたら そこでやる気が失せてしまうだろうし、楽しいテニスなんてできっこない。小姐の毎日が、笑顔あふれるものにはならない。考えてみたら、私は「何やってんの!」という言葉をよく使っている気がする。「ダメ」も頻度が高い。あまりに抽象的で、言われた小姐は戸惑うだろう。同じ注意をするなら「○○は××だから△△しなさい」と具体的に言わなければならない。きちんとした説明もなしに、頭ごなしに罵声を浴びせることがいかに多かったか。罵倒、叱責、批難で小姐をねじ伏せていたのだ。親という権力で支配していたのだ。今後、大きな声を出しそうになった場合には「生活初心者」と10回唱えよう。
2006/01/11
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昨年1月に坊が生まれ、年子育児がスタートした。ただただ必死で突っ走ってきた1年だったように思う。小姐だけでも手を焼くのに、坊もいるので 息をつく暇もなく、まさに嵐のように毎日が過ぎていった。そんな中、小姐には随分と酷い言葉を投げつけたし、恥ずかしながら手も出た。この子だけだったら、もっとじっくり向き合ってやれたのに。この子だけだったら、必要以上に我慢をさせることもなかったろうに。やっぱり年子なんて早すぎたんだ、どちらに対しても中途半端になってしまうよ…。今さらどうしようもないのに、そんなふうに嘆いたこともあった。私は怒ってばかりいた。怒ったところで、自分も小姐も嫌な気分になるだけなのに(傍で聞いている坊だって)、その場でガツーンと言ってしまうことで、とりあえずせいせいしていた節がある。呆れた母親だ。ストレス発散なら、他にいくらでも方法があるのに…。産後の鬱というなら もうとっくに過ぎたであろう時期になっても、イライラしてばかりの状態は一向に改善される気配がなく、このままでは自分がおかしくなるばかりか 小姐も曲がった子になってしまうと恐れた。にもかかわらず、同じことをくり返す。またやってしまったと反省しても、また同じことをくり返す。今日で終わりにしよう、金輪際 終わりにしようと思っても、またくり返す。今日だけ今日だけという塵が積もって山となってしまった。ろくな育て方をしていないのに、小姐がまっとうに育っているのは何故だろう。子どもにとって親は いわば権力者、その権力を濫用して私があれだけ怒っていれば、小姐は、自分より弱い者を従えたいなら力でねじ伏せればよいのだと思いそうなものなのに、坊に対して優しく、姉らしく振舞えるのは何故だろう。「育てる」なんて おこがましいのかもしれない。子どもは「育てられる」ものではなく「育つ」力を備えているのだ。「子どもは神様からの贈り物」と言われる所以かもしれない。子どもは、生まれた瞬間から親とは別の一人の人間である。親の思い通りにならないことなんていくらでもあるし、それが当たり前である。欠点ばかりを指摘するより、その子らしさに目を向けると微笑ましく思えてくるのではないか。一緒に暮らす中で、親が子どもから学ぶことはたくさんある。自分のもとに生まれてきてくれただけで感謝すべきである。親は、子どもがいて初めて親と呼ばれる。ということは「親になった」のではなく「親になれた」のだ。もっと言えば「親にならせてもらった」のだ。この謙虚な気持ちを忘れずに、今までの罪を悔いて、自分の言動を改めていこう。今年の目標、「大海原」その心は「穏やかで広い心をもって子どもと接する」。浜名バイパスを走っている時に見た、夕日に照らされた美しい海面を思い出して。
2006/01/01
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昨日、母親になって初めて 飲み会という「非日常」を体感し、同じく母親であるNちゃんと「飲み会なんて久しぶりで嬉しいね」と言っていた。小さな子どもがいては、外食はおろか、家での食事を味わって食べることさえ無理である。独身者2人が、どこどこのランチがどうだとか、仕事の帰りに飲みに行くとか、今度の海外旅行はどこにしようなど、私たちにはおよそ縁のない話をしていた時、身軽であることが羨ましいと思った。しかし、本当にそうだろうか?自分のためにお金も時間もかけていた独身時代(夫婦だけの時代)に比べると子どもがいるために行動を制限される毎日を窮屈に感じるのは無理もないが、ランチにしても飲み会にしても、数年経てばまた実現することだし、子どもを連れての旅行にはまた違った楽しみ方がある。母親になったからこそ、その楽しさがわかるのである。(確かに今は、小さな子どもを抱えて 糠味噌くさくなってしまっている。しかし こう言っては何だが、もし彼女たちが今の暮らしを続けると仮定すると、流行りの言葉を借りれば 数年後は明らかに私たちが勝ち組ではないか)それに、子どもがいるからといって、あれもできないこれもできないではない。やる気さえあれば、育児中でもいろいろな可能性がある。自分さがしには とてもいい時期なのである。育児のトンネルという表現もあるが、真っ暗で永遠に続くかのように思える育児期間にも、必ず終わりがある。子どもは確実に成長していく。それに伴い、今感じている負担も軽減していくのだ。子どもに手がかからなくなった時、私は何をすればいいのかと途方に暮れることのないよう、今は将来の青写真をきちんと考える時期だと思えばよい。現在、社会的に問題となっている高齢者介護は、育児と違って先の展開が見えない。年老いた親のいのちの終焉を看取るやるせない介護に比べ、育児は子どものいのちの輝きにふれる喜びがあり、この子が1歳になったら家族旅行に出かけよう、3歳で幼稚園、6歳で小学校というように半年あるいは1年単位で物事を考えることも可能なのだ。発想を少し変えてみるだけで、焦りや不安は軽減し、大変な「今」を楽しむゆとりが見えてくる。
2005/12/30
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あるフランス人が、こんな言葉を残したという。「幸福になるための大きな障害は、大きすぎる幸福を期待することである」さて、これは一体何を言わんとしているのだろう。人は皆 高望みをするものだ、と言っているようにもとれるし、身の程知らずと諫めているようでもある。あるいは、人の願いはとかく叶わぬものだからと、あらかじめショックを小さくするためのクッションを設けているのだろうか。日本には「棒ほど願って針ほど叶う」という諺がある。どうやら人は、叶わぬ望みを抱き続けてきたものとみえる。思うこと一つ叶えばまた一つというのも人間の本性である。どこまでも欲が深いようだ。だからこそ人間の進歩があるのかもしれないが…。子どもが生まれる前と、無事に子どもが授かった後のことを比較すると、親として忸怩たる思いがする。生まれる前の気持ちというのは本当に美しい(自分で言うのも何だが)。ただ無事に生まれてくれることだけを願っていた。ところが、いざ五体満足で無事に生まれてくると、どうだろう?冒頭の言葉は勿論、幸福を求めることを否定しているのではない。人の望むことには際限がないから、大きなものを求めすぎていつまでも充足しない人間の悲哀を伝えているのである。そして、育児に関しての大きな教訓を含んでいる。育児における幸福は、子どもが元気でいてくれるという、ただそのことに尽きるはずである。それなのに私は、小姐と坊が元気ならば、もっと他のことを次々と期待してしまう。親である私にとっての幸福と、子ども自身の幸福は必ずしも一致しないということを、今一度 念頭に置くことを申しつける!
2005/12/26
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子どもが生まれたら、かわいがって毎日楽しく暮らしたいと思っていたのに、現実はまるで違っている。怒ってばかりで ほとほと嫌になる。育児中の母親が経験することは、程度の差こそあれ大抵は誰でも似たようなものだ。それなのに、ある人はそれをノイローゼになるほど悩み、またある人は楽しく幸せなことと感じている。育児は大変なことより楽しいことのほうが多いと気づくかどうかが鍵になるのだろう。私は、楽しいことより大変なことのほうが圧倒的に多いと思っている。きっと、切羽詰ったような顔をしているんだろうな…。鏡に映る顔は見ることができても、本当の顔は自分だけ見ることができないのだ(苦笑)。笑顔をつくると大脳辺縁系の「快」感情が働く、という研究結果が発表されているらしい。笑顔の人は見ていて感じがよい、ホッとできる。子どもにとって安らぎの存在である母親は、笑顔でいなくては!私は自分の声が嫌いである。低いのだ。子どもの頃、男の子に間違えられて悲しくなった経験が何度もある。部活でランニングの時、「ファイトー!」という掛け声を1人ずつ言うのが嫌だった。皆、かわいい声なのに、私は…と、いつも憂鬱になっていた。笑顔になると、口角が上がる。口角を引く筋肉の働きの影響で声帯も引き伸ばされて、自然と高い声になるらしい。高い声は、明るい声である。これも、聞いていて感じがよい。笑顔と高い声。私には無理?本当にそうだろうか。声そのものを変えることはできなくても、話し方を変えることはできるじゃないか。呼吸は、自律神経系の交感神経(緊張)、副交感神経(リラックス)の働きを交代させる。吸う息と止める息は緊張(交感神経優位)、吐く息はリラックス(副交感神経優位)という体の法則である。音をのばすと、歌うような感じになる。音を長くのばして歌うように「小姐~♪」と呼ぶ時には、声の元である息を長く吐いているため、副交感神経優位のリラックス状態になっている。リラックスした心の状態は、聞き手にもリラックスを与える。名前を呼ぶのは、だいたい話し始めの時である。「小姐ー」と長くのばした呼び方をしさえすれば、その後に続く言葉も穏やかになるのでは?たとえそれが何か命令したり指示を出す時であっても。私は低い声だけでなく、まくしたてるように喋ってしまう。怒っていなくても怒っているかのような、きつい口調だと思う。「小姐~♪急いでね~♪」と「小姐っ!早くしなさい!」どっちがいい?言うまでもないね…。名前を歌うように呼ぶことから実践してみよう。自分の名前が呼ばれるのは怒られる時だけなんていうのは寂しいことだ。それが続けば、やがて名前を呼ばれても何も反応しなくなってしまうかもしれない。愛情込めてつけた大切な名前だ。優しく呼んであげようじゃないか。
2005/12/22
