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美容院を出て、エスカレーターを降りていたら、のびやかな歌声が聞こえてきました。広場でLIVEをしていました。通り過ぎることができず、立ち止まりました。心にしみ入る歌声に引き込まれ、ずんずん前に行って、聴き入りました。中孝介(あたり こうすけ)さんのことは、全く知らなかったのですが、すっかりファンになりました。どの唄もよかったですが、一番心に響いたのは♪思い出のすぐそばで♪です。映画「着信あり」の主題歌だったそうです。初めて聴いた中さんの唄が、生ギターでのLIVEというラグジュアリーなもので、ホントにHAPPYな一日でした。 LIVEの後、早速CDを購入しサインして戴き、握手もして戴きました。ものすごく純粋なパワーを感じました。これからの活躍を楽しみにしています。
2006.09.30
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わたしの大好きな岡本太郎さんの本です。 20年近く前に書かれたエッセイですが、古くささがまったくありません。「人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積み減らすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さをうしなってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。人生に挑み、本当に生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれかわって運命をひらくのだ。それには心身とも無一文、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。」
2006.09.29
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旦那と出逢ったんは、友達に誘われて行った盆踊りなんよ。うちは、行きとうなかったんじゃけど、友達がどうしてもと言うけぇ、渋々行ったんよ。それで、浴衣を着て化粧しよったら、なんか綺麗なんよ。「うち、こんなに綺麗じゃったかしら」と思うくらい。そしたら、旦那がうちに一目惚れしたんよ。やっぱり赤い糸はあるんよ。旦那がうちと結婚することになって、あの家がすごい変わったけぇね。その時期時期で、革命を起こさんといけんことって、あると思うんよ。あの家は、代々見合い結婚じゃったんよ。恋愛結婚した者なんて一人もおらん。みんな親のいいなり。 旦那もずっと親のいいなりできとったんよ。ずっといい子できとったのに、うちと結婚すると言い出して、「あの女が悪りい」ということになったんよ。「あの女と結婚するなら、勘当する」と言われて、勘当されたんよ。 お義姉さんや義弟は、家を建てるとか何とかかんとか言って、実家から援助してもらっとるのに、あの人は、うちと一緒になったばっかりに何もしてもらえんのよ。長男なのに・・・「あんたも、うちと一緒にならんかったら、何不自由なくあの言えで暮らしとったろうに・・・うちと一緒になったばっかりに苦労してから・・・」て言うたら、旦那は「いいんよ。あの家にわしみたいなんが、一人はおらんといけんのよ」て言うてね。 うちと結婚して、向こうの家からは勘当されとったんじゃけど、突然「お祖父さんが危篤じゃけぇ、帰ってこい」 て連絡があってね。旦那は頑として「帰らん」言うとったんじゃけど、うちの母親が説得してねぇ。「あんたの気持ちは、ようわかるけど、親も帰れ言っとるんじゃし、あんたもお祖父さんに可愛がったもらったんじゃろ。お祖父さんが会いたい言うとるのに、このまま会えんかったら、あんたも後が辛いけぇ、あんただけでも帰りんさい。あんたは血がつながっとるんじゃけ。あんたは、あそこの子なんじゃけ。その代わり、うちは一銭も香典は出しません」言うて、母親は香典を渡さんかったんよ。旦那は「おまえも一緒に行くなら行く」言うて、結局二人で行ったんよ。 うちが二十歳のとき、旦那を母親に紹介したとき「育ちが違うんじゃけ」て母親が言うたんよ。うちは、なんでかしらんけど、昔からボンボンに好かれてねぇ。つき合うた人は、みんなボンボンじゃった。そのときは「育ちが違う」の意味がわからんでね。 でも、結婚してようやくわかったんよ。「ああ、これが『育ちが違う』いうことか」てね。
2006.09.29
