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~そして今~ を読む私の今までの話はこれでお終いです。たくさんの事に気付くのにずいぶん時間がかかってしまった様な気もするけれど考えてみると私はまだ人生の半分も生きてません。きっと数年後、読み返すとまた新しい発見があったりするかもしれない。それがちょっぴり楽しみです。まだまだ、これからどんどん先に進んでいける。どんどん成長していけると思う。なりたい自分を自分で作っていける。どんな自分になろう?と考えるとわくわくします。いつでも自分を好きだと言えるように、自分のなりたい自分をこれからもたくさんたくさん考えて行きたいと思います。
2004年05月27日
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chapter 62を読むサポート役、バトンタッチです。今まで私がやってきた事を考えると、彼もそれはそれは大変だったろうと思うけれど「後のことはよろしく頼んだ。」という感じでした。その後の事は本人達でないとわからない事ばかりで私の事とは違ってくるのであんまり書きません。次回が最終予定です。結構長かった様でいて、でも結構まとめてみると短かった様でもある、って感じです。
2004年05月20日
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chapter 61を読むそういえばこの男友達は、昔 彼女が入社した時から「新しく入ったあの子は可愛い」と言っていたっけ・・・。外見はきっと最初から好みのタイプだったんだろう。それが私も彼女も会社を辞め、彼と彼女とは連絡を取り合っていなかったけれど彼と私とは友達で、彼女がウチに住むようになってから2人は再会し、私から話を聞いたりみんなで遊んだりするうちに彼が「俺に何か出来るなら、やってあげたいと思う」と言ってくれるようになった。彼女を心から心配して助けたいと思う人が増えるのは私としても助かるし、嬉しい。彼は少し弱い面もあるけれどとても優しい人だから、きっと辛抱強く彼女を支えてくれると思うんだけどな・・・。
2004年05月19日
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chapter 60を読む彼女に直接「マコさんには怒られちゃったから、本当に思った事だけ言うようにしてるんだ~」と言われた事がある。「うんうん、すごく一生懸命考えて正直に伝えようとしてくれてるのわかる。それってすごい大変な事だって、私もやってきてわかってるからすごく嬉しいよ。私と違う意見や考えでも、そういう考え方もあるんだなって気付いたり出来るから楽しい。」そう言うと「そんな風に思えるんだ~。なんかすごいね。」と言われた。道が見え始めると進むのは早い。彼女はきっともう自分でどんどん歩いていくだろう。まだまだたくさん躓くだろうけど、私はその時だけ手を貸してあげられるようにしよう。きっと、彼女にはもう「頑張れ」と言ってもいい。
2004年05月18日
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chapter 59を読む何を言えばいいんだろう。どう言えばいいんだろう。何が出来るんだろう。どうしたら伝わるんだろう。どうしてわかってくれないんだろう・・・。もうそんなことばっかり考えてました。私がこんなにドアを叩いているのに彼女はちっとも私を受け入れようとしないのが悲しかった。結局、私なんか何の役にも立ちゃぁしないんだと思った。そう思っていた気持ちを行きの車内で義父に聞いてもらった事で私はかなり救われてました。その後も、旦那の両親は彼女を追い出したりはしなかった。迷惑そうな顔をする訳でもなく、ただ1度だけ「何かあった時にどこまでやっていいのかの度合いがわからない」という様な事は言われた。それは迷惑だというんじゃなく、なんだってしてやりたいけど親も居ない訳じゃないのに他人の自分達が出て行くので本当にいいのかと、少し迷っている様子だった。それでも、私が本気で彼女に向かっているのを応援する形は崩さないでくれた旦那の両親を改めてすごい人達だと思い、感謝した。
2004年05月17日
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「ただ生きている」という事にものすごく疑問を持つ時期が来る。答えが欲しくて、理由が欲しくて、見つからなくてイライラする、そんな時期が。自分が成長していくのに、絶対的な愛情を受けないと上手く先へ進めないのだろうと思う。だから、それをしっかり受け取る為にも子供は親を試す時期が来るのだと思う。それが上手く得られなければ得られないほど、どうにか受け取りたくてどんどんエスカレートしたりもするんじゃないかと思う。必死に自分の存在意義を見出そうと苦しんでいる最中だから混乱して何が欲しいのかも良くわからなくなったりする。生きていていいんだとすら思えてないのに、何が欲しいのかなんて考えられないよね。chapter 58を読む
2004年05月16日
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chapter 57を読む今になって思うと、母親の代わりは出来たかわからないけど友達の域はすでに超えてたなって思います。友達が、彼女に内緒で彼女の主治医に電話したり相談したりしないですもんね。彼女の主治医に感じていた「どうして先生の方から私に連絡を取ってきたりはしないんだろう」という不満感は、すでに保護者気取りだったんだなと今になって思います(笑)
2004年05月15日
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心の病にかかってしまう人は真面目な人が多いと思う。真面目で、そして視野が狭い。1つの方向に必死で立ち向かい、そこに壁があって進めなくてもその先になんとか進もうとしている。何度も何度もその壁に体当たりして身体をボロボロに痛めつけてそれでもその壁を壊せず、進めない自分をダメな人間だと思う。友達を見ていて、更に友達を通して今までの自分を見つめなおしてそう思いました。でも。どうしてそれほどその壁を越えなければいけないんだろう?いくらでも他に回り道があるのに。その壁は今の自分では越えられないのなら諦めてしまえばいい。それは進むことを諦めるのとは違う。他の道を進んでいけばいいという事。行く先はいくつも枝分かれしていて、どの道を歩くのかは自分で全て決められる。どの道も先に何があるかわからないけれど、進んだ道に大きな壁があったり崖になってれば戻ればいい。戻って、違う道を歩けばいい。ずっと先で同じ所につながってたりするかもしれないのだから。いきなり大きな壁を越えようとするんじゃなく、小さな壁をいくつもいくつも越えていればそのうちに力がついて越えられなかった壁さえも越えられる自分になる。自分が弱いんじゃない。たまたま大きな壁にぶつかってしまっているだけ。今の自分では越えられなければ違う道を探そう。それは逃げる事じゃない。違う道をちゃんと進んでいるのだから。
2004年05月14日
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chapter 56を読むもうほんと嫌いになりそうでした。暗い表情で人を羨んでばかりいて自分は何も動いていないと思った。苦しい場所に居るのならそこから移動しようとすればいいのに、と思った。抜け出したくて必死でもがいて、苦しんで、それでも手を伸ばし続けないとダメだと思う。諦めたらずっとそのまま何も変らない。ずっと苦しいままでいいの!?死にたいくらい今の状況が嫌なんでしょう?どうして自分で変えようとしないのよ!!何度もそう思ったけど・・・何故か、どうしても嫌いにはなりきれなかった。強い口調の言葉をぶつけるとドアをますます硬く閉じてしまう彼女にイライラを自分の中にとどめて出来る限り柔らかい口調でドアを叩き続けていくしかなかった。それ以外に私に何が出来るだろう?
