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5月14日、午前2時52分。 夫のLee(Lipo)が肉体を離れアセンションしました。 日々皆様から頂いていたあたたかい愛とサポートのおかげ様でリーはここまで肉体を持ち続け、アセンディッドマスターと共に仕事をすることができました。 心より感謝いたします。 ありがとうございます。 リーは肉体を余すところなく使い切って、気持ちよくアセンションしていきました。 その姿はあっばれそのものでした。 4/28日に終了したネイティブアメリカンの長老たちによる祈りのイベントにリーは全部のエネルギーを注ぎ込んで逝ったかたちになりました。 このイベントが地球のアセンションにとってとても重要なものであり、成功に向けて文字通り身を張って参加していました。 車椅子に乗りながら、イベント全行程において体力の許す限り参加してイベント全体のエネルギーのバランスを取り続けていました。 リーは、毎日朝起きてから寝るまで、アセンディッドマスターとともに働き、たくさんの人々を助け、またアセンションの道を説いていました。 YouTubeでYakima Leeと検索していただければ、Leeがアセンディッドマスターから得た情報と叡智をいかにできるだけたくさんこの世に残そうとしていたかを見ることができます。 それは、亡くなる日まで続けていました。 亡くなる3日前、すでに食事はもちろん、水さえも口にすることができなくなっていたけれど、自分の書斎にカメラを設置して、アセンディッドマスターからのメッセージを録画していました。 また亡くなる2日前は、あるネイティブアメリカンから依頼されたボランティアの仕事(CDとDVDの作成)を力つきるまでしていました。 まさかやっていないだろう・・と思っていた私は、リーが逝った後、ほとんど完成まじかの状態でそれらが仕事場に残っていたのを見て、なんてすごい精神力なんだろう・・と唖然としました。 亡くなる日、私にホスピスに連絡するように言い、呼吸困難の中すべて自分でホスピスの申込手続きにサインをして手続きを済ませました。 でもそのときの私はすぐにリーが亡くなるとはこれっぽっちも思っていませんでした。 リーはホスピスに移ることを拒み、自分の寝室のベッドで治療を受けることにしました。 人工呼吸器をつけ、モルヒネを投与され、リーはすぐに眠りに入りました。 3時間後、リーは一度目を覚まし、「もう一度僕は寝たらもう目を覚まさない・・アセンションする・・」と私に言いました。 そのときの私はまったくその言葉を聞いていませんでした。 脳みそが聞くのを拒んでいたみたいです。 その言葉を思い出したのは、その2日後でした。 2日後それを思い出したとき、大きな杭がみぞおちにくい込んだような重く鋭い激しい痛みがみぞおちを襲ってきました。 でもそのときの私はその言葉を聞いていなかったので、おもいっきり能天気にリーと接することができました。 「明日になったら元気になるねー。もうすぐ日本に行けるねー」と、完璧にそれを信じて言っていました。 私たちは5/20から日本へ行くことになっていて、5/30にリーのワークショップを東京ですることになっていました。 一度目を覚ましたリーの体は汗ばんでいたのでTシャツを取り換えることにしました。 リーはTシャツを脱ぐため、私の助けを借りながらもほとんど自力で上半身を起き上がらせました。 Tシャツを脱がせて新しいのを着せる間、リーは力尽きてまた横になってしまっていました。 私は「あらら~~寝ちゃったのねー、ホラホラ起きてー」と、またまた能天気にリーの上半身を起こしました。そのときも私の助けをほんのちょっと借りただけで自分で起き上がっていました。 今、思えば、リーは最後の力を振り絞って私の言葉に従ってくれていたのです。 心配かけないようにするリーの精一杯の私への愛でした。 その後、リーは左にある電気スタンドを力強く握りしめ、私の目をまっすぐに見て、 「HOLD THE LIGHT !」と、ほとんど出ない声を振り絞って私に言ってきました。 まさかもう少しでアセンションするとは思っていない私は、 「電気を消したいの?」と言いながら、スタンドの電気を消しました。 するとリーは力強くNOと首を振ります。 「あら違うの?」と言いながらまた電気をつけるとニコッと笑いながらYESというように首を縦にふりました。 そして目の前にあるもうひとつの点灯している電気スタンドを右手で力強く指さし、左手はしっかりと電気スタンドを握りしめたまま、私の目をしっかり見てもう一度、 「HOLD THE LIGHT !」