山への情熱 音楽への愛

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2014年06月07日
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カテゴリ: 映画

朝から雨がしとしと降り続いている。こういう日は室内レクに限るとかねてよりチェックしていた映画「K2~初登頂の真実」をはるばる有楽町まで観に出かけた。ヒューマントラストシネマは一見して登山好きな雰囲気の熟年が20人くらい。靜かでゆったりと観れた。

エベレストよりも登頂が難しく非情の山と恐れられている世界第2位(8 611 m)の高峰 K2(カラコルム2峰) 初登頂の陰に隠された真実に迫る山岳ドラマとあるが、その真実に焦点が当たっていない。

初登頂後、50年以上も初登頂をめぐり訴訟が繰り広げられたというが、その訴訟そのものの説明が皆無なので話が繋がらない。そのため映画は苦難の末初登頂を果たす成功物語にもならず、初登者になるための謀略・犠牲・葛藤やその後の訴訟の原点に繋がる事実に迫る視点も無く、壮大な山岳美以外には何も心に響くものはなかった。ちょっと肩すかしだった。

6.7 K2 1.jpg6.7 k2 2.jpg

この後、ボナッティが単独登攀を自分のスタイルにしたのは必然だろう。遠征隊長の教授がプッチーニのオペラ「トスカ」の「歌に生き恋に生き」をかけ、イタリアらしかった。また、有名な カシン が血栓が発見されてチームに選ばれなかったというのも初めて知った。

参考に

ボナッティに初頂を奪われたくないと考えたコンパニョーニの計略で、ボナッティは81 00メートルのデスゾーンでのビバークを強いられた。装備の貧弱なポーターは重度の凍傷を負い、手足の指の切断を余儀なくされたと言う。翌朝、ボナッティ達2 人は指示に従い、ボンベを残して下山する。コンパニョーニとラチェデッリは、ボナッティが残したボンベを回収しK2の初登に成功した。

1954年こうして2人のイタリア人登山家が歴史的偉業を成し遂げたが、その後50年以上も初登頂をめぐる訴訟が繰り広げられた。何が訴訟の問題だったかというと初頂者コンパニョーニは「酸素ボンベの気圧が低く、頂上に着く前に酸素ボンベが切れた。抜け駆けして頂上を目指していたボナッティが酸素ボンベを吸ったからだ」と主張、事実とは全く異なるため、ボナッティは裁判を起こし、ラチェデッリがボナッティの主張を認めたのは50年後の200 4年だった。






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Last updated  2014年06月07日 07時57分32秒
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