2004年05月13日
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『幸せって遠くに見えると掴んでみたくなるけれどでもその中に入ってしまったら気付かない、雲の様なものかもしれません』高校の頃ただ漠然と色々書きなぐってたノートに、こんな事が書いてありました。何があってそう思ったのかも忘れてしまったけど今になってもそれ言えてるじゃん!って過去の自分に思ったりします(笑)青空にぷかりと浮かぶ真っ白な雲の上に、乗れるなら乗ってみたい。触ってみたいと思う。でも山に登った時なんかに濃霧に包まれると遠くから見たら雲の中に居る様な形になってると思うんだけどそれほどいいもんでもなかったり。雲の近くへ行ったら、もっと形のある素敵なものを掴める気がしたのにこんなもんかぁ~みたいな・・・。「幸せ」ってもっと劇的なすごいものかと思ってたけどもっともっと当たり前で穏やかなものだった。だから意外と自分が幸せの中に居る事に気付けないもんだと思います。空いっぱいに雲が広がっていると良さがちっともわからなくなったりするけれど青空の中に所々ぷかぷかと浮いているからキレイに見える。なんだか似てるんじゃないかなぁって、思うんです。「私は不幸だ」と思ってた時もあったけれど、そういう時にも幸せの素はあったはず。でも「不幸だーー!!」と思ってるとなかなか見つけられないし、不幸な出来事ばかりが引き立って「やっぱり私は不幸だわ」と思う。その逆で「幸せ」と思ってると幸せな出来事が引き立ってくる。そういうのに最近になってようやくわかった気がします。私は今でも雲を見るのが大好き。雲ひとつない青空よりも、雲だらけで青空が見えない空よりも、どっちもあるからどっちも引き立つ、そんな空が好きです。ちなみに、濃霧の中も今は結構好き。包まれて周りが何も見えない感じにただじっとして少し酔ってみたりしたい。その中で運転するのはすっごく怖いし、移動しなきゃいけないとしたら濃霧は危険なので嫌なんですけど(笑)
2004年05月12日
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chapter 55を読む生きているのがそんなにつらいのに、ただ生きている事がそんなに重要な事なのかわからなくなったりした。私は彼女が居なくなったら悲しいし、彼女に生きていて欲しいと思うけれど彼女にとってそれはいい事なのか?ただ生きているだけでそんなにつらいなら、彼女の好きなように、楽にしてあげた方がいいんじゃないかとすら思った。それでも放っておけなかったのはやっぱり自分を重ね見てたからだと思う。私にようやく見えてきた光を彼女にも見て欲しかった。最初、彼女の病気については両親に言ってなかったけれど少しづつ、お義母さんには話してました。彼女は明るい時と落ちてる時のギャップが大きかったし同じ家で見ててやっぱり覇気のないのがわかるのでお義母さんも心配してくれていた。
2004年05月11日
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chapter 54を読む不倫をしてる人の中にはこういうタイプの人結構居るんじゃないかなぁ・・・と思っちゃいます。既婚だとまた別だと思うし、全てがそうだとは当然思わないけれど・・・。でも私は基本的には不倫は反対派ですね。既婚者同士はお互いリスクも同じなのでどうぞご自由に、というかまぁバレないようにね・・・と思うくらいですが既婚男性で独身の女の子に手を出してるのはすごいムカつきます。独身女性の方が本当に「これは遊びだから」と思っているなら別にいいですけど。それでも彼女には誰かが必要だと思っていたのでやめろとは言えませんでした。苦しそうだったから出来れば違う人を見つけて欲しいと思っていたけど。人と付き合うっていうのは、しっかり人と向き合うっていう事。人と向き合うのは、自分自身をしっかり見つめないと出来ない事。私は旦那相手にそれを必死でやってきたと思う。それは今でも私は自分で「よく頑張った」と言ってあげられる事です。こういう場合はこうして欲しいっていうパターンをいくつも旦那に伝えていたので「お前はよく取扱説明書を俺にくれるよなぁ~。まぁわかりやすくていいけど、メモんないと忘れちまうよ(汗)」って言われてました(笑)しょげている時、黙って抱きしめて頭をなでたりして欲しくて、それは言ってやってもらっても微妙に満足感を得られないんだけど(笑)黙っていてもやってもらえないのでしょうがなく言ってやってもらったりもしてました。「別に何かあった訳じゃないんだけど、今ちょっと落ち込んでるんだ。ちょっとの間でいいから抱っこしてて。」とか言って。あぁ、それって今でもやってるな(汗)31歳にもなって「抱っこ」てすんごいバカっぽくて恥ずかしーんですよ!!でも言わないと欲しいものを得られないんだから伝えていかないと・・・、と思ってやってます。今自分がどう思っているのか、どんな状況なのかを話すと旦那はそれを解決しようとしてくれるらしく理由をアレコレ聞いてくれるんですが理由なんかほとんどの場合ないし、別に解決して欲しいと思ってる訳でもないのでいちいち「それは自分でどうにかするからいいんだけど、今ちょっとこうしてて欲しい」と旦那には何をして欲しいのかわかりやすく言うようにしてます。言うのも結構大変なんですよ。そんなんに付き合ってる旦那はもっと大変だと思うんですけどね・・・。まぁとりあえず感謝感謝です( ̄ー ̄;
2004年05月10日
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chapter 53を読む人に気に入られようとしすぎると、どうしても必要以上に褒め言葉を使ったり自分の気持ちを押し殺したりしすぎる。それをされた方ははたしてそれで本当に嬉しいだろうか。そうした事で本当に嫌わないでいてくれるだろうか。逆の立場になってみて初めてそうされた方の居心地の悪さを感じた。そうやって自分を隠し続けてる間は本当に深い友達なんて出来ないと思う。「人に好かれていたい」と思うあまりに深く知られる事を恐れて自分から線を引いているのに気付いてない時が私にもあったから彼女の気持ちはよくわかったけれど・・・。仲良くしてたい、と思っているのにそうされた方は結構寂しかったりします。本心で付き合ってくれないんだなぁ・・・って思ってましたね。まさに「人の振り見て我振り直せ」状態でした(笑)気を使っておどおどされると、すごくイライラしたけれど自分もそうだったから、嫌いになりきれなかった。人は自分を映す鏡ですね・・・。
