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「ただいま」久しぶりに口から出た言葉。「おかえり」久しぶりに返ってくる言葉。玄関を開けるとリビングの方から懐かしい声。母だった。職場を出て何かに呼ばれるように向かった先は実家だった。実家に帰るというより地元に帰りたかったんだろう…うまく説明できない...何かが僕を呼んでいた。家に上がると母が夕食の準備をしていた。父はいつものように酒を飲みながらテレビの野球中継を観ていた。一人で実家に帰るのは久しぶり、学生時代に戻った気分だった。「ご飯食べるでしょ」母が言った。「お、おぅ」僕は大きく返事をした。そして父が背を向けたまま「今日は泊まっていけ」父が言った。「...う、うん」僕は小さく返事をした。母が父に二つグラスを渡した。父はそのグラスに酒をつぎ始めた。振り向いて俺の顔を見ない父...酒をつぐ父の背中を見た僕の目には涙が溢れていた…なぜだかわからないまま、僕の涙はボロボロと流れ出す。気付かれないように涙をふき、ついでくれた酒を父の隣に座り飲んだ。酒を飲みながら流れる涙は拭いても拭いても溢れ止まらなかった…父には見られたくない涙、見せたこともない涙。強がって反発し何度もぶつかってきた父。僕の涙に気付かないふりをしてる父の優しさに触れ、初めて父の前で声を上げて泣いた。「いつでも帰ってこい」背を向けた父が言った。「お...おぅ」僕は泣きながら返事をした。そして父と母に離婚のこと、息子のこと、これからのことを話した。二人とも俺に任せるから何も言うことはないと言ってくれた。実家にいる頃はたくさん迷惑をかけた。厳しすぎる父に反発する毎日だった。父は教育者だった。おまけに親族も教育者だらけ。その息子の僕...窮屈だった。でもなぜ僕は反発ばかりして生きてきたのだろうか…父から褒められた記憶がなかった。父に認められたかったのか…褒められたたかったのか…自分の中で父の存在が大きかった…何をやっても中途半端な小さい自分に苛立っていたのか…僕はなぜ敢えて親の思いと違う道を選択してきたのか…なぜ刃向かうように意識していたのか…なぜ幸せな家庭を築くことができなかったのか…いろんな思いの詰まった涙でした。「ちょっと裏の小学校行ってくるわ」涙が渇き始めた僕は二人に言った。実家の玄関にある父の草履を履き外へ出た。赤い目をした僕はポケットに両手を突っ込み、父の草履で小学校へ向かった。実家の裏に母校の小学校がある。その田舎の小学校は校庭が広く、そのすぐ隣に海が広がっている僕の大好きな景色、そして大人になった今も大好きな場所。親に帰れと言われても真っ暗になるまで友達と走り回っていた場所。毎日がワクワクしていた。純粋だった…いつも笑っていた…友達を大切に思っていた…人の傷みがわかる人間だった…夕陽に照らされた校庭にゴールなのかスタートなのかわからない僕がいました。 見栄を張らずかっこつけず恥ずかしがらず自分の人生の中で一番好きだった自分はいつですか?どこにいますか?まだ自分の胸の中で生き続けていますか?幸せの定義その10本当の自分に会いに行く
2012.11.16
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誰からか...握りしめた封筒はテーブルの上に投げられた。確認もしない。見ない...見れない...でも、それは疲れた僕の視界に入り込んでくる。この日の夜はあまり記憶がない。多分、いつものように本を読み一人で眠りについたと思います。次の朝、目覚まし時計に起こされ仕事に向かう。テーブルの上の封筒を握りしめ玄関を出た。車の中でかばんに入れる。いつものように仕事を始めるが封筒が気になっていた。それは昼休みに確認すると決めていた。職場は駅のベーカリーカフェ、朝と夕方が忙しい。「ごめん、今日ちょっと体調悪いから長めに昼休みとるね」副店長に告げた。もう仕事どころではない、内容もだいたいわかる。今思えばモヤモヤした毎日が苦痛でひとつの区切りを探していた。自分で行動を起こすわけでもなく、人任せで区切りを探していた。駅の真横に二階建ての駐輪場がある。この街は田舎と言えど、有名な企業の工場や大学が混在する街。駅の利用者は多く駐輪場も広い。二階の駐輪場からは駅のホームを見下ろせ長い線路が遠くまで見える。