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昨日、ドラマ「1リットルの涙」が最終回を迎えた。普段ドラマはほとんど見ない私だが、この作品には思い入れがあり毎週首を長くして待っていた。昭和63年に25歳という若さで亡くなった木藤亜也さんの日記「1リットルの涙」を現代風にアレンジしたこのドラマであるが、ドラマにありがちな「お涙頂戴」路線に走ることなく、生きることの尊さや家族の絆について考える機会を視聴者に与える仕上がりだったと思う。「1リットルの涙」は昭和62年に出版された。当時中学生だった私は、この本を読んで夏休みの読書感想文を書き、入賞した(手前味噌だが)。そして高校の保護者会には亜也さんの母・潮香さんが講演にみえた。そう、私は亜也さんの地元に住んでいるのだ。本の中に出てくる地名、学校、店、バス停まで、全部わかる。使っている方言も、まさに私が喋っている言葉である。日記の内容のすばらしさに加え、地元民であるという親近感もあり、それこそ本に手垢がつくまでくり返しくり返し読んだ。昨年、映画化され、文庫本も出た。そして今回のドラマ化。正直なところ、どうして今頃になって…?という思いもあったが、何年経っても色褪せることはないし、1人でも多くの人に知ってほしいと思う。ドラマでは、麻生君という架空の人物が登場した。亜也の心の支えとなる役柄であったが、これは母・潮香さんが「亜也にも恋愛を経験させてあげたかった」と言ったから設定された人物だそうだ。ドラマでは麻生君に救われる場面が多かったが、実際にはいなかったわけで、もっともっと孤独な闘いを強いられていたことは本を読んでみてもよくわかる。ドラマだから きれいに描いているなぁと思わざるを得ない部分はいくつもあったし、ここまで演出しなくてもいいじゃないかと やや批判的に見る部分もあった。亜也さんが強く優しい人であったことは もう十分すぎるくらいわかっていた。自分がもしその立場になったらどんな振る舞いをするだろうかと考えることはよくあった。ただ今回、ドラマを見るにあたって、母・潮香さん目線で見ている自分に気がついた。初版の頃は中学生だった私も、いまや2児の母。もし我が子があのような病気になったら、潮香さんみたいに励ますことができるだろうか。あんなに気丈な態度をとれるだろうか。単なる慰めや気休めではない、本人を前向きに導く言葉をかけ続けられるだろうか。亜也さんだけでなく潮香さんも強く優しい人だ。「子は親の鏡」というが、潮香さんのようなお母さんに育てられたからこそ亜也さんの人間性もすばらしいのだと思う。亜也さんは潮香さんを尊敬している。「私の中のキラッと光るものを、お母さんならきっと見つけてくれると思います。教えてください。導いてください」と絶大なる信頼を寄せている。潮香さんは、その名のとおり大海原のように広く、深い愛で亜也さんを包んでいた。私は将来、小姐や坊にとって(特に同性である小姐にとって)、どんな母親になっているだろうか。尊敬されるとまではいかなくても、何か困ったことがあった場合にお母さんに相談してみようと思ってもらえるような母親になりたい。相談されて、たとえ上手なアドバイスができなくても、お母さんに話してよかったと思ってもらえるような母親になりたい。今、些細なことで怒ってばかりいるが、こんなことが今後も続いては不信感を与えるだけだ。今ならまだ間に合う。今こそ自分の態度を改めよう。
2005/12/21
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毎週でもいいなんて言っていたけど、なんやかんや他に用事が入ったりして、結局、元の隔週に落ち着いた感じの言語訓練。今日は、動物のカードを使い、CDから流れてくる鳴き声を聞いて どの動物か当てる、わかったらそのカードを先生に渡して、先生に続いて発音するという訓練をした。登場したのは、犬、猫、牛、象、馬、羊、鶏、雀、蛙、そしてライオン。まずカードだけを見せられ「これは何の動物さん?」小姐の応答は以下の通り。「ワンワン」「ニャーオ」「モーモー」「ぞう」「パッカパッカ」「メーメー」 ← 山羊だと思っている?「コッコ」「ピョピョ」 ← ひよこだと思っている?「ゲーゲー」「ガオー」どれも、鳴き声や動く様子で表している。唯一、象だけを「ぞう」と答えたが、絵本などで見て「パオーン」と言う時もある。CDから流れてくる鳴き声を聞いて、置いてあるカードの中からその動物をさがして先生に渡すという作業もきちんとできた。「いぬ」「ねこ」と先生に続いて言うことも、ゆっくりだが なんとかできた。「僕の口の動きをよく見ていますね。音を聞いて判断する点でもよく理解できています。赤ちゃん言葉は今の段階では気にしなくていいですよ」大きなクリスマスツリーがあったので、小姐は大喜び。ついでにサンタの帽子もあったので「サンタ、サンタ」と大はしゃぎ。その帽子を被らせてもらって満面の笑みを浮かべていた。(私は坊をツリーに近づけないように必死でガードしていた。飾りを全部むしり取ってしまいそうだし、口に入れたら危険だもんね)「この頃、言葉の数が増えましたね!初めて来た時は単音だけの言葉も多かったけど、最近そうでもないし…。発音はきれいだし、今に爆発的に喋るようになると思いますよ」そう言ってもらえると とても嬉しい。訓練に通った成果なのか、たまたま言葉が出始める時期だったのかはわからないが、ゆっくりでも確実に進歩しているのがわかるのは、私にとってどんなに励みになることか。「おかしゃん、てぃすー(テニス)」等は、少し前までなら想像すらできなかった言葉である。私は、1歳代で喋った子が将来天才になるわけでもなければ3歳になって喋った子が将来ろくでもない大人になるわけでもないんだからいつ喋ろうが大差ない、といつも自分に言い聞かせてきた。それでもやはり、小姐と同じくらいの子が流暢に喋ればうらやましくなるし、自分の考えは負け惜しみではないかと思うこともあった。しかし、先日読んだ「1・2・3歳 ことばの遅い子」という本(中川信子著・ぶどう社)でハッとさせられるフレーズがあり、もう悩むのはやめようと決意した。「ちょっとした障害や、スピードののろさなんかがあっても、ハタチ過ぎればただの人」20歳を過ぎれば社会に出て働くことになる、その時、言葉が早かったとか遅かったとか、頭がいいとか悪いとか、学校の成績がいいとか悪いとか、そんなことはそれほど問題ではない、結局、人柄がよくて、挨拶や礼儀がきちんとしていて、まじめで、誠実であることが一番。だから、ちょっとゆっくり目な子は、ゆっくり進ませてあげて、20歳になる頃までに、そこそこ落ち着いた子になっていればいいのだから、叱り飛ばして、早くちゃんとした子になってよ!と焦ることはない。(そもそも「ちゃんとした子」って何!?)いずれにせよ子どもは元々備わっている力で育つものである、従って親の役目は、障害があろうとなかろうと、まずは、食べさせて、着せて、寝かせて、大きくすることなのだ、それも、できれば楽しく。そしてもう一つ、子どもは神様から渡された球根である。どんな種類の花が咲くのか、何色の花なのか、どの季節に咲くのか わからない。だって説明書が付いていないから。まごまごしながら「球根の育て方」という本と首っぴきで、一番「標準」のやり方で育てる。水をやったり、日光にあてたり、ベストを尽くして。隣の庭では、ほとんど同じ時期に植えた球根が ぐんぐん芽を出している。もうつぼみもついている。春、大輪の真っ赤なチューリップが咲いた!うらやましいなぁ。うちの庭、夏が過ぎてやっと芽が出た。ある日咲いたのは、淡いクリーム色のグラジオラス。そうか、私がもらったの球根は秋咲きだったのか…。グラジオラスは、チューリップのような派手さはないけど、天に向かって剣のように伸びゆく姿は捨てがたい。それに、長い間 花を楽しめる。花に いろいろな種類があるのと同じで、子どもも一人ずつ全員違う。それが個性。言葉の育ちにも、早い、遅い、いろいろあって当然である。何故?と問うても、そういう球根を渡されたからとしか言いようがない。咲くのを待つ間、まだ咲かない、お隣のはとっくに大きくなったのに、一体いつになったら咲くのだろう、まったく嫌になる…とブツブツ言いながら水をやるより、あなたは土の中にいるのが好きなんだね、ゆっくり芽を出しなさいね、待ってるよ!と楽しみながら育てていきたいものである。標準という言葉に振り回されてはいけないのだ。標準とは、早~い子と、早目の子と、普通の子と、遅目の子と、遅~い子を合わせて平均したものであり、半分の子は標準より早く、残り半分は標準より遅いことになる。たまたま自分の子が遅いほうの半分に入ったからって、それは本当にたまたまそうなったというだけで、運みたいなものと思ってよい。今の世の中、何でも「早いことがいいことだ」という風潮があり、皆が前のめりになって走っているようだが、それが本当に豊かな人生といえるのだろうか。
2005/12/20
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座禅とは、頭の中を空っぽにして無念無想の境地をめざす修行をいう。しかし、頭の中を空っぽにすることは意外に難しく、次から次へと雑念がわいてくる。そんなとき、雑念を追い払おうと必死になるのは初心者である。上級者は、雑念がわいてきても追い払おうとせず、そのままにしておくのだとか。そのほうが、かえって雑念が消えやすいのだという。雑念がわいてきたとき、あっまずい、雑念がわいてきた!と考えると、新たな雑念を呼んでしまう。どうやったら消えるだろうかと考え始めると、さらに新しい雑念をつくりだすことになり、いつになったら無念無想の境地になれるのだろうかと思うことが、また次の雑念になるのだ。実は、最初にわいた雑念はたいしたことはないのだそうだ。下手にいじらないで脇に置いておくと、そのうち消えてしまうものらしい。しかし、雑念があってはいけない!早く消さなければ!とジタバタし始めると第二、第三の新しい雑念をどんどんつくりだすことになり、かえって収拾がつかなくなるのだという。心の中に、怒り・イライラ・悲しみ・不安といったマイナスの感情がわいてきたときも、これと同じことが言える。こんな感情をもっていてはいけないと焦り、消そうとジタバタすると、新しいマイナス感情をどんどんつくりだしてしまう結果になる。あ、怒ってしまった。こんな母親じゃいけない!まずい、早く怒りを消さなければ!ああ、こんなにイライラしていてこの先どうなる!私が怒りの感情をもってしまったのは誰の責任だ!等々。座禅の達人によれば、元々感情に善悪はないらしい。喜びや幸せと同じように、怒りや悲しみや不安なども、人生という花畑に咲く花であり、ジタバタせずに眺めていると、やがて自然にしぼんでいくものだという。時間が解決してくれるのだ。ということは、私にとって必要なのは、マイナス感情を消すという努力より、マイナス感情をそのままにしておく技術のほうではなかろうか。最初に生じたマイナス感情(一次的感情)より、新たにつくられたマイナス感情(二次的感情)のほうがうんと大きく、後者のせいで莫大なエネルギーを浪費する。葛藤の後にどっと疲れが出るのは、二次的感情のせいだといえる。感情と闘うのをやめたとき、無駄使いしていた大きなエネルギーが自分の手に戻ってくる。高い山に登る時、頂上まであと何キロ、あと何キロ、とばかり考えていると、かえって疲れてしまう。息切れして座りこんでしまったら、こんなことでこの先どうなるの、とイライラする。しかし、周りの景色や空気の新鮮さなどを楽しみながらのんびり歩いてみるとどうだろう。元気が出てきて、いつのまにか頂上に辿り着いていた、なんてことになるのではないか。たとえ途中で疲れて座りこんでしまったとしても、わぁ、ここからの眺めも結構ステキ!などと、それはそれで満足できたりするものだ。育児という長丁場も、これと同じことが言える。「子どもたちが寝たら私の時間」「子どもたちが手を離れたら」「小姐がイヤイヤ期を過ぎたら」「私がよいお母さんになったら」……。こんなふうに、明るい未来像を夢見ることで毎日を乗り切る生活を続けていると、現在の自分の生活の中にある小さな幸せを感じにくくなり、疲れやすくなるのかもしれない。