2004年05月09日
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私の母親は今、ちょっと手術をして入院してるんですが私もそんな母の病院への送り迎えや手術説明などでしばらくバタバタしてました。私の結婚後、母は1人暮らしですが「自分の都合で1人になったんだから子供たちには迷惑をかけないように」と健康に気づかって生活しているようでした。まぁそれでも今回、病気が発覚したのですが・・・。「ほんとに真琴には色々苦労させちゃったのに、いつまでも大変な思いさせてごめんね」とか「でも、ホントに居てくれて助かるよ・・・」と言ったりします。鬼婆だった母はもう居ないようです(笑)すっかり可愛らしくなっちゃって・・・。そんな母がこんな話をしてくれました・・・。『真琴に、この話した事あったかしら・・・。今ふと思い出したんだけどお母さんね、真琴を妊娠した時、産まないつもりだったのよ。もう女の子も男の子も居るし、早く職場復帰もしたかったし、子供は2人で、もういいわよねって思ったの。それで手術を受けに産婦人科に行ったんだけど、そこの先生がすごく優しい口調で「お母さん、手術はいつでも出来るから、もう一晩だけ考えてごらん。もう1度よく考えてからまたいらっしゃい。」って言ったのよ。だからお母さん、そうだなぁって別に今日じゃなくてもいいなぁって思って考えながら帰ったの。そしたらお婆ちゃんが・・・お父さんのお母さんと当時は同居だったからバッタリ道で会ってね、「○ちゃん、(←母)なに考え事しながら歩いてるの?」って声かけられたの。そこで妊娠していて、でもおろそうと思って産婦人科に行ってきたって言ったらお婆ちゃんが怒ってねぇ・・・。「せっかく授かった命なのになんてことを・・・それで、もうおろしてきちゃったの?」って聞くから、先生にもう一晩考えてきてごらんって言われて帰ってきた話をしたら「あぁ、よかった」って、「子供が2人から3人になったから生活出来なくなる訳じゃないでしょう、いくらだって協力するんだから産んであげなさい」って言ってねぇそれで考え直して産む事にしたの。そうしたらその時、お婆ちゃんがこう言ったのよ・・・。「○ちゃんが考え直して、そうやって産まれて来る子だからきっとこの子が貴方達にとって1番役にたってくれる子になるわよ」って。・・・・今そんな事をふっと思い出しちゃった。あぁ、本当にお婆ちゃんの言う通りになったわ・・・って思って・・・。』話しながら母は涙ぐんでました。私は話を聞いて、産まれて来れた事に素直に「良かった」と思いました。母が産んでくれて、ここに今こうして生きていられる事に感謝しました。昔の私が聞いたら「要らない子供だったのかよ!」と思ったかもしれません。でも今の私はこの話を聞けて本当に良かったと思いました。母は私をたくさん悩んで育ててきてくれたんだろうな。産むか産まないかの時からずっと。「産んでくれて良かった。ありがとう」って言えました。すごく暖かい気持ちが湧く中で、私と旦那の子供も、もしもあの時(チャプター48参照)産んでいたらいつか今の私のように「産んでくれてよかった」と思う時が来たんだろうかと思ってなんだかせつなくなりました。
2004年05月08日
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ぼちぼち続きを始めて行きますね(笑)合間合間に雑談を折り込みつつ日記は進めていこうと思っとります。チャプターを増やした日はチャプターについてを書くって事で今日はチャプター52“同居”を増やしました。chapter 52を読むこうして結婚半年で旦那の実家に友達を連れ込む事に。・・・・・普通ありえねぇ(笑)旦那の両親の懐の深さというか肝っ玉のでかさにびびる私でした・・・。でも私もそんなに大変な事だと思ってませんでした。楽しくなるな~♪くらいにしか・・・(汗)彼女にそこまで近付くという事を、軽く考えすぎていた。
2004年05月07日
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私が家出した後に助けを求めた伯母、高校卒業に手を尽くしてくれた伯母、養女の話を持ってきた伯母、全て同一人物です。父には養女の話があった頃の話を聞いてみて父の事情は納得したけれど(チャプター50参照)あの伯母が、私の為を思って色々と動いてくれた伯母が、なぜ私を養女に出すなんていう事を父に勧めたのか私はずっと理解しかねていた。私にとって伯母は決して間違った事をしない頼りになる人、というイメージなのでそんな伯母が取った行動としてはいまいちピンと来ないものがあったのだ。なんだかスッキリしないものがあったので最近になって伯母にもあの頃の話を聞いてみた。養女にどうか、と言っていた夫婦は伯父の従兄弟夫婦だったそうだ。伯母にとっては親戚という事になる。姉である伯母から見て、弟(父)はすごく弱っていてとても頼りなく、私を任せておくのは不安だったそうだ。「真琴をもっと落ち着いた生活が出来る環境に置いてやらなければいけない」と思ったんだそうでその親戚夫婦の家ならば自分の目も届くから、という考えだったらしい。その話を聞いて少し納得したけれど、それでも養女っていうのは・・・と今まで書いたものを見直しながら考えていたら私は大きな間違いに気付いてしまったんです。今までチャプター17に“養女”を書いてチャプター18から“家出”、19“絶望”、20“行き場所”、21“家族会議”と続いて行く様に書いていたけれどこの順番はきっと私の覚え違いだ。10年以上前の事だから私の頭の中では順番も入り乱れているんだけどきっと最初に18・19の家出騒動があり、20で伯母に助けを求め、21でとりあえず父の居る自宅に戻った後に養女の話があったんだ。伯母はひとまず私を父の元に帰したけれど「家には帰りたくない」と言っていた私の言葉が心に残っていて、ずっとどうにかしなくてはと思ってくれていたのだろう。私の気持ちを最大限に尊重してくれて養女の話を持ってきてくれたのだ。私が当時一緒に暮らしたくなかったのは父ではなく兄だけだったけれど兄にされていた事は伯母にすら話す事が出来なかったし、伯母は「家に帰るのは嫌だ」=「父と暮らすのは嫌だ」と思ったのだろう。そう考えると伯母が養女の話を持ち出したのがすごく納得行く。これを書いていてようやくそんな事に気付くなんて!!やっぱり私は何にもわかってなかった。周りがどれだけ私の事を想い、どうしたら1番幸せかと悩んでくれた事を今更になってようやく少しづつ、そうだったのかと気付くなんて。本当に今更ながら伯母の大きさには頭が下がる・・・。と、いう訳で本日17~21に関して内容と日記を動かしました。。。例のごとく日記につけてもらったレスは動かせないのでそのままで(汗)
