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この前の日記では、いかにも二匹の仲が悪いように書きましたが…。イイタヌがコタツに入っていると、膝の上で二匹が寝たり…↓こんな仲良しの時もあります。↑チクワが着ている茶色のパーカーはイイタヌ作。起毛素材だから、縫い目が目立たないって事もあり、これが今までで一番上手くできた!とお気に入りなのです。そんなわけで、ツミレの分もオソロイで作ってみましたよ!チクワのは裾に青いキノコが生えているので…。ツミレのには赤いキノコをつけてみました。ちょっと、袖が長いようですが…まあまあの出来栄えです。~~~~~それに気を良くして、もう一組!今度は、今まで作った中で一番女の子らしいお洋服に挑戦してみましたよ。ちょうちん袖に…、レースに…。…今は“パフスリーブ”って言うんですかね?ツミレのは袖のゴムの引っ張り加減が弱かったようで、“ちょうちん”って言うより、“釣鐘”みたいになってしまいました。…今は“ベルスリーブ”って言うの?足だから“パンタロン”?“ベルボトム”?まあ、何でも良いけど、ちょっとだけ優雅な感じになったから良しとしましょう。次回はもっとフリフリのブリブリを作るぞ~!フリフリのお洋服を着せたのですから、チクワさんもツミレさんもおしとやかに振舞うざます。チクワっ!そんな顔でガムを食べないっ!もっと、おしとやかに!可愛くっ!・・・・「あいよっ。」~~~~~~~刺しゅうワッペン・カラフルきのこ(ミニ)カラフル★きのこ★刺繍 ワッペン/アイロンワッペン 4個セット!1225thanks10
January 29, 2008
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こんばんわ。チクワです!コイツ↓我が家の居候の“罪レ”。ベロなんか出しちゃって…。お外に出ると、知らない人から“ちっちゃ~い!”“かわい~い!”なんて言われてるの。“罪レ”が来る前は、チクワが“ちっちゃ~い!”“かわい~い!”って言われてたのにさ。お散歩の時なんかも、ぷるぷる震えちゃって、すぐ抱っこしてもらっちゃって…。いかにも、“か弱いチワワ”って思われてるかもしれないけどさ。みんな、だまされないで!それって、全部、罪レの計算!悪いチワワなんだよ。~~~~~だって、聞いてもらえる?夕べは、デザートに、はっさくをもらったんだけど…。チクワは良い子にお座りして待ってたのに、罪レってば、チクワの前に割り込みしてきたんだよ!それでもチクワのほうが先にもらえたからいいけどね…。お姉ちゃんだから、ガマンするけどさ…。~~~~~~今日はオヤツにガムをもらったんだけどね…。チクワの分はすぐに終わっちゃったの。イイタヌに“もっとちょうだい!”って言ったんだけど、“チクワのほうがいっぱい貰ったし、もう無いよ。”って言われちゃった。だからチクワ、ガマンしたんだけど…。罪レが食べてるガムがあんまり美味しそうだから、「それ、美味しい?」って訊こうと思って、ちょっと近づいてみたの。そしたら、ヒドイの!↓「ガルルル~」だって!★悪罪レ動画↓その後も、チクワはただ見てただけなのに怒っちゃってさっ!★超悪罪レ動画怖~い!悪~い!だから、罪レは、“罪レ”ってゆうの。
January 19, 2008
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「食堂ビル1929-食と現代美術part4-BankART市場with濱の市」なるイベントにチクツミも連れて行ってきました。↑イベント名が長すぎて、なんだか伝わりにくいのですが…。「芸術文化の街」づくりをすすめている●横浜市+その関連施設(?)●BankART1929 が、ここ数年、●近隣の飲食店等を、まきこみつつ「食と現代美術」というイベントを開催しているのです。そこに今回は、●濱の市 というのが加わったらしい…。朝10時からと、やや遅めだけれど、どうやら「朝市」らしい…。なにやら面白そうだし、屋外だからたぶんチクツミも連れて行って大丈夫だろうと、行ってみたのですよ。~~~~BankARTは、銀行を改装した「BankART1929Yokohama」と倉庫を改装した「BankART Studio NYK」と、2つあるのですが、今回の会場は「BankART Studio NYK」の庭。入り口のハンガーで出来たトンネル(常設)をくぐると…。カラフルな屋台が並び、市場らしくなってました!横浜産の野菜やら、干物(三浦産?)や焼き菓子。その他、近所のお馴染みのお店のパンやら煎餅。BankARTプロデュースの地ビール等々が並んでいました。なにしろ寒いので、イイタヌはブイヤベースを。イイタヌ夫はスペアリブを。