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結局何もできんで、あの人は離れていってしもうたんよ。 家に電話しても、「まだ帰っとりません」としか言われんし、居場所がつかめんのんよ。じゃけぇ「うちは捨てられたんじゃ」と思うたら、ショックでねぇ。後になって、男として恥ずかしかったんじゃろうねということに気づいたんじゃけど、そのときはわからんけぇ、三日間ご飯がのどを通らんかったんよ。半年くらいその失恋を引きずっとったね。半年後に別な人とつき合うことになって、親に紹介したとき初めて母親が「あの男は、どうしたんか」いうて聞いたんよ。それで、ようやく「うちゃあ、ふられたんよ」て話したんよ。そしたら、母親は「そうじゃと思うたんよ。ご飯食べんかったけぇ」て言うたねぇ。「だって、辛かったんじゃもん・・・」て言うたら「なーんで、それぐらいのことで」て笑うんよ。母親には、つき合う人は見せることにしとったんじゃけど、そのたんびに「おまう悪りいけど、ちいたぁ、うちに似合うた男を連れてこい」て言うてね。「もし、結婚とかいうことになったら、絶対向こうの親が反対するで」て断言するけぇ「なんでね?」いうて聞いたら「そりゃあ『家柄が悪りい』いうて言われるで」て言よったね。「おまえ、あいつと結婚するんか?」と聞かれて「わからん」て言うたら、「おまえ結婚するんなら、金がある男じゃないとつまりゃあせんで。あんな若いチャラチャラした男なんかより、十くらい離れた男の方がいいんで」とか言われてねぇ。でも、二十歳くらいのときに三十いうたら、おじさんとしか思えんで「やぁよ、そんなおじさん」て思いよったよね。
2006.09.28
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初めてつき合った人とは、海で会うたんよ。「海の恋は実らん」とかいうけどね。 十九のとき、友達と海に行って、その人の顔をぱっと見たとき「わぁ、すてき」思うてね。一目惚れなんよ。声かけたいけど、そんなことできんし・・・と思うたら、向こうの方から、友達に声をかけてきたんよ。「今から、カレー作るんじゃけど、手伝うてくれんか」言うて。もう、うちは、「行こっ、行こっ」言うて大喜びで、ずっとあの人に視線を送っとったら、つき合うことになって・・・初めて恋らしい恋をしたもんじゃけぇ「あの人に好かれたい」と思うて、自分をよう見せようとするわけよ。そういうのって、しんどいんよ。奥村チヨの♪恋の奴隷♪じゃないけど、あの人の望むような女になりたいとか思うわけよ。会いたいけぇ、しょっちゅう電話しとったねぇ。でも、バイトとかでおらんかったりして、なかなか会えんわけ。それで、会うたら「ええじゃないか」いうて、身体を求められるんよ。でも、そういうこところは潔癖じゃったけぇ「結婚するまでは・・・」て頑なに拒んだよ。「結婚するまでは、きれいな身体でおらんといけん」て思うとったし。でも、断りよったら、あの人と会う日も離れていくんよ。そのうち「ずっと断りよったら、あの人も離れていくかもしれん」とか思い始めてね。「こんなに好きなのに・・・好きじゃったら、あげてもいいわ。自分さえ、後悔せんかったら、いいんじゃけ」と思うて、今日言われたら「そうしよう」と意を決して会うたんよ。その日も求められたけぇ「いいです。好きだから」と事に臨もうとしたんじゃけど、どうも相手も初めてじゃったらしゅうて、ようわからんかったらしいんよ。うちは、さっぱりわからんのじゃけぇ、ただトドみたいに寝とるだけ。結局、何もできんかったんよ。 ・・・つづく・・・
2006.09.27
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アカデミー賞主演女優賞ノミネートも納得の作品。主演のフィリシティ・ハフマンが、肉体的に完璧な女性になろうとするブリー(元々の名前は、スタンリー)を演じる。最初のシーンなんて、女になりたがっている男にしか見えない! スタンリーという男だったときにできた子どもも、いつしか17歳。しかし、継父とのあるいきさつから母親は自殺。トビーは家出をし、NYで留置所に入れられたとの連絡から、二人は出逢う。しかし、女のかっこうをしていることから、とても父親とは言えないまま、LAを目指して旅する二人。その間、さまざまな出来事が起こる。そして、少しずつ心のベールをぬいでいく。二人のやりとりにしみじみできる佳作です。 そして、トビーを演じるケヴィン・ゼガーズが、すっごくイイ!リバー・フェニックスやディカプリオのデビュー当時を彷彿とさせる大器の予感? ラストの音楽も、ググッと胸に響きます。
2006.09.26