2004年05月06日
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チャプター51まで書き終わった訳ですが、今の私が出来るまでの土壌はこれでとりあえず完成しました。今の私は31歳です。28歳で結婚して今に至るまでに3年・・・。落ち着き始めたらかなりのスピードで安定したなって思います。今は不安定になる事もほとんどなく、前は、あれだけ泣きわめいたりしていたのにそういえばここんとこ泣いてないな。って感じです(笑)これから友達の話に移っていきますが、これもまた私が成長するのにかなり重要な出来事だったと思っています。その話は、少しペースを落としてゆっくり書いていくかもしれません。なんせ自分だけの事じゃないので上手くまとめていける自信がいまいちないんです(笑)あくまでも私の視点で書いていくしかないなと思ってるんですが。もうちょっと文章を煮詰めるまでは日記だけの更新にしていくかも。それでも普通の日常日記ではなくて、チャプター51までの補足というか、おまけみたいな感じで書いていきます(´∇`*)
2004年05月05日
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chapter 51を読む本当にいい両親に恵まれたと思う。安定した空気の流れる家に住んでいる、それだけでずいぶんと心が落ち着いて行くものみたいです。旦那の両親と同居、と言うとだいたい「大変じゃない?」と言われるけれど私にとっては、すっかり自分の親のような感覚でいます。嫁なのにいつまでも甘ったれでやばいかな~と思うことも時々あるけどお義父さんもお義母さんも 娘だと思ってくれているのが感じられてとても嬉しい。旦那は1人っ子で、旦那の両親にしてみたら娘というのは私しかいない事になる。それもまた嬉しかったりして♪旦那と軽い喧嘩をした時もお義母さんとおしゃべりして気分転換をするくらい私の中では安心感を持てる場所となりました・・・。この家で暮らす事で私はぐんぐんと落ち着きを取り戻したように思います。
2004年05月04日
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chapter 50を読む結局、人の気持ちなんて聞いてみないとわからないし言わないと伝わらない。誰に対しても、もっと素直な気持ちでストレートにぶつかっていればこんなに思い悩む事もなかったのではないかと思った。無理に強がったり、大人になろうとしなくてもいいのだ。つらい気持ちはつらいと言っていいし、言ったら困らせるのではないか等と考えなくてもいい。いつでもそのままの自分の気持ちを人に伝えるようにした方が変にこじれたりしなくて済む。それが結果的には1番、人に迷惑をかけない方法であると思う。「私はこう思っている」と人に伝えたからといって、「だからなんとかしてくれ」という事には繋がらないし、それはちっとも我侭な事なんかじゃないと思う。ぶつかって拒否されるのが怖かったんだと思うけれど、受け入れてもらえようと、もらえなかろうと伝える事は大事だった。誰だって出来ない事は出来ないだろうし、出来る事ならばやってあげたいと思うもんだと思う。自分の気持ちを押し殺して、周りに解りにくくして相手にこう思ってるんじゃないか、こう考えてるのかもしない、と悩ませるよりはよっぽど親切だし、こっち的にも解ってもらえてた方が楽に決まってるんだから。
2004年05月03日
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chapter 49を読む1人で居る時間を楽しめるようになるとすごく楽でした。どうしても1人で居ると寂しさでいっぱいになってウツウツしてしまっていたので・・・。やっぱり寂しがりなのかなぁ。どこかに、誰かに依存してないといられない人だった気がします。頑張ろうと思えば思うほど、頑張れないでいる自分・・・自分なんだけど自分の意思とは違う感情の部分が抑えられなくてそれが許せなかった。今、リスカしてる人が結構多く居るなぁと思うけれど私の腕を机に打ち付ける行為はそれに似てるのかな、と思ったりします。だから想像でしかないけれどなんとなくリスカをしている人の気持ちはわかる気はする。・・・それでもやっぱり、わかる気がするだけで全然的外れかもしれないし勘違いかもしれないし、完全にわかりはしないんだけど。もしも同じなんだとしたら、頑張ろうと思えば思うほど、このままでいちゃいけないと思えば思うほど、自分の感情の部分をどうにかしたくてそういう行為をしてしまう気がします。心の病気にかかっている人に「頑張れ」とは言っちゃいけないと良く聞きますが本人的にはものすごく頑張って自分自身と戦っているので『これ以上頑張れって言うの!?もう頑張れない!!』と思うかも。頑張る方向がちょっとズレているというか・・・どこに頑張るパワーを向ければいいのかわからないでいた気がします。だから支える側の人は具体的に1つだけ、何を頑張るのか示唆してあげるといいのかも、と思いますです。私はそうして欲しかったし、通販の手作りキットを作る事をそれにしてたかも。切るなとか痛めつけるのをやめる事を目標にするのは違う。それでは何かを頑張っている満足感みたいなのが得られないし、自分を認めてあげるネタにならない。それは何かを頑張る為に苦しんで行う行為だから。それは出来ればあんまりしないでいられるといいね、くらいにしておいて他に何かコレを頑張ってやってみよう、ってそばで励ましてくれて出来たものをちゃんと見てくれる、ちゃんと褒めてくれる、そういうのがすごく欲しかった。これらはあくまでも私的な意見なんで他の人に当てはまるかわからないんだけど・・・ここを見てくれている今苦しんでいる立場の人や、昔苦しい立場に居た人に「私の場合はこうだ」と思う気持ちを聞いてみたい。私とはどこがどう違うのか、どういう部分に同じだと思うのか・・・。きっと人それぞれだと思うから、良かったらBBSにカキコくださいまし。人に見られたくなければメッセージでも、TOPにメアドも載せているのでそちらでも構いません。声を聞かせてくれると嬉しいです。。。