2005/12/07
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9月から隔週で6回にわたって開かれてきたグループワーク(保育園での集まり)も、今日で最終回となった。先生も交えて、毎回テーマに沿って話し合ってきたが、よその家ではこんなことで悩んでいるとか、こうして克服した等、いろいろ参考になった。毎回同じ顔ぶれで 少人数で話すという環境は、人見知りが激しくて 母親どうしの交流の場でも気後れしてしまう私にはありがたかった。話し合いの進行役の先生とは別の先生が子どもたちを見ていてくれるのだが、後半の30分は園庭に遊びに行くので、まだ歩けない坊は私の側にいることになる。9月当初は 仰向けに寝ているか、うつ伏せになっているかのどちらかだったのに、今や高速ハイハイであっという間にお目当てのおもちゃに辿りつく。そんな姿を見て、隣に座っていたお母さんが「成長したよね~」としみじみ言った。寝ているだけだった子が、寝返りして、座って、這って、立って…と、赤ちゃん時代って短期間のうちに すさまじい勢いで成長するんだよねぇ…。坊は現在10ヶ月。2人目ということで、何もかもが早く過ぎてしまった感がある。そういえば 坊の妊娠がわかった頃、小姐が今の坊くらいだったんだよなぁ。すぐにつわりが始まって、離乳食のにおいがどうにも気持ち悪かったこと。常に吐き気に悩まされ、食欲もなく、ゴロゴロしてばかりいたこと。小姐がハイハイからつかまり立ちへと移行し、ますます目が離せなくなったのに、自分の体は思うように動かずイライラしたこと。2ヶ月ほど続いたつわりがおさまって、安定期に入り、やれやれと思ったのも束の間、ちょうどその頃にあった引越で知らず知らずのうちに無理をしたのか、お腹が頻繁に張るようになって、薬を飲んで安静にしていなければならなくなった。1歳になり、歩けるようになった小姐は、外へ出たくてたまらないのに、そんな体調ではとてもつきあってやることはできない。体の不自由さがもどかしく、ぐずって泣く小姐と一緒に泣いたこともあった。体調がよいと言える日は数えるほどしかなかった。ようやく薬を飲まなくてよくなった頃にはもう妊娠8ヶ月で、今度は足の付け根が痛くなり、外出先で動けなくなってしまった。その時はたまたま友達親子と一緒にいたので助かったが、小姐と2人だけの時にまたこのようなことがあってはいけないと思い、外出を自粛した。坊が生まれたら生まれたで、暫くは外に出られない。首がすわって、ちょうど季節も春になって、さぁ外へ!と思っても、2人連れて出かけられる場所は限られているし、公園に行っても、走り回る小姐をベビーカーを押しながら追いかけ回すわけにもいかず、どうしても我慢させることが多くなってしまった。小姐と同じくらいの子が、お母さんと2人だけで遊んでいるのを見かけて、胸が詰まった。坊を妊娠してからずっと、小姐には寂しい思いをさせ続けてきてしまった。あの子みたいに、何も考えず思いっきりお母さんと遊べたら…。でも自分には弟がいるから、お母さんを独り占めすることはできない、そんなふうに思ってはいないだろうか。当時まだ1歳だった小姐の思考回路では どこまで思うかはわからないけど、とにかく私は、お母さんと2人だけで遊べる第一子の特権というものを小姐に ほとんど味わわせてやれないままきてしまったということが心苦しかった。そんなふうに育ったから、私に対して淡白になってしまったのかな。お母さん、お母さんと寄っていっても、体調が悪くて相手にしてもらえなかったから、諦めてしまって、その反動で夫やジジババにはやたら甘えるようになってしまったのかな。小姐は、坊のことはかわいいと思っているようで、世話を焼きたくて仕方がない。近づきすぎて髪を引っ張られ、自分が泣かされることもある(笑)。弟は私からお母さんを奪った憎らしい存在だというふうに思っていないのは救いである。ただやはり、いくら淡白な小姐でも、2人だけで遊べる時間は欲しいのではないか。私だって、1対1だったら あんなこともこんなこともできる…と思うことがよくある。どこどこへ連れて行って、どういう経験をさせてやることもできるのに、とか。同じ年頃の子と比べて、経験が不足してはいないだろうか、とか。スイミングの時は坊がいないので、小姐にとっては唯一、母を独占できる時間である。しかし、それだけでは少なすぎることは明白だ。坊は、今は小姐がメインの予定のために振り回されて気の毒だが(午前中は眠たいのに、起こされてあちこち連れて行かれる)、小姐が幼稚園に行けば、私と2人だけの時間を満喫することができる。小姐の時は、2人連れては無理だと諦めていたイベント参加や遠出など、何の苦もなく実現できるだろう。それはそれで私自身楽しみでもあるが、小姐のことを思うと不憫になるのも本音である。
2005/11/17
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昨日は、涙腺がおかしいんじゃないかと思うくらい よく泣いた。最初に泣いたのは朝食の時。洗濯物を干している時に、また泣けてきた。思い出し泣き(そんなのあるか)。下から、近所の子どもの声が聞こえてきた。流暢に喋っている。あんなふうに喋れれば、言語訓練なんか行く必要ないんだ。普通の子はそんなところに縁はないんだ。っていうか小姐が「普通じゃない」って線引きはいずこから?今はまだ様子見でもいいって言われたのに、不安だから行くって決めたのアンタじゃん、自分で決めといて ウダウダ言うんじゃねーよコノヤロー!(摩邪風に)リビングに戻ってくると、足の踏み場もないほどおもちゃが散らかっていた。まだ涙が止まらない私は、どさくさに紛れて「出しすぎ!」と叫んだ。そのまま畳に突っ伏して泣いていたら、小姐が寄ってきて「ん、ん」と言った。「何よ、寄ってこないでよ!」と酷いことを言ってしまったのに、それでもまだ何か言いたげに そこに立っている。しぶしぶ顔を上げると 座布団を持っていて「どじょ」(どうぞ)と言った。畳に顔をうずめては痛かろうと母を思いやってくれるのか。ヒステリックに怒られた直後だというのに。そう思ったら、ますます泣けた。この子はこんなに優しい気持ちを持っているのに、どうしてそんな接し方しかできないのか。情けない…!泣いて気持ちがいいか?自分自身虚しいだけじゃないのか?泣くと、気が滅入る。鼻が詰まり、頭が痛くなる。泣いてどうにかなるわけではない。それでも泣くのは何故だ。とりあえず現実逃避しているだけか、何の解決にもならないじゃないか!今、「1リットルの涙」がドラマで話題を呼んでいる。原作は、難病と闘い続ける少女の日記である。久しぶりに本を読み返してみたところ、発病して1年くらいの頃の日記に「個性は自分の所有物であって、他人におしつけるものではない」とあった。言葉がゆっくりなのは小姐の個性である。小姐は小姐で、かけがえのない個人であり、彼女なりのペースがあるのに、他の子どもと比較することで、母親の私は焦っている。言葉が早い子がいたら、それはその子の個性(所有物)である。その子と比較して 小姐は遅いと思うなら、ナンセンスな話だ。他人の所有物を押しつけているということになる。母親は、子どものこととなるととかく心配になる生き物だと思う。しかし私は度を越えて神経質すぎるかもしれない。もっとデーンと構えていられるようになりたいものだ。他の子と比べて云々というのは、自らの首を絞める以外の何ものでもないのだから。何もかもうまくいくなんてことはない、あってもごく稀だろう。いや、どんなに順風満帆に見える人でも、陰では悩みがあるはずだ。落ち込むようなことも人生には必要で、自分を強くする一つのいい経験である。ただ、いじけているだけでは何も変わらない。そこから何を思い、どう生かしていけばいいのか考えようではないか。凹んだら、物理的には元に戻るはずである。悪い状態ばかり続くわけではないし、今が最低ならあとはよくなるだけだ。私は、何を大袈裟に厭世的になっていたのか…。小姐の言葉がゆっくりなのは、本人のせいでもなければ私の責任でもないのだ。まだ2歳3ヶ月。これからいくらでも伸びる可能性を秘めている。私は元来 大雑把なO型だから、朝早く起きて太陽が昇るのを見ると、ヨシ!と力が湧く。
2005/11/10