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母親と親父は、ようけんかしとったんよ。とっくみあいのけんかもしょっちゅうでね。けんかをするとき、親父は、必ず酒を飲んどってね。飲んで、親父がグダグダ言うと、母親は仁王立ちして、親父を見下ろして「飲んだときしか大きなことを言わん」「言うんなら、しらふのとき言え」いうて煽るようなことばっかり言うてね。口では、母親には到底勝てんけぇ、親父は暴力をふるうんじゃけど、母親も負けとりゃせんけぇね。それで、いつもとっくみあいのけんかになっとったね。こまいときは、それが怖いばっかりで、隅の方で、小さそうなっとったのをおぼとるねぇ。隅で泣きよったら両方に「うるさい!」て言われるし・・・そのうち慣れて、涙もでんようになったけど。 中のおにいちゃんが中学の頃、酒飲んで親父が母親を殴ろうとしたんよ。たまたまお兄ちゃんがそこへ帰ってきて、親父の胸ぐらをつかんで「今度こんなことしたら、打ち回してやる」とか、すごいこと言うてね。親父は、それでビビッてしもうて何もできんかったんよ。後で母親が「あのとき、一発殴っときゃあ、よかったんよ」て、言よったね。 うちが高校のとき、親父があまりにも母親に暴力をふるったんで、うちが親父を突きとばして、すごい文句を言うたら、「親に向かって、ひどいことを言うてから」て言うけぇ、「あんたが一回でも親らしいことしたことあるんね。親らしいことをした言うて、何したんね?」て言うたったんよ。そうしたら「何した無言うて、おまえを育てじゃないか」て言うけぇ、「あんたに育てられた覚えなんか全然ないわいね。あんたなんかおらん方が、よっぽどまともにええ子に育ったわいね。あんたなんかおらん方が、よっぽどましじゃ」て言うたったら、「親に向かってひどいこと言うてから」言うけぇ、「何がひどいんねぇ。親らしいことなんか、したことないくせに。うちゃあねぇ、人にあんたが『父です』なんて紹介するの、恥ずかしいわいね」て言うたんよ。親父いうたら、酒飲んで暴れとるだけっていうイメージが、子どものときからあまりにも強いけぇね。かと言うて、しらふのときは、おとなしゅうて、ただテレビ見とるだけでね。子どもに何か話しかけるわけでもないし。 給料袋もなかなか出さんけぇ、一週間くらい経って、母親がしびれをきらして「給料は?」て催促すると、袋の封が切ってあって、半分くらいしかないんよ。全部、飲んどるんよ。それで、大げんかになるんよね。「わしらがけんかするいうたら、みんな金のことよ。金があるんなら、好きなだけ浴びるほど飲ましてやるよ。金がないばっかり・・・けんかいうたら、全部金のことよ。世の中、金で愛情だって買えるんじゃけ。金で買えん言うたら、命くらいのもんかのぅ。でも、金で臓器だって変えんこともないんじゃけ。金がすべてよ」
2006.09.26
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「うちゃあ、ただで行くんじゃけぇ、あんたの世話にはならんのじゃけぇ」言うて、大見得きって、高校に行ったんよ。中学の時、ソフトボールの大会で優勝したけぇ、特待生で来んかいう学校があってね。うちゃあ、二つ返事で行くことにしたんよ。そのとき、母親は「ばかじゃのう。中学でちょっと優勝したけぇいうて、高校じゃあ、そうはいかんよ。きついのに・・・ただより高いもんはないんで」てさんざん言われたんよ。そしたら、ほんまに練習がきつうてきつうて、うちゃあ、とうとう貧血になって、病院通いよ。もう死ぬ一歩手前よ、血がなくなってから・・・しょっちゅうぶっ倒れるけぇ、「死にたい」思うたんじゃけど、「恋の一つもしてないのに」て死ぬのは、思いとどまったんよ。とにかく「二年だけ辛抱しよう。死ぬ気になったら、何でもできるわ」と思うて、そこでふっきれたんよ。その日は、朝から学校休んどったんよ。でも、ふっきれたれけぇ、昼から学校に行ったら、担任の先生が「おまえ、どうしたんや。『具合が悪いけぇ、休ませてください』いうて、お母さんから電話があったで」て教えてくれたんよ。何も言わんかったけど、母親は見抜いとったんじゃと思うて「はい、もうよくなりました。練習にだけ来ました」いうて、先生には答えたんよ。 家では、母親はそのことには一言もふれんかったね。 じゃけぇ、うちは「自分が決めたんじゃけ、二年間はがんばろう。そいで、この家を出て行こう」と思うたんよ。大阪に知り合いがおるけぇ、大阪に就職しようかと思うたりね。 そしたら、高校三年の夏に「あんた大学行かしてやる」言うんよ。うちは、就職するつもりじゃけぇ、受験勉強なんかしてないし、三年間クラブしかしとりゃあせんのじゃけぇ。ソフトで大学からのお誘いもあったけど、もう「ただより高いものはない」と思うとるけぇ、そんな気持ちはさらさらなかったんよ。「もう二度とソフトなんかせん」と思うとったしね。