と力いっぱい伝えてきました。 そして思いっきりの笑顔を私に残して眠りにつき、6時間後の午前2時52分、私の腕の中で私に見守られながらアセンションしました。 リーは最後の言葉を私に一生懸命伝えていたのです。 「光を持ち続けなさい」 「光を維持していきなさい」・・・と。 リーは最後の最後まで、アセンションの道を私に見せてくれました。 ときどき、私はリーに 「私たち夫婦って本当に先生と生徒だわ。まったくスイートじゃないわっ!」と甘えのような文句を言っていたこともありました。 でもそれは愛情の情に振り回されない、深い無条件の愛からの行動だったのです。 ここまで私を手とり足とり自分の生まれてきた目的にそって生きられるように導いてくれたリーに心から感謝します。 ありがとう。Lee・・・。 あなたはすばらしい夫であり、私の最高のティーチャーでした。 「ハニー! アイ・ラブ・ユー!」 今Leeは、アセンディッドマスターLipoとして、弟7光線でセイント・ジャーメインと一緒に仕事をしています。そして人々のネガティブなカルマを燃やして聖なる光に変えるための手助けをしています。 5/30に Lipoがすることになっていたアセンディッドマスターのワークショップは、Lipoの意を継ぎ私が追悼ワークショップというかたちで行います。 ダイナビジョンさん主催です。 詳細は以下のとおりです。 http://www.dynavision.co.jp/lipo2009_05.html突然のLipoのキャンセルでダイナビジョンさんには本当にご迷惑をおかけいたしました。そして私がワークショップをすると決めたときにもあたたかい励ましをいただきスムースに実現へと運んでくださったそのサポートに心から感謝いたします。 そして追悼ワークショップに申し込んでくださっていらっしゃる方々に感謝いたします。当日お会いできるのを楽しみにしております。 また、たくさんの方々から励ましのお言葉やメールやサポートを頂いております。 ひとりひとりにありがとうと伝えたいのですが、今は、なかなか言えない状態です。 この場をお借りして、皆様に心より感謝を申し上げます。 そのお言葉とサポートが今の心の支えとなっています。 皆様からの温かいサポートのおかげ様で私とリーは生かされています。 いつも本当にありがとうございます。 どんなときも太陽が昇り、新しい1日が始まることがうれしいです。 今日も素敵な光いっぱいの一日に感謝です。 そして、どんなに深い虚無感やさみしさがあっても時間が癒してくれるということをすでに10日間が経った中で実感しています。 たんたんと流れる時の流れに感謝です。 ☆ありがとうございます☆ 人生ってすごいね。 おもいっきり魂が望む道を生きていこうね。 ☆ありがとうございます☆ 「さてとっ! 明日もリーのスピリットとともに光に向かって歩いていくぞー!」 ☆ありがとうございまーーーーーす☆
2009年05月25日
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いつものごとく巡礼の旅は夜が遅くて朝が早い。睡眠時間が本当に少ない。いつも自然とその生活に慣れていってしまうのが自分でもすごいって思ったりする。夜の10時にグランドキャニオンのホテルにチェックインした後、明け方3時に起きて4時にグランドキャニオンの日出のセレモニーに向かった。日の出セレモニーはグランドキャニオンの底に住んでいるハパスパイ族によるダンスと歌によって行われた。本当に美しい日の出とセレモニーだったが、ものすごく寒かった。冷蔵庫の中にいて強風にセットアップされた旋風機がすぐそばでがんがん回されているかのようだった。あまり参加者は防寒対策をとっていなかったので、とにかく寒さの中、ただテンションを上げることが唯一の防寒対策となりドラムに合わせて踊りまくった。グランドキャニオンの日出のセレモニーの後、ナバホの聖地に全員が向かった。だが多くの人は道に迷わされた。まるで目くらましにあったようだった。私たちもセレモニーの会場のすぐ近くにくると、心に迷いが生じてまったく違う方向に動かされてしまった。結局たどり着けたのはセレモニーが終わるころの夕方だった。また何人かは、グランドキャニオンからナバホまでの道とはまったく逆方向のフラッグスタッフという町まで行かされた。その方向に進んだ人たちはすぐには気付くことができず、2時間近く走ってようやくフラッグスタッフの町について気づいたという感じなのだ。