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朝から泣いた。小姐や坊の前で泣くまいという理性は働かなかった。何もかも、言葉足らずな自分が悪いのだが…。朝食を摂りながら、言語訓練に毎週通うことになったことを夫に話した。合同と個別があって、合同は同じ年齢の子が集まって刺激を受けられそうなこと、個別は、訓練とういよりは先生と1対1で遊ぶ色が強くて楽しんで行けそうなこと。いつまで通うのかと問われたので、「幼稚園に入るまでかなぁ」と答えた。そこで夫の顔色が変わった。しばらくして「合同は、そういうところに出かけないとできないからともかく、個別のほうは、そんなに長く行く必要があるのか?」昨日初めての指導を受けて、せっかく これから楽しみだと思って帰ってきたのに、行くことに反対しているのか。聾学校という響きに抵抗を感じているのか。「訓練なんて、行かずに済むならそれに越したことはないんだぞ。先生と遊ぶだけだったら、家でだって遊んでやればいいじゃないか」「勿論そうだよ。でも言葉を引き出すノウハウを知らないと」「それだけなら、何回か行けばわかるんじゃないのか?自分がやるべきことを、他人任せにするのか?」「他人任せにしようだなんて、そんなつもりはない!当然、家でだって言葉を引き出してやれるようには心がける。保健センターから言われた、言葉の遅い子&落ち着きのない子のための教室だって、なんだか補習を受けるみたいで、正直なところ気は進まないよ。デキの悪い子ってレッテル貼られるみたいだもの。でも、このまま何もせず心配だけするよりは、できることはやってやろうと思う。聾学校だってそういう気持ちから通うことにしたんだから。いかにも訓練です、さぁ頑張って!という感じじゃないから、小姐にも負担じゃないだろうし。ただ、一朝一夕で成果が出るとは思えないから、ある程度長く通うことにはなるんじゃないのかな。様子をみないとわからないよ。この訓練に通っている子で、そのまま聾学校の幼稚部にあがる子もいるから、そういう意味で幼稚園って言ったんだけど…。それより前に成果が出て、もう十分ですねってことになる可能性もあるとは思うよ」「それならそうと、どうして最初から詳しく説明しないの?いつもそうなんだから。受け取る側の気持ちなんて考えずに発言して…。心配して、いろいろ動いているのはわかる。虎猛子は、先生の話とか聞いて納得しているかもしれないけど、僕は虎猛子からの情報しかない。いつまで行くのかって聞いたら、幼稚園に入るまでかな、なんてテキト~な一言でさ、いかにも他人任せな印象じゃないか!行かなくて済むならそのほうがいいのに、楽しそうだから毎週通うなんてさ。行くなとは言ってない。ただ、そんな姿勢なら長いこと行く必要ないと思っただけだ。僕だって小姐のことは心配だよ。でも、僕までオロオロしたらいけないと思ってなるべく平然としているだけなんだから」また、やってしまった…。私は昔からこうだ。ちっとも変わっていない。悪意も他意もないのに、言い方が拙いために誤解を招く。それで、どれだけ損をしてきたか。どれだけの人を敵に回したか。学習能力のない自分自身に対する情けなさと、言語訓練なんて行かずに済むならそれに越したことはないのにどうして小姐は言葉が遅いのか、私の接し方が悪いのか、という自責の念が交じり合い、朝食はそれ以上喉を通らなかった。鼻をかみまくった。今度の金曜日には、保健センター主催の教室がある。上述したように、正直なところ あまり気は進まない。(例の保健師もいるのかと思うと、怒りが再燃しそうだ)近所の子や友人の子で、小姐より少し大きい子たちを見ると、どの子も会話ができている。彼らが小姐くらいの時を思い出してみても、小姐とは大きな差がある。最近では、小姐より少し後に生まれた子(近所の子)にも抜かれてしまった。個人差はあって当然だし、小姐は何も悪くない。競争ではないし、よその子と比較しても仕方がないことは重々承知とはいえ、どうしてうちの子は補習にまで通わなければならないのかと思うと悲しくなってくる。やはり、今までの私の接し方が悪かったのだろうかと後悔だけが残る。私の気持ちにも浮き沈みがあって、いいほうに考えられる時とそうでない時があるから、きっと今は底辺にいる時で、あとは上がっていくだけだと思いたい。
2005/11/09
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午前中、夫が小姐を連れて車のディーラーに行った。ちょっと気になる車があるそうだ。試乗車があったので、乗ってきたらしいのだが、ディーラーの人は助手席に乗り、小姐は後部座席で自分1人。チャイルドシートがあるわけでもないのに、おとなしく座っていたとか!?試乗だから少しの距離とはいえ 驚いた。しかし、試乗車でもチャイルドシートなしで乗っていいのか?お巡りさんに見つかったら、どうなるんだろう?(実は免停食らった経験がある私、交通違反の取締には過敏である)チャイルドシートに座らずに、自分だけで座っていたり、大人に抱っこされている子どもをよく見かける。昔はチャイルドシートなんてなかったんだし、とか子どもが嫌がるから、というところなのだろうが、決められている以上はきちんと装着しないと、何かあってからでは遅いのだ。私は、泣こうが喚こうが折れない。小姐には「ここに座らないと、車は動かない!どこにも行けない!」と言い続けてきた。しつこく言った成果で、今では 自分の位置につくと、シートベルトを手にとるようになった。今でこそ、それほどきつくないシートに変わったが、乳児から使えるタイプ(今は坊が使っている)だと がんじがらめなので、乗せるほうとしても、こんなの嫌だよなぁ、泣いて当然だよなぁ、と思った。しかし、だからといって、いいわいいわで済ませてしまうわけにはいかない。車に乗るにあたってのルールだし、いくら泣いても、小さい時からインプットしておけば、それが当たり前になる。
2005/10/29
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「どんな母親でも、子どもは母親が一番好き」と聞くが、小姐はお父さんっ子。夫がいる休日は、甘えて甘えて、些細なことですぐ泣くし、グズれば思い通りになると勘違いしているのか~!と、見ているこちらがイライラするほどだ。私に対しては非常に淡白で、甘えてくることはほとんどないし、グズることも少ない。坊もいるので、小姐ばかり構ってやるわけにはいかないとはいえ、その事情にかこつけて、私は怠慢ではないかと思うことがある。「ちょっと待ってて」「ブロックで遊んでて」等、小姐に我慢を強いることが多いし、その上、叱って(怒って?)ばかりいる。手が出ることもしばしばだ。甘えたくても甘えられない雰囲気を醸し出しているのかもしれない。一番好きなのは夫で、私のことなんて好きじゃないだろうな…。そう思うなら態度を改めればいいのに、なかなか一筋縄ではいかない。グズって抵抗しても突っぱねられるだけだと悟っているのだとしたら、弱冠2歳にして母親の顔色を伺って過ごしている可能性が高いと思う。どうしてこんな接し方しかできないんだろう。このままではいけないと思っていながら、時間だけが過ぎていく。明日こそは、明日こそは…と。結局、そう思うだけで終わってしまう。小姐はいろんな人から「表情豊かな子だね」と言われるが、こんなろくでもない母親に育てられているのに何故だろうと不思議で仕方がない。その事実に、ますます打ちのめされる。今日は午後から買い物に出かけるため、2人とも一時保育に預けた。坊は朝から、小姐は午後から(午前中はスイミング)。夕方、迎えに行くと、1歳児クラスの皆はベランダに出て遊んでいた。小姐も楽しそうにキャーキャー言っていた。「Mちゃ~ん お母さんお迎えに来たよ」と先生に呼ばれると、両手を広げて私のほうへ走ってきた。かつて保育園で働いていた母が、こんなことを言っていた。「お母さんが迎えに来ても、ちっとも喜ばない子がいるのよ。家庭での接し方に問題があるのかも…」実は私は、その辺りを密かに心配していた。叱った後は「大好きよ」と子どもを抱きしめましょう、とは育児書のお決まり文句だが、私はどうにも照れくさくてそのような行為はできないし、八つ当たりみたいに怒られてばかりで、小姐はさぞ理不尽な思いをしているだろう。嫌われたとしてもグウの音も出ない。身から出た錆。そんなのは杞憂だよと言わんばかりに、駆け寄ってきた小姐。いくら人が集まるところが好きとはいえ、スイミングの後で疲れて、早く帰宅して寝たいところを私の都合で保育園に連れてきたのに、よく夕方まで頑張ったねという気持ちも重なって、思わず目頭が熱くなった。教室には壁のあちこちにアンパンマンの絵が貼ってある。キョロキョロしながらそれらを指さして「アンパ、アンパ」と言って喜ぶ小姐は、ここにアンパンマンがいるよ、ほら、あそこにも、と私に教えてくれているようだった。おや?「アンパ」?アンパンマンのことは「パ」としか言えなかったんじゃなかったっけ?その後、隣の教室へ坊を迎えに行き、駐車場まで歩く間「しぇんしぇ」と連発していた。おそらく「先生」と言っているものと思われる。「先生が、また遊ぼうねって言ってくれたね。よかったね」と言うと、なんともいえない笑顔で応えた。「お友達がいっぱいいて楽しかったね」と言うと、またまた笑顔。保育園が小姐にとっていかに楽しい場所であるか、その笑顔が如実に物語っていた。そこで ふと思った。小姐が嬉しいと思っている時、喋れない小姐に代わってその気持ちを代弁してやろう。そうやって、笑顔をひきだしてやろう。褒めたり、大好きよ~とか言うのは苦手な私でも、これならできる。なかなか喋るようにならないのは、私の語りかけが足りないせいかもしれないのだ。<おまけ>小姐は額に冷えピタを貼っていた。ベランダで遊んでいる時、はしゃぎすぎたのか勢い余って手すりにぶつかったとのこと。少したんこぶになったので濡らしたタオルで冷やそうとしたら嫌がったので、代わりに冷えピタを貼ったら いたく気に入った様子。アンパンマンの絵がついた冷えピタだったのだ。時間が経っても剥がしたくないらしい(笑)
2005/10/21
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駐車場から図書館まで歩く。坊は縦抱きにすると吐きやすいので、もう9ヶ月だというのに新生児のように横抱き。その状態で小姐の手をひいて歩くのは結構疲れる。車が通って危ないと思われるところは手をひくが、それ以外は離していることが多い。何やらふざけて、ジグザグに歩いている小姐。「こらっ!まっすぐ歩きな!転ぶよ!」と声を張り上げてしまった。すると、背後から「Mちゃんおはよう!おばさんと一緒に行こうか」という声。声の主は、託児スタッフの方だった。「おはようございます」と挨拶したものの、内心ギョッとした。今の罵声を篤と聞かれてしまったというわけね…。ああ恥ずかしい。早いもので、図書館ボランティア育成講座も残すところあと2回。今日は、実際にボランティアとして活動している皆さんが、図書館の子どもコーナーの「おはなしの部屋」で絵本の読み聞かせをするところを見学した。「お子さんを託児に預けている方は迎えに行ってください」と言われ、小姐や坊も一緒にお話を聞いた。図書館では、ボランティアによる読み聞かせの時間が毎週設けられている。そのことは市の広報や、保健センターの掲示板等で知っていたが、小姐がじっとしているわけない、坊も連れてちゃ大変なだけじゃん、と思って、興味はあっても参加したことは一度もなかった。しかし、今日はまったくの嬉しい誤算で、おとなしく座って聞いていた。絵本の中で、うさぎや蛙などがピョンピョン飛び跳ねるシーンでは、読み手の「ピョーン!」という声に合わせて、自分もうさぎの耳をつくって飛び跳ねた。これは、じっとしていないということではなく、集中してお話を聞いているからこそ出たリアクションである。なんだ、いい子にしていられるじゃん…。見縊ってゴメン!むしろ、じっとしていなかったのは坊である。下におろせば際限なく這って行ってしまうし、座っている姿勢は好きではないし…。結局、抱いているしかないのだが、ゴソゴソして落ち着かない。隣にいた初老の女性が「おや、かわいい僕。どれどれ…」と言って、抱っこしたりあやしてくれたりしたので、とても助かった。帰る時、入り口で靴をはこうとするが、小姐はうまくはけなくて手間取ってしまう。この場で居座ったら邪魔になる、早くはかせなければ…と手伝おうとするが、坊を抱いたまましゃがんで片手だけで手伝うのはハッキリ言って厳しい。そんな時、小姐に さりげなく手を貸してくれた人がいた。同じく2歳くらいの男の子を連れた女性だった。「赤ちゃん抱いて大変だもんね…」と。朝、小姐がふざけて歩いていたので一喝した時、たまたま後ろから来た託児スタッフの方も、小姐と手をつないで歩いてくれて、とてもありがたかった。今日は3人もの人が私を助けてくれたのだ。感謝、感謝!チビを2人連れていると、些細なことでもままならない場合があってもどかしいが、ちょっとした心遣いが、どんなに嬉しいか!子連れに冷たい世の中だって思うこともあるけど、そう悲観することばかりでもない。私も、困っている人を見かけたら、さっと手を貸してあげられる人になりたいと思う。