2004年05月02日
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この後、旦那から責められるような言葉は一切聞いていません。手術が終わった後も、私の意志でそうしたのに「お疲れさま」と言っていたわってくれました。彼が気持ちの中でどう整理をつけたのか・・・。本当に本当に申し訳ないし、そんな彼の気持ちがとても有難いです。早く答えられる自分になりたいと思った。人が亡くなってしまう、という事が上手く理解出来なかった。過去に「こんなに苦しいなら死んじゃいたい」と何度も思っていたし失ったら自分が壊れてしまうほど誰かを大事に想っていなかったのかも。普通に悲しいとは思ったと思うし、涙も出たと思うけど本当はもっともっと、重みのあるものなんじゃないだろうかと思ってた。どこかで軽く考えている気がして自分を「おかしい」と思ってた。今は・・・今もあんまりわかってはいないのかも・・・。でも何事も、それがどれだけの事なのかっていうのは実際経験してみないと心から本当に理解するなんて出来ないもので、結局、想像するのが精一杯だろうと思っているので想像力が足りなかったのかも。人の話を聞いて“もしもそれが自分だったら”と置き換えて考えてみる能力が。これはなんでもそうだと思う。人がどれだけ辛い思いをしているか、っていうのはやっぱり本人にしかわからないと思う。でも、その人を想う気持ちがあるからその人の話を聞いて、同じ立場だったらと想像して、辛い立場に置かれている友達や家族や好きな人が、悲しい苦しい思いをしている事を悲しいと思う。もしも自分が似た経験をしていれば、昔の自分を思い出す事でより近い感情を想像する事が出来ると思うけれどそれでも全く同じではないからやっぱり想像でしかないと思う。結局、それが限界じゃないかと今は思っている。~せっかく前向きになったチャプターを読んでホッとしていただいた皆様には申し訳ないんですが歩き出してしまえばガンガン先に進んでいけるかと言うとそうでもなくてまだ安定するまでにはしばらくかかります。~chapter 48を読む
2004年05月01日
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ぐるぐる回る暗い暗い輪っかの中に、ようやく光が見えた気がした。あの光に向かえばいい。これで私はもう、ここから抜け出せる。きっと抜け出せる・・・!!嬉しかった。ワクワクしていた。光の先にあるのはなんだろう・・・。今日はなんだかたくさんの人にBBSの書き込みをいただきました。訪問お礼だけじゃなく、読んでいただいて、更に感想を書いていただいた皆様本当にありがとう。BBSで個々にお返事はするつもりですが、本当に本当に嬉しい。感謝です(T▽T)今のすっかり元気な私になるまで、もう少しかかりますが今後もよろしくお付き合いくださいませ m(_ _"m)ぺこりchapter 47を読む
2004年04月30日
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この話はもっと上手く書きたかったなぁーー。なんか自分で書いといて納得してないというか(笑)いまいちわかりにくい感じ。もっと細かく何があったのか書きたいんだけど、長くなりすぎてしまうし今の私の視点で書くとすっかり笑い話になってしまうのでどう書こうかとかなり書き直したりしてるうちにUPする日になっちゃった感じです(;´д`)トホホなるべく本当の自分を彼に見せるようにしてきたけれど、本当に本当に言いにくい事は、この日まで結局言えてなかったんですね。「どうしてわかってくれないのだろう」と思う前に、ここまで必死で誰かにわかってもらおうとした事もなかったので。私がここまで一生懸命伝えようとしてるのにわかってくれない、と思ったらすごい頭にきたんです(笑)そういう時はだいたい「やっぱり私の気持ちなんて誰もわかってくれないんだ」なんて感じで悲しんでその人から離れて行くだけだったのに、彼に対しては逃げるのは止めようと思って全開でぶつけました。そういう感情を外に向けたのは初めてです(笑)“ぶつけてダメになるなら、あえて自分からぶっ壊してやる!!”と思いましたからね、あの時。ずっと、人との関わりを上手く行かせる為にそういうのは自分の中に押し留めて表面で笑って逃げていたから。人はみんなそういう熱い感情を持ってると思うんです。そういう矢の矛先をを外に出せない場合、自分自身に向けてしまう。本当の信頼関係を結びたいならそういう矛先を自分自身に向けていては伝わらない。自分自身がズタズタになってしまうだけ。かなり勇気は要りますが・・・。結婚する相手とそんなうやむやな関係で居るのはだめだ、と思ったのが良かったんですかね(笑)chapter 46を読む
2004年04月29日
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本当の自分探し。可愛そうな自分でいるのはもうやめようと思った。同情が欲しいんじゃない。でもその方法を取ってる間は、もらえるものはみんな同情になってしまう事に気がついた。愛情が欲しいのなら弱さを売りにしていてはダメだ。愛情か同情かの区別はつきにくい。とても似ているけれど、でも深さが違う。鎧を取って素の自分をさらけ出して、そうやって100の同情より1の愛情を手に入れよう・・・。chapter 45を読む
2004年04月28日