ナバホの土地でのセレモニーの2日間にわたって、ホピとナバホの土地に尋常ならぬ突風が吹き荒れた。荒野の砂嵐は本当にすさまじかった。今までこの土地に何度も来ているがこんなのは見たことがなかった。目や口に容赦なく砂が入ってくる。ほっぺたに当たる砂粒がとても痛い。大地の砂が舞い狂いあたり一面砂色で視野がとてもせまくなる。まっすぐ立って歩くこともままならない。見えない何かの影響にあっているようだった。そんな中、私たちはそれぞれが中心に居続けてセレモニーを続けた。80歳になるマヤのアレハンドロ長老も力強く風の中に立ちメッセージを伝えていた。「フラワー・オブ・ライフ」の著者、ドランヴァロ・メルキゼデクも全般にわたって参加されていた。ドランヴァロは常に奥さまと手を繋ぎあい静かにセレモニーを見守っていた。まるで二人でサポートしあいながら全体的なバランスをとっているかのようだった。私の夫のリーも体調が許す限り参加していた。ナバホでは強風すぎて車の外には出られなかったが、車の窓を少し開けてことの成行きをすべて聞き見届け、車の中からエネルギー的にサポートしていた。日本からは、北海道アイヌのアシリ・レラさんと沖縄の神人(かみんちゅ)の比嘉ご夫妻が参加された。レラさんは朝一番のセレモニーで、セドナの土地に眠り思うように昇天できない魂たちに働きかけ、また光をここにおろす儀式をされた。比嘉さんご夫妻は沖縄の祈りと歌、そして奥様の里佳さんの口をかりて神からのメッセージを伝えた。比嘉良丸さんのお母様は広島で被爆された方。その原爆は私たちがセレモニーをおこなったナバホの土地から採られたウランだった。長老たちや参加者は、なぜ今ここに良丸さんがいらして、そしてホピの村ではなくその隣のナバホの土地でセレモニーをすることになったのかをそこで深く理解した。私たちは、古から続くこのカルマをこうして解消する必要性があったのだ。さらに掘り下げていくと、それはアトランティス人とレムリア人との間のカルマから続くものであり、本当の世界平和をもたらすためにはそこから癒される必要があるのだ。アトランティス人とのつながりを持つアメリカ人やネイティブアメリカンと、レムリア人とのつながりを持つ日本人がこうして一つの場所それもナバホの土地で祈りを通して交わることがとても大切だったのだ。歌手のサンプラザ中野くんも最初の2日間に参加して、セドナの会場で大熱唱による祈りをささげた。ナバホでの祈りの2日目の午後、私たち日本人9人はセレモニー会場を離れ、ホピの聖地へ行くことに決めた。本来はホピで行われるはずだった集い・・やはり私たちだけでも行くことが大切なのでは・・ということになった。ホピの預言の岩の前で日本人9人が並び世界平和と統合の祈りをした。すべてが終わった瞬間、すぐそばで鳥が9回鳴き、その後、一瞬左から右に風がビュッ!と吹き抜けて行った・・。祈りがうまく届いた気がした。その後、ルーベンの家に立ち寄ったら、ちょうどいろいろな国からやってきた人たちが集まり始めているところだった。私たちはまるで前から予定されていたかのように家の中に入り話の輪に加わった。素敵な穏やかな時間を過ごした。翌日のヤバパイの聖地でのセレモニーも私たちはパスすることにして、ホピ族の祖先が住んでいたウパキ遺跡に行き、そこで私たちなりの祈りをすることにした。私たちがホピの村とホピの先祖が住んでいた場所を訪れることがこのイベントにとって、とても大切なように思えた。ウパキ遺跡には大地が呼吸する穴がある。地表の気圧によってその穴から空気が吹上がったり、吸い込まれたりする。この日は吹き上がる日だった。この吹き上がる空気はかなり強い。スカートをはいてその穴をまたぐとスカートが全部上にめくれあがってしまうほど・・。セレモニーではみんなスカートをはいていたので、女性はみんなマリリンモンロー状態になってその風と戯れていた。そしてその風は体中の滞っているところや、ネガティブなものを吹き飛ばしてくれる。きっとホピのご先祖さまは、母なる大地が呼吸するこの癒しの穴があったからここに拠を据えたのだろう。その穴で体を清めた後、昔から存在しているセレモニー場に移り、そこのスピリットに許可を得て私たちなりの祈りをした。すべてが終わったとき、みんなへロヘロに疲れてしまった。かなりお仕事をした感じだった。そのまま車に戻るはずだったが、また大地の呼吸する穴に戻り、風を全身に浴びて癒してから戻ることにした。かなり重くて疲れていた身体がこの風を浴びることにより、すぐさまスッキリと癒されていった。母なる大地からのありがたいギフトだった。