考え事があると、白衣のままで駐輪場の二階からよく線路を眺めていた。封筒をズボンのポケットに詰め込み駐輪場へ向かった...右手はポケットの中の封筒を握りしめていた。いつもの場所でホームを行き交う人達を眺めていた。この街はいろんな経験をさせてくれた、本当に本当にいろいろあった。楽しいこと、嬉しいこと、苦しみや喜びもまんべんなく...別にこの街に別れを告げるわけでもないのに色々思い出していた。このとき何故か気持ちが穏やかになり、風景が優しく見えました。ポケットから封筒を取り出し中身を確認した。離婚届と手紙が一枚入っていた...僕は落ち着いていた。そして…ホッとした。手紙には離婚を決めたこと息子は妻が育てることそして養育費のための調停をすることが書かれていた...息子に会いたいと思っていたこと突然出ていったことに腹が立っていたこと妻に言いたいこと、妻の両親に言いたいこと...全てが僕の中から消えた。「やっと終わった...」駐輪場で遠くの空を見てつぶやいた。今思えばこのときはすごくホッとして気持ちが楽になっていた。あんなに息子に会いたいと願い、妻に腹を立てていたのに...多分僕らはずいぶん前から愛情なんてものは消え失せ、ただただ世間の常識通りに仕事して結婚生活を続けていただけ...自分達で作り上げたものは何一つなかった…どこかで見たような、どこかで聞いたことあるような毎日。これが幸せで、これが普通と決めつけ、ただただ生きていただけ...息子には申し訳なかった。こんなつまらない親で...早く気付けば良かった。人生一度きりだということを...環境に流されていた自分を...仕事に戻った僕はいつもより丁寧に仕事を終えた。そして車に乗り込んだ僕は自分が生まれ育った田舎町を目指した。何かが呼んでいる気がしてた... 僕は長い間、親からや育った環境などから常識や世間体を吸収して生きてきました。自分は世間と同じような考え方、生き方が普通で無難で当たり前だと...知らず知らずのうちに洗脳されて生きてきました。それが正しいと思っていた。自分と違う考え方や価値観をみんなで群れをなして、あの人は変わっていると否定していた。本当は自分達が一番常識にすがりかわいそうな人間なのに...無理した生き方で回りを巻き込んで...自分というものがなく、ただ他人の猿真似をして幸せを勘違いしてた...メディアで取り上げられたものが新しく、凄いと勘違いして生きてきた…幸せの定義その9世間の作り出した常識に依存しない
2012.11.04
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「おりゃあ!」うちの次男坊4歳(^○^)空手デビューしましたっ★生徒の8割は女の子、護身術で習わせるみたいで…変な奴多い時代ですから。男の子が女の子を守る時代は終わったのかも(>_<)初日の今日は先生の子供に対する考え方に共感しまして1時間半ぐらい空手の練習そっちのけで先生と話し込んでしまいました…30分ぐらいしか練習時間なくて他の子の迷惑だったかも...空手の腕より礼儀と内面を磨いてほしい(^o^)/頑張れチビ!これはFacebookに写真付きで投稿した記事ですが…妻がFacebookなら友達や知り合いばかりなので写真を載せてもいいけど、このブログは誰が見ているかわからないから写真はやめてと言うので(>_<)過去の記事の写真も削除しました。家族写真とかいっぱい載せたかったのですが、いまいちブログがわかりません。確かに最近新聞を読んでいると変な事件が多いような…悲しい現実です。話は戻りますが…過去の自分、つまり行き詰まり悩んでいた自分は会社と家の往復で休みの日も友達とたまに飲んだり、実家に行ったり、家族で出掛けたりと。なんの為に生まれてきたのか?こんなワンパターンな毎日はいずれ行き詰まり、悩みが生まれます。人間はいつか死にます…ほんとにグズグズしている時間がもったいない。すみません(>_<)人それぞれですが…僕の場合です。うちの3兄弟にもいうのですが、自分のステージをいっぱい作れと。僕も本業をしながら休みやアフター5を利用して他に趣味で仕事を2つしています。いろんな団体に参加しイベントを企画して家族とともに楽しんでいます。会社と家の往復だけでは幸せになれません。過去の自分は本当にバカでした。