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なんとなくオスカル様に見えなくもない・・・。エドガーなんだけど^^;12月、1月は萩尾望都、大島弓子等、24年組を特集してみることにしました。興味のある方はこちら→TOPへどうぞ。下の方にスクロールして見てくださいね。こんな事↓もはじめました。漫画ランキングオススメ紹介掲示板お暇なら参加して行ってくださいv
2004.12.25
一位意外は古すぎてきっと誰も知らない・・・^^;一番はもちろんサンジ! 2位・・・メンソールこと司馬 乱(アポストロフィS)大島弓子 3位・・・オスカー・ライザー(トーマの心臓)萩尾望都 4位・・・土方歳三(紅に燃ゆるとも)木原敏江 5位・・・鷹塔摩利(摩利と新吾)木原敏江 6位・・・春日夢殿(摩利と新吾)木原敏江 7位・・・メル・フレデリクス(ニューヨーク・ニューヨーク)羅川真里茂 8位・・・ケイン・ウォーカー(ニューヨーク・ニューヨーク)羅川真里茂 9位・・・鷺沢高尾(ラヴァーズ・キス)吉田秋生10位・・・ロロノア・ゾロ (10位かよ!)今思いつくのはこんなところ・・・。古い・・・古すぎるよ・・・^^;木原敏江はフィリップなんかも相当好きだ。あとは竹宮恵子のタグ・パリジャンとかさ。誰か覚えてるのか・・・?2位のメンソールは大島弓子の読みきり漫画のキャラなんだけど。切ないんだこの人!オスカーと同率2位ってとこだけど、さっき読んだばっかりなので、メンソールが今日は勝ち。ああ、エドガーも忘れてるし・・・。ま、いいや、以上終わり。
2004.08.21

いくつになっても絵本好き・・・v黒井健とか、もちろん岩崎ちひろも大好きだけど、やっぱり一番は林明子の絵本だな。「とんことり」「はじめてのおつかい」「おでかけのまえに」・・・たくさんある中で「こんとあき」と「今日は何の日」が手放せない2冊だ。 「こんとあき」はボロになったキツネのぬいぐるみのこんを製作者のおばあちゃんの家まで直してもらいに、まだ小さい女の子のあきとこん、二人で尋ねていくお話。もちろん道中いろいろある訳だけど、こんは、実に男前なキツネのぬいぐるみだ。泣ける。そして「今日は何の日」は結婚記念日のお父さんとお母さんに娘がお手紙を渡すお話。お手紙の場所をお母さんが宝探し風に探していく過程が面白い。その家の部屋やお庭、小物なんかの絵が、ごく一般的な昭和の家庭の匂いがしてとてもいい。この本を開くたび、(私の幼少期よりはずっと後の絵本なんだけど)自分の子ども時代、生活の心配なんか皆無だったあの頃の日々が蘇ってちょっとノスタルジー・・・。林明子さんのイラストはいつ見てもすごく素敵だ。
2004.08.20
時々再放送されるたびに見てるけど、何度見ても泣ける・・・。思えばまだ小学校時代スイミングクラブの送迎バスを降りてダッシュで家に駆け込んで見てた記憶があるから最初の放送はン十年前になるんだろうけど・・・。あのお父さん、マイケル・ランドン演じるチャールズは理想のお父さんで夫だったな。ああいう人とああいう家庭が作りたかったのに今の私、どうしたことかしら(笑)ローラのものの考え方がすごく共感できて、開拓時代のアメリカに浸っていた。仲間意識とか権力にただでは屈しない姿とかそりゃもう、ワタクシの愛するあの漫画に通じる要素がそこかしこにあるし。何回見てもいいや。やっぱりvそれから何が好きって、後にローラ一家の養子になるアルバートだ!彼の愁いたっぷりの眼差しには子どもの頃からやられていた。今思うと孤児院を抜け出して幼い頃から一人で生きてきた境遇にマイ・スゥイートハニー・サンジがダブるダブる(笑)しかも彼、後々若くして病気で死んでしまうし。その前に麻薬中毒になっちゃったりとか美味しいエピソードたっぷりの子だったな~v坂上忍くんの声もよかったよ。(坂上くん、最近2時間ドラマの犯人役ばっかだけど)また再放送しないかな・・・ローラ大好きvvv追記冬コミ申し込み完了~。夏コミ終わってすぐ締め切りだからサークルカットとかイマイチ気に入らなかったけどとにかく出すだけは出した!どうなるかは11月までわかんない・・・長いな!