昔の人たちはこうしてこの風でいつも体をお清めしていたんだなぁ・・って実感した。そして癒された後、みんなかなり空腹なことに気づいた。そのまんまおいしいスパゲティー屋さんに直行して身体にたっぷりとエネルギー補給を済ませ、夜セドナに戻った。翌日からはまたみんなとのセレモニーに合流した。この祈りの集いが終わりに近づくにつれ、みんなの輪がさらに強くなっていった。祈りや歌、伝統、言い伝えなどを連日シェアしあうことで、すばらしい調和のエネルギーへと導かれていった。誰の顔にもやさしい満ち足りた笑顔が現れていた。最後の日、長老たちが宿泊していた、名づけて「長老村」で撮った写真には、いろんな部族の人たちがおもいっきりの笑顔で写っている。ボリビアの長老のひょうきんな振る舞いに沖縄の比嘉さんご夫婦やチベットのリンポチェ、メキシコのネイティブたちがともて楽しそうに笑っている。インカのサヤカ族のリーダーは日本の羽織をプレゼントされ、サムライ気分。みんなもそれにならい、「お控えなすって・・ポーズ!」でパシャリっ!同じくサヤカ族の兄弟姉妹たちと・・・。すばらしい調和の中、集いが終わりました。大成功でした。多くの方からの援助や寄付金のお陰さまがあってこそ、この集いが成功することができました。皆様から頂いた寄付金は、以下の長老たちの衣食住費用や交通費、渡航費、ビザ費用、儀式用の準備品、蒔き木代、ホテル代など必要経費として活用されました。この集いのリーダー、アダム・イエローバードも心より感謝しております。本当にありがとうございました。<参加された長老たち>○マヤ族(グァテマラより)○インカ族(ペルー・チチカカ湖より)○アイマール族(ボリビアより)○ラコタ族(サウス・ダコタより)○ホピ族(北アリゾナより)○ナバホ族(北アリゾナより)○ラマ僧(チベットより)○日本(沖縄神人・北海道アイヌ)○ヒンドゥ(インドより)○アルゴキアン族○エスキモー族(カナダより)○ケベック族(カナダより)○ヤバパイ族(北アリゾナより)○ハバスパイ族(北アリゾナより)○アパッチ族(ニューメキシコより)○オトミ族(メキシコより)○コギー/シエラ・ナヴァダ(コロンビアより)○アルワコ族(コロンビアより)○アボリジニ族(オーストラリアより)また、アメリカ、コロンビア、アマゾン、スペイン、トルテック、ガーナ、モルモン、イギリス、ドイツ、ユダヤ、ケルト、エクアドール、スコットランド、フランス、日本などからたくさんの方々がこのイベントに参加されました。ありがとうございます。ここに参加されなかったけれど、ご自分たちのおられるところでそれぞれの祈り方でこの祈りに参加してくださった方もたくさんいらっしゃいました。ありがとうございます。お陰様で日ごとに祈りのパワーが増していくのを肌身で感じていました。感謝いたします。この祈りの巡礼が終わり、また一つ私の中で扉が開いたのを感じました。まだ何の扉なのかはわかりませんが、ありがたいものということはわかります。それが出てくるまで楽しみに待っていようと思います。次は、今年の11月頃にガテマラで長老たちによる祈りの巡礼が予定されています。そのイベントの情報が分かり次第また日本に向けて発信していきます。これからも日本とネイティブアメリカンとの架け橋のお手伝いをしていきます。いつもたくさんのサポートを本当にありがとうございます。たくさんの感謝とともに・・・。☆ありがとうございます☆
2009年05月12日
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皆さまのおかげ様を持ちまして、「The Return of The Ancestors」長老たちによる平和の祈りの集いが無事に終了しました。たくさんのサポートをありがとうございました。日本からは80名近い方が参加してくださり国際色豊かな実りある集いとなりました。本当に濃い怒涛のような10日間でした。終わってからしばらくは普段の生活に戻ることができず、今、よやうく戻って来た感じです。この祈りの集いは、マヤとホピの預言でも言われていたことの実現であり世界平和に向けての大切な祈りでした。大切であれば大切であるほど、光が強ければ強いほど、それに反対する力も強いということを身にしみて経験しました。それはこのイベントが始まる前から如実に現れていました。反対勢力に対して同じように反対するのではなく、光の道を行く人たちは、光のやり方でそれに対応していました。それを貫くのに一番大切なことは強い意思を持って「信じる」ことと、いつも「ポジティブに自分の中心に居続ける」ことでした。