そんなことをするためにわざわざ生まれてきたのかと思うようになりました。わざわざ自分で人生をつまらないものにして悩みも環境や付き合う人達のせいにして…自分で選択した人生を棚に上げ人のせいにしていました。でも離婚で気付きました。もちろん暴力などあきらかに相手が悪い離婚理由はありますが。借金、浮気などこの程度の理由は半々とは言いませんがお互いに責任があります。妻の過去を前に少しだけ書きましたが、妻にも落ち度があったし、本人もそんな男を選んだ自分も悪いと言っております。浮気,借金、ヤ○○、薬、刑務所などのキーワードでご想像ください。凄すぎてちょっと…でも離婚を期に幸せに(*^。^*)乗り越え方や考え方が僕と似ていて再婚しました。それでは…また話は変わりますが…前回の過去編の続きはまた書いていきます。これから離婚し、前代未聞?!の調停を経てやっと息子に…と続きます。その前に感情を失って、無気力だった自分はもっと過去の自分に会いに行きます。そして気付きます、いや気付かされます…純粋だった小学校の頃の自分に…では。そろそろうちのチビを保育園に連れて行かないといけないので☆ 幸せの定義その8自分のステージをいっぱい持つ
2012.10.27
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「おはよう」いつものように平静を装い朝6時の出勤。もちろん荷物だけ残された家から...僕にとって、もはや家というよりはただの空間でした。息子と妻が家を出ていって1ヶ月が過ぎていた。いつものように仕事に行き、時間が来るとあの空間に帰る...そんなある日、家に帰ると玄関のドアノブにビニール袋がかかっていた。中にはゴミ捨て場の鍵や近所の名簿...それは順番で回ってくるゴミ当番の為のものでした。地域ごとにゴミ捨て場があり順番でゴミ出し日の朝、決められたように近所の人がゴミを分別して出しているかをチェックするもの。いつもは妻がやっていたが今回は自分がやるしかなかった...ゴミ当番の日はそれを終わらせ、遅れて仕事に行くしかなかった...店は開店しているのに店長は不在...従業員達もまさか妻と息子に出ていかれ、僕が主婦に混じりゴミ当番をして仕事に来てるなんて知りもしなかったでしょうね...家族でいた頃はよく話していた人達。「奥さんは?」とも聞いてこない...多分薄々気付いていたんだと思う。ゴミ当番の日は苦痛だった。始めはやり方も集合時間もわからなかった。しょうがなくお隣さんに聞きにいくも作り笑いを浮かべ、不信感でドアもまともに開けてくれなかった...まるで犯罪者を見るような目で...やはり離婚するとなると男が悪者になるのでしょうか...当然近所にはすぐに気付かれる。息子と妻がいなくなったこと、僕一人でこの1ヶ月生活していること。職場は近所の人が利用する駅に店をかまえていたため、僕がその店に勤めていることも知られていた。でも職場の人間には今回のことは言ってなかった。友人にも。だから職場が唯一僕にとってホッとできる場所でした...忙しさにまかせて全てを忘れようとしていた...いや、自分が思い描いていた理想と現実の違いに走っても走っても気持ちが追いついてこなかった...仕事に逃げていた。なにもかも蹴散らして来た、精神面では強いと思っていた...でも実際は弱く小さく、自分みたいに強いと思い込んでいる人間ほど、予想外の出来事に対処出来ず目の前の問題から逃げるんだと気づかされました。それから数日後家のポストに離婚届と一枚の手紙が入った封筒が届きました。感情が消えていた僕はそれを手にし、息子の笑い声も足音も聞こえない...暗く静かな家のドアを「ただいま」も言わず開けて入っていくのです。このブログを書いているこの瞬間にも胸を痛め、苦しんでいる人がいると思います。出口が見えない人自分自身がわからなくなっている人人を信じることが出来なくなってしまった人...以前は僕もそうでした。でもそれを乗り越えた人達が自分と同じ思いをしてほしくないと願い伝えることが出来たなら...少しだとしてもどこかの街で苦しんでる人の役に立てるはず。前にも書きましたが、僕は身近なパートのおばちゃんのなにげない一言に救われました。本も読み、偉い人と世間で言われる人の話も聞きました...やっぱりダメでした…もちろん僕の場合です。人それぞれですから…幸せの定義その7強がる必要はない