2004.08.18
そんな感じでS君との付き合いは十年くらい続いたことになる。ある日兄と大喧嘩した夜遅く、S君は一人出て行ってしまってそれっきりになった。母のオーストリッチのバッグと皮のコートとともに・・・。(これを持っていかれたことを母は死までくやしがっていたっけ^^;)後に兄が普通に結婚することになった時、私は『てめぇ、余計なこといったらぶっ殺すからな』と脅され、母はものすごくホッとしていて、父は『相手がどんなおかめでも相撲取りみたいな人でもいい。女なら・・・。』としみじみ言って私を笑わせてくれた。その後、S君から一度だけウチに連絡があった。兄が結婚してしばらくした頃だったと思う。たまたま実家にいた私が電話を受けた。兄がもう結婚した事実を告げるとS君は『知ってる・・・』と言ったあと、『○○が死んだから・・・。それだけ言っておきたくて』と続けた。二人が判れた時、S君は一番かわいがっていた猫を一匹だけ連れて出ていた。その猫が死んだということらしい。私がわかったというとすぐに電話は切れた。なんとなく切なかった・・・。で、今、いろいろあって、兄はまた失踪中なのだが、私はどうもまたS君と暮らしているんじゃないだろうかと思うのだ。何年間か普通の堅気ふうを装って続けた兄の結婚生活は私が何をばらさなくても、やはり勝手になるべくして破綻したわけで。あの兄の行状や性格や、そんなものを全部知った上で尚一緒にくらしていけるのはS君しかいないように思うから。両親や私が持て余した兄を『ほんとうは優しい人なの』と言い切っていたS君だから・・・。今もどこかで二人して借金重ねて生きている気がする。時折私の元に闇金らしきところから電話がくるから。「居所知らんかね?」と・・・・・。終わり。
2004.06.04

置き去りの猫たちの面倒を見るのは当然私たち、(主に母)の仕事になった。母は、オカマは嫌いだが動物を放置虐待できるような性格ではなかったので。なにしろ看護婦だったし。責任感は人一倍強い。仕事で疲れて帰ってきても猫砂を取り替えたり、気まぐれな奴らは、猫缶も飽きると食べなくなるのでこまめに新しい種類を仕入れてきたりしていた。私と仲の良かったライラックポイントは兄たちがいなくなってほどなくして病気で死んでしまったが、思い出すと今でも泣ける。2、3日意識不明みたいな状態で眠り続けていたが、最後に私の足元までやって来て『にゃぁ~』と一声泣いて、それっきりだった。兄とS君はほとぼりが冷めた頃また戻ってきては借金をして、また身を隠すということをこの後数回くりかえすことになるのだが、この時残された猫で兄とS君が別れた後もずっとウチにいて、私が子供を生んだ頃まで生きていたヤツがいた。アメリカンショートヘアのブラウンタビーでまぁるい目がかわいらしくて性格もすごく穏やかな子だ。父に先立たれ、後兄も失踪して、けっきょく母のそばに最期までいてくれたのはこの子だ。兄はこの頃親戚中から借金をして行方をくらましてしまったので父と同じく肝臓癌で動けなくなった母の面倒を看てくれる人は無かった。兄の借金のせいで当時兄と結婚していた人は離婚して子供を連れて実家に去った。自宅も競売にかけられていたので、その後始末や、母を病院に入れる算段などで乳幼児をかかえた私は手一杯だった。旦那の実家に同居していたため猫嫌いの姑、大姑のいるうちには猫を連れて帰れない。思わず、独り言のように猫に向かって「おまえはどうしよかね~。行くとこがないね。困ったね」と言ってしまった。翌日、猫は自分から姿を消した。マジで。私の立場を察していなくなってくれたように思うと本当に今でも不憫で仕様が無い。・・・・・猫話になっちゃいました。・・・・・今日はちょっと脱線?なので絵つけてみました。続く・・・・・。
2004.05.31
S君に収入があった時ならともかく、今で言うフリーターのようなことしかしていなかった兄と専業主婦同然のS君とでは、前のような生活が維持できるはずもなかった。相変わらずの贅沢な暮らしぶりがどうやって成り立っていたのか、それはある日二人が突然失踪してからわかった。両親の元に何百万単位の借金の取立てが一気に押し寄せてきたわけで・・・。行方をくらました兄たちに代わって、父が仕方なく返済して事を収めた。母はたいそう怒り狂っていたが、その怒りの矛先は兄ではなく、S君一人に向けられていた。『息子はあのオカマにだまされているんだ』と。この辺は親心なんだろう。私から言わせてもらえば、むしろ兄がS君のいわゆる”ヒモ”だったように思うのだが。なにしろ兄はやんちゃで夜露死苦な人だったから、S君も時折暴力を振るわれたりもしていたし。何であんなヤツがいいのかとS君に一度聞いて見たことがある。よくわからなかったけど、話の最後に『半端な覚悟じゃ、この商売(オカマ)はやってられないもの』と「るろ剣」の鎌足ちゃんのようなセリフを言っていたっけ。そして奴らは足手まといのお猫様たちを全部ウチに置き去りにしていったのだった・・・。続く・・・。