2005/10/19
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子どもの歓声より大きい、お母さんたちの笑い声。何がそんなにウケたのか 揃いも揃って猿のように手を叩いて大笑い。あぁ、またあの集団だわ。月に一度開かれている、校区の子育てサロンでの光景である。毎回参加していると、親も子もなんとなく顔を覚えるのだが、彼女たちはいつも固まって喋っている。お喋りに夢中で、明らかに子どもから目を離していることが多い。前半の自由遊びの時は、百歩(いや千歩か)譲ってまだいいとしても…。後半は、このサロンの開催に協力してくださっている近所の保育園の保育士さんが歌や手遊び、紙芝居などをしてくれるのだが、この時も彼女たちはお喋りに夢中である。こういう時って、自分の膝に子どもを座らせるなり何なりして一緒に歌うもんじゃないの?野放しにされた子どもたちは、ステージの上で走り回ったり、テーブルの上にのぼって飛び跳ねたりしている。おいおい君たち、そこはお立ち台じゃないよ。そのうちの何人かは奇声を発しており、紙芝居など聞こえたもんじゃない!この状態をみて、何とも思わないのだろうか。進行に支障をきたしているのだ。保育士さんも、困った顔をしていた。あぁ、そうか。お喋りに夢中だから、視界に入っていないのか!見かねた民生委員の方が、子どもたちを抱いてステージからおろした。しかし、1人や2人じゃないので、おろしてもおろしても次から次へまたのぼっていく。とても手がつけられない状態である。子どもはじっとなんかしていないということは私にも痛いほどわかる。しかし、だ。今は何をすべき時か。小姐も、身体的拘束を極端に嫌い、私の膝におとなしく入るようなことはなく、基本的には片時もじっとしていない子だが、それでも、この頃は「今から先生が紙芝居をしてくれるからここに座って見なさいよ」と言えば座っているようになった。すぐに飛び出して行ってしまうので、そのたびに連れ戻して、恥をかいたことも多いが、何度も何度も言えば、子どもなりにわかってくるのだと思う。今日も私の横に座っていたが、ステージ上で暴れ回る子どもたちを見て、そちらに行ってしまった。慌てて坊をその場に寝かせ、小姐を追いかけ連れ戻した。「今は紙芝居を聞く時間。あそこで暴れるのは悪いことだよ」と叱ったが、ああいう子たちがいると、示しがつかないではないか。私のイライラは最高潮に達した。ええい、バカ親!その場で叫んでしまいたかった。キッと後ろを振り向くと、まだバカ笑いを続けている。あぁ、親が親なら子も子だ。まったく、自分の子ぐらいちゃんと見ていなさいよ!私なんて坊を抱っこしたまま小姐を追いかけまわしているのよ。子ども1人なら、まだ楽じゃないの。(って、私のことはどうでもいいんですけどねぇ)もし「言っても聞かないから」って言うなら、それは怠慢だと思いますが。子育てサロンは、子どもを遊ばせるためという目的の他に、お母さんどうしが交流するという目的もある。自分と同じ立場の人どうしでお喋りしてストレス発散というのはとてもよくわかるが、皆で歌や手遊びをしましょうっていう時間も無視してお喋りを続けるのはいかがなものか。保育士さんに対しても失礼ではないか。あんなふうに暴れ回っていて、もし怪我でもしたらどうするのかしら。自分の子が怪我するだけなら自業自得だけど、他の子に被害を与える可能性だってあるわけだから、見ていなかったでは済まされないと思う。同じ校区だからいずれ同じ小学校に通うんだよなぁ。断片的に見ただけで変な先入観はもちたくないけど、やっぱり嫌だよ…。
2005/10/11
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圧巻!9月ももう末だが、これまで平日は全部予定を組み込んできた。毎日何かしら用事があって、出かけている。金曜日はスイミング、水曜日は図書館ボランティア育成講座、木曜日は隔週でグループワーク。それ以外で空いたところも、意識して予定を入れた。坊の予防接種でさえ、お出かけには変わりない。家にいるよりマシだ。何の目的もない、約束もない、誰とも会わない一日が始まると思うと実に遣る瀬ないというのが本音だが、それを子どもたちに伝えたくないというのも本音である。私の気持ちが晴れ晴れしていなかったら、彼らは自分たちがここにいる必然性を疑うであろう、彼らは絶対にここにいて欲しい、ここにいるべき大事な子たちなのだから、そんな疑問を抱かせたくない、しかし、だからといって私の遣る瀬なさが自然消滅するわけでもない。それでも、せめて彼らからは、私の遣る瀬なさを隠しておきたい。家にいても、小姐はもたない。坊は昼寝の時間が急に短くなった。家にいては時間が余る。長すぎる。何して遊ぼう?というウキウキするような気持ちなら問題ないが、どうやって時間をつぶそうか、というきわめて消極的な気持ちなので、苦痛で仕方がない。外に出たら出たで、2人連れていると大変なことも多いが、とにかく予定を入れて、外の空気を吸い、少しでもストレスを遠ざけようと思っている。毎日出かけていると体力的にきついのも事実だが、精神的には 家にいるより楽だ。小姐の昼寝は昼食後から3時半頃までと 完全にリズムがついているが、午前中に出かけることで 疲れるのか、うまくいけば帰宅後に坊も寝ることがある。(とはいえ坊はすぐ起きてしまうので、私自身が休まる暇はないのだが)今日は、珍しく予定がなかった。9月の平日で、唯一の「空白」である。騙し騙し過ごして、半ば無理矢理昼寝させて、消化不良というか不完全燃焼というか。とにかく、1日が長かった…。
2005/09/27
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夫が「イオンにでも行くか」と言ってくれたので、喜んで行った。イオンに行くということは、夫は専ら小姐のお守り要員となるのだ。ありがたや、ありがたや。まず最初にBRANSHESの店へ。目をつけている靴があるのだ。靴ははいてみないとわからないから、サイズだけ見て買うのは危険だ。特に小姐の足は甲が高いため、合う靴がなかなか見つからない。昨年買ったBRANSHESの靴はとても足に合ったようで、裏がツルツルになるまでよくはいた。毎年、似たようなデザインのものが出るので、今年も是非あのシリーズが欲しい。実際にはかせてみて、やっぱりコレだ、と大満足!もう束縛しないから後は好きにして~。お子様広場でもゲーセンでも、どこへでも行って結構よ(お父さんお願いシマス)。昼食のためフードコートで合流する。お昼を済ませると小姐は眠くなるので、グズらないうちに帰ったほうがよいかとも思ったが、そうたびたび来られるわけでもないし、せっかくだから自分の物を見てきたらと夫が言ってくれたので、そうすることにした。ミッシェルクランと組曲を見に行った。ミッシェルクランではカットソーが30%OFFで買えた。キャンペーン期間だったらしく「お買い上げのお客様にはノベルティグッズプレゼント」。MKのロゴが印刷されたハードケースに入ったあぶらとり紙だった。ラッキー!再び、夫&小姐と合流した。お子様広場で遊んでいたのだが、ちょっと気になることが…。広場内に、車が置いてあって自由に乗って遊ぶことができるのだが、4~5歳とおぼしき女の子が独占していて、誰にも貸さないのだ。小姐はその車に乗ってみたくて仕方がない。彼女が車から降りたのを見計らって、今だとばかりに乗りに行き、半分乗りかけた。別のおもちゃで遊んでいた女の子がさっと振り向き、小姐が乗ろうとしているまさにその時に自分の体をグググッと寄せてきて、車に乗るではないか!体格でも力でも到底及ばない小姐は、体当たりを食らって降ろされてしまった。天井がある車なので、それなりに狭い。車のボディーと女の子の体に挟まれて、痛かったに違いない。私は怒髪天を衝き、「ちょっと!親はどこにいるのよ?」と立ち上がった。夫はヒソヒソと「たぶんあの人…」見ると、椅子に寝っ転がっている(本当に眠っている)男性が約1名。かなり大柄で、寝そべっているその姿は、まるでトドのよう(失礼!)それならば私が女の子に注意してやる、と思ったが、よく見ると外国人ではないか!ううう~。言葉はわかるのかしら?小姐は泣きながら私たちのほうへ来て、車を指さし「ブーブー、ブーブー」と言う。「乗りたいんだね。でもあのお姉ちゃん貸してくれないね…」と慰めながら、一言言ってやりたい、と思いつつ その場に踏みとどまっていた。すると、女の子が何か言葉を発しながら小姐のほうに近づいてきた。しかし日本語じゃないので(たぶんポルトガル語)、私にも理解できない。どうせ貸してもらえないなら、小姐はこれ以上車を見ないほうがよいと判断し、ジュースでも飲みに行こうと気を逸らしてその場を離れた。ああいう場所では、おもちゃの取り合いになることはよくあると思う。小競り合いが起きた場合、最初は見守って、度合いに応じて注意したいと私は考えているが、知らぬ存ぜぬの親だっているんだろうな。あの時、父親と思われる男性が起きていたら、どういう態度をとっただろうか。なんともいえない後味の悪さを残して、帰途についた。
2005/09/17