反対勢力たちは、ブラックマジック(←ダイレクトにこの言葉を使わせてもらいます・・)を使って、精神的に不安定な子どもたちとエゴの強い大人たちをマインドコントロールという形で使ってきました。使われた子供たちがかわいそうでした。無意識のうちにすべてを破壊に導く方向へと動かされていました。私たちはそれに対してしかることはできませんでした。大きく受け止め、ハートから抱きしめることだけでした。イベントの後半になるにつれ、一人ひとりの光が強まってくれば強まるほど反対しようとする闇はさらに強まってきました。聖なる火を中心にして輪をつくり長老たちが順番にシェアしているとき、いきなり白人の男性がとりつかれたかのように政府の名を使って、あるネイティブの部族を攻撃してきました。その部族の長老は下を向いて静かにそっと涙を流していました。同じタイミングのとき、日本人グループに向けて通訳をしている私に、「通訳がうるさい邪魔だ、みんなまとめてあっちに行け・・」というようなことを私のすぐ後ろにいた女性から強い口調で言われました。その瞬間、私のハートはキューンって苦しくなって閉じそうになってしまったけれど、意識してハートの中心にいるように心がけました。とにかく、その時のその場の空気は異様で、ドロドロした重たい空気に包みこまれてしまったかのようだった。そのとき突然、このイベントのリーダー、ICA代表アダム・イエローバードが場の中心に現れ発言した。「今、僕は、どうしようもない変なエネルギーに包まれ、身体全身が震えています。まったく心地良くありません。みなさん、今一度、母なる大地と繋がり、父なる空と繋がり、深呼吸をしてください。光をこの場に降ろしてください・・。」アダムは自分の言葉でそのまんま感じることをシェアした。それはみんなのハートにまっすぐに届いた。その言葉でみんな我に帰った・・。騒然としていた場の空気が一瞬にして静かになり、一人ひとりが中心に戻ることができ、再びその場に聖なる空気と光が戻ってきた。アダムはいつも「ふわ~~」と柔らかい空気のまんまで、どこにいるのかいないのかわからないようなポジションを保っているが、いつもしっかりとその場の全体的なエネルギーを見守っている。「さっすが、アダムっ!」と思った。この祈りの集いは、セドナとホピの村で行われることになっていて、今回のイベントが、閉鎖的なホピの村が国際時にドアを開く最初の集いとなっていた。だが賛成派と反対派の対立はこのイベントが始まってもなおも引き続いていた。ホピでの開催予定日の数日前、ホピ族のルーベンがマイクを取り発言した。まっすぐ前を向いて、真剣に正直に今のホピの状況を語った。「ホピの村ではこの祈りの集いを催せなくなりました・・・ごめんなさい・・。この集いはまさしくホピの預言にもとづいた大切なものであるのですが、ホピの中で強く反対している人たちがいてホピでは実現することができなくなりました。実際、今のホピはとても病んでいます。アルコール中毒者、性的暴力者、やっかみ、ジェラシー、ブラックマジックの掛け合い・・。そういった今のホピの現状を健康的な方向へと導くきっかけとなったであろうこのイベントが恐れとエゴと権力を維持したい人たちによって反対されました。まったく恥ずかしいことです。このホピの現状を多くの人に語ってください。これが今のホピなのです・・。」と、ルーベンは涙しながら、彼のハートから等身大の彼の言葉で語った。会場はシーンとなった。誰もがルーベンの言葉の中にいた。私も泣いた・・・。長老たちも参加者の多くも泣いていた・・・。そして、みんなの心の中に「なるようになるさっ!大丈夫っ!」ていう、なんだか分からないけれど、ホピで行う予定になっている日を大きな心で迎える準備ができていった。結局、ホピで行われることになっていた3日間はホピの村の近くのナバホの聖地で2日間、ヤバパイの聖地で1日行われることになった。前日もしくは当日まで、どこでセレモにーが催されるのかわからない状態で、とにかく行き当たりばったりの、ただスピリットを信じてついて行くというまさしく字のごとく巡礼の旅となった。それはセレモニー会場にたどりつける人のみがセレモニーに参加できるということだった。私もそして同行していた日本人たちはそういう状況の中、どんな展開になっていくのだろう・・とワクワクしながら毎日を迎えていた。たくましい仲間たちだった。 ・・・ 次に続く・・・
2009年05月12日
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