2003年12月27日
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カテゴリ: 読んだ本のこと
中野孝次という方も、私が敬愛する作家の一人である(といっても、直接 存じているわけではないが)。

決して多作なかたでは無いが、どの本も、繰り返し読みたくなる、不思議な魅力を備えている。

『生きたしるし』(文春文庫)は、様々な雑誌や新聞に発表された随想を集めた一冊。ほぼ十年ぶりに再読したが、改めて、この作者の、無駄な部分の全く無い文章を堪能した。

無駄な部分が無い、というと、無味乾燥で、あたかも学術論文のような、という形容ともとれるかも知れないが、決して、そのような意味ではない。

幼時の記憶、戦中時代の旧制高校での青春、愛犬との思い出、旅や登山(チロル、インド、スコットランド、ほか)、酒、碁、など、さまざまなことがらが、硬質であって、同時に、豊かな形容をも備えた文章で語られる。

私が最初に出会った、中野さんの本は、大学に入学した直後(今から、ほぼ二十五年前)の『ブリューゲルへの旅』であった。高校生の頃から、ヨーロッパ中世史に親しんで来た私は、絵画や彫刻などを見ることを好んだし、美術評なども多く読んできた。それらの評論では、芸術作品を対象物として位置付け、いわば客観的に述べることが普通であった。

ところが、『ブリューゲルへの旅』の作者は、絵画を、自分自身の中に引き寄せて語ることを通じて、そのまま自分の生を語る、というやりかたで、私を驚かせてくれた。芸術作品に接する際に、それがいわゆる有名なものであっても、自分と同じ場所に位置付けて見ても良いのだ、と知った、あの、十八歳の時の新鮮な驚きは、今もなお、私のなかに残る。

自分よりも三十六年、人生の先輩であるドイツ文学者に対して、失礼な言い方であると承知しつつ記すが、こうした事情から、中野孝次という作家は、十八歳の時から、私の中では、いくぶんか先輩である友人、として存在し続けている。





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最終更新日  2005年05月18日 23時21分08秒
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