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朝食の時、細かいことで小姐に文句を言う私を見て、夫が警告。「そんなにキーキー言うと、○○(小姐)もキーキー言う子になっちゃうよ」そ、それはイカン!「子は親の鏡」というではないか。「育てたように子は育つ」というではないか。因果応報あぁ、恐ろしや 恐ろしや。自制を失うことを教えているようなもの。相手を従わせたければ ギャーギャー吠えればよいと言っているようなもの。でもさ~、視界に入るとつい小言を言いたくなっちゃうんだよね。じゃぁ見なけりゃいい?そういうわけにもいかないしね。困ったもんだよね…。気にしなきゃいいんだろけど、気になっちゃうんだよなぁ。どうして夫はそんなに冷静でいられるのだろうか。朝のひとときだけが、小姐とともにいられる時間だからか。そうだそうだ、きっとそうに違いない!(と、頓珍漢なことを考えるワタシ)食事が終わったら終わったで、また別のことでグズグズいうので、また「キーキー」になってしまった。「まったくアンタは。何が言いたいかわからんわ~!」そこへ夫が一言。「わからないっていうより、わかろうとしていないんじゃないの?」グウの音も出ないとは、まさにこういうことを言うんですな。雷に打たれた気分ですわ。確かにその通りだ。私は「面倒みきれんわ!」とばかりに すぐに切り捨ててしまうのに、夫は、小姐がいくらグズろうが、腹を立てることもないし、「どこか痛いの?」「お茶が飲みたいの?」等、一生懸命 小姐の気持ちを汲んでやろうとする。違うね。根本的に違う。夫曰く、「伝えたいのに喋れないからつらくてグズるんじゃないのかな。もっと親身になって聞いてやりなよ。もし僕らが、何か病気にでもなって喋れなくなったら、伝えたいことも伝わらなくて癇癪の一つでもおこしたくなるんじゃないの」育児は根気だ。
2005/09/12
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スーパーのアイス売り場で、小学生の子ども2人が父親に怒鳴られていた。「だ~か~ら~!お前ら決めるなら決めろって!もう知らん!」父親は大声で吐き捨てるように言い、持っていた買い物かごを床に投げつけ、アイスの陳列庫(ショーケース?)を蹴っ飛ばした。小さいほうの子どもは泣き出した。ただならぬ光景に、周りが静まり返ったのは言うまでもない。それにしても、公共の場であれほど怒鳴らなければならない理由とは何ぞや。あの台詞からして、子どもたちがアイスを選ぶのに優柔不断だったとか?かごを投げつけたり、蹴っ飛ばしたりするほど腹が立つことでもあるまいに。いや、仮に腹立たしいことがあったとしても、そういう行為はいかがなものか。見ているほうだって気分が悪くなるものだ。私だって、できることなら見たくなかった。最近は「キレる子ども」が増えているというが、こういう親の態度こそ、キレる子どもをつくってしまう原因ではなかろうか。私もカッとなりやすい性格だ。今日の光景は、忘れたいが 忘れないようにしよう。
2005/09/11
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今朝、どういうわけか小姐は虫の居所が悪かったらしく、前代未聞のグズリ様であった。おむつ替えや、パジャマから服に着替えるのを嫌がることはよくあるが、今朝は私がおむつを籠から出そうとしただけで逃げ回り、夫に捕まえられると ひっくり返って大泣き。私ならすぐにお湯が沸くところだが、短気な私と違い、夫は「お尻がかぶれちゃうよ。おむつ替えて さっぱりしようよ」と優しく言う。なんとか なだめすかしておむつ替えはしたものの、今度は はいたおむつを脱ごうとする小姐。少し前におむつかぶれになっていたが、それはもう治ったので、痒いわけでもあるまいに…。ここでも夫が「はいてないとおしっこジャーだよ。はかなきゃダメだよ」となだめる。反りくり返って泣き叫ぶ暴れ馬(!)に、あんなに冷静に対処できるのは何故だ?それでも、なんとかおむつを脱ごうと必死になる小姐。あまりに大きな声で泣くので、驚いた坊が 一緒になって泣き出す始末である。一体何が不満なのか、さっぱりわからない。しばらくして、おむつを脱ぐことは諦めたようだが、今度は脱いだパジャマを指差して泣く。上着を手にとり、かぶろうとする。「こんな汗かいたパジャマ着てどうするの、これは今から洗濯だよ!」と言うと、また泣く。夫が「これ着て満足するなら、とりあえず まぁいいじゃないか」あぁ、まったく!朝っぱらから人騒がせな!もしや、これが俗に言う「魔の2歳児のイヤイヤ」ってやつかい?坊のミルクが残り少なくなったので、10時になるのを待って近所のドラッグストアへ。帰ってくると、隣の家の親子と向かいの家の親子が外で遊んでいた。小姐も一緒に遊んでもらった。久しぶりだ。1ヶ月ぶりくらいだろうか。遊んでいる子どもを監視しながら話していると、幼稚園の話が出た。向かいの家の男の子は小姐より1学年上で、来年度から幼稚園に行くことになる。隣の奥さん「あと半年か~。なんだか寂しい気もしない?」向かいの奥さん「確かにね…」隣の奥さん「私も、この子(小姐と同じ学年の男の子)あと1年半でしょう。 あと1年半しか一緒にいられないなんて、その後 抜け殻になりそう!」ええっ、私とはまるで違う気持ちなんだ…。私なんて、小姐に早く幼稚園に行ってほしくて、3歳になったらすぐ入れちゃおうなんて考えているのに…。3歳になってすぐ入れるなら、あと1年弱。「あと1年もある」と考えている私と、「あと半年(1年半)しかない」と考えている2人。この違い!言わなくてもいいのに、ついポロッと出てしまった。「そんなふうに思えるなんて偉いなぁ…。私なんて楽することばっかり考えてて、○○が3歳になったら、翌年の4月を待たずに行かせようかなんて思ってるくらいだもの」向かいの奥さん「虎猛子さんのところは年子で大変だしね。 でも○○ちゃん しっかりしてるし社交的だし、 きっと喜んで行くんじゃない?」隣の奥さん「うちはほら、この子末っ子だから。この子で最後と思うとね。 ○○さん(向かいの奥さん)のところは一人っ子だし…」昼食の時間が近づいたので、各々家に入ったが、やはり私は子ども(特に小姐)に対して素っ気なさすぎるのだろうか、と真剣に考えた。勿論、母親も十人十色だし、自分は自分と思っていればよいのだが、1日でも長く子どもと一緒にいたいと思っているお母さんと、早く幼稚園に行ってほしいと思っているお母さんでは、子どもにとっては前者のほうが嬉しいに決まっているではないか。自己嫌悪のくり返し。疲れる…。あぁ、逃げてしまいたい。でも逃げられるはずもない。育児放棄なんてできないよ!母親という立場は、子どもの生命への底力を植えつけるために大きな影響力をもっている。育児は一人の人間の0歳からの命を一つの人格にまで創りあげる、その基本の部分を根底で支える一大事業である。そして、子どもの生命の中核には、潤い、安らぎ、寛ぎ、温もり、癒しといった、ほのぼの、しみじみした環境、雰囲気が演出される空間が用意されていなくてはならない。こうした空間を提供、演出できるのは、心に余裕(ゆとり)のある存在である。子どもの側には「元気で幸せな、生きることを喜べるお母さん」がいなければならない。人は、他者に向き合う時、幸せでなければ、相手とよいコンタクトをとることができない。母親が子どもに接する場合はなおさらである。夕方、またしても些細なことで腹を立て、小姐を叱った時、小姐はすごいスピードで目をパチパチさせた。明らかに怯えている。私になつかず、夫に甘えてばかりいるのも、当然の報いだと心底思った。自分が蒔いた種だ。今はまだ喋ることができないが、そのうち「お母さんなんか嫌い!」と言われる気がする。生理前でもないのに、どうしてこんなにイライラするのだろう。ままごと遊びにつき合うのも億劫で仕方がない。体は隣にいても、心ここに在らず。せっかく授かった宝、私の子ってなんてかわいいのかしらと思える育児をしなくては損だし、何より、小姐自身が不幸だよな…。
2005/08/29
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特に予定がなかったので、ドライブがてら少し遠くの地区市民館へ出かけた。この地区市民館は、幼児の遊び場として和室を常時解放し、おもちゃも置いてあるらしいのだ。育児相談でお世話になっている保育園の遊戯室でもよかったのだが、天気が心配だった。というのは、駐車場から建物まで ちょっと距離があるのだ。雨の中 坊を抱いて小姐の手をひいて…というのは、勘弁だよな~。その時点ではまだ降っていなかったが、いつ降ってもおかしくないほど空は暗かった。かといって、1日中家の中では小姐が退屈して もたないのだ。たぶん市民館なら建物の目の前が駐車場のはずだからと、そちらを選択することに…。(行ったこともないのに、想像だけで何を言う)行きの車中で小姐がグズグズ言ったので、私が瞬間湯沸器になった。「うるさい!あんたのために出かけているのに、グズグズ言うな!」と怒鳴ってしまった。あ~、もうっ!私は家にいていろいろ済ませたい家事もあるのに、誰かさんが出臍だから、眠たい坊までつき合わせて こうやって出てきてるんじゃないか!こんな雲行きの怪しい日に、用事もないのに わざわざ出たくなんかないわよ!なーんて、そんなこと小姐にわかるわけないか…。市民館に到着したのは10時過ぎ。建て直したとみえて、とてもきれいな館内だ。1階の一番奥が和室のようだ。扉を開けると、1組の親子がいた。小姐を見て 何歳ですかと訪ねられたので、2歳ですと答えると、その男の子も2歳とのこと。誕生日も6日違いだった。小姐は人見知りをしないので(図々しいとも言う)、すぐによそのお母さんにくっつきたがる。おもちゃを手にとっては、よそのお母さんに向かって宇宙語で訴えている。今日もそうだった。自分の母親なんて見向きもしない…。毎回、よそのお母さんには大変申し訳ない気持ちになる。今日いたお母さんは、小姐に「お名前なんていうの?うちの子○○だよ。一緒に遊んでね」すっかり心を通わせたようで、仲良く遊んでいた。それにしても、優しいお母さんだな~。物腰のやわらかいこと。私にはないものだ…。そのような場で、私は小姐に話しかけるのをなんとなくためらってしまう。叱るようなシチュエーションではなく普通に話しかけるだけであっても。そうか、私がキツイから、小姐は優しいよそのお母さんに憧れるのか。わかっているなら、物腰やわらかくなれるように努力すればよいではないか。ええっ、私のキャラじゃないよ。って、そういう問題じゃないだろー!(一人でツッコミ)あのお母さんは、本当に楽しそうに子どもと遊んでいた。包み込むような優しさが滲み出ていた。はぁ~私ってダメだなぁ、と自己嫌悪に陥りながら帰宅した。母親業って何だろう。母親は偉大?世の中どこを見ても、CMでも母と子の温かい情景ばかり。でも世のお母さんたちの本当の気持ちは?母親を演じているっていう部分はないのだろうか?もし演じているのであれば、それが心底つらいと思う時もあるのではないか。帰りの車中で坊は寝てしまい、そのまま寝室へ。それから昼食を済ませ、小姐を寝かしつけ、下りてくると坊が起きた。まだ眠そうだったが、お腹がすいて起きたようだ。ミルクを飲ませるとウトウトし始めた。布団におろし、気がつくと私も寝ていた。寝かしつけてそのまま一緒に寝てしまうことは まずないのだが、今日は よほど疲れていたのだろうか。