対岸に赤レンガ倉庫や…観覧車を臨む席でいただきました。残念ながら、チクツミにあげられる物は特になし。寒い中連れてきたのに、悪かったね。そこへ、イイタヌ夫両親も登場!コーヒーやら、オイルサーディンを買ってもらいましたよ(^_^)↑お花は、ビニール袋で作られた物。このお花で、お花畑を作ってみたり、お祝いの花輪をつくったりもする現代美術作家・丸山純子さんの作品です。今回は「市場」らしく。本人が自ら売っていて、イイタヌ夫母はサインしてもらってましたよ。今回のイベントはどうやら「市場」がメインだったようで、パッと見「現代美術」らしい物はこれくらいだったかな。総じて、まぁまぁ面白かったのだけれど、とにかく、なにしろ、寒かった…。
January 14, 2008
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今年に入ってからの話題がどうもアレですが…。11月に亡くなった、夫実家の黒ラブ・Jちゃんの49日法要をしました。夫実家に行くと、“犬のお花見”のお友達・Bちゃんのお父さんとお姉さんが、来てくれていました。お通夜にも来てくれたし、きっとJちゃんも喜んでくれたと思います。イイタヌ夫弟一家も既に着いていて、お墓の穴を掘っておいてくれました。Jちゃんのお墓は、庭の一角に。風水か何かでは、庭に動物のお墓を作るのは良くないなんて言われているようですが、Jちゃんも家族の近くに居たいだろうし、家族がベストと思う方法がベストなのです。骨は骨箱から出し、直に穴の中に。お義母さんが用意してくれたピンクの椿の花を添えて、皆で少しずつ土をかけて埋めました。ここに写真を載せるのは控えますが、白い骨と椿のピンクが映えて、とてもキレイでしたよ。お義父さんが用意した(河原で拾ってきた?)石を墓石に。姪っ子が蒸しパンを、イイタヌは白いお花をお供えしました。Jちゃんの娘・ハンナちゃんはもちろん、チクワもツミレもお参りしましたよ。家族の手作りの、とても良いお墓になったと思います。この場所は、今はまだ寂しい感じですが、もう少ししたら白い椿の花が咲いて、またしばらくしたらポタポタと椿の花が地面を覆って良い雰囲気になるそう。他にもこれから何かお花を植えるようです。イイタヌ達はマンション住まいだから、チクワとツミレのお墓もここにさせてもらおう。実家が近くで、庭があるってのは、ありがたい事ですね。~~~~埋葬を終え、居間に戻ったら…テーブルの上に↓こんなのが転がっていて焦った!!埋め忘れたJちゃんの骨かと思ったら、きなこ棒(みたいなお菓子)でした…。紛らわしい…。それにしても、Jちゃんの頭蓋骨は、静物画のモチーフとして美術室においてあった牛骨に似ていて、ちゃんと“動物の骨”の形だったけれど…。ツミレなんて、“穴が開いた風鈴”みたいになっちゃうんでしょうかね…。それはそれでカワイイと思いますけど…。チクワはツミレよりかは“動物の骨”になるかな?~~~~Jちゃんの思い出にと、お義母さんから薔薇のポプリの入った天使型(?)の小瓶をいただきました。リースは庭に生えてたローズマリー。お仏壇はないので、本棚にJちゃんの写真と飾っておく事にしました。縫いぐるみやキノコ、タヌキの置物と一緒に、賑やかに。イイタヌ家らしくて良いでしょう?
January 13, 2008
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8日の日記にも載せたこの写真↓♪テレビもねぇ、ラジオもねぇ…♪どころじゃねぇですよ!水道も電気もなさそう…。一昨年、父の実家の倉から発掘されたとのことで、父がスキャンしてメールで送ってくれたもの。祖母の弔辞を書くにあたり、これをまた見返してみたのですよ。写真は、イイタヌ父が生まれた年(昭和15年)に、イイタヌ父の実家の前で撮ったもので、抱かれてる赤ん坊の一人が父らしいです。その年、日本は【皇紀2600年記念】の大祝賀ムードで、その記念に撮ったらしいです。この写真を見せてもらったときに、【皇紀】というものを初めて知りました。(皇紀とは神武天皇即位の年を元年としたもので、戦前は国粋主義だったので西暦はあまり使われなかったようです。)父によると、【みんな一張羅の晴れ着を着ています。この頃それほど我が家は豊かではなかったのに、よくこのような写真を撮ったものだと感心しています。家もかやぶきの質素なものでした、お父さんが大人になるまで(昭和43年頃まで)あった家でした。】とのこと。後列のスーツを着た男性は、父の叔父。当時のポンポコ村では超ハイカラ者!モボってやつですね。おそらくこの伯父さんが、記念写真を撮ろうと言いだして、写真屋さんを呼んで来たのでは?とのことです。父の実家があるあたりは、今も昔もポンポコ村の中で最も田舎の地域だから、都市部とは大分様子が違うでしょう。