2012.10.24
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こんばんわ(p_-)今月入って仕事が忙しくて…今日も休みなのに仕事で(T_T)先週も休みの日が仕事になり妻が俺に妻「父さん仕事なら仲良し組で女子会行ってきてもいい?」俺「ええよええよ、あんたもたまには息抜きせんとね」妻は楽しそうに先週女子会ランチに出掛けました(^0_0^)そして俺は今日も休みなのに仕事…妻「仕事なん?じゃあ、チビ連れて友達と女子会行ってもいい?」俺「ほぉう…そりゃええよ、仕事と子育てばかりだと息も詰まるしねぇ」妻は今日も女子会で俺が仕事から帰ったら女子会メンバーと子供たちがいまして(>_<)で、今日うちの三兄弟はココスの朝食バイキングに行ったらしく…ほぉう…俺がおらん休日は楽しそうですな(T_T)仕事から帰ってきた俺に妻が妻「来週も仕事になりそう?じゃあ、じょしか・・・」ほぉう!アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタホォウアター!北斗百烈拳!女子会行き過ぎっ!父さんおらんとみんな楽しそうじゃのぅ(>_<)俺、海でも行って叫ぶしかないねっこれは昨日僕がFBに投稿したものです。FB友達はみーんなうちの妻に「女子会行かせてあげて」よ的なコメントで(>_<)わかっておりますm(__)mではこんな妻の過去を少々。ブログアップしてと頼みましが…「うち忙しいんじゃけん」と断られましたので僕が。バツイチ同士で再婚した僕の妻ですが、まぁここまでくるのにいろいろありまして(>_<)元旦那は浮気にギャンブルに借金に自己破産と…おまけに○○○とつるんで薬で刑務所…妻は借金返済でキャバクラに…知りあった男におもちゃにされてと、まぁ大変だったんです(>_<)僕もあまり人の事はいえませんが、過去はさて置き、僕らの再婚は大変でした。でも妻は子供に愛情を持って立派に育て乗り越えました(^_-)そして僕と一緒に頑張っています。再婚当時は妻も情緒不安定でした。でも僕らの友人にはまだどん底から這い上がった人もいます。僕らは苦難を乗り越えるときの考え方や人生観が一致して再婚しました(^_-)今回はこの辺で僕ら凡人のブログにお付き合いしていただいてありがとうございましたm(__)m幸せの定義その6どんなに忙しくても楽しい予定を立てる
2012.10.22
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その後、出ていった妻と息子を迎えに行くことはなかった。どうしてでしょうか?自分でもわかりませんが、ひとつ言えるのは妻への愛情が消えていたからだと思います。息子と別れるのは辛かった…何回も連れて帰ろうと思いました。でも僕も息子の親ですが妻も親…無理矢理揉めて息子に辛い思いをさせるなら僕が身を引いて遠くから見守ろうと…幼子には母親がそばにいる方がいい。父親は何かあったときにそばにいればいいと思いました。妻が選んだ道は息子の運命なのだと自分に言い聞かせました。父親失格かも知れません。別れた妻はいつも優等生の姉と比べられ、それがいやだったそうです。家を出て県外の僕が住む街に就職し僕と結婚。離婚後は実家で親と息子と仲良く暮らしています。親の愛情に気づき田舎の猿より親を選んで離婚したんでしょうね。あ、離婚後に元妻と元妻の両親とも和解しました。家に呼ばれてケーキを食べながら世間話などを。お義父さんはもともと僕の味方で仲は良かったですけど。ですがもちろん僕と元妻は二度と一緒にはなりません。別々の生き方と幸せを見つけましたし、息子も理解しています。僕はその後最愛の妻と再婚しました。もちろん幸せです(*^o^*)ですが、離ればなれになった息子とは父親と息子の関係を大切にしないといけないと思っています。養育費はずっと渡していますが、ちゃんと会いにいこうと思っています。再婚前はうちに泊まりに来たり、遊びに連れて行ったりしていました。もちろん元妻とは会いません。今の妻の子供達も実の父親と会いたいと言えば会いに行かせてやるつもりです。元妻とは結婚7年目で別れました。今の妻とは結婚7年目です。今の妻も元夫と7年目で別れたそうです。お互いに節目なんですp(^-^)q幸せの定義その5自分を許す
2012.10.19
