雨の日は音楽を

雨の日は音楽を

2021年12月09日
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カテゴリ: 歌曲
 若者はやっと気付く。そう言えば何と疲れているんだろう。さてどうしようか。嵐は強くなってきたし、このままでは寒くていられない。もうしばらく歩いてみよう。しめたあそこに炭焼き小屋がある。やれやれ、やっと座れる。

 ピアノの前奏は、左手と右手がトボトボ歩く様を示している。各小節の2拍目の右手のアクセントと左手のスタカートがよろめく若者の足音なのだ。 pp が続く。そして6小節目で伴奏が一度立ち止まる。そしてまたあるき出した若者が、疲れた声で歌い始める。第1連、2連が前半で、まだ嵐に追い立てられて進んでいる。

 しかし、Das Wandern fielt mich からは感情が高ぶり始める。しかしここでピアノ伴奏が pp になり、 Der Rucken fuhlte keine Last で激情を抑えるのだが、押さえきれずに Der Sturm half fort mich wehen と激発してしまう。この行の中間の "fort" が f になっていることに注目したい。嵐によって先に「進まざるを得ない」苛立たしさも表現したい。歩けば歩くほど、恋しい女の居場所から遠ざかり、もう戻るに戻れない苦境に立つ若者。

 5小節の間奏を挟んで、前半と酷似した後半に入る。歌い出し前のフェルマータは、ピアノが音を消してから歌い出したいので、筆者は伴走者にペダルを戻すように、そこはお願いしている。だって前半は休まずに歩いている途中だったのだから、フェルマータの末尾にかぶせて歌い始めるのが良いとおもうからだが、こちらはハナシが違いますもの。

 後半は小屋を見つけて休んでいると、雨風が凌げたが今度は心の傷が蠢き始める。前半と異なるのは、第3連の4行目の、 brennen が第1連の unwirtbarem と音が違う点である。この半音の差で、もう身も心も疲れ果てた若者の現状を表すものと考えられるのだから。

 第4連の終わり2行は、歌部分に leise と stark が交互につけられて、感情が高ぶったり、沈み込んだりということを表現しているのではないか。筆者は勝手に想像するのだが、この若者の狂気の前駆症状なのか。






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Last updated  2021年12月09日 22時20分05秒
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