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今日はジムのプールでちょっとトラブルが・・
いつものようにレーンで泳いだ後
水中トレーニングしながらほかの方とちょっとおしゃべり
すると一番端のレーンの様子が変
そのレーンは長距離泳ぐ方専用レーンで
ま~皆さんよくあんなに泳ぐなーって関心しちゃうぐらいです
そこで泳いでいたご老人
ちょっと強面で、はじめ怖かったのですが
そういう人とは先に挨拶しちゃえば大丈夫
何回か話して悪い方ではなさそう
そのご老人の泳いでいるレーンに
おば様が入って泳ぎ始めました
勇気あるな~と思ってなんとなく見ていたら
急にご老人が仁王立ちになって
泳いでいるおばさんを追っかけてきたではありませんか
そしておばさんを捕まえるなり
なんと突き飛ばしたんです
こわ~~~~い![]()
すぐさまスタッフに声をかけたのですが、
状況がわからず
(何のためにいるんだ
内心怒鳴ってしまいそうだった)
ことのいきさつはわかりませんが、
追っかけて突き飛ばすのも大人げないのでは・・・
こんな方には是非読んでもらいたいのが
ウィリアム・グラッサー博士の選択理論
これをある方が引用したものをちょっとアップしました。
誰もが生まれながらに持っていて、それを満たさないと
幸せを感じることができないような欲求(=基本的欲求) を5つ挙げています。
1.自由の欲求
自分の感情のままに自由に物事を選びたい。
強制や誘導をされず、自分で選びたい。
2.楽しみの欲求
楽しいことや好きなことをしたい。
好奇心を存分に満たしたい。
3.力の欲求
認められたい。
達成したい。
競争に勝ちたい。
4.愛・所属の欲求
愛し愛されたい。
仲間の一員でありたい。
5.生存の欲求
身の安全を守りたい。
健康でありたい。
たしかにこれらは、
誰にとっても大切な欲求ですよね(^^
人間関係において、
自分か相手のどちらかの(あるいは両者の)
基本的欲求が満たされないままであると、
その人間関係を良好な状態で維持するのは
とても難しくなります。
おたがいがそれぞれの基本的欲求の充足を妨げないことが、
ハッピーな人間関係を維持する上での条件なのです。
グラッサー博士は、
「人間関係がうまくいかなくなる根本的原因は、
相手を変えようとする(=コントロールしようとする)
ことである」
と言っています。
なぜなら、相手を変えようとすることは、
相手の基本的欲求のどれかを抑えつけることになるからです。
僕たちの、相手を変えようとする行動は、
「自分の欲求を満たすために、相手の欲求を抑えつけて
しまう行動」でもあるのです。
ですので、このやり方は、
一時的にはうまくいくこともありますが、
あとでうまくいかなくなります。
基本的欲求というのは、
一定期間は我慢して抑えることもできるけど、
抑え続けることはできないものだからです。
そこで少し考えてみましょう。
僕たちが相手を変えようとするときは、
自分のどんな欲求を満たすために、
相手のどんな欲求を抑えつけてしまっているの
でしょう?
たとえば、
自分の「楽しいことをしたいという欲求」を
満たすために、
相手の「安心感を確保したいという欲求」を
抑えつけてしまったり、
自分の「安心感を確保したいという欲求」を
満たすために、
相手の「自由に物事を選びたいという欲求」
を抑えつけてしまったり、
自分の「力の欲求」を満たすために、
相手の「力の欲求」を抑えつけてしまったり......
これらは誰もがけっこうやってしまっていると
思うんです(^^;
では、僕たちはどうすればいいのでしょう。
もう少し選択理論の話を続けます。
僕たちは、
「自分の基本的欲求が満たされた状態のイメージ」
を心の中に持っています。
これを選択理論では「上質世界」と言います。
上質世界とは、
僕たちの心の中にあるイメージ写真のようなもので、
そのイメージ写真には、
どのような方法で欲求を満たしたいか、
どのような経験をしたいか、
いっしょにいたいのは誰か、
何を所有したいか、
どんな価値観を満たしたいか、
などが描かれています。
そして、この上質世界の内容は、
人それぞれ、まったく違うのです!
たとえば、
「楽しみの欲求」の満たし方にしても、
人それぞれ違います。
ある人はゴルフで、
ある人は読書で、
ある人は映画で、
ある人は人と話すことで、
ある人は一人になることで、
ある人は惰眠をむさぼることで、
といったように、
満たし方が人それぞれ違うんです。
ですが僕たちは、
自分の上質世界を参考にして相手を
見てしまいます。
僕たちが相手を見て、
「相手は『自由の欲求』を十分に満たしているはずだ。
だって、自由な時間もたくさんあるし、
経済的にも余裕があるから、自由に好きなものを
買っているし、
さらに○○○だし、
△△△△もあるし......」
などと思ったとしても、
実際の相手は、
その「自由の欲求」が全然満たされていない
ってことがあるわけです。
僕たちは、
自分の上質世界を基準にして、相手のことも見て
しまうのですが、
相手は自分とはまったく違う上質世界を持っている
のです。
ですから、相手の欲求が満たされているかどうかは、
相手にしかわからないのです。
さて、少し話を戻しますが、
相手のことを変えることはできないのに、
僕たちは相手のことを変えようとしてしまいがちです。
それは、
「相手が変わることは、おたがいにとっても、相手に
とってもよいことだ」
という思い込みがあるからなんです。
つまり、
「自分は何が正しいかを知っているので、
自分が正しいと思う方向に相手を導くことはよいことだ」
という思い込みを持っているのです。
この思い込みこそが人間関係を悪くする原因である、
とグラッサー博士は言っています。
自分が信じる正しさは、
自分の上質世界から生まれてきたものであり、
その正しさは、
違う上質世界を持つ相手には適用できないものなのです。
このことが腑に落ちたとき、僕たちは、
相手を変えたくなる囚われから解放され、
「相手と自分は違う人間なんだ」という自立的な考えに
至るのではないかと思うんです。
グラッサー博士はこう言っています。
「相手を変えようとするのをやめ、
自分がどうするのが最善かを考えよ」
そして、自分がどうするかを考えるとき、
次の視点が重要になります。
「相手の欲求を抑えつけることなく、
自分の欲求を満たすにはどうすればいいか」
「自分と相手の欲求をともに満たすには
どうすればいいか」
つまり、
自分と相手の欲求をともに満たすことを目指し、
そのために、
相手が変わることを期待せず、
自分ができる最善の選択をしていくということですね。
このとき、
「私と相手の双方の欲求を満たすために私は努力する
のだから、
私も変わるけど、相手にも変わってほしい」
という思い(=甘え)も出てきてしまいますが、
こうして相手が変わることを期待し始めると、
また同じパターン(=相手をコントロールしようと
するパターン)を繰り返してしまいます。
意識をすべて、
「自分の選択」にフォーカスすることが肝なのです。