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「そうかぁ」トトロの掛け時計だけを持って出ていった妻と息子…部屋はいつもと変わらない。洗濯物も干したまま…時計だけない部屋の静けさが胸に突き刺さってくる。終わったんだ…俺達家族は。話し合いなどなかった。突然のことでその場に寝転び天井を見ながら何も考えないようにしていた。全身の力が抜ける…が、立ち上がる。我を取り戻し頭の中は仕事のときのようにフル回転を始める。「電話だ!電話しないと」電話した先は保育園!急がないと!そう思いながら保育園に電話した。「すみません、○○ですけど、うちの息子はもう帰りましたか?」先生が詰まりながら言う。「帰りましたけど…あの今日で保育園はやめて実家に帰る…んですよね?」電話を切った俺。「やっぱりか」頭の中が冴え渡る。全てのシナリオが手に取るようにわかる、見える。離婚は妻が1ヶ月前に1週間ほど里帰りしたときから計画してたこと。今日のことも計画してたはずで俺を良く思っていないお義母さんが計画しそうなこと。保育園にも事前に辞めることは告げていたはず。この前俺が保育園に迎えに行ったときに先生も何かそのことについて言ってほしかった。そして俺の息子は何も知らされてないということだ!許せない!息子は保育園に友達もいた!一緒に風呂に入っているときにたくさん友達が出来たと自慢してたんだぞ!近所にも友達がいた!家族付き合いもしてた!俺の実家にも孫のことが大好きなじいちゃんばあちゃんもいた!大好きなおじちゃんもおばちゃんも…大好きな父さんも…息子の全てを引き裂いてまで…何がしたい?何を求める?子供との時間は少かったが愛情を込めて育てた息子。父さんのことが大好きだった息子。許せない!保育園に電話した後、妻に電話するが出ない…わかってたこと。すぐにお義父さんに電話する。10回コール以上しても出ない。またかけ直す…でたっ!電話に出たのはお義父さんではなく俺と仲が悪いお義母さんだった。思い出す、この時のことを…この日から僕ではなく俺になった。田舎の猿は威勢がいい。地元では自分のことをワシと言う。でもまだこの日は俺止まり。「自分を取り戻せ」真面目過ぎる妻の両親、接客業に店長職…親との付き合いや仕事上の付き合いで真面目という殻をずいぶん長い間被っていた。自分の親ともよくぶつかり実家を出た。全てに反発してきた田舎の猿(俺)ストレスだった…本当は辛かった…毎日が窮屈でしょうがなかった…電話に出たお義母さんは俺にこう言った。「連れて帰りますから」多分トトロの時計を持って帰ったのもお義母さんの仕業。妻は昔からお義母さんのいいなりだった。俺は言った。「息子と話をさせて下さい」返事なし…「息子は意味がわかってそっち(妻の実家)に連れていかれているんですか」お義母さんは言った。「連れて帰りますから、○○(妻)と電話かわりましょうか?」俺は言った。「いいです」「息子に代わって下さい!」電話を切られた…お義母さんがついている以上、妻と話しても無駄なのはわかっていた。妻の家族は姉と母親が全ての権限を握っていた。妻の父親は肝臓を患い、母親が仕事して家を守ってきた家。結婚当所から妻の母親とは合わなかった。考え方も育った環境も違う。県外の田舎から俺の住む街に就職した妻、就職してすぐに子供が出来て俺と結婚。妻の母親はそこが気に入らなかった。でも時が経てばわかってくる。俺の親の思いも元妻の親の思いも。田舎の猿(俺)はダメですね。ちょっと世界を知っただけで全てを知った顔をする。ドラマのような経験をしたら全てをわかったような顔をする。自分が正しいと思い、勘違いを起こし否定する意見を拒否し自分を守る。今思えば自分が情けない…幸せの定義その4なんちゃって良い子ちゃんサヨウナラ
2012.10.19