2004.05.30
兄が高校を辞めてフラッと出て行ってから埼玉の家に戻るまでS君の稼ぎで優雅に暮らしていたらしい。食べるものにも着るものにも二人とも金をかけていた。ブランド物も大好きなようだった。で、猫までブランド物だった。雑誌に載るような猫の子とかそんなのばかり飼っていた。猫のブリーダーで生活するようになるんだとかなんとか、当時の兄はそんな人生嘗めた発言もしていたっけ。血統が良かろうが悪かろうが猫は猫だ。なついてくればカワイイし。それなりに愛着も湧く。ウチは私の物心つく前からずっと犬を飼っていたので、当時はマルチーズが家の中を好き放題闊歩していたが、S君の猫たちが来てからこの犬もいろいろ戸惑ってるようで面白かった。猫たちの中でも、とりわけ私と気が会うヤツがいた。シャム猫のライラックポイントだったと思うが、耳や尻尾の先も顔も茶色いところが無いヤツだ。縦長っぽい目をやや寄り目ギミに私の顔をぐぐっと覗き込んで「にゃ~」と鳴く。犬のような性格の猫でいつも私の膝の上にいた。マルチーズはそれが面白くないらしく、いつも私のことは家中で一番格下のように思っていた節が会ったのに、急に猫のまねをして懐いてきたりした。そして膝の上の猫に威嚇するように吠え掛かったりしてみた。けれど猫は微動だにせず尻尾の先であしらうようにしながらまた私の顔を覗き込んでは「にゃ~」と鳴くのだ。こいつをナントカしろというように。仕方ないので、マルチーズには退散していただく。私はすっかり猫のいいなりだった。そういう時の勝ち誇ったような猫の表情はいつかのS君の『フフン』という顔に良く似ていた・・・・・。続く・・・。
2004.05.27
兄は後に普通に結婚もしたので(数年で終わったが)バイ・・・ということになるんだろうか・・・。S君と兄が何処で知り合ったのかは知らないが、兄は何度かやんちゃが過ぎた少年たちが一定期間集団生活を送る場所に出たり入ったりしていたので、その頃に何か経験したのかもしれないと思う。それ以前は普通に女の子ばかり連れて歩いていたし。とにかくやはりS君はその手のお店で働いていたらしく、何気ない仕草がいちいち優雅にみえた。話し出せばゲイバーまんまのノリでお下劣だったり博識だったり、けっこう愉快なヤツだった。お風呂上りの顔に化粧水をパタパタはたき込みながら、『グレープフルーツあるけど、半分食べない~?』などと言ってくる姿には、これが別に男でも女でも兄の嫁さんで、なんか不都合があるんだろうかと私はマジで思った。この頃新宿にすんでいた腐女子仲間のお母さんが、後学のためにと私たちをゲイバーに連れて行ってくれたことがある。この世にこんな面白い場所があるのかというくらい、本当に楽しませてもらったが、お店のどの子を見ても(ウチのSの方がきれいだわ)と不覚にも思ってしまった私の中で、Sに対してすでに身内意識があったのかもしれない。続く・・・
2004.05.26
S君はどういう育ち方をしたのか知らないがけっこう多才な人だった。料理のレパートリーも母よりは多かったし。ある日、都内の女子高に通っていた私が部活の中止か何かでいつもより早く帰宅すると、私の部屋のピアノが鳴っていた。こっそり行って見ると弾いていたのはS君だった。(見つかっちゃった!)と言う顔でバツが悪そうに『ごめんなさい・・・』とS君は言った。黙って部屋に入られたのに私は不思議にあまり腹がたたなかった。そして、いくつかポピュラーな曲をリクエストしてみたらS君は実にうれしそうに弾いて見せてくれた。これはせいぜいバイエル程度の実力の私よりS君に弾いてもらった方がピアノもうれしかろうという気がした。昼間一人で家にいてさぞかし暇だったのだろう。お願い・・・と言うので時々私のピアノを弾くことをOKしてあげた。実はこの頃、近所で薄々S君の存在が気づかれ始めていて、私より4歳年上の兄は当時二十歳くらいだったが『お宅の僕はお嫁さんをもらったのかい』とか『お宅の嫁さんはずいぶん背が高いねぇ』(S君は身長170cmだった)などとさりげなく隣、近所に突っ込まれ始めた母によって、S君には、〔明るいうちは外出禁止令〕が出されてしまっていたのだ。