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2004.01.07
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明日死ぬとわかったら何するか?
死の反対は生で生は性だから、やはりそうなるだろう。

明日がやってくることを前提に生活するのと、
明日はもしかしたらやってこないかもしれないということを
前提に生活するのでは、

何が違ってくるだろう。
お金を使う使わないは別にして。

ふむ。

やはりその違いは、実はあまりないのではないか。


死は未来に、前途にあるものではなく、
実は背後からやってくるものだ」とあった。

スペインの人たちはその統廃合の歴史から、後者の考え方
が染み付いている。
日本人も徳川までは家の戦いで統廃合があったけれど、
それにもかかわらず、スペイン人の考え方から遠いのはなぜか?

死の恐怖を緩和させてくれるのはボケだけれど
ボケていない僕らはセックスでそれを緩和する。

やはりだから理想は腹上死、腹下死だとかなんかイマイチな事
に考えが至るのは僕だけか。

自分の花。

ゆりはゆりの花をつける、僕は僕の花を咲かせる、
で、僕の花って?

僕の生は、僕の花をさかせるためにあるのだろうから
そのためには水や肥料や愛の光が必要だ。

今日の死を迎えるまであと4時間。

それまでに何をするか?
明日が期限のレポート。
今日のために費やす時間ではなくて明日のために使う。

今日を護るために。

たぶん僕は明日死ぬことを前提に、もっといえば、
活きていることだけしか考えていない。
だから突然の死もすんなり受け入れるだろう。

しかし愛する人の死であれば、ああもしてあげておけば
よかった、こうも、そうも・・・。
限りなく思い悩むだろう。

クールと言われる。
情熱がないわけではない。
度胸があるわけでもない。

生が活発で激しいものであること、であれば
僕はあまりなじまない。

キャベツの千切りは情熱的に切ろうが
たんたんと切ろうが、出来上がりは、同じだから。

僕は期待どおり動かないし
僕の期待通り動かすことをしない、ようだ。

新年の抱負を聞かされる。
僕は?

ためしに情熱的に、熱く生活してみるか、
でもそれってどうしたらいいのか、
テンション高くするだけならば、さんま先生に弟子入り
するしかないし。

ラテンのリズムやジプシーが好きなのだが、
そんなリズムは日本では疲れるだけ。

ところで、生と性。
おっ、こうしてみると、リッシンベンが付いてるだけじゃんか。
ほーぉ。
小さい生かぁ。
粋だね、漢字発明した漢人は。
でも小さな死、のほうがロマンティックだな、
エッチの後の眠り。

小さい死とともに、生命が宿リ出す。









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最終更新日  2004.01.07 22:11:59
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