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一息入れます。過去のことばかり書くと止まらなくなるので・゜゜・(≧д≦)・゜゜・。ちょっとばかし、自己紹介を☆僕はバツイチで中学生の息子一人☆息子は前妻と暮らしています。妻もバツイチで前夫との子供が二人☆二人共高校生で長男&長女です。僕達と一緒に暮らしています。この高校生の子供達が小学生の頃、僕と妻は再婚しました(ノ^^)八(^^ )ノそして再婚してすぐにうちの次男坊が産まれました★そんな感じの家族です(≧▽≦)離婚理由や僕達が知り合う前の日々は壮絶なものでした。子供達に言えないような経験ばかり…追々ブログアップします。知り合う前、妻はペットショップでトリマーしながら夜はキャバクラで働き子供達を守り育てました。今は再婚してとても幸せです。子供達も真っ直ぐ育っています(苦労しましたが…)普通の凡人、一般人ですが友人、知人に恵まれています。うれしいことに若い人からの相談もたえません☆前にも言いましたが何十冊も本を読み、偉い人の公演も行きました…が、一番凄いのはどん底から這い上がった一般人。もちろん男性より女性の方がはるかに生命力と説得力があると思います。ひとりでいろんなことを乗り越えた女性、子育てをしている女性子育てをしてきた普通のおばちゃんの人生観がとても参考になります。幾度となく救われた僕は女性に感謝しています。さぁ今日はうちのチビと自転車の練習だぁー!行くぜ!行くぜ!行くぜぇ!幸せの定義その3息抜きしましょっ(´∀`)
2012.10.16
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「ただいまぁ」最近、僕は疲れきっていた。いつもなら「おかえりぃ」と息子が玄関まで来てくれる。その笑顔に救われながらゴールの見えない日々をこなしていました。この日は一生忘れない…玄関のドアを開けるといつも明るい部屋が暗闇に包まれ、物音ひとつ聞こえない静けさ…「ただいま…」息子が脅かそうとしているんじゃないかと思うしかなかった。「ただいま」もう一度…出て来るまで、息子がいつものように出て来るまで…出て来て、頼む。ふざけても怒らんから…出て来て。そんな思いは通じるわけがない。部屋は暗く静かなままだった。でも電気をつけた僕はほっとした。ん、いつもとかわらない部屋、家具もあれば洗濯物も干したまま…「どこか買い物でも行ったかね、びっくりしたわぁ」と心の中でほっとしました。「ふぅー」とテーブルの椅子に腰掛けながら息が止まっていたかのようにため息をついた。洗濯物を取り込む。この時点で心臓は音をたてていたのを覚えています。洗濯物を取り込んだが他の部屋に行かない自分。行けないんじゃなく、行かない自分。本当に静かでした。その静けさが教えてくれる。妻と息子は買い物なんか行っていないと…タバコに火を付け立ち上がる。いつもは部屋でのタバコは注意されるのに…今何時だろうか…会社を上がったのが確か…17時頃。一番奥の部屋にとなりのトトロの時計がある。妻の両親が息子のために買ってくれた掛け時計。タバコを吸いながら壁を見上げた僕は鳥肌が立った。僕の時間は止まった…その部屋は息子の部屋で、トトロの時計が広い壁に掛かっている部屋。そこにトトロの時計はなかった…この日は鮮明に覚えている。何度も夢に出るほど僕の心に強烈に刻まれている。すれ違いの毎日、自分や家族を犠牲にしてまで強がり、話し合いを避けてきた。この日は一生忘れません。幸せの定義その2弱い自分を素直に見せる
2012.10.15
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「お疲れさまぁ」駅のベーカリーカフェは朝と夕方が忙しい。店長ともなると休みもなく定時上がりなどない。店長といっても会社の直営店で実態はサラリーマン…やりがいなどない。最近は会社にどう思われようがいいと思っていた。今日は他のスタッフに任せて無理やり定時で上がってやった。保育園に6歳の息子を迎えに行くために…妻と二人で迎えに行ったことは何回かあったが、一人では初めてだった。二人で迎えに行くときは妻が園内に息子を迎えに行き僕はどこか落ち着かずいつも園外にとめた車の中で待っていた。店からトラブルの電話がないか、休みの日も落ち着かない。家にいても、家族で出掛けたときも携帯が気になって気が休まらない。自分がオンオフの切り替えが下手で息子達に迷惑をかけているのはわかっていた。でも今日は会社を定時で上がり、一人で保育園に向かった。保育園に着いた僕はいつものように園外に車をとめた。こんなに重たい門だとは知らなかった。門を開け園庭を抜けると園児達のいる教室がある。教室の外から息子を探していると先生が声をかけてきた。「なにか?」先生は僕の顔を覚えていない…僕も知らない。