2006.09.25
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本屋大賞を獲得し、今年映画が公開された小川洋子さんの小説。映画を先に見て、最近遅まきながら小説を読みました。 心にじわじわしみいる小説です。そして、ほんわか優しい気持ちが、余韻として残りました。博士と私が友愛数で結ばれているというエピソードやプロ野球選手江夏豊選手のエピソードなど深く心に残りました。 恋愛小説が好きなわたしだけど、「こういう友愛もいいなぁ~」としみじみ思いました。
2006.09.25
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高校生になったら、うちも母親に負けんくらい言い返せるようになってね。だんだん親と対等に言い返せるようになったんよ。 でも、母親は、「親に向かって・・・」とか言うことはなかったね。「親じゃけぇいうて、一つもえらいことはない」言うてね。「ろくでもない親なら、おらん方がええ。親がおらん方が立派に育つこともえっとある。ろくでもない親なら、おらん方がよっぽど子どもはまっすぐ育つ」てね。「でもね、親の顔を見たことない子に限ってね、どんな親じゃろういうて、一目会ってみたいとかいうじゃない」と、うちが言うと「子どもを捨てる親なんか、ろくなもんじゃありゃせんわい」て言うけぇ、「あんたでも、一回捨てようとしたじゃない」て、そんなことをよう言い合いよったね。そしたら、「よいよおまえが、屁理屈ばかりこねてから」言うけぇ、「屁理屈じゃない。ほんまのことじゃない。うちゃあねぇ、こっまい時、さんざんあんたに言われて、すっごい傷ついたんじゃけぇ」て言うたら、「なーにが、傷ついたよ。それぐらいのことで傷つきよったら、世の中生きていけん」 そういうのを聞いたら(世の中いうたら、そんな厳しいんか)いうて、思うたりしたけど・・・ じゃけど、世の中に出た方が、よっぽど周りの人が親切よ。すぐ褒めてくれるしね。
2006.09.24
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こまいときから、わけはわからんでも「自分で選べ」と母親から言われとったんよ。うちは「それでよかった」と思うね。そりゃあ、後悔することが全然ない言うたら嘘になるけど「あのとき、こうしときゃあよかった」とかは、あんまり思わんね。自分が選んだ人生じゃけぇ。充分に思い通りに生きとるわけじゃけ。 ただ、母親は意見は言よったんよ。「わしは、こう思う」いうてね。「わしは、こうしたほうがええと思うけど、まあ自分で決めんさい」そいで、自分で決めた後、よう言われよった。「おまえ、ばかじゃのう」いうて・・・・「そがぁに、苦労の道選ばんでも・・・」てね。後から考えたら、母親の言う通りなんよね。 でも、自分で選んだんじゃけ悔いはないし、たとえそれで苦労しても、苦労しただけは身になると思うしね。
2006.09.23
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小学校の時、とにかく母親が目立っとって、学校で「トモエさんの子か」て言われるのが、すごい嫌じゃった。ええことで言われるんならええけど、そうじゃないけぇ、じゃけ、参観日じゃ言うて、親に紙を見せたことがなかった。でも、六年生の時、一回バレて、母親が仕事着の白衣のまま来たんよ。そしたら、めったに来んもんじゃけ、先生がうちを当てるるんよ。すっごい嫌じゃったね。母親に「なんで来るんね」て言うたら「おまえ、参観日じゃいうても紙見せんけえよ」て言うけぇ「あんたが来るけいよ。じゃけ見せんかったんよ。あんたが来たら、おもしろがって先生がうちを当てるんじゃけぇ」 六年の先生は、えこひいきをする先生で、何かというと「トモエさんが・・・」言うけぇ、嫌じゃったね。 宿題に親に昔のことわざを聞いてこんと意見ことがあって、授業で当てられて答えたら「トモエさんが、そういうて言うたか」と言うてね。すっごい嫌で、言えにかえってそのことを言うと「あの先生がそんなこと言うたか。明日怒鳴りに行かんと」と言うけぇ「怒鳴りに行かんでもいいけぇ。言うたら、ひどううちに当たるんじゃけ」言うて、必死に止めたんよ。そしたら「ったく、あの若造が、生意気なんじゃけ」というような母親じゃったね。 うちが子どもの頃から、耳にたこができるくらい言われたことわざが『親の意見となすびの花は万に一つのちがいなし』でね。ずっと『万に一つ』じゃと思っとった。 ことわざの本で初めて「万」じゃなくて「千」と知って、そのことを母親に言うと「それくらい大きいゆうことよね。わしの歩いた人生から見たら、おまえの行く先なんて、ずっと見えとるんじゃけ。わしの言うことに従っとったら、間違いないんじゃけ」と言うたんよ。小っちゃい頃から、ずっと言われ続けたせいか、そのことわざが耳についてね。じゃけぇ、大事な時には、ふっとその言葉が蘇るんよ。