あまりに無体な仕打ちだと思ったが、なにしろ二十数年前だ。そしてここは新宿2丁目とは程遠い埼玉の片田舎だ。母としては必死にその存在を隠したかったのだろう。それにどうも当時手を切りたい相手がS君にもいたらしく、身を隠す意味もあっておとなしく終日家の中ですごしていた。だから、ピアノくらい弾かせてあげようと私は思った。が、これがまた母の逆鱗に触れたらしい。自分が部屋に入ると怒るくせに、母は悪くてあのオカマなら入っていいとはどういうつもりだ!という理由だ。だって私はその頃からすでに腐女子なのだ。当時こっそり手に入れたその手の本や、今で言うSSモドキの書き散らしなどがあちこちに隠されていたわけで・・・。母は絶対そういうものを暴き立てるタイプの人間だったし。私は今、自分の子供の秘密なんて知りたくも無いと思うのだが、母は違う。息子はホモで、そのうえ娘まで”ホモ好き”なんて知ってしまう方が酷だろう。でもこんなことは言えるはずもなく、仕方なく黙りとおした。結果、もともとしっくり行っていなかった母との間がいっそうこじれた。(あ~あ!)後に私の部屋で当時唯一の某BL雑誌を発見した(中身を見たらしい)S君が部屋を去り際に『フフン』と笑った。”こんなもんじゃないわよ”・・・みたいな?実にオカマらしい笑みだったっけ・・・。S君のもう一つの特技 レース編み。すごく見事なテーブルクロスとか、作ってた。彼らみたいなタイプが美しいことが好きで繊細な人種だと私はこの頃学習した。続く・・・。
2004.05.25
地獄を見たような両親のカオとは対照的に爛々と輝く私の瞳に彼S君は、彼ら特有の鋭さでもって私は敵では無いと瞬時に判断したらしい。以後、私とS君は割りと友好的な関係を保つことになる。なにしろ私にしたらとてもタイムリーな出来事だった。家の電話ではしゃいじゃさすがにまずかろうと思ってすぐさま近所の公衆電話に走り(当時は携帯なんてなかったんだなぁ・・・)同じように腐女子成り立て仲間に報告したところ彼女もとても喜んでくれたっけ。以後数年間S君は私達の恰好の研究材料?になってくれたわけだ。暫くしてS君は血統書つきの高貴なお猫サマを5匹くらい引き連れて兄の部屋に引越して来た。母がいる時は彼も猫達もめったに階下には下りてこなかった。が、当時母は都内の病院で看護主任として勤めていたためあまり家にはいなかったし、S君が同居して以来、進んで夜勤とかもやるようになっていた。よほど顔を会わせたくなかったらしい。だから結構普通にS君も猫たちも家の中をうろうろしていた。当時の母とS君とのエピソードのひとつでいまでも時々思い出して笑えることがある。夜勤の母に代わってS君がたまに夕飯を作ってくれたりしたのだが、そのカレーにはいつも缶詰のコーンが入っていて、母が其れを食べるたびに『こんな甘ったるいもの、カレーに入れるな』と怒っていた。その姿に嫁いびりの片鱗を見た気がした私だった。続く・・・。
2004.05.24
私の両親はすでに他界しているし、兄弟は出奔中だし、親類縁者も縁切りされているので、家族ネタをやっても今更何処からもクレームつかないと思うので思い出話など一発。今は立派な腐女子の私だが、かれこれ二十数年前、女子高時代。BL雑誌のはしりともいうべき●UNEが創刊された頃で、腐りはじめた時期だった。ある日学校から帰ると玄関に巨大なサイズの白いハイヒールが・・・。お客さんかしらとは思ったがありえないデカさのそのハイヒールに疑問を覚えつつ、2階の自室で着替えて階下の茶の間へ。そして扉を開いたら、そこには。三輪明弘かピーターかと、見まごうばかりの彼!がいた。長くゆるくカールした赤茶色の髪、綺麗にお化粧した顔紫のブラウス(跡部みたいな!)白いパンタロン(パンタロンなんだってば!)二十数年前の埼玉の片田舎の普通の家にはどう考えてもありえない存在。苦虫噛み潰したとはこのことだわという顔の両親が言うには兄の彼女・・・なんだそうだ。「おいしい!」この時、もう腐り始めの私はそう思った。続く・・・。
2004.05.22

今週のWJ!もうもうもう~萌えすぎですっ!!球サンジ・・・。あまりのかわいらしさについうっかり絵日記に登場させて見ました。カワイイよ。アンタは・・・。もう。なにをやっても!しばらく続きますねこのロロノア夫妻のダブルス萌えは!どうにかなりそうです~~~~~!!