2005/08/24
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夫の提案で、イオンに出かけた。以前は、ああいう店に行っても特に見たいところがないからと敬遠していた夫だが(私がパソコンショップや車関係の店に行っても時間をもてあますのと同じだ)、チビが2人になってから、自ら「行こう」と言うようになった。私はイオンが好き、しかし2人連れて行くのは大変ということで、協力してくれているのだ。いやはや、ありがたいことだ!イオンに行くと、自分の服より まず子どもの服に目が行ってしまう。自分の服も買うことは買うが、頻度としては子どもの服より確実に低い。母親の性だな…。今日もそうだった。着いてすぐ、夫と小姐はお子様広場、私と坊は買い物と分かれ、1時間ほど見て回って合流した際、自分の服は何か買ったのかと問われたので、買ってないよと答えた。すると「買えばいいのに…」と夫。わぁっステキ!と思ったカットソーとパンツ(マネキンが着ていた)はあったのです。でも、試着して入らなかったらどうしよう、と思うと恐ろしかったのです。産後、体重はすぐに戻ったものの、悲しいかな お腹の柔らかさといったら半端じゃないのです。短期間に2度も伸びれば仕方ないかと思いつつ、やっぱり見るたびに憂鬱なのです。それに、上下買ったら結構な値段になってしまいますよ…。すると夫は財布から福沢諭吉を取り出し、「これで買いな」と言うではありませんか~!(さてはスロットで勝ったな?)杞憂でした、恐る恐る試着したら、どうってことなく入りました。ありがたく買っていただくことにしました。ミッシェル・クランなんて久しぶりだ!心がときめくわ~。独身~妊娠前はよく買っていたが、このところ ぱったり御無沙汰になっていた。「ありがとう。でも いいのかねぇ、今日は何の日?」「特に何というわけじゃないけど…。強いて言えば、明日からまた頑張ってくれの日?」夫のお盆休みは今日で終わりである。そんな弱気でどうすると突っ込まれそうだが、明日から再開する過酷を思うと怯みそうなのだ。夫がいると、お父さんっ子の小姐は甘えて すぐにグズるので、何泣いてんのよ~と頭に角が生えることが増えるのだが、自分ひとりで何もかもやらなくては、というプレッシャーから解放されるのが ありがたい。お風呂と寝かしつけについては その傾向が顕著だ。小姐と坊は 未だ別々の部屋で寝、お風呂も別々である。そのため平日の私は2回入浴する。まず坊をお風呂に入れ、寝かしつけまで一気にやる。その後、小姐をお風呂に入れ、寝かしつける。滅多にないことだが、小姐を寝かしつけている間に坊が起きて泣くと非常に焦る。坊がミルクを飲む時間は一定している。私と小姐が夕飯を食べる6時頃、坊もそろそろミルクを飲みたい時間なのだが、そこは我慢してもらって、お風呂に入ってから飲ませるようにしている。お風呂に入ってポーッとしたところでミルクを飲めば、比較的 寝つきがよいのだ。坊がいつまでも寝てくれないと、後がつかえて困るのだ。その間、小姐にはずっとテレビ(主にワンワンのDVD)を見ていてもらうことになる。しかし、こんなやり方がいつまで通用するのだろう、と 坊を寝かしつけながら毎回思う。小姐は、私がいなくても一人で遊んでいられるので助かるが、あまり長い時間一人にしておくのも心苦しいし、テレビにお守りを頼みすぎてもいけない。(尤も、ずっと一点集中して見ているわけではなく、BGMの代わりといった感じで、本人は おもちゃで遊んだり絵本を見ているほうが圧倒的に多いと思われるが)本当は2人一緒にお風呂に入れることが望ましい。そして同じ部屋で寝るのだ。やってやれないことはない、私にガッツがないだけかもしれないが、明け方4時頃 坊が起きるから、同じ部屋で寝ていたら小姐まで起こしてしまうのではないか。ミルクの用意をしている間に坊が泣いてしまうから…。それとも、慣れればどうってことないのかなぁ。他の年子のお母さんで旦那様の帰りが遅い方は どうやっているのでしょう?
2005/08/16
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気がつけば、ブログを始めて早1ヶ月。歳をとると月日の経過を早く感じるようになるというけれど、そりゃぁ早い早い。三十路も越えたし、年子を抱えて、月日の流れはまさに超特急だ。坊は今日で7ヶ月になった。ついこの間 生まれたばかりだと思っていたのに…。この調子でいくと誕生日もあっという間に迎えるんだろうな。年子は大変というけど(実際そうだけど)、手のかかる時期が重なっている分、後は一気に楽になるはずだ。何年か後には、また甲子園のライトスタンドでシャウトできるさ!つらい気持ちになると、必死で自分にそう言い聞かせてきた。思い起こすと、5~6月が一番悲惨だった。感情をうまい具合にコントロールできなくて、小姐に八つ当たりばかりしていた。勿論 今だって瞬間湯沸器であることに変わりはないのだが、一時に比べれば少しマシになってきたように思う。週に1回、保育園で個別の育児相談をしてもらうことで、なんとなく気が楽になったし、ブログのおかげで、子どもの頃から好きだった 文章を綴るという作業ができるようになった。ノートに日記を書くだけでも「書く」という行為自体は満たしているのだが、ブログは運がよければ誰かに読んでもらえて、コメントをいただけることもあり、励みになる。泥沼にはまっている時は、どうしても不貞腐れてしまって、縮こまっていた。しかし、もう嫌だ!と爆発したところで、チビたちを置いて逃げるわけにもいかず、日常生活を送る上で発想の転換をするしかないと思った。「チビがいるから何もできない」ではなく「チビがいてもできることはないかな」。些細なことでいい。新聞や雑誌、カタログくらいは、チビが起きている間でも捲れるのでは?中断されるのを覚悟で読む。細切れの時間でも結構読めるものだ。あとは、インテリアや収納について考える。頭の中は自由な遊び場だ。今後、坊が這ったり立ったりするようになれば、ますます目が離せなくなって大変かと思うが、この調子でいけば、1歳なんてすぐ。来年の今頃は小姐は3歳になっているから、翌年4月を待たずに幼稚園に行くこともできるし、そうすれば昼間は坊1人だ。あと1年の辛抱!辛抱というと聞こえは悪いが、大変の渦中にいる身にとっては、やはり辛抱だ。だけど、イライラしても1年、ニコニコしても1年なんだよね。できることなら眉間にしわを寄せるより笑って過ごしたい。そのために何ができるかが目下 最大のテーマだ。
2005/08/12
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4月のはじめ、回覧板の中の1枚のチラシが目にとまった。********************************************************************お母さん支援の「子育てサロン」 校区民生児童協議会いつの時代でも、子どもたちの不適応行動の根っこには家庭があります。子どもは家族との人間的なふれあい、お互いの愛情の交換を通して少しずつ社会規範を身につけていき、社会生活にうまく適応していく訓練を積んでいきます。この時期の過ごし方によって、社会にうまく適応できる性格になるか、不適応を起こしやすい性格になるかなどの基本的な部分が形成されます。いかに家庭が大切かがよくわかります。しかし、昨今では、その大切な家庭での子育てについて話し合ったり、相談したりする友人が見つからないこともあり、お母さんは育児ストレスでいっぱいです。ベビーカーで気軽に行けて井戸端会議も楽しめる、お母さん支援の場が必要とされています。そのような状況を受けて「子育てサロン」の活動が実施されています。毎月1回、校区市民館で午前10時より11時半まで、民生委員7名と、○○保育園の保育士さんのご協力を得て活動しています。参加されたお母さんどうしでおしゃべりしたり、保育士さんへ相談したり、また、紙芝居や手遊びなどをして就園前の幼児たちと楽しい一時を過ごしています。参加を待っています。********************************************************************その校区市民館は、我が家から歩いて10分足らずのところである。校区の行事ということは、集まってくるのは この周辺の人ばかり、いずれ同じ小学校に通う子どもばかりだ。誰か友達できるかな?小姐も、同じくらいの子どもと遊ぶことが必要だし、散歩がてら行ってみよう、と毎月参加するようになった。8月の活動日は、今日だった。10分程度とはいえ、着いた時には汗がダラダラ。小姐は、玄関で館長のおじさんに「こんにちは」と言われると笑顔で抱きついていった。中へ入るや否や、おもちゃめがけて突進した(毎度のことだが)。受付では町名と保護者名と子どもの名前を記入し、ガムテープに子どもの名前を書いたものを背中に貼るのだが、テープをもらった時には既に 大勢の子どもが遊んでいる積み木の中に埋もれていた。大抵、受付の辺りで民生委員のおばさんが坊を抱っこして あやしたりしてくれるので(低月齢の赤ちゃんは、受付付近でガードを作って寝かせておいてくれたりする)、私は小姐だけを注意して見ていればよい。これはとてもありがたい。小姐は楽しくて仕方がない様子だ。家にはないおもちゃもあるし、何より、人が集まるところが好きなのだ。最後の15分くらいは、保育園の先生がエプロンシアターや手遊びをしてくれるのだが、前のほうに座って、笑顔いっぱいノリノリである。小姐が喜ぶから毎月参加しているが、正直なところ、私自身はあまり気が進まない。というのは、他のお母さんたちと話すことがほとんどなく、孤独を感じずには帰れない。自分の性格が、ほとほと嫌になるのだ。私は昔から極度の人見知りで、自分から声をかけることなど到底できなかった。小学生の頃、学期末の個人懇談会といえば勉強のことは何も言われず、「友達がいない」「協調性に欠ける」などが決まり文句で、その度に母がため息をついていた。クラスメイトたちが長縄とびやドッジボールをしている放課は、いつも一人で本を読んだりして過ごしていた。皆と遊ぶようにと先生に促されても、なかなか皆の中に入っていけなかった。こんな性格をどうにかせねばと 中学生くらいから自分なりに努力し始め、特定の友達ができるようになったが、人見知りは相変わらずで、大勢でワイワイという雰囲気にはどうしても馴染めなかった。中学、高校、社会に出てからの友人は、いずれも1対1のつきあいばかりである(例、高校時代の友人AとBがいる、私とA、私とBは親しいが、AとBが親しいかというとそうではない)。