2006.09.22
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こまいときが辛かったけぇ、子ども時代がすっごい長かったよね。いろんなことがあり過ぎて、それを鮮明に覚えとるけぇね。普通、あんまり子どもの頃って、覚えてないもんじゃけどね。特に、学校に行くまで辛かったねぇ。うちが何をしたんかしらんけど、ようおこられてねぇ。怒られる度に心底憎たらしげに「おまえが・・・」て言われたんよ。 あの親父の子を産んだいうのが、よっぽど嫌じゃったんじゃないかねぇ。うちの親父いう人が、末っ子ですっごい甘やかされて育った人なんよ。母親は、「子どもなんか甘やかせて育てたら、ロクな子にならん」て言よったね。 甘やかされて育っとるけぇ、好き嫌いは多いし、気に入らんかったら手をあげる。でも、外面はいいんよ。その代わり家の中じゃあ、ムスッとしてねぇ。気に入らんかったら、すぐお膳をひっくり返しよった。近所じゃ「やさしいおじさんじゃね」で通っとったよね。そんな親父のことを母親は、「よいよ。外面ばっかりようてから。困ったときに、よその人が何かしてくれるんか。だいたい『まぁ~』とか言うて、猫なで声出す人間に限って、腹黒いんじゃけ。何が嫌いいうて、女の涙が一番嫌いよ」
2006.09.21
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とにかく、こまいときは怒られて、よう木のさしで叩かれよったんよ。それが痛うて痛うて泣いたら「泣くんじゃない!」て怒られるし。もう涙は出るし、痛いし、そしたら、たたみかけるように「『ごめんなさい』の一言が言えんのか」て言われるんよ。うちにしてみたら(そんな悪いこともしてないのに、なんでうちが謝らんといけんのん?)て思うとるけぇ、一言「ごめんなさい」と言やぁいいのに、言わんで、結局一回ですむところを三回くらい叩かれてから、「一言『ごめんなさい』て言やぁすむものを、よいよ根性の悪い」て、よう言われよったね。
2006.09.20
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「ランドリー」といえば、2002年森淳一監督の『Laundry』。窪塚洋介主演で新人だった小雪さんが共演。二人を見守る 。おばあさんからおばあさんから譲られたコインランドリーを見守っていて出逢う二人の純愛ラブストーリー。吹石一恵さん、見たことあるかなぁ~。見たことなければ。是非!オススメです。 さて、吹石さんと言えば、車のCM かわいいですよね。スタメンのコメンテーターぶりも、さわやかでイイですよね。「ロッカーの花子さん」に出ていた頃から、変わっていないあの雰囲気好きです。
2006.09.20
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子どもの頃、嫌いな食べ物が出て、それを食べずにいると、母親に「嫌いなら、食べんでいいんよ」て言われてねぇ。「別にご飯は、三度三度食べんでいいんよ。おなかが空いたときに食べりゃあいいんよ。人間は、三日食べんかったけぇいうて、死にゃあせんけぇ。水さえ飲んどったら、一週間は生きられるんじゃけ」て、よう言われたもんよ。 少し大きくなってからは「食べたきゃ、自分で作りゃあいい。別に親が『ご飯ですよ』いうて、のぞけにゃいけんことはない。別に体が不自由なわけじゃないんじゃけ」て言よったね。 とにかく、うちの母親は「自分のことは自分でやれ」ていう感じじやったね。
2006.09.19
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BONNIE PINK のコンサートに初めて行きました。10周年祭りのコンサートで大盛り上がり! そもそもコンサートに行こうと思ったきっかけは、映画『嫌われ松子の一生』の♪LOVE IS BUBBLE♪が、すっごく気に入ったから・・・映画での使われ方も、すっごくよかった!ご本人も10周年祭りの一環で、女優さんとして、ちょこっと登場してました。その後、エビちゃん出演の資生堂のCM曲♪A Perfect Sky♪も、映像と音楽がピッタンコでしたね。 ベストのCD「Every Single Day」で聴いた以上に、のびのある声がよかったです。それに、関西人ならではのウィットに富んだトークで、楽しめました。Happy!!