さらに農家ということもあるでしょうが、昭和15年よりももっと昔の写真に見えます…。これがイイタヌ父の生まれた年の写真って…、ただただ驚きです。イイタヌの先祖・親戚なので、みんなホントは狸で、化けた姿で写ってるんですけどね。父が戦前(第二次世界大戦)生まれって、それだけでなんかスゴイかんじ…。そして、イイタヌ祖母は1910年(明治43年)生まれ。辛亥革命が始まる1年前で、第一次世界大戦よりも前、関東大震災よりも前です。前々年まで西太后が生きていて、前年まで伊藤博文が。同年までトルストイとナイチンゲールが生きていた…。イイタヌ祖母は歴史の教科書の【近代】のページあたりから今まで、ほぼ1世紀生きたわけで…。スゴイとしか言いようがありません…。それにしてもこの100年、科学技術は物凄いスピードで発展しているわけで…。イイタヌがバア様になる頃は「昭和生まれ?」「20世紀生まれ?」「生まれた頃はまだ携帯電話が無かったの?」なんて、若者にビックリされるんだろうな…。~~~~~★最新版フェア(New)!明治維新がおこった時代の様子を、分かりやすく構成。学研教材 学習まんが 日本の歴史 『12 明治維新』 ラッピング無料 リボ払いCP【10周年セール】1122ダッシュ★最新版フェア(New)!学研教材 学習まんが 日本の歴史 『17 昭和から平成へ』 リボ払いCP【10周年セール】1122ダッシュ
January 9, 2008
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4日に亡くなった父方の祖母の葬儀の為、ポンポコ村に行ってきました。今回大変だったのは、弔辞を頼まれた事。イイタヌは大勢の人の前でお話するなんて、メチャメチャ苦手…。前の日から、緊張でオェ~っとなり、当日はガクガクブルブルになるのが目に見えてます。弔辞を読むのは普通、故人の友人とか仕事仲間とかじゃないの?と思いますが、なにせ祖母は97歳…お友達なんて既に死んでるか、生きていてもお葬式に行ける状態じゃない人ばかり…。農家だから、仕事仲間は家の人…。…てなわけで、孫がベストという話になったようです。でもでも、イイタヌは12人いる孫のうちの末孫だから、最も一緒に過ごした時間が短いわけで…。ここはやはり、ばあちゃんと同居してた最年長の従姉弟2人のどちらかが適任なのでは?と、言ってみたけど、その二人はほぼ喪主同然の仕事をしているため無理らしい…。他の従兄弟達に依頼してみたかどうかはわかりませんが、イイタヌはお通夜にも出ず、ほぼ、お客様同然に葬儀だけの出席になったわけだし…。ここであまりごねて断るのも、祖母に申し訳ない。孫の中で最も若く!賢く!可愛い!からイイタヌが選ばれたと思う事にして、ひきうけました。~~~それにしても何を書いていいのやら困りました。そもそも父方の祖母とは正月やお盆、法事の時に会うくらいで、年に数回しか会った事がなかったと思います。父は六人兄弟中の三男で、母は二人姉妹の長女ということもあり、母方の祖父母の家には頻繁に行ってたんですけどね。さらには、イイタヌが中学?高校?くらいの時から、要介護で病院やら施設やらに入っていて、イイタヌがお見舞いに行きたいと言っても、「もうお父さんの事も誰だかわからない状態だから行っても仕方ないよ」と、父があまり会わせたくないようだったので、お見舞いにも行かず…。去年の5月にお見舞いに行ったのが、おそらく15~20年ぶりの再会かつ、最後になってしまったのでした。てなわけで、祖母との付き合いはイイタヌが小学生の頃まで。絶対可愛がってもらったと思うけど、具体的なエピソードはあまり思い出せません。祖母は典型的な『農家の嫁』という事もあったからか、控えめで口数も多くなかったと思いますしね…。なんとか【祖母との思い出】を絞り出し…・絵を褒めてもらった事。・よく他の従姉妹と名前を間違えられていた事。(通常マイナスイメージだと思うけど、本当だから仕方ないです。)【祖母の業績】を織り交ぜ…・長生きした・子孫を大勢残した・農業、家事を頑張った完成しました!~~~当日は、やっぱりガクガクブルブルになったけど、なんとかちゃんと読めました!そして、葬儀の後は絶賛の嵐!まあ、内容はともかくとして、引き受けたというだけで、親戚皆から感謝されましたけどね。特に、喪主である長男伯父さんや、父母がすごく喜んでくれたので、やって良かったです。祖母も喜んでくれているといいなぁ。精進落としの会席の時にも、久しぶりで何を話したら良いのかわからない親戚、そもそも誰だか判らない親戚(笑)との会話のネタにもなりました。~~~弔辞を書くにあたり、ネットに載っている「孫からの弔辞」にすごく助けられたので、拙い文章ですが、イイタヌのもフリーページに載せておきます。