2004.02.10
ジムボールとかヨガボールとかいろいろ商品名はあるらしいけれど、あの筋トレに使うでかいポリ塩化ビニールのボールです。ゲットバッカーズのヘヴンちゃんのおっぱいのように気持ちいい感触の代物だったのでウチでは、「へヴン」ちゃんと呼んで愛用しておりました。ところが先日うっかり、ファンヒーターの吹きだし口に転がっていってしまいまして、解けて穴があいちゃいました。昨日、子供たち用と自分用に2個新たに買いなおしました。へヴン2号と3号。私用にはバージョンアップタイプの「ツボを刺激するツブツブ付」というのを購入したんですが・・・。なんか、乳首っぽいツブツブが何百個もついてて・・・。ちょっと妖怪百目鬼っぽい・・・。しかも座ってるとけっこう痛いし。普通のにしとけばよかったかな。
2004.02.01
昨日古本屋さんで女子高制服図鑑風の本を見つけました。そういえば自分の卒業した学校の制服も、今時のミニ丈のチェックのスカートにグレーのブレザースタイルに変わったらしいと知りました。私の通っていた二十数年前は紺の上下に赤い蝶ネクタイでした。あの蝶ネクタイ。とても気に入っていましたっけ。それからあの頃の通学路もとても好きでした。御茶ノ水の駅を出て交差点を渡り、明治大学の校舎や文化学院のあった通りを真っ直ぐに進むと、急な坂が二つありました。下まで階段が一直線に続いている方が「男坂」。途中、坂の真ん中あたりに踊り場風のものがあって一休みできるようになっているのが「女坂」と呼ばれていました。「男坂」を下りると、当時は明治大学の付属の男子校の前に出て、「女坂」を下りると、そこが私の通っていた女子高の前でした。最近覚えたことはすぐに忘れるのに、昔のことばかり、鮮明に思い出されるのはどういうわけなんでしょう。(笑)学校帰りに毎日のように覗いて歩いた神田の古書店街にも久しく行っていません。なんだか無性に懐かしくなってきました。今度行ってみようかと思います。それにしても、東京はけっこう、坂の多い街ですよね。その一つ一つに、こんな思い出を喚起させるような名前が付いているものなのでしょうか制服からなんだかいろいろと思い出したり、考えたりしてしまった。一日でした。
2004.01.08
昨日小6の娘のクラスでフリーマーケットごっこがありました。1学期に1回くらいの割合で行われています。自分たちで金券を作って、持ち寄った不用品や玩具などをそれで購入するわけです。たかが子供のフリマごっこですが、オタク主婦のワタクシにとっては、なかなかあなどれない催しです。今回も帰宅した娘が紙袋から取り出した品々に目が釘付け!出るわ出るわ、ずっと探していたドラム島のマフラーサンジのキーホルダー、ゲーセン物のサンジくんマグネット、フィギュア諸々、なかでもカードダスの大きいシールタイプのイラストにメロリン状態に陥りました!どぁって、サンジくん、み、水着!水着姿!鎖骨がぁ~!腹筋がぁ~!うるうる瞳で見つめる私に娘、にっこり笑って「ママのために買ってきたんだよー」『コイツ・・・たまにはカワイイかも・・・。でもまさか・・・ただでくれるわけないよなー・・・。チョッと聞いてみようかなー。』「ご、500円でいい・・・?」「よし!売った!!」やっぱりな。娘、お小遣いゲット!バカバカ!自分!でもサンジきゅんvv次は、小学校のバザーが狙いのオタク主婦の日常でした。
2003.10.01