2006.09.19
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”癒しというベールの下に、力強い筆者のメッセージが潜む 異色のファンタジー” 心に痛みを抱えた少女が、不思議の世界を冒険する。 自然の美しさ、たくましさ、豊かさのなかで、再び希望の光が・・・ 自分の居場所を見失っている人や魂のありかを探りたい人に、是非読んで戴きたい本ですm(_)m
2006.09.18
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モントリオール映画祭グランプリ おめでとう !!! 湯布院映画祭で「長い散歩」を見ました。 初老の男と少女のロードムービー。家を出て古びたアパートに引っ越してきた松太郎の隣室には、若い母親と少女が暮らしていた。ヒモらしい若い男も同居している。少女は、幼稚園や保育園にも行かず、ご飯もまともに食べていない様子。あるとき、奇声を発し部屋から飛び出した少女を追いかけていき・・・ 少ないセリフゆえの言葉の重み。映像の美しさ。自然と登場人物の心に寄り添っていく。旅の途中で出会う青年ワタルとの出逢いも忘れられない。ワタルを演じる松田翔太クンの瞳がイイ! モントリオールでひっぱりだこだった少女を演じた杉浦花菜ちゃんもイイ!でも、主演の緒方拳さんがとにかくイイ!ラスト、胸を締めつけられ涙があふれた。悲しいとかかわいそうとかそういう感情ではなく、魂に響いてこぼれた涙。 この秋公開なので、是非多くの人に見てほしいなぁ~。
2006.09.18
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「あんたなんか 産みたくなかった」て言われるようになったんは、随分小さいとき。学校に上がる前じゃったね。小学校三年くらいまでは、我慢できんでよう泣きよった。泣くまい思うても我慢できんし、泣くまい思うたら、よけい泣きじゃくるようになるし・・・そしたら、「泣くんじゃない」て怒鳴られるし・・・(泣くまい思うて我慢しとるのに)て思うたら、「こんな人、親じゃない」 小三にして、冷めた子どもじゃったね。そのせいで、まわりの子がすごく幼稚に見えたんよ。じゃけ、結構一人でおることが多かったね。一人でおっても、別に淋しゅうなかったね。一人で「なんで、生まれてきたんじゃろ」とか考えとったね。 四年生になったら、ご飯の支度をせざるをえんようになるんよね。母親が帰ってきて、ご飯ができてなかったら、「おまえは、何をしよったんか」いうて怒られるし、怒られて叩かれるのが嫌じゃけぇ、ご飯の支度をして、洗濯もして、(なんで、うちがこんなことせにゃあいけんのん)て思いながら、しよったね。ただ、母親も一日働いて、その後、田んぼに行ったり、畑に行ったりして、八時頃かえったてくるんじゃけぇ。しょうがないよね。 中学生になったら、それまで我慢した分、母親に言い返すようになったんよ。「あんたなんか、産みたくなかった」て言われると、「産んでくれってたのんだわけでもないのに、勝手に産んとせってから、文句言うたって、知らんわいね」て言い返せるようになったね。そうすると、「わしも、産みとうなかったよ。堕ろしとうても堕ろす金がないばっかりに産んでから・・・しょうがないけぇ、育てたんよ」て言われてね。そこまで言われたら、返す言葉がなかったね。「あんたなんか、産みたくなかった」て言われる度に(早く家を出たい)と思っとったよ。
2006.09.18
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