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母親のとの関係がようやく落ち着いていきました。一緒に暮らす事にして本当に良かった。この時間は私には必要な時間でしたね。親の愛情を上手く受け取る事が出来ないまま育つとやっぱりどこか不安定なままになってしまう。ある程度大人になってからでも間に合います。一緒に暮らしている頃、こんな事がありました。私が押入れの上に入っている物を取ろうとしていて足を踏み外したんです。すぐに体勢を整えてなんとか落ちずに済んだけれど横で見ていた母は、私が足を踏み外した瞬間咄嗟に、落ちてくる私を受け止める体勢になったんですね。私が体勢を整えるのがあと一瞬遅ければ母の上に落ちていた事になったはず。本当に小さな出来事だけど、この出来事も私の心のしこりを溶かす出来事でした。咄嗟に私を守ろうとする母の気持ちが伝わりました。chapter 44を読む
2004年04月27日
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彼以外の元彼の写真は普通にゴミ箱に入れられたのに彼のだけはどうしても捨てられなかったからあえて自分で燃やす事にした。燃やしてあんなにすっきりするとは思ってなかった。でも実はネガはまだどっかにあります(笑)また現像しようとは思わないけれど。しっかり思い出に出来るレベルでなら、持っててもいいよね?彼との思い出ではあるけれど、その時期の私の思い出でもあるんだもん。いつかおばあちゃんになった頃にでも、すっかり過去になっているそれを懐かしいなと思いながら見てみたい。今はもうサーファーの彼がどこで何しているのか知りません。でも幸せでいて欲しい。きっと結婚して、いい旦那さんになって、いいお父さんになってるだろうな。きっと、彼なら(´∇`*)chapter 43を読む
2004年04月26日
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もう頭の中パニック状態だったんです・・・。あぁぁもう何言ってんのだ私はぁぁ(涙)と思ってました。意思弱すぎヽ( ´ー`)ノフッよくわかんないけど、彼は私のそういう、必死さ加減が見てて面白かったらしいです。(;´д`)トホホ。chapter 42を読む
2004年04月25日
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いつも続きを読みに来て下さってる皆様どうもありがとう。BBSの書き込みも、リンクしてくださるのも、全部読みましたってメッセージいただくのもホントに嬉しいです。結構長くなってきて、なんかどうもすみません(ナゼ謝る)えーっとチャプター41。この出会いは私にとってかなり重要です。「私、今、彼氏作る気ないんだー。」って言われても、普通「だからなんだよ、告ってねぇよ」って感じです(笑)一応、彼氏とか作んないの?みたいな、そのての話の流れで言ったのでそんな高飛車な女にはなってませんけどね(笑)この頃の日記に「好きじゃない好きじゃない」とやたら書いてあるページがあります。そう言い聞かせてる時点ですでに、って感じですけどね(´▽`;やっぱり私って惚れっぽいっつーか意思が弱いっつーか・・・ε~( ̄、 ̄*)ゞchapter 41を読む
2004年04月24日
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見張られてる感も嫌だし、見放されてる感も嫌だ。好きにしててもいいけど、気にはいつもかけてくれてる、と感じるのに食事は効果的だったように思う。例え何日も食べなくても、当たり前の様に私のご飯はいつもあった。母のそういう気持ちが嬉しかった。chapter 40を読む
2004年04月23日
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人と人との間に歌は結構心地良い。何か話さなければ、と思う必要もないし、自分だけ飛びぬけて声が目立つわけでもない。出来るだけ皆と同じ様に声を合わせて歌う混声合唱はいいリハビリになった感じがする。この後、5年程続けた後、ステージで1曲私のソロが決まった時にそのプレッシャーに勝てず団を辞めた。結局、辞める事にしちゃったけど、まぁ、もう人前でばかみたいにしゃべりまくって自分で訳がわからなくなって泣いたりする事もなくなったから、これ以上はもういいかなって思ったので。ソロっていうのは次のステップの様な気もしたから、頑張ろうと思ってはいたけれど、まだ出来なくてもとりあえず自分を許した。目標が“ただ通うこと”だったので許せたけれど、もしも昔通りにやっていたらソロに耐えられなかった自分をやっぱり責めたんだろうな。目標は、小さいのを階段状にいくつも設定すると良いようです。一段づつ登って行けばいい。chapter 39を読む
2004年04月22日
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誰かに頼らないでいられない自分が嫌だった。そもそも、私のこの弱さが全ていけないのだと思った。それでも誰かに触れててもらわないと落ち着かない。この年齢になると触れ合っていておかしくないのはどうしても異性になってしまう。100%で付き合える自信はなかったからあえて彼女の居る人と寝たりした。それなら一時の事で済むから。相手を傷つける事もないしね。まぁ相手の彼女は傷つくかもしれないけどバレないようにめちゃめちゃ気遣ったりはしてました。性行為自体はそんなに好きではありません。それは今も同じかな。でも、そこに至るまでをものすごく欲してた。そのあとはオマケ、というかお返し(?)みたいに思ってた。抱きしめてもらって安心感をもらったんだからやらなきゃ、みたいな。寂しさを埋める為にそんな事してる自分も責めてて、止めたかった。いっそのことお父さんに抱きしめてもらうか?とか思ったこともあった。父以外の男性だとどうしても性行為がついてまわるので結局後悔に繋がるから。まぁ、さすがにそれはもう出来なかったけど、父親からもらうような純粋な愛情を子供みたいに受けたかったんだと思う。子供に戻りたかったのかなぁ。chapter 38を読む
2004年04月21日