January 8, 2008
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2日~4日まで、ポンポコ村に帰省してきました!ツミレは初めてのポンポコ村。ちょっとだけ雪の上を歩いてみました!チベタっ!↓川べりには、氷も!↓山の上には雪雲!とはいえ、イイタヌ実家周辺は3日間を通してお天気が良く、雪は日陰にちょっと残ってたくらい。気温も横浜よりは寒いけど、“極寒”レベルではなかったです。3日は山の上もよく晴れてましたよ。↓粉砂糖がかかったみたいで美味しそうなポンポコ富士。それでもチクツミにとってはポンポコ村の冬は厳しいので、ほとんど暖房の効いた家の中で過ごしました。イイタヌは温泉に行ったり、タヌキ友達に会ったりしましたけどね。~~~~~~~~~↓イイタヌ家のおせちやはり寒天料理(手前)は欠かせません。おばあちゃんが、やたらとチクツミに食べ物をあげたがったのには、ちょっと困りました。イカリングとか、甘い寒天とか、ネギトロなんかを食べさせようとしてましてね…。イイタヌ夫が“ネギは即死だから!”と大げさに言ったのだけど、最近ボケてきてしまったようで…忘れちゃうみたいです。まあ、なんとか阻止できたから良かったけど…。そして、深夜。やけにチクワが吠えると思ったら…。隣の部屋で寝ていたおばあちゃんのイビキが怖かったようで…。どうやら“隣に、不審なケダモノがいますよ!!”と、イイタヌ達に教えてくれてたみたいです…。…とまぁ、この帰省は、おばあちゃんとチクツミから目が離せない感じだったのですが…。最終日に大事件勃発!もう一人のおばあちゃん(父方)が、4日昼に亡くなりました…。とりあえず、今日はイイタヌ達が行った所でテンヤワンヤになるとの事だったので、ひとまず横浜に帰ってきました。8日が葬儀なので、またポンポコ村に行ってきます。元旦早々、“喪中がどうの…”なんてブログに書いてたのが悪かったかな…。
January 4, 2008
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2008年!今年も“まめくらぶ”とイイタヌ家をよろしくお願いいたします。そして、素敵な年賀状を送ってくださった皆様、ありがとうございました!イイタヌ家は喪中の為、新年のご挨拶は控えさせていただきました。お友達からの年賀状をいただけないのは寂しいので、喪中お知らせ葉書を書かなかったのです。どうかお気遣い無く。イイタヌ家からは後日、寒中お見舞いを送らせていただきます。~~~~~~~~~~~とはいえ、仕事用には喪中は関係ないので、年賀状を作りました。↓モデルはイイタヌ夫。基ネズミのキャラクター管理会社からクレームが来ませんように…。~~~~~~~~~~~そして、しめ飾りはしませんでしたが、新年にお花がないのはいかにも寂しい…。というわけで、結局、部屋にお花は飾りました↓ちなみに凧に描かれている絵はイヌです…。~~~~~~~~~~~喪中なのは、昨年イイタヌ夫の母方の祖父が亡くなった為なのですが、イイタヌ夫実家で例年通り家族で集まるという事なので、行ってきました。こちらもしめ飾りは無かったものの、普通に“あけましておめでとうございます”と新年の挨拶を交わし…。(この場合の正しい挨拶がわかりません。)おせち料理やらお雑煮やらを頂き、楽しく過ごしてきました。チクワとツミレにはお年玉まで頂きましたよ!そして、イイタヌ夫母方の叔母からは、お年賀にカステラを…。まったく例年のお正月と変わりなく過ごしてしまった気がしますが…。最喪中?のイイタヌ夫母と叔母がそれで良いのならば、良いのでしょう。~~~~~~~~~~~とはいえ、正しい“喪中”がどういう物なのか気になったので調べてみました。“喪中”の期間は、神社:実両親が亡くなった50日後まで仏教:四十九日後まで(浄土真宗・真宗には、忌や喪は無い)参照:http://okwave.jp/qa1794601.htmlとのこと。と言うことは、イイタヌ祖父が亡くなったのは去年の1月末だから、本当は誰も喪中では無いという事?と、思いきや、↓ここでは一周忌までとのことなので、やっぱり喪中か…。参照:http://www.padoma.co.jp/news_fuyu.htm結局、色々調べてみても喪中のお正月の過ごし方は“その人次第”的なことが書いてあるので、もう、どうでもよくなりました…。新年早々、変な話題でスミマセン。~~~~~~~~~~~↓おめかしして初散歩したチクツミ。今年もチクワはパワー全開!明日からは、ポンポコ村に帰省してきます!早起きせねば!
January 1, 2008
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