不審者だと思われているんだろうか。いつもは夫婦で共働きのため18時か19時に迎えに来る。今は15時、パン屋は朝が早いため定時上がりも早い。「息子を迎えに…」すると僕に気付いた息子が嬉しそうに少し照れた顔で教室の奥から出てきた。帰り支度をして靴を履いた息子はずいぶん早くなった足でジャングルジムへ走って行った。「とうさんきてきてー」白衣にジャンバーを羽織った僕も園庭を走ってジャングルジムへ向かった。6歳の息子はジャングルジムの一番上に登り得意そうに僕をみた。そのあと滑り台に鉄棒と一時間ぐらいそのまま園庭で遊んだ。他の園児達も先生も教室のほうから僕らを見ていた。あんなに楽しそうに遊んでいる息子を見たのは初めてだった。ずっと見てほしかったんだと今になって思う。息子を車に乗せた僕は家には帰らず自分の地元へと向かった。地元では有名な景色がきれいな場所。標高1000メートル近い山の頂上は夜景がきれいで悩みがあるとそこへ行く。今日は息子にきれいな景色を見せてやろうと思った。頂上に着いた僕らはしばらく景色を見ながら二人で今日の話をしました。保育園で楽しかったこと、僕の仕事のことも(笑)しばらくすると息子がいつものように虫探しを始めた。僕はその様子を携帯の電源を切って見ていた。山の頂上から見る空や街は夕陽で真っ赤に染まり気付けば涙でにじんでいました。これは妻と息子が家を出ていく2日前の出来事でした。幸せってなんでしょう?仕事ばかりで若過ぎた僕には毎日が許容範囲を超えていた。もちろん僕がつまらない人間で、大人になりきれていなかったんだろう。当時は理想と違う現実の中で何が幸せかわからなくなっていました。幸せの定義 その1子供とおもいっきり笑う
2012.10.13
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そんなものはない!10年前の自分は思っていた。何十冊と本も読んだ現実から逃げるように…毎日毎日後悔した奪われたことに…いや自業自得だ。今日はそんな僕の誕生日なんです。10年前の誕生日は息子の写真とまだ荷物が残された部屋を眺めながら一人で眠りました。それから10年後の僕の誕生日幸せです☆幸せの定義って何でしょう?一人一人価値観が違うように幸せを感じることは人それぞれ。たくさんの自己啓発本を読みました。僕の意見ですが、内容はどれも一緒…心に響かない、響かなかったんです。プラスで前向きな思考や言葉そんなことは誰でもわかってるし無責任な他人事にしか見えず…それよりも僕が救われたのは当時僕がパン屋の店長をしていた頃うちの店で働いてくれてたパートのおばちゃんの一言でした。人生はいろいろなことがあります。僕のまわりにも悩みを抱えている人がたくさんいます。幸せになりたいと望んでいてもうまくいかない人。信じていた人に裏切られた人。仕事がうまくいかず疲れきった人。人間関係に嫌気がさし毎日がつまらない人。僕もそういう時期がありました。でもその時その時でいろんな考え方や言葉に救われ乗り越えて来ました。いろんな経験を通して人生の荒波を乗り越えてきた人達の定義。つまりさまざまな経験をしてきた人達の幸せの定義に救われてきました。もちろん人それぞれでもそのなにげない一言や経験が、ときに人を勇気づけ、救うこともあります。本に書いてあるかっこいい言葉はいらない。身近な人の人生や生活の中にあふれている幸せの定義を集めて幸せの連鎖をおこしましょう!人によってはペットと遊ぶこと、ご飯を食べること、子供の寝顔を見ることなど当たり前なことが幸せの定義だという方もいると思いますが、その当たり前やなにげないことが悩んでいる人を幸せにするってことがあるんです。こんな経験あんな経験を乗り越えてきた方々の幸せの定義を是非お聞かせください。僕の浅い経験では限界がありますので…とりあえず僕の経験で感じた幸せの定義、身近な人の経験でわかった幸せの定義をご紹介しながら更新していきます。コメントくださった方も、もしよければ僕のブログでご紹介させて下さい。そしてみなさんの幸せの定義で僕を始め、悩んでいる人達がもっともっと幸せになって大きな幸せの連鎖が起きればいいと思っています。みなさんよろしくお願いします。
2012.10.02
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