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彼とはもう先はないなと思っているのに別れるとしてもまた1人になる不安もあってずるずるしてました。母の話はほんと渡りに船って感じでしたね。助かりました。やっぱり結局、頼れるのは親なんだよねぇ・・・ε~( ̄、 ̄;)ゞフー病院に来てくれた時の母の顔は忘れられないな。chapter 37を読む
2004年04月20日
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お金の面が不透明な人って一緒に暮らしていてとても不安。でも当時は1人でいる事ほど不安になる事はなかった。どんな人でも、そばに居てくれる安心感てなかなか捨てられない。今思い出してもやっぱり彼は謎な人でした(笑)付き合い始めの頃の、1人では何にも出来ないくらい弱ってる私が好きだったみたいです。彼も弱い人だったのかな、って今は思う。自分より弱い人を守ってる、という事で自信を持つしかないくらい、彼もまた弱い人だったのかも。結局、自分と似たような人としか付き合えないのかな。それともやっぱり似た人を呼んでしまうのかしら(笑)chapter 36を読む
2004年04月19日
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えーっと。はっきり言ってあんまりこの時期の自分は思い出したくないです(笑)よれよれしちゃっててイヤ。2度とこんな・・・男に頼るだけで生きて行くのはイヤ(笑)自分の意思とか全然ないし、あってもすぐ「どうせ私の考えなんか」みたいな思考回路でしたから。まずは自分で自分を信じなくて、誰が信じてくれるだろう。chapter 35を読む
2004年04月18日
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こんなに力を失う前に辞めてしまえば良かった。当時は必死に「負けたくない」と思っていたけれど会社にしがみついている事だけが負けない事ではなかったのでは?と思う。それに、それが例え負けることになるんだとしても、別に負けたって良かったじゃないか、と今は思う。そんな小さな事で負けたって、次にもっと華々しく勝てばいいのだから。でも当時の私には、それがわからなかった。会社に居続ける事だけに力を使って、それでも叶わなくて自分の全部がだめな気がしてた。この道はダメだ、と思ったら違う道を探してみよう。方法はいくらでもあるから。chapter 34を読む
2004年04月17日
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初めて過呼吸になった時はかなりびびりました。まだ呼吸が苦しい状態の隣で上司と先輩の女が「心療内科ってなんなんだ?」とかって話してるのがぼけぼけしながらも聞こえててなんだかかなり気まずかった。安定剤注射でとりあえず落ち着いてから会社に戻ると友達が「私が一緒に行くって言ったのに、なんで真琴の事で私じゃないヤツが付き添うのか意味がわかんない」と相当怒ってました。それが嬉しかった。是非そうして欲しかった・・・。chapter 33を読む
2004年04月16日
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私と別れてから、彼女と付き合ってるらしい事は薄々わかっていたけどそれは「あぁ、やっぱりね」という感じだった。でも、たった数ヶ月しか経ってないのに結婚まで話が進むとは思ってなかった。ショックだった。しかもこの後、彼から手渡しで結婚式の招待状もらったんだよね。ふざけんなぁ。誰が行くか、あほぅ。独りは嫌だった。でも誰かと付き合う、というのが怖かった。ただ一緒に居てくれれば、そのうち信じられたかもしれないのに信じてみようかと思う前に「振られた」と思っていなくなる男の子達。この頃、月代わりくらいで一緒に居る男の子が変わってた。chapter 32を読む
2004年04月15日
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心療内科にせっかく初めて行ったのに、あれは嫌だったなぁ~。せめて居てもいいか聞くとかして欲しかった。気にしないでくださいって言われても・・・気になるに決まってるじゃん!!と思ってました。chapter 31を読む
2004年04月14日
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私は元々、怒りの感情をどう扱っていいのか自分でわからなかった。あんまり怒る事もないけれど、例えば誰かに理不尽な事を言われたりしても怒る、という形でなく「どうしてそんな事言われるんだろう」と悲しみの感情に変えて表に出していた。人に向けて怒りの感情をぶつけた事はなかった。あの感覚は多分、なった事がある人にしかわからないと思うんだけど本当に現実で会社に行ったり友達と話したりしているのにその全てがぼんやりしている、というか薄い膜がかかった世界に居る感覚。だからちょっと前に自分が何をしていたかあんまり覚えていなかったりする。仕事では「あれをやらなきゃ」と思うと全くやった覚えはないのにすでにやってあって、明らかに私がやった形跡だけ残ってたり。逆に眠ってから見る夢の中の方が全てハッキリしていて記憶もある。不思議な感覚だった。chapter 30を読む
2004年04月13日
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意地を張って素直になれないまま付き合っても、意味はなかったと思う。それでも、諦めたくなかった。彼の事を諦めたくない、というよりも負けるのが悔しいとか、そんな感情の方が強かったかもしれない。だからこそ、あんまり意味がなかったと思う。意地を張っていても、あまりいい方向には向かわない事が多い。chapter 29を読む
2004年04月12日
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彼と別れたのをすでに後悔していた。だけど、それでも必死で考えて出した答えだったからそれが間違っていたとは思いたくなかったし、思えなかった。今の私なら、別れないでも済む方法をもっと考えられたかもしれないと思うけれどあの頃はそれ以外に考えられなかったから。chapter 28を読む
2004年04月11日
