Once In A While...

Once In A While...

2009.10.03
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大卒で就職して、その次の年に、茨木市で独り暮らしを始めた。

阪急茨木駅から徒歩(ときどき小走り)15分の「坂田文化」。

当時は、すでにワンルームマンション(5万円では無理)で独り暮らしというのが主流になってきていた。文化住宅・アパートというのが取り壊され、立て替えられる時代だった。
不動産屋曰く、付近では最後のアパートじゃないかと。あの場所はいわゆる同和地区だった所ではないかと今思い返す。

部屋数は10室で、私は2階のド真ん中の部屋に入った。2階の住人は、独居のおじいさん、私と同世代の男性、隣は空き部屋で、端は母子家庭。
1階の住人は、夫婦と子供という構成の、あまり上品ではない感じの人たちだった。

「文化アパート」というのは、洗面台がない。歯磨きを台所でするのは、最初は抵抗があった。トイレの後の手洗いはお風呂場で。
その代わりに6畳と4畳半の和室は、広いくらいだった。


世間知らずのまま、自治会にも入ってしまう。溝掃除の日も参加した。

ゴミ置き場の掃除当番が定期的に回ってくる。残業してクタクタの夜に、当番の札がドアに下がっている時はどっと疲労が増した。台所でバケツに水を汲んで、暗い階段を降り、少し離れた場所にあるゴミ置き場に水をまく。

そこへ行き着くまでに、老犬が1匹。もう声が出なくなっているのに、一生懸命吠える。ハフハフとしか聞こえない。
近所にもう1匹犬がいた。その犬には、魚の骨なんかを内緒でやっていた。そこのおばあさんは、その付近で唯一まともに話が出来る人だった。

大した部屋でもないのに、独り暮らしのヨロコビから、よく人を呼んでいた。結構面白がってたくさん訪問してくれた。

朝、つい家を出るのが遅くなると、ゼーゼー言いながら駅まで走る。自転車を使わなかったのは、置き場がないことと、駅に駐輪場を借りるのをケチるという理由から。夜は会社帰りに、駅近くのジャスコで買い物をして帰る。距離があるので、帰り着くまでにビニール袋の輪のところが中身の重みで細くなり、どんどん手に食い込んで痛い。

独り暮らしを決めた時、両親は当初「何で?」と言ったが、その後はいつもの両親の調子で励ましてくれた。「家賃払われへんようになったら、帰って来たらええやん。」と。ありがたかった。しかし結局、毎月きちんとやりくりして、そういう事態には至らなかった。





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Last updated  2009.10.03 23:31:20
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