唯一、大学の友人だけが4人のグループで、集団行動が苦手な私にとっては奇跡ともいうべき現象だ。小姐がお腹にいる時、マタニティスイミングに通っていた。私以外の人は、泳ぐ順番待ちの間などにいろいろ話をしていたが、私は仲間に入ることができなかった。たまに誰かが声をかけてくれて、それに対して返事をしても、その後が続かなかった。同じ時期に出産を控えた者どうし 妊娠の経過について話したり情報交換できそうなものなのに、どうして私はダメなんだろう…。三つ子の魂百までというが、相変わらず人見知りが激しい自分が情けなくなった。皆で楽しそうに話している光景を横目に、羨ましいと感じつつも、その一方で、”私は一人が好きなんだ。輪に加わらなくたっていい。だいたい、女の集団は昔から苦手じゃん。友達をつくりに来てるわけじゃない、泳ぎに来てるんだから!”などと、ひねくれた考えがかなりのウエイトを占めていた。一人で行動することは、ちっとも苦にならない。いや、むしろ好きである。一人で喫茶店等に入るのは勿論、一人で野球観戦に行ったことも数知れない。変わった人だと言われるが、これが私の個性だと思っている。うまく話せないのに、無理して合わせて疲れるくらいなら、一人のほうが気楽だ。私だけなら、それでいい。しかし、子どもを含めて考えたら、そうも言っていられないのでは…?妊婦の頃からそんなふうでは、出産してからが思いやられる(ほ~ら、案の定だ!)。子どもを通じた母親どうしのつきあいというのは、程度の差こそあれ、避けて通れないだろう。坊が生まれる前、市の保健センターが主催する 親子の集いなるものに何度か参加した。保健師による育児相談、体重測定の他、母親どうしの交流の場として皆が集まってくる。一番の目的は小姐の体重測定で、あとは誰かと話ができればいいな、くらいの気持ちであった。しかし、既にグループができているようで、その雰囲気に圧倒されてしまった。一人で参加している人もいたのかもしれないが、如何せん、自分から声をかけられない性質なので、隅のほうでポツンとしているばかり、そのうちにつまらなくなって帰るというパターンである。友達ができるきっかけとなり得る場なのに、なんともったいない。それでも、”体重測ってもらえたらそれでいいわ。一匹狼、十分結構じゃないの!”と強がっている自分がいた。天邪鬼だなぁ、まったく…。本当は賑やかにしている人たちが羨ましいくせに!そんなふうに にべもなく不貞腐れているうちは何も変わらないよ!と自分が嫌になる。それは校区の子育てサロンでも同じである。グループになっている人がほとんどだ。近隣で誘い合って参加しているのだろうか。毎回参加していると、顔ぶれがなんとなくわかってくる。今日も誰とも話せなかった。小姐が楽しく遊ぶために来ているのだから、私のことはどうでもいいと思いつつも、やはりなんとなく寂しい気持ちになるものだ。小姐の社交的な性格を、少し私に分けてほしいくらいだ。眠たくなってグズる坊をベビーカーにのせ、また汗だくになりながら歩いて帰った。精神的に疲れたせいか、10分程度の距離が途方もなく遠く感じた。
2005/08/09
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私は今、歯医者に通っている。実家のすぐ近くで、子どもの頃からお世話になっている歯医者である。自宅から車で30分くらいかかるが、どのみち小姐と坊を預けなければならないし、多少遠くても、知っている歯医者がいい。痛い思いをするというのに、なんだか歯医者の日が待ち遠しかったりする。だって、その間は完全に小姐と離れられるのだから…。いやはや。そんなふうに思うなんて、末期症状かもしれない。歯医者のついでにスーパーで買い物をして帰る。食料品の買い物、たったそれだけでも気分転換になる。ほんの少しでも自分一人の時間があるということが、こんなにも息抜きになるなんて…。阪神4連敗!せっかく中日が負けたのに、おつき合いしてどうする!
2005/08/03
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朝、子育て支援センター(保育園に併設されている)から電話があった。今日の午後 予約をとってあった個別相談は日を改めてほしい、台風で警報が出たため保育園は休み、支援センターも臨時休館になるからという連絡であった。初めて支援センターの個別相談を利用したのは1ヶ月ほど前のことである。坊の4ヶ月健診の時も保健師さんに似たような相談をしたが(少し前の日記に書いたとおり)、小姐に対して些細なことでイライラし、頻繁に雷を落としてしまい、これではいけないと思いながらも どうすることもできない自分が情けなく、支援センター宛てにメールを送ったところ、直接お話にいらっしゃいませんかと返信があった。夫や母に相談してもよかったのだが、心配をかけると思うとどうしても切り出せず、さりとて、憂鬱な状態から脱出しようと発散方法を模索しても無駄で、余計に焦ってしまい、本当におかしくなる前に…と 藁をも掴む気持ちで個別相談をお願いすることにした。個別相談では保育士さんが話を聞いてくださり、その間 坊は私の目の前で転がっているが、小姐は別の保育士さんが面倒をみていてくださる。園庭の遊具を使わせてもらうこともあり、滑り台が大好きな小姐はとても嬉しそうだ。しばらく通うことを勧められ、週に1回行くようになり、今日がその日だったのだが、台風では仕方ない。家から一歩も出ない一日となった。一日中ずっと家にいるというのは苦痛なものである。小姐が もたないのだ。それ故、支援センターの解放日に遊びに行ったり、市の育児イベントに参加してみたりと、なるべく出かけるようにしているのだが(外へ出て刺激を受ければ寝つきもよい)、何の予定もない日というのは本当に困る。強いていえば公園くらいだろうか。しかし、坊をベビーカーに乗せたまま小姐を追いかけ回るのにも限度があるし、なんといっても一年で最も暑い時期なので、敬遠してしまうのである。朝 起きると、さぁ今日は何をして過ごそうかとシミュレーションするのだが、「何をして遊ぼうか」というワクワクするような楽しい気分ではなく、「どうやって時間を潰したらいいのか」という、きわめて消極的な気分なのが問題だ。こんな暗澹たる母親と一緒にいて、小姐が楽しいはずがない。私のせいで、小姐が不幸である。「育児を楽しむ」とはよく聞く言葉だが、悲しいかな私にはそんな余裕がない。怒ってばかりの私、もう大嫌い!自分のことが嫌いだから、毎日がつらいのだろうか。他のお母さん方を見かけると、皆とても優しいように思えて仕方がない。外で人の目があるからと、ある程度 装っている人も中にはいるかもしれないが、言葉ひとつとっても物腰が柔らかいし、私にはないものだ…と羨望の眼差しで見てしまう。単に隣の芝生が青く見えているだけならよいのだが…。お転婆で片時もじっとしていない小姐だが、とんでもないいたずらをしでかすわけではないし、坊に対して優しい面だって十分あるのに、少しのことですぐ怒られて、理不尽に違いない。後で冷静になって振り返ってみれば、そんなに目くじらたてる必要はなかったと思うことが多い。何にそんなに苛立っているのだろう。完全に自制を失っているのだろうか。とにかく 今のままではいけない。どうにかして、楽しいと思える毎日を送れるようになりたい。
2005/07/26
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突然、市の保健センターから電話がかかってきて驚いた。坊の4ヶ月健診で、最後に個別相談をお願いして話を聞いてもらったため、「その後いかがですか?」というフォローの電話であった。個別相談で話したのは以下のような内容である。年子だから大変なのは当たり前だが、ついイライラして、やりきれない気持ちになる、どちらに対しても中途半端な対応しかできていない、このままではいけない、小姐には些細なことで大袈裟に叱ってしまったりして、自分が嫌になる…。こうするといいですよ、と答えの出る内容ではないが、第三者に聞いてほしかったのだ。(本当は、夫や母など、身内に聞いてもらったほうがいいのかもしれないが、なんとなく引け目を感じてしまって、なかなか言い出せないのだ)生後半年までが大変で、それ以降は少しずつ楽になっていくはず、と当時は思っていた。半年とは、小姐が2歳になるという節目である。2歳になれば喋るはず、と思っていた。しかし、予想(希望)に反してなかなか喋ってくれないので、意思の疎通はまだまだ難しい。加えて、寝ているだけだった坊が動き出した。昼寝の時間も短くなり、放っておけなくなった。少しずつ楽になるなんて、とんでもない見当違いだった。忙しさの倍率ドン、さらに倍である。まさに、毎日が綱渡り生活。この大変さがいつまでも続くわけではない、私だけが大変な思いをしているわけではない、もっと大変な人がいるはずだ、と思ってもどうしても自分だけが大変なような気になってしまって、八方塞である。それでも目の前には現実があり、毎日が過ぎていく。気の持ちようで明るくも暗くもなる、甘えるな!と一日何度も自分に喝を入れている。話が飛躍した。「保育園に預けることはお考えではないですか?」「えっ!?でもそのためには私が働かないことには…」「勿論そうですけど、○君(坊のこと)も6ヶ月ですし、入園できますよ」「ずっと家にいるのではなく、いずれは働けたらいいなぁとは思っています。でも今すぐは無理です。お姉ちゃんはともかく、まだ6ヶ月の子を預けてまで…と思いますので」「そうですね、すみません。ご家庭の事情もありますしね。ただ、朝から晩まで一緒にいるより、日中離れていることで、子どもに接しやすくなったという方も大勢みえますので、そういう選択肢もアリということです」3歳児神話など、既に崩壊しているぞと言わんばかりだ。保健師さんでも大っぴらにそういうこと言うんだ…と、ただただ驚いた。私は育児に専念するために仕事を辞めたのだ。それなのに、1日中一緒にいると息が詰まるからといって働きに出るなんて、単に逃げているだけということにならないだろうか?金銭的に困っているわけでもないし、役立つ資格等を持っているわけでもないのだ。というか、”朝から晩まで一緒にいるより、日中離れていることで、子どもに接しやすくなった”って一体…。確かに本音かもしれないが、あまり口に出して言うべきことではないような気がする。(とある友人は、そのものズバリをハッキリ言ったが)しかし、人見知りをしなくて愛想がよくて、人が集まるところが好きな小姐にとっては、私みたいに沸点の低い、すぐ怒る母親と一緒にいるよりは保育園で同じ年頃の子どもと遊んだほうが楽しかったりして!?
2005/07/20
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