雨の日は音楽を

雨の日は音楽を

2022年01月19日
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カテゴリ: 歌曲
​  若者は、炭焼小屋を出て再び歩き始める。しかし気づいてしまって愕然とする。この先に自分を待ち受けるものは、悲惨さか餓死だけなことを。お伽話だと、ちょうどそこを通りかかった、伯爵に拾われて屋敷に連れて行かれて、屋敷の細々とした家具調度も保守の仕事を与えられたりするのだろう。そして小間使いの娘と恋仲になり云々、となるのだろう。

 だが、「冬の旅」の描く世界では、親方の元から勝手に逃げ出した徒弟の運命は決定されている。職能組合ギルドの管理下であるから、先に務めた親方の紹介状なしで雇ってくれる親方などあり得ず、その業界では生きてゆけるはずもない。農家の季節的な手伝いの口は、積雪期なので絶望的だし、残るは町の外で活動する狩人、牧畜業者、大道芸人(最終24曲目の「老楽手」のような?)、水車小屋番人などの、都市の機能の外郭を形成していた人々の群れに加わるか、餓死しか無い。怒りに任せて親方の家から出奔してしまったことの意味が、11曲目の夢と現実の往復での落差を経験した今の若者には、この事実が重くのしかかって来る。


 炭焼小屋を出た若者は、ふたたび森をトボトボと歩く。樅の木の梢を鳴らして風が吹いているが、森の中は風が弱まるのでまだ歩きやすい(第1連)。

​ でも森が切れると町だ!町に入れば気持ちも上向くだろうと町に入る。しかし逆効果なことに気づく。当然のことながら、誰にも声を掛けられない。親方のところにいたときは「おや?ローゼン親方のところのハンスじゃないか!久しぶりだねぇ」「おいハンス。たまにはビールでも飲もうぜ。相談にのるよ」 ​(筆者注 人名は「冬の旅」には出てきません)​​ などと親しくしていた人々が周囲にいたのだが、その人々との繋がりまで自分が捨て去ったことに漸く気が付き、森の中での孤独感よりも、町の喧騒の中の方が、より孤独さを感じる(第2連)。​

 雪も止んで空は穏やかに晴れ、行き交う人々も活気に満ちている。嵐を避けて泊まった森の中よりも惨めになってゆくのはなぜ?と若者は自問する(第3連)。

 曲は最初のLangsamのテンポはそのままで終わりまで進む。町の中でもトボトボ歩いているということを表すべきだろう。伴奏のピアノもピアニシモで物憂げさが強調される。しかしEinsam und ohne Gruß. 「一人ぼっちな上に、誰にも声をかけてもらえない」と気づいたことから、感情は昂ぶり始めるAch! daß die Luft so ruhig,「ああ、これほど空も晴れやかなのに」から、クレシェンドする伴奏のトレモロのフォルテに合わせて、歌もピアノの激しさに応える。

 "Ach! daß die Luft so ruhig," 以下の嘆きが2度繰り返されていることに注目したい。2度目の繰り返しの末尾を見れば "elend" がメロディーとして強調されるのであるから、2度目の方は絶望感が深く表現されるべきであろう。

 周知の事実であるが、この Einsamkeit という曲で、シューベルトは一旦完結させようとしていたらしい。リーダークライスとして、12曲目の調性は1曲目と同じニ短調の曲として出版したが、13曲目から24曲目までの歌詞があることが分かり、最終的にはこの12曲目をロ短調に書き換えている。筆者は試験的にオリジナル版で歌ってみたが、少し明るさが出てきたなという印象であったので、心優しいシューベルトは若者に救いがあることを暗示しようとしたと、ミュラーの詩を解釈したのではないだろうか?しかし最終的には、13曲目以降も作曲したので、少し暗い感じが復活してしまったというオマケの話。












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Last updated  2022年01月19日 22時24分22秒
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