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私は今でも電車は苦手です。満員じゃなくても1人で乗っていると何か怖くてドキドキしはじめ、立っているのがつらくなる。何にそんなに怯えてるのか理由は全然わからないんだけど。だからほとんど乗りません。出来る限り移動は車でしてます。もしくは1人では電車に乗らないように。彼の友達とは友達にはなりきれないのだと思っていたけれど今思うとこの時を境に友達になれたかも。せっかく「彼の彼女」以上の扱いを初めて見せてくれた時だったのに。chapter 27を読む
2004年04月10日
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私が欲しがっていたのは自己アイデンティティだったと思う。自分とはなにか、とか自分のいる意味、とかそれらを全て彼が与えてくれる事が幸せであり、また不安だった。自分で揺るぎないものを掴みたくて必死でもがいていた。アイデンティティクライシスを抜け出したかった。幼い頃から不安定な環境に居た為、初めて感じる安定された空気のあまりの居心地のよさに恐れを感じていたのかもしれない。chapter 26を読む
2004年04月09日
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これは特に心に痛いことではない気がするし繋がっている話なので2話同時にUPしました。(まぁ、私にとっては全てが繋がってるんですが(笑))実は今、私の手元ではすでにチャプター33まで書きあがっています。今の年齢に近づくにつれて、向き合うのがしんどくなります。文章に起こすというのは全てを改めて見つめなおして受け入れて納得して、更にそれを頭の中で整理してからでないと出来ないみたいです。なるべく簡潔に、と思っているのに、まだ完全には消化されてなく感情が揺さぶられる事になると上手く文章にまとまらなくなってくる。でも、最近リンクしてくださる人も居てくださって、チャットで知り合った人にも「幸せになるまで読み続けたい」と言ってもらったのがとても嬉しいので今の年齢になるまでを少しづつでもUPしていくつもりです。最後は幸せで締めくくれるように、今を大事に生きてます。chapter 24を読む
2004年04月08日
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母も不倫、父も不倫だ。なんだか、がっくりした。そうなると子供からは両親の中に親の顔が見えなくなってしまう。お母さんはお母さんである前に女であったし父もまたお父さんである前に男だった。親である事は頭でわかっているけれど気持ちの中ではただの女の人とただ男の人、という感じ。それはそうなんだけど、子供としてはもっと親でいて欲しかった。父と不倫している女を嫌いになれなかったのは世話になっている、と思ったからだ。母の相手に向けたように嫌いになれた方が楽だったかも。今でも父に会うと一緒に居る事の多いその人を嫌いではないが好きにもなれない感情を持ち続けている。chapter 23を読む
2004年04月07日
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こんな血みどろな夢をよく見た。保健室の先生は私の話を聞いて「あなたにとってお母さんっていうのは本当に怖いものなのね」と言ったけれどどうだったのかよくわからない。不安の象徴ではあったかも。この時期、捕まらなかったけど万引きとかもしてました。捕まったら卒業できない。学校へまで来てくれた伯母の気持ちを裏切るような事になっちゃいけない、と思ったから止めた。なんとか卒業にこぎつけて良かった。大人になってから親兄弟に「あんたはよく、ぐれたりしなかったね」と言われるけれどみんな知らないだけじゃないの?と思う。だいたい“ぐれる”ってなんだろう。ストレートに感情を表に出せていたら“ぐれた”って言われたんだろうか。周りは困っただろうけど私にはその方がまだマシだったと思う。表に向けられない感情の矢は内に向くのだから。chapter 22を読む
2004年04月06日
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父親から直接、養女に行かないかと言われた私の気持ちはズタズタだった。“父だけはいつも私を守ってくれると思っていたのに!”誰を信じていいのかわからなくなった。守ってくれる人はもうどこにも居ないのだと思った。chapter 21を読む
2004年04月05日
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どう思っているのか、どう感じているのかをちゃんと聞いてそのまま受け入れてくれるというのは大事な事だと思う。なぜそう思うのかが、上手く説明出来なくても。それはきっと人に言えないでいるか、まだ上手く説明できないでいるだけだから。理由が見えなくても、感情はそこにある。chapter 20を読む
2004年04月04日
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父にも母にも居場所を作ってもらえなかった頃の私に友達が居てくれて良かった。私が『私ってツイてんなぁ』と思うのは友達が居なかった時期と親に守ってもらえなかった時期が重なっていないこと。ダブルだったら生きてないな、たぶん。この時期、友達が何よりの支えだった。今でも友達です。ここは教えてないけど・・・感謝してます、かなり。chapter 19を読む
2004年04月03日
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家出していた間の生活。帰る場所が毎日決まっていないというのは精神的に安定できず不安定を増すものでした。そしてそのまま、帰る場所はなくなった。どこへ行けばいいのか・・・。考えるのはどうして私はここに生きているんだろうという事ばかりだった。chapter 17を読む ・ chapter 18を読む
2004年04月02日
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