同人誌何冊あるのか正確には把握できませんが。多分4~500冊くらいかと・・・。200を超えてから数えるのをやめました。いったいいくらになるのか換算してしまうのが恐ろしいものですから。恐ろしいといえば、その98%がゾロサンばかりということもです。(残りの2%はルサン、エーサン、最遊記3冊←?)自分の狂信ぶりが知れようというもので、この先どこまで行くのやら・・・とふと、考えたりも致します。今やゾロサン無しでは生きていけない自信があります。コミケや、オンリーの度にすごい勢いでふえてゆくので、アンソロジー本とあわせて収納スペース確保に頭の痛い毎日です。今突然、事故とかで死んだりしたらすごく困ります。こんなものいっぱい残して成仏できませ~~~ん。(笑)とにかくサンジくん&ゾロサンある限りやめられません。止まりません。いくらあってもゾロサンが足りません。すでに私はゾロサンジャンキーなのでしょう! 終。
2003.09.25
昨日21日、待ちに待ったゾロサンオンリーに参加して来ました。一般参加者は9時半より前に来ちゃダメよ。ということでしたが5分前に到着した時には、すでに3列目!台風接近中の大雨の中、ゾロサンラヴァーたちの熱意に圧倒されました。ほとんど高齢者の部類の私も頑張ってまいりました。オンリーの素晴らしさといったら!右を見ても左を見てもゾロサン人間の群れ!群れ!群れ!飛び交う会話もすべてが通じ合えて、常に独りオタクの私も待ちの間に知らない方とゾロサン話に興じることができます。きのうは長野から新幹線でいらしていた可愛らしいお嬢さんと意気投合。「100歩譲ってサンジ攻めならゆるせるけれど、ゾロ受けだけは有り得ない!死んでもヤだよねーーー!!!」「うっかり、ゾロ受け見ちゃうとショックでしばらく立ち上がれないよねーー!」「リバ(リバーシブル)サークルもちょっとねー!」「やっぱりゾロにはサンジを攻めて攻めて愛しまくってほしいよねーー!!!」サンゾロの方ごめんなさいな会話で盛り上がりました。会場は他のイベントもたくさん行われていまして、某服飾メーカーの社員家族専用のバーゲンに訪れていたまったりした家族連れに「これはいったい何の行列?」と不審がられたり。入場待ちもなにかと愉快でございました。大好きな作家さんにお話していただき、しっかり握手もしちゃいました。3人の諭吉にお別れして、引き換えに同人誌40数冊を胸に抱え、夢見心地のまま帰路についた私でした。ああ!オンリー万歳!!11月も頑張って行くぞー!(老骨にムチ打って!)
2003.09.22
はじめてBL系という感じの漫画を読んだのは、元祖ともいうべき「風と木の詩」でしたね。当時はBLとかいうジャンルは存在しておりませんでしたが。同人的な活動としては、「宇宙船艦ヤマト」の古代くん&島くん、「ガッチャマン」の健&ジョーのカップリングでした。若い方はご存じないかも・・・。戦う男の庇い合い・・・みたいなものに萌えたような気がします。それ以後、ずっとバトル系の漫画好きってことは、やっぱり何年たっても根本は変わらないと、そういうことではないかと思います。私の場合、この年になりますともう、性癖・・・?としか云いようがありませんね。BL好きは。で、今はゾロ×サンジにはまりまくっております。楽しい毎日です。
2003.09.04
今日もビデオいっぱい借りちゃいました。ビンボーなのに・・さよなら食費・・・ほかに削るとこありません。で、ビデオ屋さんの帰りに寄った本屋さんで、ゼロサム立ち読み。そこで見つけました!10月2日午後6時30分~テレビ東京系で最遊記アニメ始まるそうです。うっれしいなぁ~!悟浄~~~vvv平田広明さ~んvvvでも、京極夏彦さんの新刊売り切れでした。完全に出遅れでした。う~~~~~!
2003.08.20
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